PvP+N   作:皇帝ペンギン
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Epilogue

「はっはっはっ! 何だこれ。夢だろ、うん」

「いえ、陛下。現実ですよ、しっかりして下さい」

「いや、これが笑わずにいられるか」

 

 竜王国、王城、玉座の間にて。〝黒鱗の竜王(ブラックスケイル・ドラゴンロード)〟ドラウディロン・オーリウクルスは高笑いを浮かべた。宰相が冷ややかな笑顔で諌める。

 

「なにか? お前はたった二人の使者――もとい冒険者が、何十年にも渡り我々を苦しめてきたビーストマンを制圧したと。本気で信じるのか? その頭には花畑でも詰まっているのか」

「私だって信じられませんでしたよ。ですが彼の報告を聞いたでしょう? 民からの声も」

 

 それを言われてはぐうの音もでない。後ほど現地に赴き確認をとる必要があるが、兵や民草の話を聞く限りまず間違いないだろう。報告に来た竜王国唯一のアダマンタイト級冒険者チーム〝クリスタルティア〟の〝閃烈〟セラブレイトをして桁が違うと言わしめた。曰く、ビーストマンの侵攻軍に囲まれ絶対絶命の窮地に陥った際、超強力な武技でこれを一蹴。彼らの命を救ってくれたらしい。そのままばったばったとビーストマンどもを蹴散らし大都市を開放。すぐさま次の都市へと向かったという。これが三日前の話だ。そして今、ドラウディロンの前にはビーストマンから届いた書簡が広げられていた。汚い字で降伏する旨が綴られている。王と思しきビーストマンの血判も入っていた。胡散臭いことこの上ないが、数日前より竜王国領土内にビーストマンはただの一匹も確認されていない。信じる他なかった。笑ってしまうくらいにあっけなく、竜王国はビーストマンの脅威から完全に解放されたのである。

 

「アインズ・ウール・ゴウン魔導国、か」

「一体どんな国……いえ、何者なんでしょうね」

 

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国。二人の冒険者はその国に属するという。彼らは自国の王の、即ちアインズ・ウール・ゴウン魔導王の親書を携えていた。簡単な挨拶から始まる内容はこうだ。我が国は建国したばかりの小国ゆえ、未だ友好国も同盟国もない。そこで貴国と友好関係を結びたい。そのためにまず我らの友好を示そう――とのこと。彼らの友好とはたった二人でビーストマンを制圧できる戦力ということか。陽光聖典や漆黒聖典でもそんな真似は不可能だろう。今まで法国に少なくない寄進をしてきたのが馬鹿らしくなる。それだけではない。魔導国は人的、物資的支援も約束してくれた。今もビーストマンとの国の国境沿いには彼の国の兵が配備され、復興支援まで担ってくれている。まさに魔導国様々だった。

 

「何が目的なんだろうな……はっ! まさか私の身体か! 身体目当てなのか!?」

 

 身悶えするように自身を抱き締めるドラウディロンに宰相は冷ややかな視線を送る。

 

「何を馬鹿言ってるんですか。先ほども断られたばかりでしょうに」

「あれはなー、読み間違えた。本来の姿ならいけたはずだ」

 

 王は両手を胸の前に持っていき何かを揺する動作を繰り返す。宰相は嘆息した。長年の胸のつかえがこうもあっさりと片がついてハイになっているのだろう。

 

「そもそも彼は既婚者だと言っていたじゃないですか」

「その割には一緒にいた女も狼狽えていたではないか」

 

 二人の冒険者の姿を思い出す。純白の全身鎧(フルプレート)の男と眼鏡をかけた女モンク。初めて謁見にきた時はたった二人の援軍でどうしろと失望したものだ。けれどもその実力は本物だった。ひとつ、ふたつと瞬く間に奪われた大都市を奪取。はては交渉不可能と思われていたビーストマンの王相手に降伏宣言まで取り付けてきた。これを奇跡と言わず何というか。興奮のあまり男の方に求婚してしまっても仕方ないだろう。

 

「アインズ・ウール・ゴウン魔導王、か……ふふ」

 

