最近の日本経済に関する話題といえば、専ら雇用環境の急激な改善である。2018年7月時点の完全失業率は2.5%、有効求人倍率は1.63倍と、歴史的な水準で推移している(有効求人倍率は1974年1月以来の高水準である)。
これだけをみると、日本経済は絶好調で、すでにデフレを脱したかにみえるが、実はそうでもない。例えば、実質GDP成長率は2018年に入ってから減速気味に推移しており、前年比でみると1%程度の低い伸び率にとどまっている。
先進国の中で景気が低迷している印象が強いイタリアが同1.2%強だから、実質GDP成長率の数字でみる限り、むしろ景気は低迷しているという見方も可能である。
このような話をすると、「日本の潜在成長率は1%前後だから景気はそんなに悪くない」という指摘が出てくるが、この場合の潜在成長率はかなり可変的で、どちらかといえば、実際のGDP成長率が高まるとそれと同時に上昇してしまう類のものであり、理論的な議論で用いられることが多い「成長の天井(最大可能産出量)」と言う意味合いでの「潜在成長率」とは異なる概念である。
また、イタリア並みの成長というと、「イタリアと一緒にするな」という声が聞こえてきそうだが、全体の成長率だけではなく、いろいろな側面でイタリア経済との共通点は多い。
例えば、①消費の低迷と設備投資の回復の並存、②堅調な輸出とインバウンド消費の好調(外国人観光客の増加)による経常収支黒字、③超低金利(ECBもマイナス金利政策を採用)を背景として好調を維持してきた住宅投資の息切れ(需要の先食いが終わった可能性)、④厳しい財政状況(ちなみにイタリアの2017年の財政赤字はGDP比で2.3%、政府債務残高はGDP比で131.8%)、などである。
このように考えると、日本の場合、多くの経済指標の中で、雇用関連指標だけが突出して改善しており、しかも、他の経済指標の動きと整合性がとれていないように思える。従って、雇用の改善をあまり強調し過ぎると経済の動きを見誤ることになるのではないかと危惧する。
このような中、ここにきて「実質賃金」が上昇してきたことを、雇用環境のさらなる改善の裏づけとして強調する識者が増えてきている。実質賃金とは、名目賃金を物価指数(正確にいえば、帰属家賃を除く消費者物価指数)で割ることで算出される。
最近の実質賃金の上昇は雇用の拡大(就業者数の増加や失業者数の減少)と同時進行なので、これをデフレ脱却プロセスが新たな段階に入った証拠としてポジティブにとらえる人もいる。確かに今年度のベースアップによって、名目賃金は幾分増えた側面は否定しない。
例えば、定期給与は前年が0.4%程度の伸び率であったのに対し、今年は6月時点までで1.1%程度の伸び率となっている。これは、アベノミクスの成果の一つであるのは確かだろう。