2014年04月28日

『流求国伝』

4、『流求国伝』によって、7世紀初めの南西諸島、おそらくは沖縄本島の様子を知ることができる。

『流求国伝』には、「土は山洞多し。其の王の姓は歓斯(かんし)氏、名は渇刺兜(からと)という」とあり、王の居る洞は「波羅檀洞(はらたんどう)」といい、国には四、五人の帥がいて、諸洞を統括し、各洞には「小王」がいると書かれている。

考古学の通説では、琉球(奄美以南の南西諸島)には本土から古墳文化が伝わらず、11世紀頃までは貝塚時代(沖縄先史時代後期)で、王などが現れた時期は、その後に続くグスク時代とされている。そのため、「王」や「小王」がいた「流求国」は南西諸島ではないとする説が有力である。しかし、考古学の通説は、その時点での発掘結果から作られたものにすぎないので、常に訂正を必要とされる。

例えば、日本列島で旧石器時代の遺物が発見される前は、日本列島には旧石器時代がなかったというのが考古学界の通説であった。また、北九州で縄文時代の水田跡が発見されるまでは、縄文時代の社会は採集漁労社会で、農耕は行われなかったというのが考古学界の通説であった。考古学界の通説は、このような大きな弱点があるので、絶対視することは誤りであり、他の分野の学問の研究成果と合わせて検討し、判断するべきである。


琉球方言が「日本祖語」と分岐した時期を6、7世紀頃とする言語学の研究成果や、本章で説明した南西諸島の地名の語源からみても、南西諸島に古墳文化が流入したことは確実である。また、7世紀に邪古(屋久島)・波邪(口永良部島か)・多尼(種子島)の「三小王」がいたことを知らせる『新唐書』日本伝の記事(第5章第2節参照)からも、当時琉球諸島や奄美諸島にも当然「王」や「小王」がいたと考えられるのである。


『流求国伝』には、流求国の住民の容貌について「深目長鼻、頗(すこぶ)る胡(こ)に類す」とあるが、「深目長鼻」は現在の沖縄住民の顔の特徴の一つでもある。そして、「胡」は、中国北方の異民族の呼称であるから、この記事は、南西諸島に北方系モンゴロイドが多数渡来したことを示唆している。

また、住民の風習に関する記事には、「男子は髭鬢(しひん)を抜去し、身上有毛之処皆亦除去す」とあるが、南西諸島の支配者層を構成していた北方系モンゴロイドの渡来人が体毛が少なく、被支配者層の南方系モンゴロイドの先住民が体毛が多いことからみて、この風習は北方系の支配者層の好みから生まれたと思われる。



『流求国伝』は、流求国で稲作などが行われていたと書いているが、「天武紀」10年(681)8月条に、「多禰国」について「粳稲(いね)常に豊かなり」とあり、当時種子島で稲作が盛んに行われていたことが分かる。弥生時代以降、種子島以外の南西諸島でも稲作が行われていたと考えられるので、将来沖縄本島などでも稲作関連の考古資料が発見されるとみていい。


『流求国伝』は、流求国には刀・剣などがあるが、鉄が少ないので、刃が皆薄小であり、骨角で補助することが多く、紵を編んで甲とすると書いている。この記事から、本土の古墳時代に刀・剣などの鉄製武器が南西諸島にもたらされたが、その量は少なかったことが分かる。本土の古墳時代にあたる、沖縄先史時代後期の遺跡から鉄器が今まで出土していないのは、加羅系・百済系両渡来人が琉球にもたらした鉄器の量が少なかったためであろう。


『流求国伝』には、死者を葬る時、墳を築かないとあるので、当時の本土の風習と違って、南西諸島では首長(王)の古墳が築造されなかったことが分かる。首長(王)の権力が強くなかったことと、人口が少なくて、古墳を築くための労働力が確保できなかったためであろう。


『流求国伝』にみえる王の名前「渇刺兜」の「刺」は、「刺(し)」ではなく、「刺(らつ)」で、吐〇(口に葛)喇(とから)列島の「喇(らつ)」と同音である。また、「渇刺兜」の「渇」は吐〇喇(とから)の「〇(かつ)」と同音であり、「兜」の漢字音はふつうトである。

そこで、「渇刺兜」はカラトの表記とみられるが、ハヤト(隼人)がハヤヒトの転訛であるように、カラト(渇刺兜)はカラヒト(加羅人) の転訛と思われる。

また、流求国の王の姓「歓斯」は、「継体紀」23年4月条にみえる、古代朝鮮の小国の王号「干岐(かんき)」がカンシと訛ったもので、流求国王が王号カンシを自分の姓としていたのか、または、隋の使者がこの王号を王の姓と間違えたのか、そのいずれかであろう。

流求国の王が居住していたという「波羅檀洞」のハラタンも、「カラ(加羅)・チ(城)」のカラがハラに変わり、チがチ→タ→タンと転訛した地名か、または、「カナカラ(大南加羅)・チ(城)」のカナカラがカナカラ→カナアラ→カナラ→ハラタと変わり、チがチ→ニ→ヌと転訛した地名であろう。
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posted by 無来 龍 at 10:17| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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