2018年夏の高校野球、有名私立の強豪校が名を連ねる中、秋田の公立高校である金足農業高校が決勝の大舞台に立ちました。決勝戦では春夏連覇をかける名門・大阪桐蔭高校に惜しくも敗れたものの、地方の公立高校が名だたる名門校を破り決勝まで進んだことは、今回の甲子園を大いに盛り上げました。ではなぜ、金足農業高校はここまで勝ち上がることができたのでしょうか。今回は、仕事にも役立つ「チームマネジメント」「チームビルディング」の観点から金足農業高校が勝つべくして勝ったその理由を紐解いていきます。
「雑草軍団」は、なぜ強いチームになったのか?
金足農野球部のレギュラーメンバーはすべて秋田県内の中学出身であり、まさに「雑草軍団」です。一方決勝で戦った大阪桐蔭は、12府県からスター選手が集まる「エリート校」とその2つの存在は対照的でした。そんな金足農が名だたる強豪校を破り、決勝へと駒を進めたのは何がポイントだったのでしょうか。選手や関係者のエピソードから、チーム作りにおいて大切な「3つのこと」が見えてきました。
(1)役割の明確化と選手・監督間の信頼関係
(2)「主戦法」にとらわれない逆をつく戦略
(3)選手自らおこなっていた採用活動
では、それぞれを具体的なエピソードつきで見ていきましょう。
10種類のバントを使い分ける「バント職人」への厚い信頼が、走者をホームへと導く
準々決勝、滋賀の近江に対し、9回表まで2-1とリードされ苦しい展開だった金足農。9回裏に連打と四球で無死満塁とすると、素人が考えてもヒットを狙う場面で3塁線へのスクイズ(3塁走者をホームに還すためのバント)という意外すぎる攻撃を見せました。そのスクイズが奏功し、3塁走者だけでなく2塁走者までもが生還。金足農は逆転サヨナラ勝ちをおさめました。
この大事な場面でスクイズを決めた9番打者の斎藤璃玖遊撃手は、「バント職人」として監督やナインから信頼を得ている選手でした。それは斎藤選手が「自分に求められる役割」を理解した上で、バントに圧倒的な練習量を費やし、10種類にも及ぶバントを使い分けられるようになったことでつくられた信頼でした。
監督からスクイズのサインが出たとき、斎藤選手は「これで1点取れる」という確信があったといいます。2塁走者だった菊地彪吾選手は、「斎藤なら必ず決める」という信頼から、返球を見ることなく一気にホームへ滑り込むことだけを考えていたそうです。
主流戦法に流されない「手堅い戦略」
全国の強豪校が集まる甲子園では、ヒッティングによる攻撃が主流にあり、その打撃戦を期待し試合を観戦する観客も多いです。バントのような小技の練習は減少しがちで、準々決勝で金足農にサヨナラスクイズを許した近江は「そういう守備練習をしたことがなかった」ともいいます。金足農はそんな「主流戦法」の逆を突き、小技を磨く練習を重ね、要所要所で効果的に使うことで勝利をものにしてきました。
また金足農には、エース吉田投手のコントロール重視の投球に加え、鍛え抜かれた堅い守備力があります。地道にバントでつなぎながら着実に得点を積み上げていくという戦い方ができるのも、簡単に得点を許さない堅い守りがあってこその戦略です。それらが見事にはまった近江戦は、「打ちにいく」というトーナメント戦の主流戦法に流されない地に足の着いた戦略と、堅い守りで辛抱強くチャンスを待ち、手堅く攻めるという戦術を強く印象付けることになりました。
「金足農で一緒に野球をしよう」で集まった地元メンバー
金足農の強いチームづくりのきっかけは今から3年前にさかのぼります。今夏の大会でのレギュラーメンバーが中学3年生だったとき、その多くが軟式野球出身者でした。中学の軟式野球部を引退した後、高校進学前に硬式野球に慣れておきたいということから入った秋田北シニアに、たまたま金足農の現メンバーの中心選手たちがそろっていたのです。
そこから入学までの間に更にメンバーを探して「金足農で一緒に野球をしよう」と誘い合い、その結果、入学時には甲子園に行ける可能性が見えるほどのチームになっていました。つまりこれは選手が自主的にメンバー集め=チームビルディングをしていたということです。
そして、甲子園を目指して集まった仲間同士は、練習の際には納得するまで言い合って互いに磨き合うことを重ね、全幅の信頼を築き上げました。そこにはもちろんメンバー同士の切磋琢磨だけではなく、監督の指導や秋田県による高校野球強化プロジェクトがあったことも見逃せません。
高校野球から学ぶ、チームビルディング・チームマネジメント
今夏の高校野球の決勝戦は、エリート私立対雑草公立という構図や、秋田県勢として1世紀ぶりの決勝進出、東北勢として初めて優勝し優勝旗が白河の関を越えるかなどの関心もあり、高い視聴率を記録しました。
自分の故郷の代表校がどこで、対戦相手はどこか、試合運びやその結果に一喜一憂するのも楽しいでしょうし、高校生が一心不乱に白球を追いかける姿に自分の高校時代を重ね、ひとつひとつの試合で起こるドラマに感動を覚える人もいるでしょう。
そのような楽しみ方ももちろんですが、来年は高校野球をチームビルディングやチームマネジメントの視点から観戦してみてはいかがでしょうか。
強豪校ではなくダークホースが勝ち上がってきたのは何故なのか、ベンチ入り選手の構成など、チームの戦略に興味が湧いてくるかもしれません。試合運びについても、どういう戦術のチームなのか、そのチームの攻守の特徴を掴むことで観戦の面白さが変わってくることでしょう。
高校野球のチームと同様、チームのあるところには必ずチームの力学が働いています。チームを見る、チームをマネジメントする(運営する)、チームビルディングをする(チームを作る)など、状況に応じてチームとの関わり合い方を見極め、自分のポジションを確立してください。
(執筆:日向野めぐみ)