西田ひかるのバックダンサー
ウエンツ瑛士は自分の生き方を「すき間産業」と呼ぶ。現在の活躍を前にすれば、謙りすぎた形容に思えるのだが、高校受験のために一旦芸能界を辞める前、バックダンサーとして紅白歌合戦に出場したのが西田ひかるの後ろだったと知れば、彼の頭の中で育まれてきた「すき間」との自意識に少しだけ寄り添うことができるのではないか。ちなみにこの1998年の紅白が、西田ひかるが出場した(現時点での)最後の回となっており、やがて小池徹平とのWaTで紅白の常連となったウエンツは、西田ひかる的なものを断ち切った存在とも言える。だが、西田ひかる的なものを平成30年に改めて可視化させて解説することはそう簡単ではないし、需要が見込まれるものでもない。
初恋を壊した山一証券の経営破綻
1985年生まれのウエンツは、自分たちの世代を「絶望世代」と呼び、経済成長のために身を粉にするのではなく、そこそこの生活に幸せを見出せばいいと、著書などで繰り返し主張してきた。それ自体はどこかで聞いたような話だが、その「絶望」は実体験に基づいている。小学6年生の時、山一証券の経営破綻によって初恋を実らせることができなくなったのだ。好きだった女の子の父が山一証券に勤めており、社宅を出て転校することとなり、想いを伝えることすらできずに別れてしまったのだという。
ウエンツは 自分たちの世代の口癖は「それって、やる意味あるの?」だとする。西田ひかるのバックで紅白出場を果たしたことを、「西田ひかるさんはとてもいい方だったけど、自分も中1でそろそろ思春期に入る時期でもあって『みんなが見てるから恥ずかしい』という気持ちのほうが強かった」(ウエンツ瑛士『できそこないの知』)と振り返っている。西田ひかるの紅白から2年後に芸能界を一旦引退するが、失恋が呼び込んだ現代社会への不信感と、自分を消費していく芸能界への不信感が、世の中に大きな期待を寄せない冷静な視線をスピーディーに育ませたのか。
2012年、消費税増税に懐疑的
そんなウエンツは、消費税増税について一家言あるようで、2012年に出した『「絶望世代」は幸福でいいのだ!』では、時折、消費税増税の話題が顔を出す。自分たちのような若い世代にとっては、消費税が8%や10%になることの大変さに実感はないかもしれないが、「危惧すべきは『全員が平等に』という大義名分」が、「結局は不平等になってしまうのではないか」と指摘している。
消費税は、所得の低い人ほど重くのしかかる「逆進性」の税制である。100円のジュースを買うのに、これまで108円だったものが110円になる。その2円を払う個々人の負担の度合は、年収1000万円の人と300万円の人とでは異なる。みんなで負担しようという考えは、それぞれの負担に目を向けない危うい考え方だ。ウエンツは新聞を読む理由を語るなかでも「消費税の是非についても、たくさんの意見を読まなければ、自分の中の賛成・反対はなかなか生まれてこない」とし、生活保護受給者・失業者・障害のある人・被災地の人などの具体例をあげ、一律の増税に懸念を示した。2012年の時点では増税に懐疑的だった。
2014年、消費税増税を推奨
ところが、2014年4月に5%から8%に増税されると、ウエンツは、その9月に放送された「ビートたけしのTVタックル」で、消費税を今すぐあげてほしい、と力説した。その主旨は、人数が多く所得の高い中高年がたくさんいるうちにあげておくべき、というもの。別のコメンテーターが10%のみならず財務省は20%まであげたがっていると警鐘を鳴らすと、「だったら、なおさらもういま上げて欲しい」と言い切った。この2年の間に一体何があったのだろうかと首を傾げるほどに「消費税観」が激変していた。
ウエンツが思い出すべきは、山一証券の経営破綻によって初恋の女の子と別れることになってしまった97年だ。97年は、世界的な金融危機の中でBIS規制(国際的な取引をする民間の金融機関に対して設けられた自己資本比率基準)が厳しくなり、貸し渋りが増えた。山一証券だけではなく北海道拓殖銀行も破綻し、景気が落ち込んだ97年。で、消費税が3%から5%に増税されたのもこの年だった。景気低迷の象徴ともいえる山一証券破綻と消費税増税を直接イコールにすることはできないが、無関係とすることもできない。ならば、初恋の女の子との別れと消費税増税も無関係ではない。少なくともウエンツが、自分たちは「絶望世代」、との認識を持つにいたった社会情勢と消費税増税は関係してくる。
渡英で「消費税観」は変わるか
ウエンツは今月末で芸能活動を一時休止し、舞台の勉強のために、1年半程度ロンドンに留学することを発表した。イギリスの付加価値税(VAT)は、子供服や食料品などの生活必需品が課税対象外になっているので日本の消費税と単純比較は出来ないものの、20%と高率である。そのパーセンテージは、日本の経済界のお偉方が最終的に目指す数値そのものである。たとえば昨年、経団連の榊原会長(当時)は「消費税率を10%台後半まで引き上げなければ、社会保障制度の健全な運営と持続性の確保がままならないと提言している。消費税の引き上げが困難であることは承知しているが、欧州諸国では20%台の税率が当たり前となっている。社会保障制度の持続性確保のためには、10%よりさらに引き上げる必要があり、経済界としてはこの考えを引き続き主張していく」(2017年9月25日)と述べていた。
日本の消費税が10%になるのは、今のところ2019年10月から。そして、ウエンツが帰国するのは2020年春予定。既に決まっているのかは知らないが、オリンピック関連番組に確実に呼ばれる人材になるだろう。だが、帰国したウエンツに真っ先に問いたいのは、これまで激変してきた「消費税観」の現在である。オリンピック後の不景気が心配される中で、その前に消費税を上げてしまった政府や経済界に対し、消費税20%を経験した上での手厳しい「消費税観」に期待したい。
(イラスト:ハセガワシオリ)