 部下の方には素気無く断られてしまったが。もし彼の王が独り身ならば、狙ってみる価値はありそうだった。獲物を狙う熟女――いや、妙齢の女性の顔をする少女に宰相は本日何度目かのため息を吐く。すっかり色ボケてしまったようだ。しかし民が物理的に食われるのを黙って見ているしかなかった地獄に比べれば、はるかにマシというもの。

 

「陛下ももういい歳ですしね」

 

 であるならば、王に文字通り一肌脱いでもらうのも良い手かもしれない。なるべく早く魔導王へ謁見する必要があるだろう。他の国々が魔導国の価値に気づく前に。両国の友好のために。

 

 

 

 ・

 

 

 

 漆黒聖典が行方不明になってから約半年後、スレイン法国の中心たる神都にとある冒険者チームが訪れていた。半年前、王国城塞都市エ・ランテル近郊に突如として出没した謎の吸血鬼〝カーミラ〟。強大な力を誇る吸血鬼を見事討伐した偉業を讃えられ、アダマンタイト級冒険者となった〝漆黒〟のモモンと〝美姫〟ナーベ。〈転移(テレポーテーション)〉を始め恐ろしい力を振るうカーミラとの戦闘は苛烈を極め、結果トブの大森林の一角が荒野となった。モモンが所持していた魔封じの水晶を解き放った痕らしい。第八位階という神代の魔法はかくも強大なものなのか。

 

 二人が一歩神都に踏み入ると、フードを被った集団が彼らを出迎えた。

 

「〝漆黒〟のモモン殿、それにナーベ殿ですね」

「ようこそおいでくださいました」

「どうぞこちらに」

 

 漆黒は名指しの依頼を受け、遠路はるばる法国まで呼ばれたのだ。彼らの案内に従い、モモンたちは大神殿の奥へと進んで行く。

 法国の最奥、限られた一部のものしか入ることを許されぬ聖域。荘厳な創りの外観からは想像もつかないほど簡素な一室にモモンたちは通された。六大神を象った偶像以外、円卓と椅子しか存在しない。そこには十三人の男女がいた。一人だけフードを深く被り表情を伺えないが、皆緊張した面持ちでこちらを注視している。敵か味方かわからない得体の知れない存在を懐まで招いたのだ、至極当然の反応だろう。重苦しい沈黙が流れる中、やがて意を決した法国最高位――最高神官長が皆を代表して口を開いた。

 

「……単刀直入に聞きたい。貴方は〝プレイヤー〟……なのでしょうか?」

 

 確信をつく問答。誰かの喉が鳴る。張り詰めた空気が場を支配した。しばしの静寂の後、モモンは鷹揚に頷いてみせた。どよめきと共に矢継ぎ早に繰り出される質問の数々。その全てを制し、彼らを押しとどめる。

 

「私からも色々と聞きたいことがあります。ですがその前に――」

 

 モモンは真紅のマントを神官長たちに見せつけるように広げた。

 

「我が友を紹介しましょう」

 

 〈転移門〉が開く。豪奢な漆黒のローブ、黄金の錫杖、赤い宝玉。ここに〝死〟が顕現した。死の支配者はその身に相応しい暗黒のオーラに包まれていた。白磁の貌が唇も舌もない口腔を開く。

 

「お初お目にかかる、スレイン法国の皆さん。私はアインズ・ウール・ゴウン。あなた方がいうところのプレイヤーだ」

 

 眼窩に灯る赤が妖しく煌めいた。神官長たちが悲鳴を上げる。

 

「ア、アンデッド……!?」

「スルシャーナ様!? ……いや、違う!」

「っく……やはり魔のものと通じていたのか!」

「だが待て、彼の神とてアンデッド。もしかすると――」

 

 黒を戴く神官長の言葉は他の神官長に遮られる。怒号が飛び交った。

 

「あのお方は例外中の例外! 一緒にされては困る!」

「左様、アンデッドは生者を憎むもの。我々とは決して相容れぬ!」

 

 その言葉を合図に。六大神の像の影、〈不可視化〉のマジックアイテムで潜んでいたのだろう。漆黒聖典唯一の生き残り、番外席次〝絶死絶命〟が突如として姿を現わした。法国とて何も無策でモモンたちを招き入れたわけではなかった。万一モモンが悪しきものであった場合に備え、最強の切り札を伏せていたのだ。姿を見せたのは絶対的強者である自負の表れか。女は舌舐めずりで獲物を見定める。

