至高の兄(骸骨)と究極の妹(小悪魔)   作:生コーヒー狸
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ちょっとした幕間のつもりが
まさかの1万字超えになってしまいました。


周辺国家の動向

 リ・エスティーゼ王国は内外に多くの憂患を抱えている。国内に於いては六大貴族の権勢による王の影響力、支配基盤の脆弱化。貴族の腐敗による国力低下、「八本指」と云われる闇組織による治安の悪化、それら全ての影響で貧困に苦しむ平民層。

 国外ではバハルス帝国との間で繰り返される戦争、これは農作物の収穫期を狙うという悪辣さで、徴兵される平民の戦死や生活への影響で、国力への悪影響が取り返しのつかない域に達している。そしてその帝国に表立って同調こそしていないものの、明らかに黙認や後押しをしているスレイン法国。唯一静観の構えであるアーグランド評議国は竜王が治める亜人達の国家であり、交流もほとんどない。

 

 国王ランポッサ3世は、帝国兵による王国辺境村落への襲撃に端を発した一連の騒動に頭を痛めていた。襲撃事件は自らの信頼する王国戦士長ガゼフ・ストロノーフによって解決されたが、帝国兵を撃退した謎の人物アインズ・ウール・ゴウン、帝国兵の正体は偽装したスレイン法国の兵であった事と、主力部隊は国外へ逃亡済み――問題は多く残っている。さらに……

 

「それでは先の詰問に対する、エ・ランテル都市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアからの返答は来ていないのだな?」

 

「その…再三に渡り使者を遣わせているのですが…「アインズ・ウール・ゴウン様の都合は全てに優先する」の一点張りでして、さらに王都へ搬送予定だった物品の荷留の解除はおろか、納税の無期延期などという事まで言われる始末でありまして……これはもう――」

 

「それでは謀反も同然ではないか!税については王の直轄領の問題であり、我らが口を挟む事ではない。しかし荷留についてはそうはいかん!私が懇意にしている商会からも嘆願されているし、何よりエ・ランテルは帝国や法国からの物資が集積される交易の要!これを放置しては王都、いや国内の物流に重大な支障が生じる。」

 

「その通りだ!エ・ランテルは王家直轄領であるのですから、これによって発生した損害は王家に弁済して頂かねばなりませんぞ!」

 

「当然でしょう。」「然り!」「全くですな。」

 

 王に敵対する貴族派閥からパソナレイの謀反を糾弾する声と、王への批判声があがる。彼らが問題にしているのが、自身の利益についてばかりだという事が、この国の現状を顕わしている。

 

 国王ランポッサ3世が信頼する数少ない忠臣で、中でも特に優秀であった事もあり、王家直轄領の要でもある交易都市エ・ランテルの都市長に任じたパナソレイによる謀反とも言える言動が、ランポッサ3世を悩ませていた。特にエ・ランテルからの税収は王家の収入の3割強を占める財源だ。このままでは王家の弱体化がますます進む事になってしまう。

 

「ストロノーフ戦士長は何かご存じではないのですか?先日まで事件の対処でエ・ランテルに滞在していたのですから?」

 

 そうガゼフへ訪ねたのはエリアス・ブラント・デイル・レエブン侯。王国六大貴族の1人で、王派閥と貴族派閥の間をコウモリの様に行き来する人物として忌み嫌われているが、実際は両派閥のバランサーとして均衡を取っている王派閥影のトップで、王が最も信頼する貴族でもある。

 

「エ・ランテル滞在中にパナソレイ殿との面会は出来ませんでした。都市に滞在中のアインズ・ウール・ゴウン殿の応対で時間が取れないとの事で……但し、物資の提供や宿泊場所の手配などの便宜は問題無く図って頂きました。」

 

「何だそれは?」「どういう事だ?」「戦士長もグルではないのか?」

 

 貴族派閥から声が上がる。王派閥の者からも擁護する声は無い。パナソレイの言動が異常なのはあきらかだからだ。

 

「皆様には落ち着いて頂きたい。それでストロノーフ戦士長?アインズ・ウール・ゴウン殿はどういった人物なのですか?カルネ村で対応したのは戦士長だったという話ですが?」

 

「彼の御方自身は非常に仁徳ある御仁とお見受けしました。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のですから。」

 

