歩けば世を馴らすモモンガさん   作:Seidou
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イビルアイが青の薔薇に入るシーンを捏造。
あとティアが酷い。


新たなる時代の仲間達

じっとしていればあの時のことを思い出す。

今も当時も考えてしまうのはいつだってあの時の事だ。

思い出すだけでも苦しくなってしまう記憶に待ったを掛けたくて、眠る事の出来ない夜も夢中になれる何かを探していたのだろう。

 

 

 

「よいしょ、と」

 

ちょっとばかり年寄りくさい言葉を漏らしながらキーノ・ファスリス・インベルンは鉢を棚に直す。

いや、今はイビルアイという名前が正しいか。

名前を変える理由は単純だった。

 

異形―――

 

この一言に尽きるのだ。

 

ここはリ・エスティーゼ王国と呼ばれるようになった土地、その中の小さな領地の小さな森の中でキーノことイビルアイは一人過ごしていた。

この王国には異形というものは少ない、トブの大森林近くならばいくつかの異形や亜人は生息しているが全体で見ると圧倒的小数である。

異形の身で十三英雄の歴史書にも登場するだろう自身の存在は秘匿したいものだったのだ。

真名を隠し、ひっそりと隠れ住むイビルアイはたった一人、小さな森の中で過ごしていた。

勿論家屋暮らしだ、野ざらし生活等という野蛮人の類の生活はしていない。

アンデッドの身故に野ざらしでも特に問題は無かったが、それは拒否した。

自身が元人間の出生の身である事もあるが、自身は文明人であり、そして魔法詠唱者(マジック・キャスター)であるという自負から野蛮人と同等の生活をしたいとは思わなかったのである。

 

とはいえ、ここは森の中。

人間の社会で森の中で暮らす者は稀だ。

エルフは人間種とはいえ生き方が全然違うので範疇には入らないが…この小さな森にエルフが居ることは無かった。

つまりは無人の森であり、小屋も元々は無かった。

自身で作ったのである。

 

木を切り、柱を建ててそこに蔦やらなにやらを使って自分なりに家っぽいものを目指して作っていく。

何度も失敗しながらやっとこさ建てた家は実は現在の家ではない。

完成したと思った矢先、イノシシのタックルを受けて崩壊したのだ。

突如として現れた謎の建物に興奮したのだろう、渾身の一撃で慣れぬながらに懸命に作った家は崩れ去ったのだった。

 

「うわああああぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

とか叫んでいた記憶があるが、今はもう覚えていない。

忘れることにした。

ちなみに今の家は三作目である。

二作目は縦に真っ二つに割れている。

何があったかまでは語るまい、本人も黒歴史としている。

尚、処女作に登場するイノシシは魔法の餌食となった。

 

 

 

 

「~~~~~♪~~~~♪」

 

心地よさそうに鼻歌を歌いながら綺麗な水晶を並べ、それに魔力を注ぎ込む。

彼女の毎日はもっぱら魔法の研究の日々だった。

地属性の魔法を得意とする彼女はその中でも攻撃を重視したものを使用する水晶に絞った魔法詠唱者(マジックキャスター)だ。

それに連なる魔法の研究を行うのは彼女の日課兼趣味である。

 

小さなランタンを灯し、実験用の部屋で目指す魔法の形を作るべく試行錯誤を繰り返す。

下手なりに作った家では窓らしい窓は上手く作れず、組み立てた時に出来た木々の隙間から光が僅かばかり零れる程度の光しかない。

アンデッドの身であるイビルアイには暗視の力もある為ランタンを用意する必要は無かったが、かつての人の心を捨てている様で拒絶した。

 

「…むぅ、また碌な形に成らなかったな」

 

水晶に魔力を送り、魔力の形成を取る。

予め頭に叩き込んでいた術式を送り込み、それに対する水晶魔法ならではの反応を確認し、その結果の残念さに少しばかり気が沈む。

とはいえそれで諦めるほどイビルアイは短絡的ではない。

元より二百年以上生きているアンデッドなのだ。

魔法実験の失敗の一つや二つどころではなく、既に数百に登るほどトライ&エラーを繰り返していた。

 

術式の反応を見て、確認・訂正・再試験を繰り返す。

彼ほどではないが自身もこの世界では強者なのだ、より強い魔法を求めて森の中でひっそりと実験を繰り返す。

時間はいくらでもあり、まだまだ組み立ててみたい理論は目一杯あった。

その日も夕暮れ時まで休むことなく試行錯誤を繰り返し、やがて夜を迎えた。

 

