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VRMMOをカネの力で無双する 作者:鰤/牙

『キリヒト』編

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第三十二話 御曹司、地下ダンジョンを攻略する(1)

「あっ」


 というまに翌日なのである。グランドクエストの配信からは4日目になる。時系列のわからない読者諸兄のために整理をすると、一朗と桜子が映画を見に行ったのが1日目、地下にもぐりザ・キリヒツやキング、赤き斜陽の騎士団レッドサンセット・ナイツと出会ったのが2日目、そして会議が行われたのが3日目だ。当初、〝亡却のカタコンベ〟の攻略難度の低さから『こりゃあ今日クリあるな!』などと言われていたグランドクエストも、すでに配信期間の半分を経過したことになる。

 なお、1週間経過してもクリアされなかった場合は、運営からNPCが派遣されて亡魔領が開放される流れになっており、このようなあっけない幕切れを迎えたことは一度もないものの、プレイヤー達からは『吟遊詩人エンド』などと呼ばれ忌避されている。


「どうしたの、アイリス」

「いや、もしかしたらコンロにヤカンかけっぱなしだったかもって……」

「ログアウトして確認してきたら?」

「そうするわ」


 亡魔領ダンジョン前の広場には、多数のプレイヤーが集合していた。

 時刻は朝8時をまわったあたり。夏休みの真っ最中ではあるものの、世間様では平日であり、参加プレイヤーの大半は学生や非労働者、主婦層が占める。おそらくは決行日すらも、マツナガの計画の一環だろう。強い経済力や客観的意見を持つ(みんながみんなそうでもあるまいが)社会人を極力排除することで、目的の達成を容易にしている。


 地下攻略組は、およそ500人前後のプレイヤーで構成される。ナローファンタジー・オンラインの登録ユーザーは約3万人。アクティブユーザーを1万人としても、全体の5%のプレイヤーがこのデルヴェ亡魔領地下ダンジョンへと挑む計算だ。

 ただし、マツナガを中心とした『本命』の攻略パーティは20人にも満たない。この大量の地下攻略組は、本隊の攻略を確実化するためのスパム行為だ。ゲームシステムを管理する人工知能は、フィールドに出現するプレイヤー数が一定値を超えると、サーバー負担を考えてグラフィックのクオリティを落としMOBの出現頻度を操作する。〝亡却のカタコンベ〟は仕切りの無い1マップで構成されており、そこを500人のプレイヤーが行き来するだけでシステムにかかる負荷は相当量に達する。MOBのポップアップは抑えられ、結果的に進行が簡略化するという具合だ。


 本隊のダンジョンアタックはこれから開始となるのだが、すでに参加プレイヤーの大半は地下へと潜入を開始している。どのような名目が与えられているのかは知らないが、そのあたりはマツナガが適当に丸め込んだりしたのだろうか。


「なんか、ちょっと動きがカクカクして気持ちわるーい」


 地下攻略本隊の一人であるあめしょーが、腕を振りながら言った。


「シスル本社のサーバーマシンや、システム管理用のスパコンもそうとう良いもの使ってるんだけどね」

「やってることF5攻撃と大差ないよぉ。サーバー落ちしたりしないよねぇ?」


 そうしないためにも、十賢者セージと呼ばれる人工知能たちが計算と会議を繰り返しているはずではあるが。サーバーの負担自体は、まだそれほど過酷なものではないだろうとイチローは判断する。コクーンタイプが搭載する200テラFLOPSフロップスのイメージ処理プロセッサは、市販されているミライヴギア・Xの25倍。一昔前のスーパーコンピュータに匹敵するレベルだ。加えて、石蕗邸の通信環境も手伝って、彼の動作環境は快適だ。処理落ちじみた感覚はまったくない。


 このゲーム、サーバー自体を分割して負担を減らすというようなシステム設計を行っていない。ただでさえ実行処理の重いVRMMOではいささか冒険しすぎではないか、という意見も飛び交ったものの、もうすぐ一周年を迎えようという今日にいたるまで技術的な問題は発生していなかった。ゲーム設計という面においてはともかく、システム面の維持に関してシスル・コーポレーションは間違いなく優秀である。

 その優秀なシスル社の技術者達を持ってしても、ひとつのダンジョンに迎え入れるプレイヤー数には限界があるということか。昨日の参加プレイヤー募集に応じなかった冒険者達を数に含めれば、ダンジョン内のプレイヤー人口はおそらく700人前後ということになる。これは、おそらく最前線に到達する高レベルプレイヤー数の総人口の半分になるか。


