量子コンピュータにカネとヒトが猛烈に集まり始めている。量子コンピュータが実用的な性能を発揮する「Xデー」が迫っているとの期待が高まっているからだ。この熱狂に根拠はあるのか。ブームは本物なのか。そしてXデーはいつなのか。最新動向を検証する。

 コンピュータはソフトが無ければただの箱――。この原則は量子コンピュータでも変わらない。むしろ今後の10年ほどは、ソフトウエアこそが量子コンピュータの命運を握っている。大手企業やスタートアップの動向を交えて解説しよう。

 量子コンピュータにとってソフトウエアが重要極まりないのは、今後数年以内に登場する「NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum Computer、ノイズがありスケールしない量子コンピュータ)」と呼ぶ量子コンピュータの性能が、理論的に証明されていないからだ。

 現在のコンピュータを上回る性能を発揮できると証明されているのは、量子ビットのエラー訂正ができる「万能量子コンピュータ」だけ。しかし万能量子コンピュータの実現には、まだ時間がかかると見られる。

化学、機械学習、因数分解、増えるNISQ用アルゴリズム

 それでもNISQへの期待が高まっているのは、NISQを使って有用な結果が出せる可能性のあるアルゴリズムや、それを実装したソフトウエアが登場したからだ。最も有名なのは「量子化学シミュレーション」をNISQで実行するVQE(Variational Quantum Eigensolver)というアルゴリズム。ほかにも続々登場している。

NISQ向けの主なアルゴリズム
*1 グーグルとMITを兼務するファルヒ氏とグーグル量子人工知能研究所のハルトムト・ネーヴェン氏の共著、*2 アスプル=グジック氏が起業したスタートアップ
アルゴリズム用途論文著者
VQE(Variational Quantum Eigensolver)量子化学シミュレーション米ハーバード大学のアラン・アスプル=グジック氏(当時)など
QAOA(Quantum Approximate Optimization Algorithm)最適化問題米MITのエドワード・ファルヒ氏など
量子回路学習(Quantum Circuit Learning)ニューラルネットワーク大阪大学の御手洗光祐氏など
QNN(Quantum Neural Networks)ニューラルネットワーク米グーグル*1
VQF(Variational Quantum Factoring)因数分解米ザパタコンピューティング*2

 例えば、NISQを使って最適化問題を近似的に解くQAOA(Quantum Approximate Optimization Algorithm)、ニューラルネットワークを使った機械学習をNISQで実行する量子回路学習(Quantum Circuit Learning)やQNN(Quantum Neural Networks)などがある。

 量子回路学習だけ日本語なのは、このアルゴリズムを考案したのが日本人研究者チームだからだ。論文の著者は、大阪大学大学院の学生である御手洗光祐氏と根来誠助教、北川勝浩教授、京都大学の藤井啓祐特定准教授の4人だ。

 さらに2018年8月27日(米国時間)には、VQEを考案したことで知られる研究者、アラン・アスプル=グジック(Alan Aspuru-Guzik)氏が起業したスタートアップ、米ザパタコンピューティング(Zapata Computing)が、NISQで因数分解をするアルゴリズムVQF(Variational Quantum Factoring)を発表した。量子コンピュータで因数分解をするアルゴリズムとしては「ショアのアルゴリズム」が有名だが、ついにNISQ版が登場した。

NISQの使い道を発見するフェーズ

 繰り返しになるが、これらのアルゴリズムが高速に問題を解けるかは、まだ理論的(数学的)に証明されていない。「今後しばらくは、NISCのヒューリスティックな用途を探るフェーズになる」。IBMで量子コンピュータ開発のマネージャーを務めるジェリー・チョウ(Jerry Chow)氏はそう表現する。

 ヒューリスティック(Heuristic)とは、発見的という意味。どんな問題であればNISQで効率的に解けるのか、様々な試行錯誤によって発見していく必要がある。そのためには「これまで量子コンピュータに興味を持っていた物理学者だけでなく、コンピュータ科学者や化学者にも量子コンピュータを試してもらうことが欠かせない」(同氏)。

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