2018年9月6日午前3時8分頃、北海道の胆振地方東部を震源とする最大震度7の地震が発生した。 直後から、私たちが運営する速報サービス「スペクティ(Spectee)」には、「地震だ」「すごい揺れだ」といったSNS上のつぶやきがいくつも上がってきた。
スペクティは24時間365日、SNS上の投稿を解析し、世の中で発生している事件・事故・災害情報などを収集して、契約先の報道機関や電力・鉄道・航空会社などの民間企業、官公庁、地方自治体などにリアルタイムに届けている。国内企業150社以上に加え、AP通信やニューヨーク・タイムズなど世界の代表的な報道機関にも採用されている。
地震発生から2分後の3時10分、停電したとの画像付き記事が投稿されると、それを皮切りに札幌市、函館市、旭川市など北海道の各地から停電情報が次々とアップされた。
深夜の出来事だったため、大きな地震が発生した時によく見られる、崩れ落ちた建物の画像、家具が倒れて物が散乱している画像は、最初のうちはあまり見られなかった。スペクティが把握している限り、室内の散乱画像が初めて投稿されたのは、地震発生から7分後の3時15分。他の大きい地震に比べ、わずかに数分ながら遅れたのが(SNS投稿の解析を続けてきた専門家の視点からは)特徴的だった。
SNS「ファクトチェック」の専門部隊を投入
続いて3時16分頃から、新千歳空港で壁やガラスが破損したことを示すテキスト情報の投稿が始まり、4時20分には現場の画像が投稿された。
「鉄筋コンクリート性の空港でさえこうなるんだから相当でかい地震だったね」
私たちスペクティはこの時点で、新千歳空港の被害がかなり大きいものと判断し、配信情報の真偽確認(ファクトチェック)や整理を行う部隊、通称「アンカーチーム」を、新千歳空港の詳細な情報収集に当たらせた。
SNSなどを分析して実際に空港内にいる人を割り出し、現地の状況を確認しつつ、場合によっては投稿者や空港に直接確認を入れ、情報を整理するのが目的だ。私たちはSNS上の投稿を収集して配信するだけではなく、現場で何が起きているのか、どんな状況なのかを詳細に調査して、逐一契約企業に届けているのである。
そうこうしているうちに空が明るくなり、被害の状況がだいぶ見えてきた。明け方に目立って投稿が増えたのが、水道管破裂などによる冠水の画像・動画である。
「清田区里塚1条近辺 冠水みたいなのと泥まみれ」
この頃、テレビや新聞などの大手メディアも、現地からのライブ映像を放送・配信し始めた。
過去の「デマ情報データベース」と照らし合わせる
大きな動きが出てきたのは午前10時前。SNS上にデマ情報が出回り始めた。出どころはどうやらLINEアプリのようだ。
今回拡散されたデマのうち、代表的なものは以下の二つだった(実投稿へのリンクを埋め込むとデマ情報の拡散につながるため、テキスト要約のみに留めたい)。
「自衛隊の要請で大規模に計画断水を行うため、6時間後(または午後から)水道が使えなくなる」
「停電(または電波塔の破損)のため、4時間後に携帯電話やLINEが使えなくなる」
とりわけ後者については、「NTTドコモによると」「KDDI(au)によると」「ソフトバンクによると」といった企業名を含む枕詞付きで投稿されるケースが多く、信憑性が高いように錯覚してしまう書き方になっている。
私たちスペクティは、前出のファクトチェックなどを行う「アンカーチーム」を中心に、それぞれの情報の信憑性を確認した。過去のデマ情報のデータベースからシステム的にデマかどうかを判断するのと並行して、公的データとの照らし合わせや行政・自治体への問い合わせ、投稿者へのヒアリングなどを行った。
デマだと判明しても拡散は簡単に止まらない
