漆黒の英雄譚 作:焼きプリンにキャラメル水
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「うっ・・」
真っ先に思ったのは両手両足の違和感であった。何かが纏わりつくような感覚であった。
(俺・・確か・・)
モモンは思い出す。ギルメン村を旅立った後、あのギガントバジリスクの毒が解毒されていなかったのだろう。吐血や激痛に悩まされるが何とかアゼリシア山脈を降り切った。降り切った後のことは覚えていない。恐らく意識を失ったのだろう。
モモンは目を開けた。
見覚えのない光景だった。あまり周囲を見渡す余裕はなく、ただ自分が檻に入れらえていることが分かった。
「ここはどこだ!!?」
モモンは衝動的に立ち上がる。
ジャラ・・
聞きなれない金属音がする。そう思って見れば両腕には手枷が付けられており両足には鉄球を繋いだ鎖がそれぞれ付けられていた。
「鎖?・・何で?」
モモンが自分の置かれた状況を理解できずにいるとドアが開いた。
「起きたか?」
「誰だ?」
「私はスレイン法国のブライス。倒れていたお前を拾った者だ。」
「スレイン法国だと!?ふざけるな!」
モモンが叫んだのも無理はない。あのスレイン法国の者が自分を檻に入れているのだ。冷静でいられるはずがない。
「あまり大声で叫ぶな。この部屋は防音の魔法が掛けられているから問題ないが、私の耳には響く。」
「くっ・・」
「私は名乗ったのにお前は名乗らないのか?」
モモンは考える。名前を出すべきかどうか。
(スレイン法国の者か・・なら言わない方がいいに決まっている。)
「お前に名乗る名前は無い!」
「そうか・・名前は後で適当に付けたらいいから問題ないんだがな。」
そう言うとブライスは懐から何かを取り出した。
(あれは鍵?)
ブライスは鍵を使うとモモンの入った檻を開けて入ってきた。
「!」
モモンは警戒する。檻に入ってきて何をされるか分からなかった為である。
「お前・・『神人』という言葉を知っているか?」
「『シンジン』?何だそれは?」
「そうか・・」
その答えに安心したのか。ブライスはモモンに近づく。
そして・・
モモンの腹部に衝撃が走った。
「かっ!?」
モモンの口から胃液が飛び出る。
「汚いものを飛ばすな。」
そう言って再び腹部に衝撃が走る。
モモンの身体が吹き飛び背中に檻が当たる。激痛が走った。
「ここにいる以上は私が主人だ。それを覚えておけ。」
モモンが再び視線を向けた時にはブライスは檻の外から鍵を閉めた時だった。
「あぁそうそう。私は奴隷商人でね。お前を売れば大金が入る予定だ。」
「なっ・・」
モモンがあれこれ驚いているとドアから人が現れた。
「ブライス様。お客様がお見えになりました。」
「分かった。リンデス。今行く。」
「待て!」
モモンの制止も聞かず二人の男は出ていきドアを閉めた。
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「くそ!」
モモンは部屋に取り残された。
(まずは状況確認だ。周囲を見渡すべきだ。)
モモンは周囲を見渡した。
自身は拘束された状態で檻に入っている。檻は鍵で開閉可能。現在は閉まっている。鍵はブライスという男が持っている。この部屋は約10メートルの正方形の形(あくまで目視による確認)をしており、モモンの入った檻は部屋の左下に位置する。その右に檻が二つあり、モモンから見て手前側に男のエルフが1人拘束されていた。奥の部屋は扉が開いたまま空室になっている。
「何故人間がその檻に入れられている?」
「?」
モモンの右方向から男の声がした。恐らくエルフの男だろう。
「すまないがよく分からない。旅の途中でアゼリシア山脈を降りた後、意識を失ったらここにいたんだ。あなたは?」
「・・・・」
男の表情は死んでいた。
「何があったんだ?もしよろしければ教えてくれないか?」
「・・・私はトブの大森林に妻と息子と娘の四人で暮らしていた。狩りや植物を採取して生活して平和に過ごしていたんだ。だがそんな中・・スレイン法国の者が現れて、私たちは全員捕まった。」
「ここに奥さんたちはいないのか?」
「・・・いたさ。10日前に妻は誰かに売られた。息子は・・っ!」
息子のことを話そうとした瞬間、男が吐いた。地面に嘔吐物が広がる。
「ごめんな。ごめんな。ごめんな。こんな駄目な父親でごめんな。」
「・・・」
モモンは黙る。明らかに男の様子は異常だ。一体何があったんだろうか。聞くべきか放っておくべきか・・
いや聞くべきだ。何か助けになれるかもしれない。
「何があったんだ?息子さんに何かあったのか?」
男はモモンの言葉に反応する。表情が固まった。
「妻を売られたショックもあったのだろうな・・身も心も疲れた私たちは極度の飢えに襲われたのだ。」