「む、もう夜か」

 

日が沈むことを認識しても彼女が魔法の実験を終えることはない。

アンデッドの身では食事も就寝もないのだ。

ただひたすらに夜が明けるまでの間、眠ることも出来ないままじっと過ごすのはそれはそれで苦痛なのだ。

人の身では無い彼女が人間の様な生活サイクルを行うのは非合理的だ。

何よりじっとしていればまた彼のことを思い出してしまう。

妙な疲れを感じてしまう日もあるが、そういう日以外は彼女は何かしらの活動を行い続けていた。

あの頃を忘れる事が出来ない彼女にとっては行動目的を持ち続けるというのは必要な事だったのだ。

一人この森でひっそりと暮らす分には夜中も動き続けて誰かに迷惑をかけるということも無い。

そして、彼女のここ数十年の生活は常にこの流れだった。

 

 

 

だったはずである―――

 

 

 

「…?」

 

その日、夜も沈みきり数刻、月夜が高く浮き出た時間帯。

突然違和感を感じた。

 

(背後に何かいる…)

 

己の消滅の危機感を覚えるようなものでは無い、そういう類の危険を感じるものでは無かった。

だからこそ、彼女は自分の背に立つのも許し、特に行動は起こさず警戒だけをしていた。

 

(何だ?何なんだこれは?)

 

だが、確実に感じる危機があった。

 

後ろに居る()()は突如動き出し、自身の体を締め上げる。

抵抗しようと身じろぎし始めたところで感じた危険に納得がいった。

ぶっちゃけ自身の貞操であった。

 

「ちょ!ひぁ!!?な、なんだこいつ!!?」

「クンカクンカ…良いにほひ…!!」

 

咄嗟に体を背に居る対象に押し付けて拘束を解く。

相手も本気で縛る気等無かったのかあっさりと拘束は解かれた。

 

っていうか解かれなきゃヤバイ、さっきのはいわゆる胸に付いた桃色のポッチを摘まれたのだ。

こいつが何を目的で自分の家に入ってきたのかは分からないが、それでも危害?に近い行動をしてきたのは間違いないのだ。

 

「き、貴様ぁ!一体いつ入ってきた!?」

「今さっき、それよりも摘ませて」

「させるわけあるか!!」

 

叫びながら魔法詠唱の為の魔力を練り上げる。

急がなければ目の前の存在は今もまた自分を捕まえようとジリジリと、と言うか手をワキワキとさせながらにじり寄ってくる。

ジュルリとか音を立てて舌なめずりをし、涎をたらしながら淫猥な目で自分を見つめてくる存在。

 

「ヒッ…!?」

 

思わず引いてしまうのも無理はないだろう、というか引かなきゃ逆にヤバイ。

どこか今まで感じることの無かった類の恐怖を相手に覚えて魔法を放つ。

 

「これでも喰らえ変態!!<水晶の短剣(クリスタルダガー)>」

 

無属性の水晶の短剣を発生させ、対象へと飛ばす。

使い勝手の良い魔法だが目の前の存在にはあまり通用しないだろう。

何せ自分の背後をあっさり取ってきた存在だ、隠密に長けた軽戦士。

イビルアイはそう見立て、次の展開に備え魔法を練り直す。

 

「<忍術―闇渡り>」

 

つぶやかれた特殊技能(スキル)により軽戦士は闇へと潜り込んだと思った次の瞬間にはイビルアイの背後に立つ。

 

「…っ!貴様のその特殊技能(スキル)、忍者か!」

「よく知ってる。ひょっとして知り合いが居たり?」

 

かつての旅でも忍術を使う者は居た、こいつは十三英雄と繋がりのある存在か?

滅多と見ることは無い技なだけに関連性を考えてしまうのも無理は無い。

イビルアイにとってはしかし、それも今はどうでもいい事だった。

今言えるのは―――。

 

「きっさまぁあぁ!離せ、離さんか!!」

 

後ろに付いたと思ったら攻撃するでもなく身体に腕を廻してきてまたさっきみたいに「クンカクンカ、良いにほひ…」とか言い出している。

 

「何故胸に手を廻す!?そして左手!太ももを撫でるな!!こらそこは股か―――!!??!?」

 

モキュ―――

 

「キャアアアアァァァァァァ!!?!?」

 

今まで触られた事の無い乙女の秘密の花園に手が這わせられると同時につい声が出てしまう。

二百五十年生きてきてこんな事されたのは生まれて初めてだったのだ、見た目少女の彼女が少女らしい悲鳴を上げてしまうのは無理も無いことだろう。

ついでについつい本気の吸血鬼の身体能力を発揮してしまい、後ろの存在を力任せに吹き飛ばしてしまった。

 

