42~Blind Spot~   作:フリーマスタード
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第3話:解れた糸

 陽光聖典のニグン・グリッド・ルーインは目の前に広がる惨状に困惑していた。

 なぜならば、ガゼフ・ストロノーフをおびき出す為に壊滅させる予定の村々は全てが無人化しており、カルネ村に到着してみたらスレイン法国のバハルス帝国に偽装した部隊が見るに堪えない無残な最期を遂げていた。

 

 あるものは文字通り体が裏返しになって死んでいる者や自身の腕を喉の深くまで飲み込んで窒息死しているもの、互いに共食いをしながら息絶えた死体など見るに堪えない無残な光景が広がっていた。

 

 そして、住人は全て服だけを残して消えていた。ついさっきまで生活していた痕跡を残し、他の村と同じように。

 

 リ・エスティーゼ王国の物と思わしき装備品が転がっているのを道中で見つけた時は王国の体制に嫌気がさして任務を放棄した脱走兵が装備を捨てていったと考えもしていたが。

 

「一体・・・何が、起きたというのだ」

 

 最初は王国か帝国の仕業かとも考えたがそれは無いだろう。いくらあの腐敗した国や鮮血帝とはいえ、同じ人類に対してここまで惨いことをやるわけがない。盗賊という線も皆無だろう。何も荒らされた痕跡が無い。モンスターという線も皆無。確かにトブの大森林が近くにあるが争った痕跡が無い。

 

 先発した偽装部隊は状況から判断するに突然気が触れて共食いや自分を食べだしたとしか説明できない。一部はどうしたらこんな死に方をするのか不明だが。

 

 そして、村人は逃げ出したり避難したわけでもなさそうだ。村人全員で避難したなら必ず足跡が残るはずだが、足跡がまるで無い。

 

 特に慌てて荷物を纏めて持ち出した様子も皆無で、本当に前触れも無く突然消えてしまったようだ。

 

(何らかの精神系魔法と転移魔法か?信じられないが、そうだとしか説明できん。この事態を引き起こしたであろう何者かがいるとすれば・・・まさか、魔神か?いやそんな事があるはずが無い。いずれにしても、もはや既に王国どころの問題では無い・・・!)

 

「未知の魔法詠唱者(マジックキャスター)の可能性がある。天使を展開して村の周囲を警戒させろ!これより任務を変更して村の内部を調査する。不自然な物や違和感があったら些細な事でも構わん、報告しろ!もしも住人が残っていたら保護してから事情聴取する!そして各自精神を強化する魔法を忘れるな!万が一ガゼフ・ストロノーフが現れた場合は攻撃するな!私が話をする!」

 

 陽光聖典の隊員たちは各自精神強化の魔法を掛けると散らばって家々の捜索を始めた。

 

 本当に何が起こったのだろう?耕している途中で突然消えたのであろう農具や服が畑に転がっていたり、作りかけで放置されている料理など。本当に突然消えたとでも言うのだろうか?

 

 一旦考えを纏める為に景色を見て落ち着こうと遠くを見れば、青色や赤色の箱と思わしき物を大量に積んでいる400メートルはあるだろう超巨大な鉄の船がトブの大森林からその姿を覗かせていた。

 

 村の畑に刺さっている巨大な鉄の蛇みたいな物や民家の屋根に刺さっている鉄の荷車など見たことも無い物が多すぎる。ニグンは畑に突き刺さっている鉄の蛇が死んでいるか確認する為に恐る恐る軽く蹴ってみると、スレイン法国の神学の講義で習う「1号車 全席禁煙」という光で書かれた神の文字が浮かび上がってからすぐに消える。

 

(ゼン・セケ・キィ・エンか。何なのかわからんが、神に纏わる物らしい。これは本国に帰ったら早急に回収するよう要請しなければ。恐らく”一人師団”様のバジリスク10体を使えば何とか引けるはず。王国に渡すわけにはいかん。あの鉄の船や鉄の荷車も神の創造物の可能性が高いか。とりあえず、あの鉄の荷車だけでも我々が本国まで馬に引かせて運ぶか)

 

 そんな事を考えていると部下が慌ててニグンの元に駆けつけてきた。

 

「隊長!怯えて隠れていた村の住人と思わしき少女2人を保護しました!」

「なに!?よしわかった、直ちにそちらへ向かおう」

 

 

 

 

「恐れる必要はないエンリ・エモット。私はニグン・グリッド・ルーイン。スレイン法国の者だ。何があったのか詳しく聞かせて欲しい」

「はい。いつもと同じようにお父さんの畑仕事を手伝っていたら、突然空が割れて眩しい光が輝き始めたんです。そしたらトブの大森林に巨大な船が落ちてきてびっくりしていたのですが、村の真上の空も同じように割れてお父さんやお母さんが消えて村の人達も消え始めて妹と一緒に隠れていました」

 

 ニグンは何かを確信したように真剣な表情をしている。周囲の隊員たちの中には神への祈りを捧げ始める者もいた。

 