 MMOにおけるトッププレイヤー層は、おおよそにおいて全体の15%であるという説が存在する。このデルヴェが最前線であるとするならば、アクティブユーザー1万人の15%、1500人程度は収容できる設計になっていると考えていいだろう。サーバーが落ちるほどの負荷をかけるには、ひとつのダンジョンに2000人ほどのプレイヤーを叩き込む必要がある。


「でも、今回の作戦のおかげでねぇ、ぼくのフレンドも800人を超えたんだよー」

「昨日一日でそんなにそろえたんだ。すごいね」

「『デルヴェ亡魔領攻略隊』のギルドメンバーも1000人超えちゃったからねー。マツナガとティラミスも途中で受付を他のギルメンに変わってたよ」


 トッププレイヤー層といっても、四六時中ログインを行っているわけではないし、この『祭り』に対して胡散臭さを感じているプレイヤーもいるだろうから、15%層の総てがこのデルヴェを訪れているとは考えにくい。反対に、15%層から漏れてはいるものの、マツナガのブログによる情報の拡散などで興味を持った中堅プレイヤーという層も存在する。

 それを考えると、参加メンバー総勢1000人、地下攻略組500人という数値は、驚くべきであるのかそうではないのか。どのみち、まったく面識のないプレイヤー達を1000人も集める結果になったのは、単純にマツナガの情報発信能力の賜物であって、そこは素直に賞賛できるところでは、ある。


 イチローは専用ブラウザを起動し、マツナガのブログを開いてみた。

 最新の更新は30分ほど前となっている。昨日の会議の結果や、作戦の参加人数、詳細なタイムスケジュールなどを記載し、最後のほうには動画や過去記事へのリンクが並んでいた。飛び入り参加歓迎、とまでは明確に記述していないものの、マツナガの方針として野次馬は推奨するところだろう。地下攻略においても、地上攻略においても、戦力に直接関係しないプレイヤーの存在は、彼の目的に合致する。


「やぁやぁ、皆さん。どうも」


 軽薄に響く声。渦中のマツナガがログインしてくる。

 当然、彼が攻略本隊のリーダーだ。会議に参列した有名プレイヤー、イチローやあめしょー、赤き斜陽の騎士団のゴルゴンゾーラなどは、総て本隊のパーティメンバーとして参加する。それ以外のメンバーは探索職と魔法職、それを護衛する少数の前衛職で固められ、魔法職の中には半ばお情けのような形でアイリスが加えられていた。


「マツナガー、やっぱ人多すぎだよー。マツナガはカクカクしない?」

「俺はIPUのオーバークロックとかしてますしねぇ。何もしてなくたってエックスの倍精度は8テラも出せるんだから、よっぽど回線がクソでなけりゃ致命的な処理落ちはないはずですよ」

「んー」


 ミライヴギアを購入するくらいなら、最低限の通信環境くらいは整っているはずだが。公式の推奨環境ギリギリ程度では、やはりラグが出るかもしれない。


「どうしても気になるなら、コンフィグから処理イメージの受信量を減らせますよ」

「んー。それはいいや。しょうがないにゃあ」

「エフェクト処理の大きい攻撃魔法は避けたほうが良かったりするのか?」


 全身を濃紺のローブで覆ったエルフの男が姿を見せた。〝魔人〟ゴルゴンゾーラである。

 彼の持つサブクラス大魔導士ウィザードは、魔術師メイジに比べて極端に威力の高い攻撃魔法アーツが揃ったエクストラクラスである。以前、彼を含めた三人の大魔導士ウィザードが同時に攻撃魔法アーツ《メテオスォーム》を発動させたところ、それだけで同フィールドにいた一部のプレイヤーが動きを制限されたという。ナローファンタジー・オンラインにおける初めての処理落ちとして、今なお古参プレイヤーの間では語り草だ。

 そのほかにも《ビッグバン》《ブラックホール》など、テキストには『銀河級攻撃魔法』と書かれるド派手な攻撃魔法アーツが名を連ねる。魔術師メイジで取得できる下位攻撃魔法でさえも、《バーストアレンジ》という補助アーツで極端に性能とエフェクトを跳ね上げられるため、サーバー攻撃に最適なクラスとまで言われる始末だった。


「あー、まぁそうだね。基本、MOBの撃退はエフェクト処理の軽いツワブキさんやあめしょーさんがやってくれるから大丈夫だろうけど」


 魔法剣士特有の攻撃アーツ《ストラッシュ》も大概に派手ではあるが、確かにイチローにはもっと地味でダメージ効率の良い攻撃手段はある。《ブレイカー》は威力補正の割に、モーションに付随するエフェクトグラフィックがぱっとしないのだ。不満点と言えば不満点である。

