漆黒の英雄譚 作:焼きプリンにキャラメル水
<< 前の話 次の話 >>
モモンたちはブラッディベアを解体し、持ち帰った。
「狩りより持って帰る方が大変じゃない?」
道中、チーノがそう発言していたがまさにその通りだった。
解体したとはいえ一人あたりの重量はとんでもなかったのだ。
無事ギルメン村に帰れたのだ。行きは30分に対して帰りは6時間も掛かったのだ。
ただでさえ歩きにくいアゼリシア山脈の上を、限界まで力を振り絞り歩いたのだ。
ギルメン村に帰るとモーエがいた。
「これは・・・」
「すごいじゃない!ブラッディベアって!今夜は宴ね!」
母さんの気分が高揚している。
「おーい。モーエ!モモンたちが帰ったぞ!」
「おかえり。みんな。」
「「「「「ただいま。」」」」」
_____________________________________________________
みんなと別れて自宅に戻る。
「お疲れ様。宴まで時間あるし眠ったらどう?」
「うん。ありがとう。」
モモンは剣を置くのも靴を脱ぐのも忘れてベッドに飛び込む。
モモンはそのまま眠った。
・・・・・・・・・・
「モモン。起きろ。」
「ん?」
モモンは目を覚ます。目を開けるとそこにはウルベルがいた。
「ウルベル?どうしたんだ?」
「寝ぼけているのか?宴だよ。」
「そうだったな。」
モモンはベッドから起き上がる。
よく見るとベッドの端の方に剣が置かれていた。
(母さんが眠っている間に外してくれたのか。)
「おい。早く行くぞ。」
「分かった。」
モモンとウルベルが外に出ると既に夜になっていた。辺り一面が黒に染まっていた。
モモンは空を眺めた。ウルベルとの間に距離が空く。
「どうしたんだ?早く来いよ。俺たち主役がいなくちゃ始まらないだろう。」
「なぁウルベル一つ聞いていいか?」
「どうしたんだ急に?」
「もし俺たちが冒険者になったとしたらこの村には2度と戻ってこないのか?」
少しの時間沈黙が流れた。
「そんな訳ないだろ。戻りたかったら戻ればいい。冒険者だろうが冒険者じゃなかろうが戻ってくればいいさ。ここは俺たちの村なんだからな。」
「そうだな。」
「元気出せよ。2度と会えない訳じゃないんだしな。」
「あぁ。そうだな。」
「よし。宴に行くぞ!ついてこいモモン!」
ウルベルに腕を掴まれてモモンは宴の場に走っていった。
______________________________________
「ふぅー。」
宴は一言で言えば『最高』だった。
宴では肉が出てきたのだ。それもブラッディベアの肉だ。
歯ごたえがあって適度な油。はっきり言って美味しかった。
ウルベルが言ったように俺たちが主役というようなことはなかった。
(タブラスおじさん、まさかポーションについて延々と語りだすとは・・)
「モモンも大人に絡まれたの?」
アケミラとチーノとチャガがいた。
「うん。タブラスおじさんにね。」
「私はお姉ちゃんに絡まれた。よく分からないけど最後は服脱ごうとしたし。大変だったよ。」
「何で止めたんだ。せっかくのチャンスを。」チーノが文句を言う。
「黙れ。お前みたいな男がいるから止めるんだ。」チャガがチーノに拳骨を浴びせて言う。
「みんな楽しそうで何よりだ。」
四人が談笑する。
「おっ、みんな楽しんでんな。」
そう言ってウルベルが右手を挙げる。
「ウルベル、その左手に持ってるのは何だ?」
ウルベルの左手には見覚えのある容器とその中の液体を入れる為の器だった。
「うん?あぁ。これは『ただの水』だ。」
「・・」
(・・・いやここからでも匂いがする。これは・・)
「いや、それはどう見てもさ・・痛っ!」チーノがその中身について言及しようとしたのをチャガの拳骨が止める。
「馬鹿弟。今日ぐらい良いじゃない。めでたい日なんだからさ。」
「そうそう。今日ぐらい良いじゃない。」
「なぁ。みんなに話しておきたいことがあるんだ。」
「「「ん?」」」
(多分あのことだな・・)
「俺はもう少ししたらこの村を出て、冒険者になろうと思う。」
「だったら俺もなるよ。女の子にモテモテだな。」
「馬鹿弟、お前は現実を見ろ。ウルベル、どうしたの急に?」