「・・・」
「その翌日、息子が『買われた』とブライスに連れられて行った。その日の食事は肉の入ったスープだった。私と娘は『美味い』と言いながら笑顔で食べたさ。あんなに笑ったのは森の生活以来だった。娘も感謝していた。ブライスが現れた時に感謝の言葉を言ったのだ。そうしたら奴はこう言った。『お前の息子も美味いと言ってもらって喜んでるだろうな』。その言葉を聞いた時に思ったのだ。あぁ・・私たちは息子を食べたのだ。私と娘はその意味を理解した瞬間嘔吐した。それから数日後娘は栄養失調で衰弱死した。原因は拒食だ。それからさらに数日後売られた妻が自殺したことを聞かされた。」
「・・・」
聞いてはいけないような出来事を聞いたようだ。
「お前はここに奴隷になったばかりなのだろう。だったらまだ間に合う。ここを出ろ。」
「どうやってだ?」
「後でな・・」
先程閉まったドアが勢いよく開かれる。そこから現れたのはブライスであった。
「エルフの男・・出ろ!お買い上げだ。」
「・・分かった。」
そう言うとエルフの男は立ち上がる。
「早く来い。」
「なぁ。頼みがある。」
「何だ?」
「私は人間が嫌いだ。この人間の男の目の前で自由になった姿を見せつけたいのだ。数秒だけでいい。」
ブライスは思案する。
(奴隷の心を折るには・・こういうのもありか。)
同じ奴隷が違う扱いをされるのを見て心を折る。そういうのもありかもしれない。折角商談が決まったというのに客を待たせたくない。しかし奴隷の心を折っておきたい。一石二鳥の手と確信したブライスは機嫌よく笑う。
「いいだろう。」
ブライスは懐から鍵を取り出すとエルフの手枷を外した。
エルフの男が自由になった腕をモモンに見せつける。
「私は自由になったぞ。どうだ羨ましいか?」
「・・・」
エルフの男が舞う。腕や首、腰を動かす。
「何だ?その奇妙な踊りは?」
ブライスはその舞の正体に気付けなかった。それは舞などではなく身体を動かして温めているのだと。
そしてエルフの男が大きく足を振り回す。
ブライスの足に激痛が走る。
「がっ!!?」
ブライスの足の骨が折れ、床に這いつくばる姿勢になる。
男が再び足を振り回す。その足の先についた鉄球がブライスの頭を砕く。
ブライスの全身が吹き飛び、床に仰向けで倒れる。その身体は痙攣しており頭部からは大量の鮮血が溢れていた。
エルフはブライスに近づき、懐を探る。
「あった。」
エルフは鍵を見つけると自身の足枷を外した。
拘束を解かれた足のままモモンの檻の鍵を開けた。
「後は手枷と足枷だな。」
続いて手枷と足枷を外す。
「ありがとう。」
「礼はいらん。」
2人は檻から出る。
足音が響く。
「あの足音・・」
「不味いな・・」
「ブライス様?お客様が先程の件は無かったことにしてくれと言われ帰られたのですが・・」
リンデスがドアを開けるとそこにいたのは自由になった奴隷2人と血まみれのブライスであった。
「ブライス様!!?貴様らぁ!」
リンデスが剣を抜く。
「行け!」
そう言ってエルフがリンデスに立ち向かう。
「無茶だ!よせ!」
モモンが止めようと腕を伸ばす。
「ぐっ!」
モモンが見たのはリンデスの持つ剣がエルフの胸を貫く瞬間であった。
「死ねぇ。このエルフめぇ!」
リンデスが剣を抜こうとした時だった。
「抜けない?」
リンデスの剣を持つ腕をエルフが両手で握っていた。
「悪いが剣を貰うぞ。」
そう言うとエルフは腕に力を込める。リンデスの腕が折れて剣を離す。その隙にエルフは一歩後退する。
「よくもこの亜人め!!」
リンデスがエルフの胸に手を伸ばす。剣を抜くためだろう。
エルフは胸を貫いていた剣を抜く。抜いた際に大量の鮮血が流れ出る。
「一緒に地獄に落ちろ。リンデス!!」
エルフはリンデスに向かって剣を構え・・
今度はエルフがリンデスの胸を貫いていた。
「がっ・・エルフ如きが・・」
エルフが剣を抜くとリンデスは抜かれた反動で後ろに倒れた。先程のブライス同様痙攣を起こしている。口と胸からは大量の鮮血が溢れ地面に広がっていく。
モモンはエルフに近づく。
「傷が!」
エルフの胸の傷から鮮血が広がる。鮮血は地面に零れ広がっていく。
「お前は逃げろ。今すぐここから離れろ。」
「嫌だ。誰かが死ぬのを見るしか出来ないのは嫌なんだ。」
「もうすぐ騒ぎをかぎつけた衛兵がここに来るだろう。だから早く行け。」
「しかし・・・」
「あぁ・・やっと妻や子供たちに会える。」
男が天井に手を伸ばす。
「・・・」
天井に伸ばした手が床に落ちる。男が死んだのだ。
モモンは男の目に手をかざすと目を閉じてやった。
モモンは男を床に丁寧に置くと立ち上がった。
「・・・」
ドアに視線を向ける。
モモンはドアに向かって走り出した。