漆黒の英雄譚 作:焼きプリンにキャラメル水
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何も見えない・・・・
何も聞こえない・・・・
何も感じない・・・・
俺は死んだのか?
誰もいない・・・・
誰の声も聞こえない・・・・
ギルメン村のみんなは?
真っ暗の空間に自分がいるような感覚・・
夜の闇に自分が溶けていくような感覚・・
無いはずの手を伸ばす。
あぁ・・なんて綺麗なんだ。
これが『死』か・・
なんて・・
「モモン!!」
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「母さん?」
モモンは目を覚ました。目の前に母親であるモーエの顔があった。どうも膝枕されているようだ。
「良かった・・目を覚ましてくれて。彼らはもう去ったわ。全滅したのだと思い込んだのでしょうね。」
そう言ってモーエが微笑む。だがその顔や首元は血に染まっており、重傷なのは一目で分かった。
「母さん・・血が!」
「大丈夫。これがあるから。」
そう言ってモーエが右手に握ったそれを見せた。
「ポーション?」
「そう。タブラスおじさんが前に作ってくれたのよ。だから助かるわ。」
「早く飲まないと!」
「ねぇ。モモン、このポーションを使う前に一つだけ約束して欲しいの。」
「何でもする。だから早く飲んでよ。」
「復讐なんて考えないで。あの男を殺したって村のみんなが帰ってくるわけではないから。」
「母さん・・何を?」
「もう一つ、あなたは旅に出なさい。あなたは今日私たちやこの村と別れることになるけど、それ以上に素敵な出会いがあなたを待っているはずだから。あなたは旅に出なさい。約束してくれる?」
「うん。約束するよ。」
「ありがとう。モモン。」
モーエはモモンにポーションを飲ませた。
「母さん!何を!?」
「私にとって最も大事なのは自分の命やこの村じゃない。最も大事なのはモモン。」
「母さん・・」
モモンは自身の左手が治っていくのが見える。左手が元に戻っていく。ギガントバジリスクの毒や全身の刺し傷が少し癒されていくのが分かる。
「愛してる。モモン。私の子供になってくれて本当にありがとう。」
そう言うとモーエが息絶える。モーエが背中から地面に倒れる。
「母さん!」
モモンは立ち上がりモーエを見た。
モーエの左腕は切断されており、胸や腹には大量の刺し傷があった。
(こんな状態になっても自分でポーションを使わなかったのか?)
どれだけの激痛が母さんを襲っていたんだ?
(俺の為に?)
モモンはポーションの効果か全身が癒されていくのが分かる。だがそれに反して胃からこみあげてくるものを感じた。
モモンは村を見渡した。
家は全て燃え散っており、村人はみんな苦悶の表情を浮かべている。
「みんな死んだのか・・みんないなくなったのか。」
母さん・・スザァークおじさん、タブラスおじさん、アマ―ノおじさん、マイコ・・・
ウルベル・・チーノ・・チャガ・・アケミラ・・
『ギルメン村』のみんな・・・
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「・・・」
モモンは墓の前に立っていた。
「40人もいる村人全員の墓を作るのは俺一人じゃ無理だよ。だから許してね。」
モモンの目の前に墓がある。燃やされた木材の中でも比較的綺麗だった木材を再利用して十字に木を括り付けて地面に突き刺しただけの簡易な墓を作った。
ウルベル、チーノ、チャガ、アケミラの遺体は見つからなかった。
何度も探した。でも見つからなかった。
「なぁ・・誰か応えてくれよ。」
風の音だけがモモンの耳に入る。
「1人は嫌なんだ!」
モモンが墓を抱きしめる。
「・・・ごめんな。分かってはいるんだ。みんなはもういないって。」
母さんの温かい料理が好きだった。
スザァークおじさんとタブラスおじさんの話が好きだった。
マイコの妹想いな所が好きだった。
アケミラの姉想いな所が好きだった。
チャガの声が好きだった。
チーノの馬鹿な所が好きだった。
ウルベルの少し悪い所が好きだった。
俺はギルメン村のみんなのことが好きだ。
モモンは瞳から涙を流す。
「俺・・もう行くよ。」
モモンは涙をぼろぼろの袖で拭く。
「いつか全部が終わったら・・俺はここに戻ってくるよ。旅に出るからさ・・」
モモンは心を落ち着かせて息を整える。
「行ってきます。」
モモンのその言葉に応える者はいなかった。