「ぐえっ」とか抑揚の無い、本当に痛がってるのかよく分からない声をあげて壁にぶつかり、倒れこんだ存在。

その存在は女性であった。

そう、同性に襲われていたのだ。性的に。

 

漆黒の忍者衣装ともとれるローブを着込み、胸には金属製の軽鎧、手甲も揃えた衣装をした忍者と思わしき女性。

見た目は二十もいっていないかと思われるが、抑揚の無いその表情と喋り方は年齢を掴みにくくしていた。

 

「い、一体貴様は何者だ!?なんでこんなところに忍びこんであ、あんにゃことぉ…!!?」

 

最後の方は声が小さく、シドロモドロになりながら忍者の女性に疑念をぶつける。

経験の無い他人に(服越しではあるが)秘部を触られる等と言う行為に恥ずかしがることのない人間(彼女はアンデッドだが)はまぁ居ないだろう。

彼女の反応は至極当然である。

そして、ムクリと顔を起こし、顔から鼻血を出しながら恍惚とした目で見つめてくる忍者に対して思わず身をよじり、胸元や股間を隠そうと腕を伸ばすのは仕方のないことだろう。

だがその姿は襲撃者にとっては絶好の獲物の姿そのものであった。

 

言葉にするなら「へっへっへ、たまんねーな嬢ちゃん」である。

というか言葉に出していた。

 

「っぐ!?やはりただの変態か?迷い込んだ人間かとも思ったが…人買いの類か何かか!!」

 

イビルアイの住まう森は人里からは奥深い、モンスターも闊歩するような場所に住んでいるのだ。

ただ単に野党や迷い人の類が近づいてくるとは思えなかったが、絶対に来ないとは言い切れない。

その可能性は考えていたが、同性であることに気付いた時それは無いのでは?と考えていたのだ。

単に迷い込んで、不安から、人恋しさから抱きついてきたのかと思ったが―――。

 

「人買い?違う、私はただ単に美女美少女が好きなだけ(レズビアン)の美女。」

「何さらっと自分を美女とか言ってるんだ!!―――もういい、貴様は殺す」

 

どうやら人買いではないが不快な存在ではあるようだ。

そう見切りをつけ、目の前の存在を殺す段取りに入る。

目の前の存在は圧倒的に自分より弱い。

それが確信出来ていたからこそ何かされても反応を探っていたのだ。

どの道自分の顔を見られた。

吸血姫(ヴァンパイア・プリンセス)である自分の素顔を見られて生かしておくわけにもいかない。

幼かったり、ある程度事情があれば見逃したかもしれないが…。

「美幼女に殺されるとかご褒美」とか何か訳の分からん事を言っているからもう殺しちゃってもいいだろう。

っていうかこれ以上近づかれたくない、というのがイビルアイの本音である。

 

「そうか、なら一思いに殺してやる」

 

相手に対し、明確に殺害の意思を向ける。

得意の水晶魔法以外にも<重力反転(リヴァースグラヴィティ)>も使ってやろうか、そうすれば不意をつけるだろう。

そんな殺意の気配を受けながらも緊張するでもなく目の前の忍者は毅然として立つ。

 

「さぁ、ご褒美を早く」

「…一つ言っておくが、私は本気で殺すつもりだぞ?」

「それがご褒美、早くくれるべき」

 

「さぁっ」とか言いながら胸を張って手を広げて感動の瞬間を待つように恍惚とした表情を浮かべている。

正直ドン引きである。

イビルアイが思わず魔法の詠唱をちょっと止めてしまった瞬間、別の人物が部屋へと飛び込んできた。

 

「『さぁっ』じゃないわよこのおバカーーーーーー!!!!」

 

入ってきて早々、目の前の忍者に拳骨を喰らわせる女。

一目見た瞬間でも分かるほどに美少女だ。

美しい金色の髪と翠玉色の瞳は同性であるイビルアイも思わず目を引かれるほどだった。

 

「ごっふぁ!」

「ティア!あなた突然先に行ったと思ったらこんな小さな女の子に何をしてるの!?」

 

「せめてそういうのは大人にしなさい!」とか一見常識的な発言に聞こえるがそれはそれで問題のある発言をしている。

そして二百五十年を生きるイビルアイにとっては割りと胸に刺さる言葉であった。

 

