66.北の廃地へ
魔女マヤと剣姫アナストレアは逃げた魔王軍を退治すべく、エルンの街からクコ山、シデ山を越えて、さらに北へ北へと歩を進めていた。
「寒々として、寂しいところね」
「この世の果てやな」
大陸の北の果ては、ヘザー
この地の土は、死んでいる。
強烈な酸性の土壌は、耕作にも牧畜にも適さない。
ヘザーと呼ばれる廃地でも唯一生える低木植物によって、辛うじて砂漠化が食い止められているだけだ。
このヘザー廃地は、神々の古戦場であり神の血が流れて呪われたとも、古代文明が作った死の兵器が使われた結果、呪われた不毛の大地になってしまったのだとも伝えられている。
様々な説があるが、実際のところは博学なマヤですらわからない。
有史以前から、どうやっても開拓地として使用することができない巨大な空き地として放棄されているという事実があるだけだ。
「それで、本当にこんなところに魔王軍が潜伏してるの?」
「まあそのはずや。獣魔将やったテトラに、シデ山の北って聞いてピンときてな」
マヤは地図を広げる。
魔王軍がもともと潜伏していたシデ山の西には、海運業で栄えているベネルクス低地王国、東にはエルフが住んでいる古の森が広がっている。
「私たちは、古の森の方角ばっかり探してたわよね」
すでに、いなくなった魔王軍を探して、マヤたちは古の森の探索を進めていたのだ。
それで倒せたモンスターはたくさんいたが、魔王軍の幹部はまったく見当たらなかった。
「そや、ベネルクス王国に魔王軍が行って略奪してたら、大騒ぎになってすぐわかるやろうから、古の森やと思ってたんやが」
魔王軍を構成する魔族、そして魔獣やモンスターは基本的に略奪によって生活している。
この北の廃地では略奪するものがないので、食料源の豊富な古の森に潜伏していると考えていたのだ。
「魔族やモンスターだってご飯食べるわよね」
「せやな」
だから、こんなところに魔王軍がいるはずがないと考えるのは当然。
「もし、ここにいるとしたら、どうやって生活してるのかしら」
モンスターどころか、人っ子一人見当たらない荒廃地。
「隠れてるとしたら地中しかないやろ。まずこのあたりに、洞窟がないか探してみるんや」
「洞窟ねえ。じゃあ、面倒だからこうしましょう」
剣姫は、神剣を力強く地面に振り下ろす。
すると、ズババババッと地中が切り裂けていく。
「うわ。廃地やからええけども、無茶苦茶やな」
「だって、いちいち探すのめんどくさいでしょ。どんどん行くわよ!」
剣姫が剣を振るうたびに、衝撃波が飛んで廃地の地面がメチャクチャにえぐれていく。
まあ、廃地が耕されても誰も困る人はいないのでいいのだが……。
「おっと、ビンゴや」
剣姫の斬撃何回目かで、切り裂けた地面から巨大な空洞らしきものが発見された。
どうやら、新しく作られたダンジョンらしい。
ダンジョンの中で、洞窟キノコを採取していたらしいゴブリンたちがギャアギャア騒いでいる。
「いたいた。とりあえず、あいつらぶっ殺してくるわ」
ぴょんと空洞に飛び込んで、モンスター退治に向かう剣姫。
そっちは任せて、マヤはダンジョンの様子を調べる。
「なるほど、やっぱりそうか。不毛なのは地表だけで、地中に生産基地を作れば飯は食えるか。うちとしたことが、こんな簡単なことも思いつかんとわ」
なんと、魔王軍は栽培した洞窟キノコをイノシシ型の魔獣に食べさせて、牧畜の真似事までやってたらしい。
まるで鉱山に住むドワーフのような暮らしぶりである。
誰もが無価値だと思っていた廃地の地下に、こんなダンジョンを築いているとは。
一体、何年前から考えられていた計画なのか。
テトラに北と聞いて、こんなことじゃないかと予想していたマヤも、魔王ダスタードの用意周到さにはゾッとした。
「何してんのマヤ、さっさと行くわよ」
「ああ、すぐ行くわ」
これは、さっさとケリを付けたほうがいいだろう。
ケインの身辺は、獣魔将のテトラが守っている。
用意周到さでは魔王ダスタードにも負けないマヤは、魔王軍の脅威を説いてエルンの街に王国軍は呼び寄せてガードさせていた。
その上で、聖女セフィリアまで残してあるが、妙な胸騒ぎを感じていた。
次回更新は3日後です。