 クラスが盗賊シーフのみであるあめしょーが、どれほどの戦闘能力を有しているかまでは知らないが、このクラスにエフェクト処理の重い攻撃アーツがあるとは思えない。まぁ、どのみち回避行動が生命線であるクラスなのだ。自分から処理を重くする真似はしないだろう。


 マツナガは一朗を見た。

 視線には猜疑じみたものが混ざる。疑っている、というよりも、制御しきれるのか、という不安じみた感情の色合い。さすがに比較的多彩なエルフの表情パターンでもそこまで表現はしきれていなかったが、イチローは視線にこもる意味を確実に読み取った。


 昨日の会議以来、イチローはマツナガの意に沿う形で行動している。それは単純な利害の一致以外の何物でもないのだが、少しでもイチロー自身の我の強さを知っているならば、やはりそれは不気味に映るものではないだろうか。腹のそこで何を考えているのやら、わかったものではない、といったところか。


 ナンセンス。


「そう怯えなくても良いんじゃないの」


 ひとまず、心の底からの親切心で、イチローはマツナガにそう言ってやった。


「僕は君とは違うよ、マツナガ。別に自分の利益のために、何かを隠して行動したりなんかしない。あえて誰かに恭順したりはしない。そんなことをしなくても、」

「『僕が一番強くて凄いからね』」

「そう、それ。おかえりアイリス」

「ただいま御曹司、なに、あんたまた喧嘩してるの?」


 手をひらひらさせながら、小柄なエルフの少女が再度ログインしてくる。


「ナンセンス。僕は意見の対立から誰かと争うなんて真似はしないよ。ヤカンどうだった?」

「ん、大丈夫だったわ。でも、アイロンのスイッチが入りっぱなしだったからやっぱ確認してきてよかった」

「ドライブ前の確認は大事だな」

「タバコの不始末が原因で火事に巻かれちゃったっていうヤな事件が去年あったにゃー」


 ゴルゴンゾーラとあめしょーが重々しく頷いてみせた。


「まぁ、そうですね」


 最後になる形ではあるが、マツナガも同意を見せる。


「そうよね。マツナガさん、一人暮らしなんでしょ? 気をつけたほうが良いわよ」

「いや、そっちの話ではなくて」


 『置いといて』のジェスチャーをするマツナガ。少し古い。


「ツワブキさん、あんたが策を弄すタイプじゃないのはわかってますよ。だがまぁ、だからこそ不安でね」

「理屈の上で気持ちはわからなくもないけど、それは地震や噴火に怯えるようなものかなぁ」


 当然、この二人の会話は周囲に隠して行われるものでもないので、筒抜けなのである。あめしょーは興味深そうな顔を浮かべてイチローの袖を引っ張っているし、ゴルゴンゾーラは〝寡黙〟キャラなのか黙り込んでいるが、ちらちらとローブの中から視線をこちらに向けてきている。

 イチローは片手をポケットに入れたままの涼やかな表情を崩さないし、マツナガもへらへらとした軽薄な笑顔を絶やさない。ただ二人の間に漂うムードが致命的に険悪かというとそんな様子もなかった。両者の間には、言語化していない謎の同意が成立しているようですらある。


「まぁ、そんなことは良いか。そろそろ出発しましょうかね」

「ん、」


 イチローは周囲を見渡す。地下攻略本隊のメンバーで面識があるのは、ここに固まっている数人だけだ。

 なお、地下攻略作戦が決行されるのは午前中。すなわち、キルシュヴァッサーが家事に追われる時間帯であって、彼は午後、地上にて行われるボスモンスター討伐戦を『観戦』する予定であるらしい。昨晩の夕食時に『攻略には参加しないの?』とたずねたところ『別にボスモンスターを倒させてくれるわけじゃないですしねー』とのことだった。確かにそれはそうだ。