「たいした事ではない!」「何か裏があるに決まっている。」「だいたい戦士団が不甲斐無いから帝国兵に好き勝手されるのだ!」

 

 ガゼフの言葉の裏に隠された意を感じた貴族が、口々に罵りの言葉を吐く。

 

「それで他には?あれだけの兵力を撃退したという事は、かなりの兵を連れていたという事ですか?」

 

「我が国で勝手にその様な!?」「これは重大な問題ですぞ!」

 

「アインズ・ウール・ゴウン殿の他には執事の男性とメイドが数名でした。他に妹君が同行していた様ですが、危険を避けるために避難していたとの事です。法国兵を倒したのはゴウン殿が魔法で召喚したモンスターという話です。」

 

「マジックキャスターだと?ますます怪しい。」「他国の貴族という話も怪しいな。」

 

 王国に於いてマジックキャスターの地位は低い。これは国内に優秀なマジックキャスターが殆ど居ないので、その重要性を理解出来ないのだ。多少は便利な存在という認識だ。これにより優秀な者はどんどん他国へ流出し続け、国力低下に拍車がかかっている。

 

「私自身もそのモンスターを見ていないので解りかねます。ただゴウン殿の装いはこの場にいる皆様と比べても遜色がないどころか、それ以上の豪勢な物でしたので、一介の者だとは思えません。それにエ・ランテルでお会いした妹君も非常に豪勢な出で立ちでした。」

 

「ふざけるな!」「我らを愚弄するか?」

 

「とにかく落ち着いて頂きたい!それで戦士長はそのゴウン殿から詳しい話を聞かなかったのですか?」

 

 貴族達の怒りの沸点の低さに呆れつつも、レエブン侯はガゼフに話の続きを促す。

 

「聞こうとしたのですが、差し出された書状――パソナレイ殿が発した物ですが、「ゴウン殿に関しては自分が責任を持つので詮索は無用」との事でしたので不問としました。私は貴族間の事情には疎いものですから。」

 

「それは無責任ではないか?」「そんな世迷言を鵜呑みにするとは?」

 

 貴族派閥から批判の声があがるが、ガゼフが政治的な事に口を挟むのを拒んできたのは貴族達だ。王派閥の者でさえ、平民出身のガゼフを低く見ているので、あくまでも王の武力の象徴としての役割しか求めていない。ガゼフ自身もそれでよいと考えているのだが。

 

「もうよい。戦士長の行いに問題は無い。パソナレイについては改めて使者を遣わせる。使者はアルチェル男爵に務めて貰う。」

 

「まあ、王がそう仰るのでしたら。」「アルチェル殿なら安心ですな。」

 

 結局、王国の対応は何の解決策も見いだせないまま後手に回る事になる。特大のフラグを建てて……

 

 

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●

 

 

 スレイン法国の最高意思決定機関である、六大神殿神官長と最高神官長、軍事や行政機関の長達による会議は紛糾していた。

 

「陽光聖典の任務失敗は想定外だが、隊長を始めとした人員に損害は無い。立て直しは可能だろう。」

 

「隊員の装備はともかく、隊長であるニグンの装備一式、それに魔封じの水晶は替えがきかない品々だ。損失は甚大だ。」

 

「土の神殿の被害も甚大だ。死者こそ出ていないものの、私を含めた儀式に参加していた全員が著しい弱体化に陥った。」

 

「死亡した者が儀式によって復活した時と似た症状らしいな。より酷い症状という事だが。」

 

「火の巫女姫を殺害し、叡者の額冠を奪い出奔した「疾風走破」の行方も不明だ。追手の風花聖典も全滅。漆黒聖典の第九席次は伊達ではないか。」

 

「そして何と言っても――」

 

 スレイン法国で起こった一連の騒動、その発端はリ・エスティーゼ王国弱体化政策の一環として極秘裏に実行された王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ暗殺計画。様々な工作をしたうえで特務部隊である陽光聖典を派遣した。必勝の切り札さえ携えさせて。

 しかし陽光聖典の動向を魔法により定期的に監視していた土の神殿で事故が起こった。大儀式による第八位階魔法《プレイナーズ・アイ/次元の目》を行使していた儀式の間に、突然響き渡る声があった。

 

「真に遺憾である」

 

