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エルフ公爵は呪われ令嬢をイヤイヤ娶る 作者:江本マシメサ
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推測エルフと明らかになった情報

 オールバックにした黒い髪に、厭味ったらしい片眼鏡モノクル、ぎょろりとした目、顔の輪郭を覆う濃い髭。服装は昼用礼装フロックコートと礼儀に則った恰好であるものの、ガタイの良い体ではどこか着慣れておらず、粗野な雰囲気がある。と、悪徳商人トリトマ・セシリアはいかにも悪役といった風貌で現れた。


 客であるハイドランジアに配慮することなく、ずんずんとノースポール伯爵のほうへと歩いていく。


 一方、ノースポール伯爵は怯え切った表情で、トリトマ・セシリアを見上げていた。

 いったい何を恐れているというのか。

 ハイドランジアは分からず、傍観者となって二人の様子を眺めている。


「あ、あの、い、今は、来客中です。あ、あとに、していただけませんか?」

「ああん? そんなの知らねえな!」


 商売人とは思えない粗暴な物言いに、配慮に欠けた行動。彼が悪徳商人と揶揄される理由を、ハイドランジアは目の当たりにしている。


「オ、オーキット、セシリア氏をもう一つの客間にご案内して──」


 年老いた執事に、荒ぶった男を連れて行くのは無理がある。

 トリトマ・セシリアは近づいたら殴りそうな雰囲気があったので、オーキットと呼ばれた執事の影に、呪文を刻んだボーンナイフを投げつける。すると、その場から動けなくなるのだ。