 

「さぁて、噂のぷれいやー様はどれくらい強いのかなっ、と――!」

 

 背後の壁が爆ぜる。白銀と黒、二色の髪が風に靡く。音を置き去りにした。クレマンティーヌの独特の構えから繰り出される刺突にもよく似た、しかしそれをはるかに超越した疾走。オッドアイが正確にアインズを据え、戦鎌(ウォーサイズ)が振り下ろされる。その首を刈り取ろうとして――

 

 甲高い金属音が鳴り響く。

 

「――は?」

「なっ――」

 

 場にいた法国のものは誰もが目を疑った。神人たる彼女の、未だかつて誰にも止められたことがない一振り。これまで数多の亜人や異形種を確実に屠ってきた。故に絶死絶命。それが、法国の象徴ともいうべき彼女の刃が。眼前でいとも容易く打ち破られてしまった。戦鎌(ウォーサイズ)が床に突き刺さる。番外席次の首筋に漆黒の刀身が押し当てられた。

 

「彼に手出しはさせません」

 

 モモンの背後に四文字が浮かぶ。神官長たちは動揺を隠せなかった。

 

「そ、それは」

「まさか――セエ・ギ・コウリ様!」

「馬鹿な!? あのお方が我々を裏切るはずがない!」

「洗脳されているのか!」

 

 絶望に喘ぐ老人たちをよそに、後方へ跳びのく女は歓喜に打ち震える。

 

「いいわ、いいわ! 貴方すごくいい! ねえ、私に敗北を教えてちょうだい?」

 

 番外席次は口元を吊り上げ血塗れの表情を浮かべた。生まれつきの異能(タレント)を開放しようとして、

 

「そうぞ――」

「おやめなさい」

 

 アインズの言を遮り、凛とした声が部屋中に響く。少女の、けれども力強い声。絶死絶命も神官長たちも、モモンたちすら思わず動きを止める。

 

「ここは神聖不可侵な領域。誰であろうと、血で穢すことは許されません」

 

 少女はモモンへと歩み寄り、そのフードを取った。素顔が露わになる。

 

「お久しゅうございます、たっち・みー様」

「ルシャナ……さん」

 

 幾歳月を経て。なおも変わらぬ少女の姿がそこにあった。たっち・みーとルシャナ。二人は数百年振りの再会を果たした。

 

 ・

 

 会議は躍る、されど進まず。ルシャナのとりなしにより何とか始まった交渉は、大方の予想通り難航していた。

 

「だから何度も言っておろう!? 亜人との共存など不可能だ! ましてやアンデッドなぞ!」

「この分からず屋共が! お前らがそんなことだからここまで人類は追い詰められてるのだ!」

「何だと!」

 

 喧々轟々と互いの主義主張がぶつかり合う。アインズは多種族共存を声高に主張し、法国側が突っぱねる。その繰り返し。数百年と掲げてきた人類至上主義をいきなり変えろと、部外者のそれもアンデッドに言われても困るというもの。

 

「大体、多種族との共存が目的ならば評議国にでも行けばよかろう」

「そうだ」

 

 大元帥が愚痴をこぼし、光の神官長が同調する。

 

「ふむ、それも確かに一案だ。ツアーとも何度も話し合った。だが……」

 

 アインズの言葉に発言した男がギョッとする。もしもこのアンデッドと竜王(ドラゴン・ロード)が手を組めば。まさにに魔法だ。手がつけられない。身震いする彼らを尻目に、アインズの口をつくのは予想だにしないものだった。

 

「私は非常に我が儘なのだよ。そう、自分の国がほしい――この名を全世界に轟かせるために! それに……」

 

 腕を掲げ、まるで世界を掌握するかのように拳を握るアインズは、たっち・みー扮するモモンと、それからルシャナに視線を移す。

 

「私は恩には恩で報いたい。あなた方の神が彼を救ったというのなら」

 

 嘘偽りない本心からの言葉。神官長たちは互いの顔を見合わせる。

 

「どうか私に――いや、私たちに協力してほしい。共に共存の道を」

 