 非常に機械的な、淡々とした声で告げられた言葉の意味を考えようとした瞬間に、発動中のプレイナーズ・アイは中断され、その場にいた全員が意識を失った。事態が判明したのは数時間後だ。神官長達が戻らない事を不審に思った神殿の者が儀式の間へ入ると、その場に倒れている神官長や巫女姫達の姿があった。

 全員が命に別条は無かったものの、生命力や身体能力の著しい弱体化、さらには魔法や武技などの能力を失ったり、中には小さな子供並みに弱体化した者までいた。

 

 この事が報告されて、各神殿や行政機関が混乱した隙を付いたのか、火の神殿へ警護の為に派遣されていた漆黒聖典第九席次、警護を任されていた当人による火の巫女姫殺害、神器の強奪という一大事に混乱はますます拍車がかかる。

 さらにその三日後には、動向が不明だった陽光聖典の帰還だ。事件の対応中だった神官長達へ齎された報告は「任務の失敗」と「ぷれいやーとの遭遇」というものだった。

 

 法国にとって「ぷれいやー」は特別な存在だ。この国の建国の礎となった「六大神」然り、その六大神を弑逆「八欲王」然りだ。ぷれいやー達はユグドラシルという世界から来たと伝えられる超越者だ。その種族も能力も様々だが、ほぼ全てが人間を超越した能力と凄まじい力を秘めたアイテムを所有している。

 またその目的もそれぞれ異なり、六大神のように人類を救う事に尽力した者もいれば、八欲王の様に己の意のままに力を振るい、周辺に凄まじい惨禍を撒き散らした存在も居る。大陸中央部の異形種の国にもぷれいやーらしき伝承が遺されている。二百年前に活躍した「十三英雄」にもぷれいやーが含まれていた。

 

 そんなぷれいやー達にも境遇の違いがある。六大神はそれぞれが固い絆で結ばれた仲間同士であったし、八欲王は互いの利害によって集まったギルドという集団、大陸中央のミノタウロス国に暮らしていた「口だけの賢者」と呼ばれるぷれいやーは単身でこの世界へやって来た。

 特に八欲王達は、現在も大陸南部の砂漠上空に聳える「空中都市」と呼ばれる拠点に多くの従属神――えぬぴーしーと呼ばれる、強大な存在を従えてこの世界へやって来た。空中都市には今も「魔神」という存在になり果てた、嘗ての従属神が都市を守る為に存在している。

 

 今回王国の辺境に現れたぷれいやーは「アインズ・ウール・ゴウン」。「ナザリック地下大墳墓」という拠点と共にこの世界へ出現したという事は、間違い無く複数のぷれいやーと多数のえぬぴーしーが居るはずだ。そしてアインズ・ウール・ゴウンは六大神の1人であるスルシャーナと瓜二つの姿だという!本人ではないのは、スルシャーナ様の従者で、法国に今も残るあの御方が何も言わない事から伺う事が出来る。

 

「拠点を持っているという事は八欲王に匹敵する存在か…」

 

「虐殺を不快と言うからには、善性のぷれいやーなのではないか?ニグン達、陽光聖典を生かしたまま帰したのだし。」

 

「ニグンの話では、異形種が殆どであったという話ではないか?」

 

「墳墓で陽光聖典と戦ったのはアンデッドばかりだったと聞く。そして墳墓の主人もアンデッド…」

 

「口が過ぎるぞ!スルシャーナ様もアンデッドなのだぞ。異形種全てが人類の敵ではない――国民にはとても言えないがな。」

 

 どこかの王国とは違って理知的な雰囲気で会議が行われている。参加している者も、それぞれの主義主張の違いはあっても、あくまで国、そして人類という種の存続を第一に考えている。

 

「とにかく!こちらからは絶対に敵対出来ない。なんとか友好的な関係、可能であればその庇護下に……は難しいな。」

 

「とても国民が納得出来ない。先人を批判したくは無いが…」

 

「六大神を失った人類は団結する必要があった。その為には敵が必要だったのだ。」

 

「評議国とは最低限のパイプは保っている。その辺りの事情をお話しすれば何とかなるのでは?」

 

「あの白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)はぷれいやーを忌避しているぞ。例外もあるが…」

 

 どこかの王国とは違って建設的な意見が活発に飛び交っている。

 