結果として、いずれもデマ情報であることが確認されたため、まず10時17分に「北海道各地で計画断水」情報がデマであることを契約先の報道各社へ配信。40分後の10時57分には「停電、電波塔破損により4時間後に携帯電話が使えなくなる」情報の方もデマであることを通達できた。
在京テレビ局など首都圏のメディアは、デマ情報が出回っていることにもまだ気づいていない可能性の高い段階で、大きく拡散する前に正しい情報を発信できたことは何よりだった。
とはいえ、喜んでばかりはいられない。契約各社にデマ情報の存在を通達してからおよそ2時間後、13時に確認したツイッターのトレンドには、結局「電波塔」と「携帯電話」がランクインしてしまった。デマ情報の拡散力の高さには驚くばかりだ。
【ツイッタートレンド】(2018年9月6日13時時点)
- むかわ町
- 電波塔
- 南北首脳会談
- 携帯電話
- 苫東厚真発電所
- 開催中止
- 再稼働
- Yahoo!基金
- WCCF
- 苫東厚真火力発電1・2号機
- 基地局
LINEのクローズドなトークが、実は発信源に
ここ最近のデマ情報の大きな特徴は、その発信源がLINEアプリであることだ。
2016年4月の熊本地震では、「動物園からライオンが逃げた」に代表されるデマ情報の多くはツイッター投稿から始まった。ところが、2018年6月に発生した大阪北部地震や続く7月の西日本豪雨の際に出回ったデマ情報の多くは、実はLINEが発端となっている。
デマ情報は最初、クローズドな友だちトークを通じて不可視のまま伝搬され、その中の誰かがその情報をツイッターに転載した時から、一気に拡散が始まるのである。
LINEの場合、仲間うちでのやり取りなので最初はおそらく半分冗談程度に、文脈によっては面白おかしく、デマ情報を伝えるのだろう。クラスや職場のウワサ、あるいはヒソヒソ話のようなもので、その時点ではさほど悪意のあるものではない。
しかし、伝言ゲームのように言葉が最初の人から遠くに伝わっていくうち、いかにも事実であるかのように情報は書き換えられ、ある時「これは大変な事実じゃないか!」と感じた誰かが、善意からその情報をオープンなコミュニティに広げてしまう。
発信した人にも拡散した人にも、世間を騙してやろうという大きな悪意があるわけではない。ところが、そのことが返って拡散力を高めてしまうという皮肉な現実があるのだ。
クローズドでも半分冗談でも「ライフラインネタ」は禁物
今回流布した断水や携帯電話使用不可といった情報はライフラインに関わるもので、災害時にこうしたデマが流れるのは極めて危険なことだ。
「何時間後に水道が止まる」という情報が氾濫すれば、コンビニやスーパーには水を買い求める人が殺到し、無用の品不足が生まれて混乱に拍車をかける。実際、札幌市内の店舗はどこもかしこも多くの客であふれ返った。また「携帯電話が使えなくなる」となれば、今のうちにと電話をかける人が増え、逆に本当に必要な人が緊急の電話をかけづらくなる。
テレビやラジオ、新聞社といったメディアや公的機関が発信している情報をしっかり確認し、真偽不明な情報はたとえ仲間うちであっても伝えることに慎重であるべきだ。同時に、メディアや公的機関は、多くの人が自らの命を守るためにその情報に信頼を寄せているという現実を重く受け止め、正確な情報の発信はもちろん、デマ情報の拡散防止に務める責務があるだろう。
村上 建治郎(むらかみ・けんじろう)
1974年生まれ、東京都出身。ネバダ大学理学部物理学科卒業。ソニー子会社に入社し、動画配信やオンラインゲームのソニーのデバイスと組み合わせた企画販売に従事。2007年、シスコシステムズに転職し、法人営業を担当。在職中の2009年に早稲田大学ビジネススクールに入学、2011年3月修了(MBA)。同年末にシスコを退職し、起業。現在、株式会社Spectee(スペクティ)代表取締役CEO。