著名米記者の「トランプ本」が暴露 「ノイローゼ状態」のホワイトハウス
米ウォーターゲート事件の調査報道で名声を得たボブ・ウッドワード記者による政権暴露本は、歴代の米政権にとって通過儀礼のようなものだ。今回はドナルド・トランプ大統領がその顕微鏡の下にさらされた。
ウッドワード氏は、現政権の「執行部がノイローゼ状態」に陥っている様子を描く。これ以上はないというほど、見苦しい姿だ。好意的とは程遠い描写だ。
トランプ大統領を支持する人たちは、トランプ氏はワシントン政界の主流と戦っているのだと言う。そしてトランプ支持者は、ウッドワード氏こそ、ワシントン主流派を象徴する存在だと言うだろう。それはあながち間違いではない。
しかし同時に、ウッドワード氏が政界の中枢にとことん食い込んでいるのも、また事実だ。そしてワシントンでは、ウッドワード氏には話さないよりは話した方がいいという意見が一般的だ。自分が話さないとしても、自分の同僚は(そして政敵も)ウッドワード氏に話をしているはずなので。
ウッドワード氏の新著「Fear: Trump in the White House(恐怖:ホワイトハウスのトランプ)」は、「ディープ・バックグラウンド」、つまり完全匿名を条件にした消息筋による話がもとになっている。しかし、ウッドワード氏が詳述する逸話や、引用する発言は、実際その場にいた人たちから聞いた内容だ。多くの場合は、その場で発言した本人が、自分が話した内容をそのままウッドワード氏に伝えたのだという。
すでにホワイトハウスやトランプ大統領自身がこの本に反応している。報道官は、「不満のある元職員」による「でっちあげ」だと批判した。
トランプ氏は米国の保守系ニュースサイト、デイリー・コーラーの取材に最中に、「駄目な本がまた出ただけだ」と述べ、ウッドワード氏の「信頼性には色々問題がある」と付け加えた。
9月11日の発売前に報道機関などに提供された抜粋から、すでに話題となっている「問題」の箇所をいくつか挙げてみる。
「自分が阻止できる。あの人の机から書類を取ってくればいいだけだ」 ギャリー・コーン経済顧問
ギャリー・コーン前国家経済会議(NEC)議長やロブ・ポーター元秘書官が、大統領の机から書類を隠す場面を、ウッドワード氏はいくつか書いている。トランプ氏が署名してしまわないようにするためだ。
政権関係者は常日頃、トランプ氏の危険な衝動から政権や米国そのものを守ろうと、こうして努力を重ねていたのだという。北米自由貿易協定(NAFTA)や米韓貿易協定からの撤退を可能にする書類が、大統領の目に入らないように隠された。米国は現在、両協定について交渉再開を約束している。
ウッドワード氏は、政権幹部によるこうした行動を「政権内の行政的クーデターにほかならない」だと呼んでいる。
「証言はだめだ。すれば囚人服だ」 ジョン・ダウド弁護士
ウッドワード氏によると、トランプ大統領の個人的な顧問弁護士ジョン・ダウド氏は1月27日、トランプ氏と模擬インタビューを行った。2016年米大統領選のロシア疑惑に関する捜査で、トランプ大統領がロバート・ムラー特別検察官の事情聴取に応じた場合、悲惨な結果になることを怖れてのものだった。
模擬インタビューはうまく行かなかった。トランプ氏は質疑の厳しさにどんどん苛立ちを募らせ、ムラー氏の捜査を「とんでもないでっちあげ」と声を荒げて罵倒さえしたという。
ダウド弁護士はその後、ムラー特別検察官と面会し、トランプ大統領が「ばかみたいな」真似をしてしまうのを、認めるわけにはいかないと伝えた。国際舞台で大統領に恥をかかせるわけにはいかないと。
その後、トランプ氏が考えを変えて聴取に応じる姿勢を示すと、ダウド氏は辞任した。
「奴らを(放送禁止用語)ぶち殺そう。さあやるんだ」 ドナルド・トランプ大統領
トランプ氏は外交政策について衝動的に反応する、それは危険だという認識が、側近たちの心配の種だとウッドワード氏は書いている。
2017年4月、シリア政権が再び化学兵器を使用したと米政府が結論した後、トランプ氏はジェイムズ・マティス国防長官にシリアのバシャール・アサド大統領を殺害するよう指示した。
トランプ大統領は「やつらを(放送禁止用語)かたっぱしからぶち殺そう」と言ったとされる。
マティス氏はその場ではトランプ氏の指示を受け入れたものの、会話の後には自分の部下に、「あれは一切」やらないと伝えた。