 アインズは骨の手を人類へ向け差し出した。その手を人間たちは唖然と見つめることしかできない。アンデッドは生者を憎むもの――今までの固定観念が激しく揺さぶられる。

 

「少し……考えさせてくれ」

 

 長い長い沈黙の後、最高神官長はやっとの思いで言葉を搾り出した。

 

 

 ・

 

 

「あれでよかったんでしょうか」

「ええ、ファーストコンタクトとしては充分ですよ」

 

 スレイン法国を後にした至高の存在たちは、〈転移門〉で帰るのも味気ないとしばらく歩くことにした。ナーベに変化していたパンドラズ・アクターは本来の姿に戻ると、二人に会釈をして何処かに消える。尾行や監視がないか見張りを買って出てくれた。

 

「モモンガさん」

「何です?」

 

 しばらく取り留めのない会話を続けていると、たっち・みーが意を決したように口を開いた。

 

「どうして、あの時私を助けたのですか。稀少な世界級(ワールド)アイテムを使ってまで……敵対していた私を」

「それは……」

 

 あの日、自分の腕の中で消え逝くたっち・みーをただ見送ることしたできなかったアインズの前に、パンドラズ・アクターが舞い降りた。ボロボロの軍服を翻し、軍帽を被り直している。彼には第三者による監視がいた場合、その捕縛を命じていた。同じく傷だらけの見覚えのない白金の全身鎧(フルプレート)を拘束している。あれが監視者だろうか。アインズの前に膝をつくと、

 

「アインズ様……これを」

「ッ――」

 

 あるアイテムを厳かに献上した。それは。アインズが望んで止まなかった、霊廟最奥にあるはずの世界級(ワールド)アイテム。聖者殺しの槍(ロンギヌス)と同じく〝二十〟のひとつであり、その効果を打ち消すことができる数少ない、そして消費型のアイテム。

 

「貴方様は私に備えよと仰いました。ですから――」

 

 アインズの震える手が世界級(ワールド)アイテムを受け取る。たとえもう二度と手に入らないとしても。それよりも大切なもののために使うのだ。そこに一切の躊躇いはなかった。

 

「誰かが困っていたら、助けるのは当たり前――でしょう?」

「そう、ですね。その通りです」

 

 たっち・みーは眩しさを覚えて空を見上げる。アーコロジーでは見かけることがない、透き通った青空が何処までも広がっていた。

 

「さあ、行きましょうたっちさん。これから忙しくなりますよ!」

「ええ」

 

 遠い昔、聖騎士がアンデッドを助けて始まった物語は。誤解やすれ違いはあれど、アンデッドが聖騎士を助ける形で終焉を迎えた。そして次の章へと続いていく。彼らの足が行く限り。道が続いていく限り。その果てに何が待っていようと。アンデッドと聖騎士、それにNPCたち。皆と一緒ならばどんな困難にも打ち勝てると――アインズ・ウール・ゴウンは強く確信していた。物語は紡がれ続ける。

 

 

 

 ・

 

 

 人間の国々がようやく一つの御旗に纏まり始めた頃、大陸中央部でも異変が生じていた。覇を競い合う六大国が、たったひとつの城しか持たぬ小国に頭を垂れたのだ。水晶の城に居を構える羊頭の悪魔は玉座に足を組み支配者然とした態度だった。右に古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)、左に全身鎧(フルプレート)を着込んだ体中に口のある肉の塊。三人に対し膝をつく多数のNPCやシモベたち。羊頭の悪魔は満足そうな笑みを浮かべる。

 

「やっとミノタウロスの国が屈したか。案外時間がかかったな」

「ユグドラシル産っぽい装備がたくさんありましたから。ですが、これで大陸中央は我々のものですね」

「さて、次はどうするよ」

 

 同胞の問いに悪魔は両腕を広げ心底愉しそうに嗤う。

 

「もちろん――世界征服に決まっているだろ? この私、魔皇アインズ・ウール・ゴウンが、な!」

 

 人類を纏め上げたアインズ・ウール・ゴウン魔導国と大陸中央に覇を唱えたアインズ・ウール・ゴウン魔皇国。二国の激突は必然であり、その日はそう遠くないだろう。

 

 

 




ここまで読んで下さりありがとうございました。

活動報告に後書き&雑感も上げる予定なのでよろしければどうぞ。






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