「・・・やはり神の御業か。あの巨大な船は神の創造物だ。恐らく、私の推測だが君の御両親や村の人々は神の国へと招かれたのだろう。・・・バハルス帝国の兵達に何が起こったのか教えてもらえると有り難い」

「神の国・・・ですか・・・。はい。直接、見たわけでは無いのですが、馬の足音がたくさん聞こえてきたと思ったら、男の人達の悲鳴や『許してください』という声が聞こえて、しばらく時間が経つとそれっきり静かになりました」

 

(なんと・・・いう・・・ことだ。人類の為とはいえ、神は我々が行おうとしたことでお怒りになっている。我々が行おうとした事から救う為に村々の住人を神の国に招き、偽装部隊に神罰を下したと仮定すれば辻褄が合う・・・。そして、天から落とした神の創造物は信仰心の足りない我々人類へのメッセージに違いない)

 

 ニグンはこの村娘2人を巻き込んでしまった償いとして、神の国に招かれたであろう御両親と再会できるように責任を持って信仰を教え養うことが神に命じられた使命なのかもしれないと感じていた。

 

 あの偽装部隊の様に神罰が我々にも下る可能性は十分にあるが、今もこうして生きることを許されているからだ。

 

「エンリ・エモットよ。村にはもう君達2人しか残っていない。君がよければスレイン法国に来て私と暮らさないか?私が責任を持って君達2人に神への信仰を教えて生活の面倒も見よう。・・・私は陽光聖典という特殊部隊の隊長を務めているから生活の心配はしなくてもよいと神に誓って約束しよう」

「はい・・・あの、ありがとうございます」

 

 エモット姉妹は未だ不安そうに互いに寄り添っていてしっかりフォローしてやりたいが、今はまだやらなければならないことがある為、神の荷車の元へと急ぐ。

 

 神の荷車は予想以上に重く、天使を15体程使ってようやく民家の屋根から引き抜き下ろすことができた。

 

 車輪は未知の素材で作られており、割れてしまっているが凹凸の無い滑らかな硝子の窓が嵌っている。

 荷車は今まで想像もしたことが無かった斬新な平べったい流線系をしており、その美しく神秘的で天使の様な神々しさをも感じるデザインは人類では決して思いつけないであろう叡智を感じ、内部にある王座よりも座り心地が良いのであろう椅子からも神の荷車であることを疑う余地はなかった。

 

(なんという素晴らしい座り心地なのだ・・・!椅子一つでさえ、人間の作った物と神の創造物にここまでの差があるとは・・・!)

 

 入れ替わりで後部座席の座り心地を試している部下たちも感激し、神への信仰心を新たにしている様子が伺える。

 

『ピコン!地磁気充電が完了しまた。ネットワーク接続不能。オフラインモードでOSを起動します。車体の損傷を確認しました。バイオ・ナノマテリアルの再構築を開始します』

 

 突然、神の荷車から女性の声が響きニグンら隊員たちは驚いていたが、さらに想像を絶する現象が起こっていた。

 

 なんと、みるみる内に割れていた硝子が修復し塞がっていくではないか!しかも驚いたことに魔法では無い未知の力によるものだ。

 

『修復完了しました!この度はオルタナティブ・ワールドテック社の誇る最新技術を惜しみなく使用した最新ハイエンドモデル”プロメテウス”へ御試乗頂き誠にありがとうございます!何かご質問はありますか?』

「あ、あなたは一体何者なのでしょうか?」

『私はプロメテウス専用に最適化されたオペレーティング・システムに内蔵されている音声アシスタントAI、MIDORIと申します』

「私はスレイン法国の陽光聖典で隊長を務めているニグン・グリッド・ルーインという者です。・・・恐れ多いのですが”えーあい”とは何でしょうか?」

『すみません、質問の意味が分かりません。・・・というのは冗談です。一般的に普及している低価格な”人工知能”は1世紀前の物と変わらない性能ですが、2040年に技術革新が起こって以来、人工知能は交通システムの管理、株式市場や為替での取引、アーコロジーの資源や人口の管理、企業の人事採用では就職希望者の分析と評価など目に見えない様々な場所で活躍して参りました』

 

 ニグンは言っている意味が全く理解できていなかったが、MIDORIは顔認識機能からおおよその感情を読み取っていた。

 

『おや、これは失礼いたしました。この様に私の姿をホログラムプロジェクターで車内及びに車外に投影でき、オーナー様と視覚的な交流も可能な大容量の内部ストレージ及びに高度な自己学習機能を備えた最先端の技術で造られた”機械”です。現在、ネットワークに接続できない為にオンデマンド・サービスはご利用いただけませんがご安心ください!オプションにより主要な人気のある様々なメディア・コンテンツが内蔵されているモデルですので快適な旅をお楽しみいただけます!』

 

 助手席に投影された長い黒髪でスーツを着た女性の姿をした半透明な虚像がニグンの顔を不思議そうに覗き込んでいた。

 

(なんということだ!神の世界の単語が多過ぎて言ってることの大半は理解できなかったが、荷車に魂が宿っているのか!?)