ウッドワード氏によると、トランプ氏は北朝鮮の最高指導者、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長との確執が高まっていた際、北朝鮮への先制攻撃計画の提示を担当部局に求めたため、政府高官は頭を悩ませていたという。
さらにトランプ大統領は、アフガニスタンでの紛争対応について米軍の最高幹部たちを叱り飛ばし、「現場の」兵士の方がいい仕事をするはずだと発言した。
「あとどれだけ死ぬんだ? あとどれだけの兵が手足をなくすんだ? いつまで我々はあそこにいればいいんだ?」と、トランプ氏は将軍たちを非難したという。
「ここはクレージータウンだ。みんなここで何をしてるのか、もう分からない。こんなひどい仕事は初めてだ」 ジョン・ケリー首席補佐官
ウッドワード氏の本は、気まぐれな大統領がホワイトハウス職員を絶えず叱責し、嘲笑する様子を描いている。
2017年8月のシャーロッツビル騒乱でトランプ氏が白人国家主義者に同情的な言葉をかけた際、コーン国家経済会議議長は辞任しようとした。すると、トランプ氏は「国家反逆罪だ」とコーン氏を責めたという。ウッドワード氏によるとコーン氏は、大統領を「プロのうそつき」とみなしている。
トランプ氏はさらに、ウィルバー・ロス商務長官に向かって、信用していないと告げたという。本によると大統領は、「もうこれ以上、交渉を任せたくない」、「お前はもう峠を過ぎた」と本人に言ったそうだ。
最初の首席補佐官、ラインス・プリーバス氏のことはネズミと比べていた。「ただその辺をうろちょろするだけだ」と。
トランプ氏は、ジェフ・セッションズ司法長官について公の場で叱責を繰り返しているが、内々での会話になるとさらに輪をかけて罵倒を重ねているという。
ロブ・ポーター秘書官には、セッションズ氏のことを「あいつは知能が遅れてる」と発言したとされる。「あれはただの、馬鹿な南部の人間だ。自分だけじゃ、アラバマの田舎弁護士だって務まらなかった」と見下していたという。
「これはもう大統領の政権じゃない。ここはもうホワイトハウスじゃない。あの人はただ単に、ありのままに振舞っているだけだ」 ロブ・ポーター元秘書官
政権スタッフが大統領にひどい扱いを受けてきたのが本当なら、どうやらウッドワード氏の本を通じて多少の仕返しはできたようだ。大統領に仕える立場の補佐官や顧問たちが実はなんと言っているのか、手厳しい引用が文中に所狭しと並んでいるので。
ケリー首席補佐官はトランプ氏のことを何度も、「ばか者」と呼んでいる。「説得しようとしても無駄だ」とも言ったという。マティス国防長官は側近に、大統領は「5、6年生なみ」(つまり11歳か12歳なみ)にしか外交政策を理解できていないと話したという。
ケリー氏の前任者、プリーバス前首席補佐官は、大統領の寝室スイートを「悪魔の作業場」と読んでいる。トランプ氏は毎朝と週末にその寝室から、乱暴なツイートを連発するからだ。
レックス・ティラーソン前国務長官と大統領との関係は、ティラーソン氏がトランプ氏を放送禁止用語を使って「まぬけ」呼ばわりしたという報道以降、回復しないまま終わったという。もしそれが本当ならば、このウッドワード氏の本によってホワイトハウスの人間関係はこれからしばらく、深刻な事態に陥るのかもしれない。
「誰も教えてくれなかった。ぜひとも君と話がしたかった。君には何でも話す。それはそっちも知っているだろう。君はいつも公平だったと思うから」 ドナルド・トランプ米大統領
本の出版にホワイトハウスが猛烈に反発し、内容に反論してくるのを見越して、米紙ワシントン・ポストは8月初めに大統領がウッドワード氏にかけた電話の録音と聞き取り内容を公表した。その中で大統領は、近く出版されるウッドワード氏の本について知らされていないし、一度も連絡を受けていないと述べるが、ウッドワード氏はこれを見事に否定する。
トランプ氏は何度か、ウッドワード氏との会話の中で、話題を自分の外交や経済政策上の成果の話に変えようとする。
「大統領として自分ほどいい仕事をしている人間はいない。それは本当だ」とトランプ氏は話したという。
これに対してウッドワード氏は、取材を通じて「たくさんの知見と資料を手にした」と言い、本は「世界とあなたの政権とあなた自身を厳しく見つめる」内容だと告げている。
すると大統領は、「ということは、否定的な本になるという意味だな」と答える。
会話の最後にウッドワード氏は、「私はこの国を信じています。あなたはこの国の大統領なので、幸運を祈ります」と結んだ。
近く発売されるこの本から察するに、トランプ氏は大量の幸運を必要としていると、ウッドワード氏はそう思っているのだろう。