「―――ごめんなさい、そこの娘さ…あら?どうしたのかしら?」

「ぐっふ…いや何でもない、それよりそこの変態の知り合いか?」

「えぇ、本当に仲間が失礼をしました。私の名前はラキュース。―――ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラです。よろしくね?」

 

ラキュースと名乗った少女はにこやかな笑みを向け、イビルアイに向かって握手の手を差し出す。

 

「…何用だ?貴様ら」

 

対するイビルアイはそれに応えない。

いきなり住居に侵入してこられたのだ、警戒するのも当然の反応だろう。

問答無用で払わないのは単に同性だったからだ。

男相手なら女だからといって嘗めるなと一蹴に伏していただろう。

 

「私達は冒険者、()()()()()と呼ばれる()()()を探してここまで来ました」

 

 

 

 

目の前の存在に警戒心を一段と上げる。

森の奥に暮らしているとはいえ、人里に出向くことも全く無いわけではない。

そんな時に使う名はイビルアイと名乗っているのだ、だと言うのに相手は本名を知っている。

そして吸血鬼であることも――警戒するなと言うほうが無理な事であった。

 

「…何故私の名前を知っている?返答次第では―――」

「おっかない気を出すんじゃないよ、泣き虫のお嬢ちゃん」

 

気配も感じさせず、部屋の入り口の前に立つ女性。

懐かしい存在に思わず驚きの表情を上げる。

 

「―――リグリット、か?」

「なんじゃ?ワシの顔も忘れるほどに呆けちまったのかい?」

「ぐっ!そんなわけあるか!!お前と違って見た目も脳の中もピチピチのままだ!!」

「ぐひゃ!ぐっひゃっひゃ!!!!二百五十にもなる存在がピッチピチとか!!」

 

腹を抱えながらリグリットという老婆が笑う。

余程受けたのか、背を折り曲げ、壁に片手を付きながら隠さずに笑い声を飛ばす。

 

「おうぉぅ、なんか楽しそうにしてんな婆さん」

「ティア、先行しすぎ。私にもご褒美になるもの無かった?」

 

笑うリグリットの後ろから更に二人の人物が現れた。

 

(一人は屈強な―――トロール?そしてもう一人はこのティアとか呼ばれている忍者の双子か何かか?)

 

ぱっと見ただけでも分かる情報はこんなところか。

イビルアイは目の前で笑いこけるクソババアに青筋を浮かべながらも冷静に相手の情報を掴む。

人間の国である王国では異形とのパーティーは珍しい、なんだか十三英雄時代を思い出しながら侵入者達を値踏みする。

 

「…一体何の用なんだ?いやほんと、さっきは酷い目にあったんだが?」

「聞こえていたぞぅ、あんな可愛らしい叫び声がお主の声から出るとはのう」

「なっ!?貴様、聞こえていたなら何故止めに…こないか、クソババア(リグリット)だものな」

「カッカッ!よく分かっとるのぅ?あれを()()()にも聞かせてやりたいねぇ」

 

あの男、という単語を聞いた瞬間から血の気が一気に下がる。

せっかく振られた思い出を忘れる為にこの森で一人で暮らしていたのだ、放っておいて欲しかった。

 

「…あいつの話はよせ、今はもう昔の事だ」

「まだ拗らせてるのかい?お前さんも年代物じゃのぅ…あれはあいつにとっても可哀相な事だったんだ。受け入れておやりよ?」

 

()()話になった途端、お互いに雰囲気が変わる。

別に憎いとか、そういった感情をその話題の彼に抱いているわけではない。

ただ、イビルアイとしても辛く、悲しい過去だったからこそそっとしておきたかった。

今はどうしているのかも分からない彼の姿を思い浮かべそうになり、頭を振る。

 

「…あの?ところでインベルンさんはこちらにいらっしゃらないのでしょうか?」

 

ラキュースが二人の神妙な面持ちに話題転換をするべきだと気を使い、声をかける。

彼女は貴族の出身であり、冒険者という立場に身を移していながらもこういった機微には鋭かった。

 

「私がそのインベルンだが?」

「えっ?」

「えっ?」

 

ラキュースの「えっ?」という疑問にイビルアイもつい同じ反応をしてしまう。

何か信じられないものを見たようなラキュースの表情、戸惑いに何となくリグリットを見る。

 

―――そういえば、リグリットってこの手のからかい方好きだったよなぁ―――

 

顔を向ければどこ吹く風と言った感じにうまく吹けない口笛を吹きながら壁のほうを見ているリグリット。

何処を見てるんだと突っ込みたいがいらぬことを言えば今すぐ問いただしたい事をはぐらかされてしまうだろう。

こういったワザとらしい誘導で相手を嵌めるのはこのクソババアの得意とする所である―――というのがイビルアイの認識だ。

 