「前から考えてはいたさ。」
「十三英雄みたいになりたいってこと?」アケミラが問う。
「少し違うな。十三英雄みたいに旅をしたいんだ。色々なものと出会って色々なものを学びたい。」
(旅か・・)
「だから俺はもう少ししたら冒険者になる。世界を旅したいんだ。」
「・・・」
「俺もウルベルと一緒に行くよ。」手を挙げたのはチーノだった。
「チーノ!あんた・・」
「姉ちゃん。俺も旅をしたい。ウルベルとは全然違う理由だけど『花嫁探し』の旅をする。俺の理想とする女の子を嫁にして家族を築きたいんだ。」
「チーノ・・はぁ」
チャガはため息を一つ吐くと手を挙げた。
「チーノが女の子に迷惑をかけないか見る役は必要でしょ?」
「素直じゃないな。素直に寂しいって言えばいいのに。」
「黙れ。チーノ。」
照れ隠しだろう。チャガのその言葉にはいつもとは異なっていた。
「私も行く。」手を挙げたのはアケミラだった。
「もっと魔法を知りたい。この世界にどんな魔法があるか知りたいの。」
本好きのアケミラらしい答えだった。
「最後になったけど、モモンは?」ウルベルが問う。
全員がモモンに視線を向ける。
「俺はみんなみたいに大した理由があるわけじゃない。でも・・みんなと旅が出来たらきっと楽しいと思う。だから・・」
モモンが手を挙げる。
「俺も冒険者になるよ。」
「・・・みんなありがとう。」
そう言ってウルベルは袋から何かを取り出した。
「それは?」
「こいつを入れるための器だ。」
それは小さなスープ皿のようなものだった。
「スザァークおじさん曰く、こいつは『盃』って奴らしい。」
「変わった形をしてるんだな。」みんながそう言っている間にウルベルは盃に『ただの水』を入れていく。
「よし。みんな盃を受けとってくれ。」
盃に入った液体がゆらゆらと揺れてとても綺麗に思えた。ウルベルが口を開いた。
「知っていたか?スザァークおじさん曰く、盃を交わすと家族になれるらしい。」
「かつて『最初の九人』がこの村を開拓する時に盃を交わしたのが始まりだったんだとか。」
「まぁ。とにかく俺たち全員が冒険者になるからには決めないといけないことが二つある。」
「何だ?」
「冒険者チームのリーダーと冒険者チームの名前だ。俺としてはリーダーは誰がなるべきかは決まっているがな。」
「一人しかいないわね。」アケミラがモモンを見る。
「えっ、俺?」何故かチーノが反応する。
「そんな訳ないでしょ。モモンよ。」チャガが呆れた様子でチーノを見る。
「俺が?みんなはいいのか?」
「あぁ。お前しかいない。」
「・・・分かった。俺がリーダーになるよ。」
「よし。後はチームの名前だな。」
「『十三英雄』にちなんで『五英雄』っていうのはどう?」
「シンプル過ぎない?少し言い方を変えて『五英傑』っていうにはどう?」
「リーダー、何か提案はない?」
「みんなが気に入るかは分からないけど、一つあるよ。」
「言ってくれよ。」
「ギルメン村には『玉蹴り』があるだろう?」
玉蹴り。それはギルメン村の中の遊びであり、二つの家の壁を使って玉を壁に当てると点数が入る。自身の領地と相手の領地があり、相手の領地の壁にボールを当てると『ゴール』。自身の領地の壁にボールを当ててしまうと『オウンゴール』となる。このゴールを点。オウンゴールを自殺点という。
「俺たちに手を出したら痛い目見るぞって意味で『五人の自殺点<ファイブ・オウンゴール>』っていうにはどうだ?」
「いいな。それ。そうしよう。」
こうして『ファイブ・オウンゴール』は結成され、そのリーダーにモモンはなった。
「俺たち『ファイブ・オウンゴール』を祝って、乾杯!」
五人が盃を交わした。全員が一口で飲み干した。
モモンは盃から口を離す。
夜空が見えた。そこに現れた銀色の斜線が見える。
「ずっとこんな日々が続きますように。」
誰にも聞こえないような声でモモンはそう願った。
そして宴が終わり、ギルメン村に夜明けがやってこようとしていた。
この時の私はまだ知らなかった。ずっとこんな日々が続くと信じて疑わなかった。この日常を守るには私はあまりに無力で無知であったと、私はすぐに知ることになる。