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 残念だ、と言うほかない。

 「漫画村」「Anitube」など著作権侵害コンテンツを配信する海賊版サイト対策を巡り、出版社とISP(インターネット接続事業者)の対立が先鋭化していることについてだ。

 情報法制研究所(JILIS)が2018年9月2日に開催したシンポジウムで、日本インターネットプロバイダー協会(JAIPA)の立石聡明専務理事は「(緊急避難で海賊版サイトのブロッキングを容認した)4月の政府決定が信頼関係を崩した原点だ」と語った。

 内閣府が2018年6月に海賊版対策の検討会議をスタートさせる前、記者は各方面を取材し記事を執筆しつつ、記者個人の見解を示す欄「記者の視点」の中で以下のことを提案した。

 権利者、ISP、広告主、広告代理店、ユーザー団体など、海賊版サイトのエコシステムと関わりがある全てのプレーヤーが、海賊版対策として何ができて何ができないか、膝を突き合わせて議論し、「できること」の優先順位リストを作り上げる。緊急避難としてのブロッキングを議論する前に、まずはそこから始めてはどうだろう。

 今後、政府はサイトブロッキングを含む法整備の検討に入る。出版社などのコンテンツ事業者とISPなどの通信事業者が同じテーブルに着き、あるべき法制度を議論する。ただ残念ながら、今回のブロッキング騒動で、通信の秘密を巡ってコンテンツ事業者と通信事業者に深刻な対立が生じてしまった。

 法制度の議論に当たっては「通信の秘密」だけでなく、「オープンインターネット」「表現の自由」といった保護すべき多様な概念を基に、あるべきインターネット社会について両者の認識を合わせることを出発点に置く必要があるだろう。

 特に後者について「『通信の秘密』だけでなく…」と書いたのは、このままブロッキング法制化の検討で「憲法が定める通信の秘密と財産権(著作権)のバランス」という構図が固まってしまえば、両者の対立がさらに深まるのは目に見えていたからだ。両者の理念に重なる部分はなく、いずれか一方が犠牲になるゼロサムゲームにしかならない。

 「通信の秘密」には、いくつかの重要な理念を守るための砦という側面がある。プライバシー保護、検閲の禁止、「通信」への信頼の保護、ネットワーク中立性といったものだ。

 通信の秘密を安易に侵害してしまうと、これら様々な価値が損なわれる恐れがある。だからこそ、通信の秘密について規定した電気通信事業法は、個別に利用者の同意を取るか、サイバー攻撃のような通信への信頼を損なう事象への対策などに限って、通信の秘密を解除できる形で運用されている。

 出版社や漫画家を含む「創作者」とISPとの協力関係を築くには、通信の秘密と財産権を対立させるより前に、「創作活動の自由とインターネットの自由をどう両立させるか」といったフレームで議論を始めるべきだったのでは、と記者は考えている。これらは本来互いに協調し、高め合えるものだからだ。

2つの「自由」と通信の秘密の関係
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 創作者は、規制に縛られず、かつ適正な収入を得ることで持続的に創作する「創作活動の自由」を何より重視する。一方のISPは、国や大手企業に支配されずデータを自由に流通させる「インターネットの自由」を重視する。

 その点で両者は、これらに共通する「検閲の禁止」「言論・出版の自由」の理念を共有している。さらに、創作者が大事にする「知的財産の保護」、ISPが大事にする「通信への信頼の保護」も、共有はしないまでも互いにリスペクト(尊重)できる理念のはずだ。