「おい、クソババ。お前こいつらにどう言って私の事を説明した?」

「なぁに、ちょいとな?」

「何がちょいとだ!ちゃんと言え!!」

「ワシは単にインベルンという十三英雄とも一緒に戦った伝説の吸血鬼、と伝えただけじゃぞ?」

「…嘘こけ、あの女の顔には『信じられない』て言葉が書かれてるぞ」

 

この中でも一際美人さを持つ少女を見て半眼になる。

どう考えても「え?これがあの吸血鬼?」という顔だ。

はっきり言ってクソババアが何か言ったとしか思えない。

 

「その吸血鬼は『国堕し』と呼ばれるほどの絶世の美女で、ボンッキュッボンなすたいるであり、目を合わせると一瞬で魅了されてしまうから、ラキュースには処女を失う覚悟をしておけと言ったまでじゃが?」

「ちょっと!!?リグリットさん!?」

 

別に知りたくも無かった誰かさんの処女宣言を聞かされてもどうとは思わない。

ただまぁ、古い友人に秘密を暴露される苦しみに彼女への同情の心が浮かばないでもない。

イビルアイ自身もそのラキュースと同じく経験無いし…そう考えると更に同情の気持ちが沸いてくる。

思わず彼女の方に同情の視線を向けるとラキュースが「何でそんな目で見るんですか!?」という声を上げてくる。

周りを見れば何故かこっちを見ながら笑いを堪えている姿が見える。

特にトロールなんかは凄い笑い方をしていた。

 

「げっはははは!これはこれは!こんなおチビさんが伝説のボンッキュッボン!?マジかよリグリットの婆さん!!腹痛てぇぜ!」

「ぷっ…くくくっ、用意された絵と比べてもちんちくりんすぎる」

 

どう考えても自身にとってバカにされてるとしか思えない発言と態度の数々に青筋も切れてしまいそうな勢いを押さえ込みながらリグリットに尋ねる。

 

「リグリット、お前がそういう奴だってのは分かってる、それはもういい…。それで?どんな用事なんだ?」

 

ただ顔を見に来る為だけに来るような奴じゃないのは分かっている。

だからこそこの人をからかいまくる困った老婆相手に自身の全力を思わず出してしまいそうな心を制御して尋ねる。

 

 

 

 

「そうじゃなぁ、ワシも年だからの?」

 

その一言に黙り込むしかなくなる。

イビルアイはアンデッドであり、死んでいながら現世に留まり続ける存在。

それはつまり消滅しなければ無限の時を過ごすと言うことだ。

それとは違い、リグリットには寿命はある。

人間種でありながら色々訳あって寿命を超越してはいるがそれは永遠では無い。

 

(―――また、仲間が一人去っていくのか)

 

そんな感情を抱き、えも言われぬ気持ちになりながら目の前の老婆を見据える。

見てみれば老婆もまた、深い慈しみにも似た表情を一瞬だけ作り、そして何時も通りの表情に戻り、言葉を発する。

 

「さて、嬢ちゃんや。一つ決闘を受けてくれんか?」

「決闘?」

「あぁそうじゃ、お主が勝てばワシのマジックアイテムのいくつか譲ってやろう、ワシが勝てばお主はこいつらの仲間となるんじゃ」

 

いいか?今すぐにでも始めるぞ?

そんなリグリットの言葉に彼女の()は見えてきているのだろうなと悲しい感情に塗られていくことが止められない。

いつの間にか始まっていた戦いの中で「あ、ワシが負けても主は冒険者入りな」とか割と都合がよ過ぎる発言も、イビルアイにとっては受け入れてあげたいものでしかなかった。

かつての仲間、友を失う事を理解してしまえば、願いに否定など出来なかった。

勿論言葉には出さず、減らず口ばかりが代わりに出ていた気はするが、それもお互い分かっていながらのことだった。

割とちょろいイビルアイには、それだけで十分だった。

決闘とかいいながら向こうは五人がかりだったけどそれもちょろいイビルアイにとっては気にすることは無かった。

ただ、少しばかり話題に出てきた()は、どうしてるのかなぁ…と、それだけが気にかかった。

 

 

 

 

その日、イビルアイは人里へ下ることを決めた。




彼女はちょろい

追記:
誤字脱字報告ありがとうございます。
一部間違えてた単語とか直しました。
何回も見直しても書き間違えってあるものですね。
初めてこういうの書くので如何に大変かわかります。







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