長谷川 安弘
エグゼクティブプロデューサー
1944年 静岡県出身
株式会社ポイントブレイクエンターテイメント 代表取締役

元ダウラスフィルム社長
元ディレクターズカンパニー副社長
元ウイングスジャパン社長

1967年上智大学文学部英文科卒。1968年フリーの制作進行となり、主に大映テレビ株式会社にて作品制作に参加。 1973年テレビCM制作会社タウラス・フィルム設立。代表取締役就任。主に海外ロケ作品を制作。「サントリー」「NEC」「資生堂」「レナウン」をクライアントとする。ACC、クリオ等の受賞多数。 1979年筑波万博、電通、富士通、イマジカ共同作品「富士通パビリオン」CG映画のプロデューサーとして参加。 株式会社ディレクターズ・カンパニー副社長、株式会社ウィングス・ジャパン代表取締役、を経て2005年株式会社ポイント・ブレイク・ピクチャーズ設立、代表取締役就任。現在に至る。

代表作は、1983年「探偵物語」プロデューサー、1985年「ビーバップハイスクール」企画、1986年「ビーバップハイスクール高校与太郎哀歌」企画、 1986年「ボクの女に手を出すな」製作、1987年「新宿純愛物語」(東映)企画、1988年「疵」エグゼクティブプロデューサー、1989年「家族輪舞曲」製作、1990年「BEST GUY」プロデューサー、1991年「妖怪ハンターヒルコ」エグゼクティブプロデューサー、2001年「天国から来た男たち」アソシエイトプロデューサー、2004年「機関車先生」製作総指揮、2006年「スケバン刑事 コードネーム=麻宮サキ」プロデューサー。

森重 晃
プロデューサー
1955年山口県出身
1977年よりNHK大阪にてフィルム編集を始める。のちに映画のフリープロデューサーとして活動を開始。1988年 山川直人監督「SO WHAT」、1990年 桑田圭祐監督「稲村ジェーン」などを経て、1990年トニー・オウ監督作「南京の基督」、1997年イム・ホー監督作「キッチン」、1998年リー・チーガイ監督作 「不夜城 SLEEPLESS TOWN」など、海外の映画監督との制作を数多く手掛けてきた。2001年高橋伴明監督作「光の雨」などベテランの監督をプロデュースする一方で、若手の監督と組み、ローバジェットながらも上質な作品を作り上げることでも定評がある。2003年「ヴァイブレータ」では、藤本賞特別賞を受賞。同作は35もの国内外の映画祭に出品され、20以上の賞を受賞した。最新作は、2006年チャン・イーモウ監督「単騎、千里を走る」。


田辺 隆史
プロデューサー
1948年岡山県出身
早稲田大学中退。フリーの映画助監督の後、勝プロにてテレビドラマ演出。1982年、㈱ヴァンフィルにてプロデュサー、1988年、東北新社に編入社、映像製作部門にて劇用用映画・オジリナルドラマ・テレビ映画を数多くプロデュース。2006年、同退社。他にテレビ作品として「大江戸捜査網」(TX)」、「表通りにぬけるみち」(テレビ朝日)【民放連最 優秀ドラマ賞】 「砦なき者」(テレビ朝日)【放送文化基金賞】、「南くんの恋人」(TBS)「大人になるまでガマンする」(TBS)【ギャラクシー選奨】「ぶるう かなりあ」(WOWOW)【ギャラクシー選奨】等多数。


宮森 征一郎
プロデューサー
1973年静岡県出身
1996年明海大学経済学部卒業後、家業を経て1999年に株式会社メンバーズに入社。デジタルメディア系のプロモーションやWebサイト構築のコンサルティングを経て、2004年マッキャンワールドグループCRM部門の株式会社エムアールエム・ワールドワイドにて最大手ソフトウェア企業の広告企画制作の総合プロデュースを担当。2007年6月に独立後、現職にて数本の映画プロデュースに従事。2008年3月に映画専門大学院大学卒業。


楠 智晴
プロデューサー
1973年神奈川県出身
1996年学習院大学経済学部卒業後、NTTに入社。同社法人営業部門勤務を経て、2004年ITベンチャーに転職。
2006年6月独立後、数本の映画プロデュースに従事。2008年3月に映画専門大学院大学卒業。


三浦 慶子
デスク/アシスタントプロデューサー
1981年東京都出身
2005年慶應義塾大学文学部卒業。2007年8月より現職。