大会初導入となったロシアW杯で‟大活躍”。VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)の登場は、レフェリングの常識を変え得るほどのインパクトがあった。今季からはリーガでも運用がスタートした新技術はジャッジにどんな影響を及ぼしていくのか。今後を見通すためにも、ロシアでの成果をあらためて振り返っておこう。
文 木村浩嗣
ロシアW杯は“VARの大会”として記憶されることになるだろう。VARは、大会3日目のフランス対オーストラリアのPKのジャッジで初めて我われの前に現れ、最後の試合フランス対クロアチアのPKのジャッジで去って行った。印象としては大成功。今後VAR抜きのコンペティション(例えばCL)では“VARがあれば……”が決まり文句になるに違いない。四角く手を動かすスクリーンのポーズにもすぐに慣れたし、プレー中断は気にならないどころか重大決定の緊張感を盛り上げる間として楽しめた(中断で言えば、セットプレー前の選手への注意の長さの方が興醒めだった)。
VARによってジャッジの精度が飛躍的に上がったわけではない。FIFAがグループステージ(GS)48試合を分析したところ、VAR抜きの審判のジャッジ的中率はすでに95%と人間業を超えたレベルにあり、VAR込みで機械ならではの絶対的なレベル99.3%になったに過ぎない。だが、この4%ちょっとが、VARが介入する4つの重大事、①ゴールとゴールに繋がるプレー、②PKとPKに繋がるプレー、③一発退場に繋がる行為、④反則者の特定、だから極めて重要であった。
FIFAによるとGSでのVARの正式介入(プレーを止めての審査)は17回あり、そのうち14回で審判の判定が覆った。14回の内訳は、PKが与えられたのが7回、PKを取り消されたのが2回、レッドカードを取り消されたのが2回、ゴールがオフサイドで取り消されたのが2回、反則者の特定ミスが1回で、スコアに直接影響を与えたものが計11回あるからインパクトは大きかった。これまでの大会なら“幻のゴール”とか“世紀のミスジャッジ”と呼ばれ、下手すると審判に殺害予告が届きかねなかったものだ。
正式介入以外でもVARは常に見張っている。FIFAによればGS48試合でのチェック回数は335回に及んだという。VARのクローズアップや静止画像、スロー再生、3次元再現によるオフサイドの判定の前に、選手だけではなくベンチからの抗議は無意味となり、審判の目を欺こうとするダイブや死角でシャツをつかむ行為は本人の名誉とチームを傷つけるだけとなった。大会通算でレッドカードの枚数が4とかつてないほど少なかったことは、VARによって監視が強化された成果かもしれない(逆にイエローカードがブラジル大会より30枚ほど多かったが……)。
もちろん、VARでミスや微妙な判定が根絶されるわけではない。審判の解釈が介入しなければならないジャッジ、例えば決勝でのペリシッチのハンドなどは物議を醸し続けるだろう。だが、VARでの審査後に下された判断がVAR抜きで下されたそれよりもミスの可能性が小さいことを否定できる者はいないだろう。
人間とVARが協力しての的中率99.3%は審判の権威とジャッジへの信頼性を上げ、マリーシアなどこれまでサッカーの一部とされた反スポーツ的な行為を減らし、グラウンド外の物議やトラブルを回避することに役立った。結果として、サッカーを本来の楽しみであるグラウンド上でのプレーに集中させることになったのだ。
一方、忘れられないジャッジや印象に残る審判が少なかったのも、VAR効果の1つだと言えそうだ。重大なミスジャッジは皆無だったので、ジャッジの良し悪しは、主に①VARにジャッジを覆されたか否か、②小さなミスの有無、③選手に文句を言わせず試合を荒れさせずコントロールする能力であった。VARのおかげで審判は本来の役割である“黒子”になり得たのだった。
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