「アイリス、君も準備はいいかい。……アイリス?」


 見ればなにやら、彼女は棒立ちになったまま微動だにしていない。瞬間、腕をぶぉんと動かしたかと思えば、


「あっ」

「ん?」

「おん……し……れ……が」

「あー」


 マツナガが頬を掻きながら声を言った。


「これは、よっぽど回線がクソなパターンですね」

「なるほど」


 置いていくのもかわいそうなので、運んでいくことにした。





 臨時ギルド『デルヴェ亡魔領攻略隊』から地下攻略に参加するプレイヤー数はおよそ500人。本来はもう少し多かったはずだとマツナガは言うが、退屈な指示内容に反発したり、ドタキャンしたりして今の人数に落ち着いていた。本来、デルヴェ亡魔領を攻略する平均水準に満たない、いわゆる中堅層のプレイヤーが多く、本来のトッププレイヤー層の興味はやはり地上へ向いているか、そうでない者も、大半が地下イベントを自身の手で起こしてやろうと考えている。

 当然、彼らが挑めばいたずらにデスペナルティを負うことは免れない。マツナガの思惑として、彼らには極力ダンジョン内で生存してMOBの出現率を抑えておいてほしかった。彼はグラスゴバラの錬金術師と提携して、ポーション、疲労回復剤などを大量に確保し共有インベントリにぶち込んだ。他の参加プレイヤーにも、中堅層が生き延びるために回復アイテムを共有しようと呼びかけ、その結果、30分後には共有インベントリの総てが回復アイテムで埋められた。流通制限のある現状でここまで溜まるものかと驚嘆したマツナガだが、その30分後にすべてイチローが課金して納品したものだと知った。

 基本アイテムパックは980円。ポーションは10本入っている。共有インベントリはギルドメンバーの数とギルドレベルに応じて収納上限が変動するが、現在の最大数は2000を突破する。マツナガとしては、イチローの財布よりも、ギルド解散後における余剰ポーションの処理を心配していた。どうすんのコレ。適当に分配したらゲーム内経済に影響が出そうだ。


「あ……ーっ! ……うっ! ……て……しがっ!」

「アイリス、イライラするとデータバスが増えて余計に回線が重くなるよ」


 ダンジョンに入ると、アイリスの挙動はどんどん面白いものになってしまった。


「アイリスちゃん、聞こえてる? あのねぇ、コンフィグのねぇ、イメージデータの受信量をいじくるところがあるからねぇ」

「ちょ……って……! コン……な………て!?」


 イチローはあめしょーと共に声をかける傍ら、ダンジョンの内装を眺める。

 一昨日潜ったときに比べて、やはりグラフィックが随分荒くなっているように感じた。プレイヤー数は700人程度、収容可能総数の半分以下としても、やはりサーバーへの負担はあるのか。MOBの出現数を減らす理由には、発生する戦闘自体を抑えることでエフェクト処理を減らす狙いもあるのだろうな、と思う。


「ツワブキさん、あめしょーさん、あんたらが前衛来てくれないと、俺不安でしょうがないんですけどねぇ」


 隊列の前のほうで、マツナガがダガーをもてあそびながら言った。

 まだ第4層であり、出現するMOBもグレーターゾンビを中心とした弱めのモンスターが多い。戦闘はあまり得意でないと言っていた割りに、出現するアンデッドモンスターをサクサクと捌いていくのはさすがにトッププレイヤーの端くれか。後衛であるボウガン部隊の正確な援護射撃の存在も大きい。


「ナンセンス」

「レギオンやスケチャが出るのは17階層からじゃん? ぼくもツワブキもそれまでには前に戻るよー」


 確かに16階層までに出現するMOB程度ならば、マツナガと双頭の白蛇デュアル・サーペントボウガン部隊、それにゴルゴンゾーラの後方支援だけで十分対処可能だ。エフェクト処理の大きい大魔法アーツは使用を自重するにせよ、元々のステータスが高いゴルゴンゾーラの攻撃は最下級のものでも高いパフォーマンスを生む。

 一度《バーストアレンジ》を交えた《ファイアボール》でアンデッドモンスター達をなぎ払った結果、あめしょーの回線にもラグが発生してしまい批難を浴びていたのだが。ゴルゴンゾーラは『今のはメラゾーマではな……あ、ご、ごめん』と謝ることでようやく許されていた。


 まぁ、アイリスのデータ送受信が安定するまでならば良いか。

 彼女を攻略本隊に編入させたのは、イチローのギルドメンバーであるからという理由以外に大したものはない。強いていうならば、スクリーンショットをブログにあげる過程において、華があったほうがいいかという思いは、あるにはあった。アイリス自身は防具作成の過程で《アルケミカルサークル》のアーツレベルを上げているはずなので、イベントを発生させるのに必要な魔法職要員でもある。


 ここまで通信回線が貧弱なら、連れてこないほうがよかったかと思う反面、サーバー負担は想定量に達している証明になるかという安心感がある。MOBとの戦闘発生を避け、確実に短時間で最下層へ到達するには必要なことなのだ。

