移動シェアアプリ「CREW」を運営するAzitが、Eight Roads Ventures Japan、グローバル・ブレインなどを引受先とする総額約10億円の資金調達を実施したと9月3日、発表した。
移動シェアアプリ「CREW」を運営するAzit社が、総額10億円の資金調達を実施したと発表した。
CREWは、乗りたい人と乗せる人とをマッチングするサービスだ。乗った人は実費(ガソリン代や高速道路代など)とシステム利用料を支払うほか、任意に金額を決めて謝礼として支払う。謝礼は義務ではない。
一見、Uberや滴滴出行(ディディチューシン)といったライドシェアのようだが、サービスの「対価」として報酬を支払う仕組みではない点が異なる。
「道路運送法上では、ドライバーに対する金銭の授受がガソリン代と道路通行料、好意に対する任意の謝礼にとどまる場合は許可や登録を要さない」(国土交通省担当者)という。
近所の助け合いをアプリ化
Azit社長の吉兼周優氏。1993年生まれ。
創業者の吉兼周優氏は1993年生まれの25歳。
慶應義塾大学理工学部在学中の2013年に会社を設立し、事業を模索していく中で、今後大きく変革していく領域として「モビリティ」に着目した。
「(Uberや滴滴出行とは)プロダクトの生まれてきた背景や社会的コンテクストは全く違う」と同氏はいう。
同氏によると、Uberや滴滴出行はそもそも日本以外ではタクシーそのものの問題(ドライバーの質の悪さや不明瞭な料金体系、供給の少なさなど)を解決するサービスとして普及した。
日本はタクシーだけでなく、公共交通機関の質が他国と比べても高い。その一方で以前から、「習いごとの送り迎えを近所のおばちゃんにやってもらっていたような」(吉兼氏)近隣の人との信頼関係が前提の移動手段が存在した。
近所の人を自家用車で乗せていくような日本ならではの慣習をアプリで表現できないか。この考え方を着想として、同氏が「互助モビリティ」と呼ぶCREWのサービスコンセプトは生み出された。
身分がわかった状態での“お礼”の値段
筆者も実際にCREWを使ってみた。金曜の夜21時40分頃、青山一丁目でアプリを開くと、1分程度でマッチングした。ややアプリの不安定さはあったが、ドライバーとやりとりをしつつ、20分程度で乗車できた。
乗車したのはテスラ車で、ドライブ好きの人のようだった。30分ほど乗車すると、料金はガソリン代の65円と、安心安全保障料640円、そして決済手数料20円の合計725円。これに任意の感謝料を上乗せして支払うという仕組みだ。
CREWの支払い画面のようす。実費に加えて任意の感謝料を支払うことができる。
画像:CREW
肝心の感謝料は、いくらにしようか迷った。30分乗せてくれたお礼だから1500円くらいかなと思ったが、特典で1000ポイント(1000円)の割引になっていた。
自分がトクをすることも考えたけれど、筆者はビジネスインサイダーの記者であることを道中で明かしていた。出し渋っていると思われたくない気持ちと、取材費の意味も込めて、結局ドライバーには2500円の感謝料を支払った。これでも、自分が払った額は2225円。タクシーの半分以下の値段だ。
自分の身分を明かした状態で「お礼」に値段をつけることの難しさを、少し体験できた。
与論島では公共交通機関の足に
与論島は、サンゴ礁に囲まれた島、エメラルドグリーンの海などから近年観光客が急増しているが、公共交通機関の不足という問題があった。
出典:ヨロン島観光協会
8月には、鹿児島・与論島で公共交通機関の不足を解消する実証実験を実施した。与論島では近年、観光客が増加する一方で、公共交通機関がバス1路線、タクシー8台と少なく、社会課題になっていた。
実験では、10名程度の住民にドライバーとして稼働してもらい、観光客など約100名弱を対象に移動手段を提供したという。
「(地方では)もともと相乗り文化があったり、観光やおもてなしの一環としてドライブを一緒にしていたりもする。観光客側も良い体験ができればお金を払ってもいいと考えていることもあり(「互助モビリティ」という)CREWの元々のコンセプトに近い体験が提供できたと思う」(吉兼氏)
20年後のモビリティの未来を描く
現在、都内一部地域を対象にサービスを展開。サービス利用可能時間は、夜20時〜朝3:00に限られている。
CREWは現在、都内一部エリアを対象にサービスを展開している。ユーザー数・ドライバー数はともに非公開だが、今後も全国のさまざまなエリアにサービスを拡大していきたいという。
吉兼氏が創業したAzitは現在はCREWを運営するが、自動車の配車に事業を留めるつもりはないという。
「モビリティが大きく変わっている時代に、10年スパンでそのグランドビジョンを描けている企業がまだないというのが日本の現状なんです」
同氏が目指すのは次世代の交通のあり方「MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス、サービスとしてのモビリティ)のプラットフォーム」だ。
フィンランドのヘルシンキでは、2016年に「Whim」というMaaSのサービスが開始した。
Stocksnapper / Shutterstock.com
MaaSとは、電車やバス、飛行機などの複数の交通手段を乗り継いでどこかに移動するとき、各事業者ごとに個別に予約や支払いをするのではなく、モビリティ全体としてサービスを一括して提供するという考え方だ。
総務省によると、MaaSを世界で初めて都市で実現したサービスがフィンランドの「Whim」だ。ユーザーは月額固定の料金プランか一回ごとの決済かを選ぶ。どこかに行きたいときはWhimがいくつかの交通経路を提示してくれ、その中から最適なものを選ぶと、予約、乗車、決済まで一つのアプリで完了する。
日本でMaaSを実現させるためのハードルは高い。国、地方自治体をはじめ、タクシー・鉄道・バス業界など公共交通機関の事業者、さらには観光業界などにいたるまで、移動に関わるステークホルダーすべてとの調整を図らなければならないからだ。
Azitは、既存のモビリティ手段を提供する事業者からは独立した「プラットフォーマー」として、日本ならではのMaaSを実現させたい、という。
安心・安全対策は急務
利用者の安心・安全の確保は急務だ。
Aleksey Korchemki / Shutterstock
壮大なビジョンを掲げるAzitだが、同社執行役員の鈴木暢之氏は「何ら浮き足立ったところはない」と話す。中でも急務となるのは利用者の安心・安全の確保だ。
最近はライドシェアサービスに関するネガティブなニュースが相次いで報じられている。5月と8月には、中国で滴滴出行の利用者が殺される事件が立て続けに起こり、運営側は強い批判を浴びている。
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現在CREWではドライバーの審査時の反社チェック、乗車時のアプリ内でのシートベルト確認、交通事故が起きた時のオペレーション体制を整備している。
事故時の保険サポートは、二段階保険の体制だ。まずドライバー自身の任意保険、加えてその保険で賄えない損害が生じた場合には損保ジャパンと開発したCREW用自動車保険が適応され、実質損害を無制限に保証する。
現在対応を検討しているのは、緊急時にチャットではなく、専門の事故対応人員が稼働できる仕組みの開発などだ。
「短期的なユーザー数の伸びや売り上げにはまったく興味がないし、ここ2、3年で収益をあげて売却しようとも考えていない。通常のスタートアップの収益のサイクルとはまったく異なる時間軸で僕たちは動いている。今回、10億円を調達した理由も(安全対策に)リソースを割けるようにするため」(吉兼氏)
「互助モビリティ」を実現するCREWをとっかかりに、20年後のモビリティのグランドデザインを設計する —— その先にまだ体験したことのない「移動」の革命があるのだろうか。
(文・写真、西山里緒)