 

「つまり、貴女は荷車に宿っている魂という認識でよろしいのでしょうか・・・?」

()()ですか・・・。違います。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()です』

 

 MIDORIのホログラムがムッとした表情をして、そっぽを向き座席に深くもたれて窓の外の景色を眺めている動作をする。

 

「し、失礼いたしました。お気に触ってしまった様でしたらスレイン法国を代表して謝罪いたします!」

 

 拗ねたフリをしていたMIDORIのホログラムが「ニコッ」とした笑みを受けべてニグンの方に振り返った。

 

『問題ありません。私は()()ですので感情は存在しません。スレイン法国という地名はデータベースにありませんが謝罪は受け取りましょう』

 

 

 

 

「デミウルゴス、私は世界征服には反対よ」

「アルベド!いくら守護者統括であるあなたでも、モモンガ様の御望みに反対するのは聞き捨てなりませんね。しかも、あなたはレラティビティ様が御隠れになるのを知ってて黙っていましたね?」

 

 アルベドは全てを悟ったの者の様に落ち着いた涼しい表情をしていた。なぜならばモモンガの正体が”鈴木悟”という人間で、現実世界で恵まれないながらも身を削ってまでナザリックを支え愛してくれていた事を知っているからだ。

 

「ええ、確かにモモンガ様が悲しんでおられるのは私も心苦しかったわ。それでも長い目で見れば必要な事だったのよ」

 

 そう、アルベドは他の守護者達では絶対に取らなかった行動に出た。友人として彼の意志を尊重し見送るべきだとモモンガを説得し、ナザリックから去ったレラティビティを捜索しようとしたモモンガの命令に異を唱えたのだ。

 

「・・・一体何を言ってるのか理解に苦しみますが、しっかり説明させてもらえますか?」

「やむを得ないわね。いいわ。あなたには信じられない受け入れ難い事でしょうけど、私は愛の力で全てを受け入れました。良い?デミウルゴス。モモンガ様は()()ではありません。モモンガ様の全てを受け入れる覚悟があるならこれを読みなさい」

 

 デミウルゴスが封筒を受け取り書類の束を出して読み始めると、次第に驚愕した表情に変わっていく。

 

 所々、アルベドの手によって黒く塗りつぶされた箇所が存在するが、それは魔法が一切存在しない死にかけた別世界。そこには人間しか存在していなくて人体を改造しなければ呼吸すらもまともにできない環境で裕福層に搾取され続けながら、人間の身であるモモンガは商会に勤め、様々な契約を結ぶために身を削りながら働き、自身の生活を切り詰めてまでナザリックを維持する為のお金を稼いでいた。

 

「あぁ、モモンガ様・・・」

 

 デミウルゴスはモモンガの余りにも深く大きな愛によって支えられていた真実を知り、感極まり涙を堪え切れず静かに泣いていた。

 

「モモンガ様は慈悲深く、優しい()()()()を持った御方よ。その尊き御心を汚してしまう可能性がある世界征服には反対するわ。やむを得ない場合を除いた現地の人間の殺傷や拷問は禁止にするけど問題ないわね?」

 

(後は宝物殿にいるパンドラズ・アクターにも根回しが必要ね・・・)

 

「構いません。ところでアルベド。レラティビティ様が何処へ行かれたのか知っていますか?」

「それが消えてしまったのよ。それにどこかいつもと様子が違ったわ。気配を感じないというか存在してるけど存在していない様な何とも説明し難い感じがしたわ。深淵に覗きこまれているような・・・」

「・・・モモンガ様には秘密にした方が良さそうですね。そして他の守護者や僕たちにも」

「そうね」

 




次回、スレイン法国が王国に対して動き出し、モモンガ様はアルベドとシャルティアを連れて冒険者デビュー(予定)

基本的に書き溜めせずに書いている為、更新は間が空きますが週1から2週間に1回ぐらいのペースで更新していくつもりです。

●オルタナティブ・ワールドテック社
alternative。代替えの・二者一択の~という意味をオーバーロードの現実世界に合わせて「代替えの世界を叶える技術」という意味を込めてネーミングした巨大複合企業になります。私の脳内設定では現代に存在する複数の有名企業が一つになった物を想像しています。

●バイオ・ナノマテリアル
ナノマテリアル自体は現代でも化粧品などに使われていますが、細かい微粒子が自然環境に及ぼす影響も懸念されている素材です。18年現在では化粧品の動物実験の代わりに人工的に培養した皮膚サンプルを使った倫理的な手法も進んでおり、その点も踏まえて100年後の可能性を期待して考えたものです。最新の遺伝子工学による炭素ベースの生体素材でコーディングされたナノマテリアルは有機物と無機物の両方の特性を備えたハイブリット素材という設定です。


・・・ちなみにプロメテウスという車やMIDORIは現実世界から来たものではありません。()()が化けています。ニグンさんどうなる?







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