 呪いに近い、影縫いの魔法である。


「オーキット、何をしているんだ!」

「だ、旦那様、申し訳ありません。足が、竦んでしまい」


 ハイドランジアが影を縫い付けたので動けないだけだが、執事は恐れから動けなくなったと思い込んでいるようだ。


 トリトマ・セシリアはどうしようか。

 視線を戻したのと同時に、トリトマ・セシリアが大股でノースポール伯爵の胸倉を掴んで持ち上げた。瞬く間に、ノースポール伯爵の体は宙に浮く。


「ぐうっ!!」

「ヴィオレットは嫁にやれないと言っていたのに、どうして他所の馬の骨に渡したんだ!! いったい、どこのどいつに嫁がせた!!」


 どうやら、トリトマ・セシリアはヴィオレットに求婚していたようだ。

 年の差は親子ほどある。いったいどうして、結婚しようと思ったのか。


「おい、吐け!!」

「うぐうう……」


 ハイドランジアとヴィオレットの結婚は、まだ大々的に公表していない。そのため、トリトマ・セシリアには伝わっていなかったのだろう。


「どこの馬の骨なんだ!!」

「ううっ……」


 ここでも、ノースポール伯爵は口を閉ざす。この場にいるヴィオレットの夫であるハイドランジアを庇っているつもりなのか。

 一応、居合わせてしまったので、物騒なことは止めるよう、声をかけることにした。


「おい、物騒な真似は止めろ」


 だが、トリトマ・セシリアはハイドランジアの言葉にまったく反応を示さない。


「この野郎! 言わないと、ぶっ殺すぞ!!」

「その手を離し、冷静になって話し合え」


 二度目の声かけも無視される。


「言え! 言えったら!」


 三回目はない。

 ハイドランジアは低位の風魔法で、トリトマ・セシリアだけを吹き飛ばす。

 突然風に煽られ、体を飛ばされたトリトマ・セシリアは、受け身も取れずに無様な姿を晒しながら転がっていた。

 壁に激突していたが、すぐさま起き上がる。


「な、何をするんだ! 暴行罪で訴えるぞ!」

「その前に、恐喝疑いで通報させてもらおう。こちら側としては、自己防衛のつもりだ」

「お前──!」


 立ち上がり、拳を振り上げて襲いかかってくる。 

 ハイドランジアは執事の影からボーンナイフを引き抜き、今度はトリトマ・セシリアの影目がけて投げた。


「ぐっ!!」


 突然影を縫われ、動けなくなってその場に転倒する。


「トリトマ・セシリアよ。いったい、何をしにここに来た?」

「そんなの、お前には関係ない!!」

「関係ある。私は、ヴィオレットの夫だからな」

「はあ!?」


 このまま隠しておいたら、ノースポール伯爵にさらなる被害があるかもしれない。

 そう判断し、ヴィオレットと婚姻関係にあることを宣言した。


「な、なぜ、お前が結婚できた!? どれだけ金を積んでも、ここの家の人間は頷かなかったのに!?」

「……」


 シランがトリトマ・セシリアに対し暴行事件を起こした理由は、ヴィオレットの結婚を巡るものだったのか。

 彼には魔法使いがついている。猫に変化する呪いも、それに関連しているような気がしてならない。


「ヴィオレットに、何をした?」

「何かしたのは、そっちのノースポール伯爵家のほうだろうが! お、俺は知らない! 変な魔法を使って、娘を猫にするとか、狂っている!」

「何?」


 ヴィオレットが猫の姿になってしまったのは、父シランが関わっている。

 そのように、言っているように聞こえた。


「どういうことだ? 詳しく話を聞かせろ」


 ハイドランジアがトリトマ・セシリアへ手を伸ばした瞬間、黒い霧のような物に遮られる。


「!?」


 ボッと音をたて、トリトマ・セシリアの影に打っていたボーンナイフが燃え上がった。

 それと時同じくして、彼の姿は魔法陣に囲まれて消え去ってしまう。

 転移魔法が発動されたようだ。


 逃げられてしまった。トリトマ・セシリアと関係のある魔法使いが、彼を遠隔から助けたのだろう。ハイドランジアは舌打ちし、ノースポール伯爵のほうを見る。床にうずくまり、肩を震わせ息を整えていた。

 彼の首筋には、胸倉を掴まれた時に付いた服の痕が線となってくっきり残っている。成人男性を持ち上げるなど、大した腕力だ。商人というより、海賊や山賊のように思えた。


「大丈夫か?」


 手を差し伸べると、ノースポール伯爵はハイドランジアの手を取った。

 まず、椅子に座らせ、人払いをするように頼む。


 ノースポール伯爵が落ち着きを取り戻したのと同時に、詳しい話を聞くことにした。


「いくつか、質問がある。答えてもらうぞ」

「はい」


 返事があったことに、幾分か安堵する。


「まず、一つ目。トリトマ・セシリアは、ヴィオレットの求婚者だったようだが、それは十年前からで間違いないな?」

「……はい」


 呆れて、ため息をついてしまう。

 十年前のヴィオレットはまだ九歳だ。なぜ、幼い少女に求婚したのか。


「幼女趣味……というわけでもなさそうだな」


 少女だけを愛する性癖だったら、今現在も求婚者であるはずがなかった。


「つまり、ヴィオレットと結婚すると、あの男に旨みがある、というわけだ」


 ノースポール伯爵家は関係を作ったからと言って、社交界に影響を及ぼす家系ではない。

 だとしたら、別に目的があるのか。ノースポール伯爵を問いつめる。


「あれは、何が目的だったのだ? ヴィオレットの魔力か?」

「い、いえ、そうではなく、彼は、貴族との繋がりを欲していたようで」

「それだけならば、ノースポール伯爵家でなくてもいいだろう」

「それは、そう、ですね」


 その後、ノースポール伯爵は口を閉ざす。どうやら、自分から事情を話すつもりはないらしい。ハイドランジアが推測したことに、答えるだけだった。

 それでも、だんまりだった以前よりはずっとマシであるが。


「だったら、ヤツ以外がヴィオレットの魔力を狙っていた可能性がある。例えば、トリトマ・セシリアと関係ある魔法使いが魔力を欲しているのか?」

「すみません、魔法使いとセシリア氏が関係あったことは、存じておりませんでした」

「そうか」


 この問題はとりあえず置いておく。


「二つ目の質問は、ヴィオレットの呪いに、お前の父親が関係しているようなことを言っていたが、本当か?」

「すみません、魔法についてはからっきしで」


 これも、嘘を言っているようには思えない。

 呪いは使用者の魔力を使って発動させる。

 もしも、シランが猫の呪いをヴィオレットにかけたとしたら、とっくの昔に解けているはずだ。


「なるほどな。トリトマ・セシリアはヴィオレットの猫化の呪いを把握しており、故シラン氏が呪いを発動させたと思っている」


 ノースポール伯爵家側では、呪いの発動条件は謎であると。


「もしや、脅されていたのは、ヴィオレットの呪いのことを公表するという内容だったのではないか?」


 その問いに、ノースポール伯爵は気まずそうに頷いた。


「呪いを明らかにすることだけは、絶対に避けたいと父が言っておりまして……」


 ただ、具体的な理由は分かっていないようだ。


「私が知るのは、ここまでです。あとはもう、父しか知りえない情報ばかりで……」

「分かった。話してくれたことを、感謝する」


 とりあえず、ノースポール伯爵家にトリトマ・セシリアが入れないように結界を施す。


「もう、二度と口止め料は払わなくてよい。この問題は、すべて私が引き受けよう」

「閣下!!」


 ノースポール伯爵は突然床に座り込み、額を床につけながら感謝する。


「本当に、なんと礼を言ってよいのやら……!」

「そこまで感謝される筋合いはない。ヴィオレットは、私の妻なのだから」


 そう言い残し、転移魔法を発動させる。

 私室に戻ったあと、息をはいた。


 今日一日で、さまざまなことが明らかとなった。

 今すぐにでも、対策を取らなければならない。

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