漆黒の英雄譚 作:焼きプリンにキャラメル水
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ギルメン村
アゼリシア山脈の上に位置するこの村の住人にとって朝は早い。
その村の家の一つで黒髪黒目の少年がいた。顔は決して整っているとはいえないが年相応の元気さと幼さを感じさせる。少年の身体は狩りや農作業で鍛えられ引き締まっており、貴族などが食事制限をすることで作る人工的な肉体とは異なり自然と格闘することで得られた強い肉体である。
窓から差し込む朝日を浴びて少年は今日初めて目を覚ます。
「おはよう。母さん。」
モモンは『母』であるモーエに挨拶する。
「おはよう。モモン。」
「良い匂いがするね。今日は何を作っているの?」
そう言ってモモンはモーエが何を作っているかを背後から覗き込む。
「今日はあなたの好きなシチューよ。」
そう言ってモーエは皿にスープを入れるとモモンに手渡す。
「ありがとう。」
「さぁ。座りましょう。」
モーエも自身の為に入れたスープの入った器をテーブルに乗せる。
モモンとモーエは両手を胸の前で合わせて目を瞑る。
「「いただきます。」」
ギルメン村では『命に感謝する』風習がある。村人たちが自身の生とその為に必要な食事に使われている植物や動物に感謝するのだ。両手を合わせるのは『命』に感謝を捧げる為である。
「3日前にあなたたちが狩ってくれた鷹の肉がまだあったから入れてみたの。」
「あぁ・・あの時はね・・」
モモンとモーエは会話を楽しみながらシチューを食べる。
「ご馳走様でした。」再び両手を胸の前に合わせて目を瞑る。
「はい。これ。」そう言ってモーエがモモンに渡したのは剣であった。剣は安全の為に鞘に納められている。
「ありがとう。母さん。」モモンは剣を受け取ると腰のベルトの左側に差し込む。
「行ってらっしゃい!」
「行ってきます!」
モモンは自宅を後にした。
モモン、15歳。
彼の旅はここから始まる。
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家から出たモモンは思わず目を細める。
「眩しいな。」
ギルメン村はアゼリシア山脈の上に位置する為、平地とは異なり日差しがかなり厳しい。
「おーい!モモン!」
家から出たばかりのモモンに声を掛けた男がいた。男は肩に弓を掛けている。
「どうした?チーノ」
「水浴びを見に行こうぜ。」
この男はチーノ。モモンより歳が一つ若い。モモンの『親友』であり『弟』の様な存在であった。
「やめとけよ。昨日もマイコの水浴びを見て追いかけられていただろう?」
「分かっていないなぁ。モモンは。マイコって胸が大きいじゃん。」
「・・それと覗きにどう関係があるんだ?」
モモンの問いかけにチーノはため息を一つ吐くと自身の胸の前に拳を出す。
「大きい胸に詰まっているのは夢と希望。そこにあるのは男のロマン!だから全ては許される。何故ならエロは正義でこの世の唯一の真実だからだ!俺はエロの為なら死んでもいい。」
「ほう・・」
モモンは心底あきれた。
「なっ!だから覗きに行こう。なっ!」
「断る。」
「なっ、正気か?」
「そんなに水浴びを見たいのならチャガのを覗けばいいだろう?」
「駄目だ!姉ちゃんの水浴びなんか見たくないし、もし万が一見てしまったら死ぬまで殴られ続ける。」
「それが怖いなら水浴びを除くのはやめとけ。」
「ぐっ。しかし、大きな胸が・・エロが俺を待っているんだ!」
「黙れ弟。」
低い重圧を感じさせる声が二人の耳に入る。
「げっ!姉ちゃん。」
チャガ。この女はモモンの『姉』の様な存在であった。軽装で皮手袋をしており、彼女の戦闘スタイルに適した装備である。
「おはよう。チャガ。またチーノが水浴びを覗こうとしていたぞ。」
「おはよう。モモン。こいつまたか。そろそろ崖から落とした方がいいんじゃないかな?」
「ちょ!姉ちゃん。それは流石に死ぬって。」
「あっ!?エロの為なら死んでもいいんだろ?だったら私が引導渡してやるよ。」
「ちょ!姉ちゃん。怖いって。モモン助けて。」
「チーノ。お前は良いやつだったよ。」
モモンは遠い目をして空をみつめる。
「それ冗談になってないって!!?」
「朝から元気だな。お前ら。」
「「「おはよう。ウルベル。」」」
モモンたち三人がウルベルに挨拶する。
「おはよう。モモン。チャガ。」
「俺のこと無視!?」
「おはよう。チーノ。朝から覗きを計画する奴が悪い。」
「だったらウルベルは大きい胸があったら覗かないのか?」
「・・覗くだろうな。」
「よし。だったら!」
「チーノ。水浴びを覗こう。誰のを見ようか。」
「おっ!流石はウルベル。話が分かる。」
「チャガのを覗こう。」
「うんうん。やっぱりマイコだよな・・ってアレ?」
「ふふふ、今日こそはみっちり教育してやるぞ。弟よ。」
チャガが拳を鳴らしている。それを見たチーノは確信した。自分はウルベルにハメられたのだと。
「ウルベルっ!この人でなし!」
「人じゃないからな。問題ない。」
そう言ってチーノ以外の三人が笑った。
ウルベル。この男はモモンの『悪友』であり『兄』の様な存在であった。ウルベルも軽装だがチャガの戦闘スタイルとは異なるので意味合いが違う。彼が着ている赤い花の刺繍がある黒いローブを着込んでいる。本人曰く『ファッション』だそうだ。
「後はアケミラだな。」
「アケミラは朝弱いからな。」
「俺なんかは朝強いぜ。特に身体の一部が・・」
「黙れ弟。」
「じゃあみんなでアケミラを起こしに行くか。」
そう言って四人がアケミラの家に向かおうとするとどこからか足音が聞こえた。
「あっ・・アケミラだ。」
四人が見つめる方向には大事そうに杖を抱えながら走る少女がいた。
「みんなおはよう。」
「「「「おはよう。アケミラ。」」」」
挨拶を終えるとアケミラは走ったせいなのか息を整える。そしてチーノの目前まで迫る。
「チーノ!お姉ちゃんにあまり迷惑かけないでよね。」
「何のことかな?ピュー」
チーノが誤魔化すために口笛を吹く。動揺しているせいか口笛ではなくただ息を吐いているだけにしか聞こえない。そのせいかより一層白々しい演技が目立つ。
「誤魔化さないで。お姉ちゃんの水浴びを覗いたでしょ。」
アケミラがチーノが凝視する。それに耐えれなかったのかチーノが目を逸らす。
「悪かったって。マイコを覗いたことは謝るよ。」
「分かった。次に覗いたら本気で怒るからね。」
「でも仕方が無いじゃん。そこに大きな胸があるんだから・・」ボソッ
「何か言った?」
「いえ何も。」
アケミラ。この女はモモンの『妹』の様な存在であった。普段は大人しいが姉のマイコが関わると少しばかり人が変わる。それだけ姉思いなのだろう。
モモンがゴホンと咳をする。それを合図に全員がモモンに視線を向ける。
「よしみんな揃ったな。じゃあ狩りに行こうか。」