 イチローとあめしょーには前衛に来るよう促したが、サイズや行動速度がIPUにかける負担を考えれば、ゾンビレギオンやスケルトンチャリオッツのMOBは出現しない可能性もある。戦闘に関しては気楽に考えて良いだろう。それでも、イベント発生に際してボスクラスの障害が出現する可能性は否定できなかったから、最低限の戦力は整えている形だ。昨日募集した参加プレイヤーも、戦闘能力の高いプレイヤーは最下層付近に配置し、いつでも応援に来させられるようにしている。


 ぬかりはない。


 これら総て、地上における『祭り』のためだ。『神話』のお膳立てをするのは自分であるという自覚が、マツナガにはある。地下攻略自体は地味な裏方の仕事ではあるのだが、それはそれで構わない。ブログの記事にはもちろん使うが。


「あ、マツナガさん、ごめんなさい。だいぶ、よくなったわ」


 背後からそんな声が聞こえ、アイリスが歩いてきた。左右をイチローとあめしょーが挟んでいる形だ。


「データの通信量を抑えたんですか?」

「うん、そー。送受信量とか、言われたとおりに。あたし、いま唇動いてないでしょ?」

「機能としてあるのは知ってましたが、実際に使う人見るのは始めてですねぇ」


 ゲームプレイに必要な最低限のデータだけを送受信するロークオリティモードだ。データバスが大幅に減少し、プレイ自体は快適になるが、彼女に見える世界はだいぶ味気ないものになっているだろう。感情の読み取りパターンも送信しないため、ほとんど能面のような顔つきになってしまう。

 これは正面から撮影したところで『華』とは言えないな。


「せっかく可愛いオリジナルグラフィックなのににゃー」

「オリジナルグラフィックは、動作パターンのデータバスがデフォルトのものより大きいって聞いたよ。アイリスの場合は、顔とジャケットの両方がオリジナルデザインだしね」


 顔とジャケットどころか、全身完全オリジナルの男がそんなことを言っていた。こいつ自身も歩くサーバー攻撃ではないのか。

 さて、これで安心してMOB退治は前の二人に任せられるか。トラップ探知能力でいえば、盗賊シーフであるあめしょーもなかなかのものであるはずなので、安心して隊列の中央まで下がる。アイリスも同様だ。前のほうでは、イチローが描画ツールを開き、先日のソロプレイの際にマッピングしたであろう地図を呼び出していた。必要以上に写実的なマップで、あめしょーが歓声をあげている。


「ねぇ、マツナガさん」

「はい、なんでしょう」


 サクサクとダンジョンを進みながら、アイリスが横からたずねてくる。顔は能面だが声は可愛らしい。もちろん、彼女自身の声ではないとわかっていても。


「さっき御曹司と何か言い合ってるみたいな空気だったけど……」


 ぴくり、とマツナガの笑顔に変化が生じるが、ロークオリティモードであるアイリスには、おそらく見えていないだろう。


「あんた……。あんたんとこの社長リーダーが常識ないのは知ってたけど……あんたもなかなか聞きづらいことを聞いてくるんですねぇ……」

「えっ、あっ……あれっ……!?」


 アイリスは無表情で如実に狼狽を見せる。


「あ、その、聞いちゃいけないことだった?」

「いけないってこたありませんよ。俺が、今回の作戦の裏で色々動いて、それをあんたんとこの社長が見抜いてるってだけの話さ。裏で動いてるって言っても、別にそんな犯罪じみたことじゃないし、莫大な利益を生むことでもない。まぁ、マナー的に見て、ちょっとどうなのってことは、幾らかやったかな」


 いま、隊列の中央を歩いているのは、アイリスを除けばみな双頭の白蛇デュアル・サーペントのメンバーだ。後衛のゴルゴンゾーラがエルフの種族スキルである《遠耳》を取得していれば、この会話も彼の耳に届いているかもしれないが。それでも聞かれて困るようなことは、何も話していない。


「その話って、聞いちゃまずいこと?」

「うーん、どうでしょうね……」


 マツナガは、ちらりと後ろに目をやった。ゴルゴンゾーラがこちらの会話に気づいている様子はない。


「まぁいいでしょう。アイリスブランド騒動のおかげで、俺のブログもだいぶアクセス稼がせてもらったからね。お礼代わりにだったら話してもいい。ただし、あくまでも内密に、オフレコで頼みますよ」


 しっかり口止めの約束をしてから、マツナガは喋り始めた。

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