今回は、北京レポートの最終回である。
中国は「トランプ爆弾」が炸裂し、大揺れだった。ただでさえ、7月から8月の前半にかけての「中南海」は、「権力闘争の季節」である。それは、8月上旬に、「北戴河会議」が開かれるからだ。
北戴河会議は、現役幹部と、すでに現役を引退した長老たちとが、河北省北戴河の幹部専用避暑地に赴いて、中国の諸問題を話し合う場だ。従来は3日間しか行われないが、今年は1週間以上にわたって、侃々諤々の議論が交わされた。
それはひとえに、トランプ政権から「宣戦布告」された貿易戦争にどう対処するかを話し合うためだった。
実は、今夏の「中南海」の激震は、米中貿易戦争が「開戦」する二日前の7月4日に始まった。上海で起こった「墨汁事件」である。
この事件は、日本のメディアでも、何度もその映像が報じられたが、再度振り返ってみよう。
湖南省出身の上海のOL、董瑶琼さん(29歳)が、習近平主席の看板に墨汁をかける様を、自分で動画サイトにアップした。彼女は2分39秒にわたって、湖南省訛りの早口の中国語で、中国共産党と習近平主席に対する悪態をまくし立てた。映像から文字起こししてみると、発言内容は大略、以下の通りだ。
「尊敬する皆さん、おはよう! いまは7月4日の午前6時40分頃で、私はいま上海の陸家嘴(浦東新区にある金融街)にいて、後ろにあるのが海航ビル(習近平主席や王岐山副主席と関係が深いとされ、経営危機に陥っている海南省の巨大企業グループ)。まだ朝早いから、皆さんはきっと出勤途中でしょう。後ろにあるのは、習近平のパネル写真よ。
私が言いたいのは、絶対に習近平の独裁、専制の暴政に反対だということ。中国共産党が私にやっている圧迫にも反対だ。
反対!(と叫んで墨汁を習近平主席の大判の顔写真にぶっかける)。この人を恨んでいる!
見たでしょう、これが私の行動よ。習近平に反対! 専制と暴政に反対! 共産党が私にかけている圧力に反対!
国際組織が調査して正してくれることを要求する。私をダメにするのは、中国共産党と中国政府だということを調査してほしい。
そうよ、今日はこの男に墨汁をぶっかける日。私がやったのよ。この男はどうするでしょうね。習近平よ、私はここで待っているから、ひっ捕らえに来なさいよ。私はたった一人で、中国共産党の独裁、暴政、専制に反対し、あなたが捕まえに来るのを待っているのよ。
後ろはまさに海航ビル。習近平、あなたが一番好きな会社よ、そうでしょう? 私はあなたの顔に墨汁をぶっかけた。見たでしょう? 醜くなった自身の顔を見たでしょう? さあ、今日のニュースはこれでおしまいよ」
この映像は、瞬く間に、中国国内及び世界中に拡散された。日本のユーチューブでは、9月2日現在で同じ映像が3本、計12万2380回も視聴されている。テレビニュースで見た人も含めれば、数百万人規模に上るだろう。
中国国内でも、この映像はたちまちWeChatによって拡散し、抹消しようとする当局とのイタチごっことなった。
思えば、習近平総書記体制が発足して、この11月で丸6年となるが、このように顔を出して正々堂々と「反対」を唱えたのは、この29歳の女性が初めてである。彼女は上海市公安局に拘束され、7月16日に湖南省・株洲の精神病院の隔離病棟に移送されたと、香港メディアなどが伝えた。