「やはり直接に謁見して、あちらの真意を伺うしかないな。そしてこちらの事情を伝えて助力を乞う――最低でも不干渉…は無理だな。」

 

「あまりにも近過ぎるからな。法国の目と鼻の先ではないか。」

 

「そう!王国の愚か者達だ!あの愚か者が余計な事をしでかして、その怒りを買ってみろ!?こちらにも飛び火するぞ。」

 

「その墳墓の近くの都市…エ・ランテルで、どこぞの貴族が冒険者を雇って調査させているという情報もある。未確認だがな。」

 

「王国には徹底的に圧力を掛ける。それと帝国の皇帝だ。あの者は優秀だが覇気が強すぎる。野心が過ぎれば国ごと滅ぼされるぞ。」

 

「皇帝は野心家だが、分を弁えている。法国との関係も良好だ。彼我の戦力差を理解しているし、可愛いものではないのか?」

 

 スレイン法国とバハルス帝国の間には密約がある。帝国がリ・エスティーゼ王国を滅ぼす事を黙認・協力する代わりに、帝国が王国北部を、法国が王国南部を併合する事が決定している。その比率は大雑把にだが8:2で帝国がかなり有利だ。理由は国是的にもアーグランド評議国と国境を接する訳にはいかない事ともう一つの理由からだ。

 王国滅亡後はローブル聖王国と協力して、アベリオン丘陵の亜人達を殲滅する事で人類の生存圏を確保する。当然だが帝国にも兵力・物資の協力を取り付けてある。その為の王国関連での譲歩である。この計画に聖王国のカルカ・ベサーレス聖王女は否定的だが、聖王国南部の貴族達は非常に協力的である。

 いずれはトブの大森林やアゼルリシア山脈、あのカッツェ平野さえ制覇して3ヶ国に跨る人類同盟を成立させる!というのがスレイン法国の国家百年の計である。

 

「まずはそのナザリック地下大墳墓へ赴くしかあるまい。それも早急にだ!」

 

「無論賛成だが、派遣する人員は?面識のある陽光聖典のニグンは、当然だが同行させるぞ。」

 

「我らの力を示す意味でも漆黒聖典の何人かは加えるべきだ。」

 

「神器「ケイ・セケ・コゥク」をカイレに持たせるというのは?」

 

「ばかな!仮にぷれいやーを支配出来たとしても他のぷれいやーや従属神が黙ってはいまい!」

 

 神器「ケイ・セケ・コゥク」は、あらゆる存在を1体だけ意のままに操れるという法国の最秘宝。そんなシロモノを究極の妹君に使おうとしていた等と誤解される事になったら……

 

「そうではない。我らの力を示す為だ!六大神も言っていたというではないか?「これだけのアイテム(ワールドアイテム)を持つ存在はぷれいやーでもごく一握り、これの所持者に敵対する者はまずいない」とな。」

 

「むうぅ…確かに。ケイ・セケ・コゥクがあったからこそ、八欲王もスレイン法国には迂闊に手出しが出来なかったという話しだからな。」

 

「ケイ・セケ・コゥクと同等の神器は、八欲王すら1つしか所持していなかったと聞く。」

 

「無銘なる呪文書と云われるアレか。かの空中都市にあるというが…あらゆる魔法の詳細が記されているそうだが、ケイ・セケ・コゥクに比べて脅威は低いだろう。」

 

「いかにぷれいやーと云えども、かの神器に匹敵する物など持ってはいまい。万が一にも所持していたとしても、ケイ・セケ・コゥクを持つ我らを敵に回す事はないだろう。」

 

 ワールドアイテムを複数、それも10個以上も所有しているギルドがあったなんて、いかにスレイン法国の神官長達でも想像の埒外だ。

 

「よし!ケイ・セケ・コゥクをカイレに持たせて同行させる。但し絶対に使用は禁止だ。あくまで我らの力を誇示する為だ。本人にも徹底させる。」

 

「漆黒聖典は隊長である第一席次は確定として、他はどうする?全員はさすがに無理だ。国防や万一の事態に備える為もある。」

 

「逃走中の元第九席次の事も忘れるな?叡者の額冠だけは何としても奪還しなければならない。それには漆黒聖典の者で当らなければ無理だ。他の聖典では犠牲が増えるだけだ。」

 

「交渉を担う代表者はどうする?やはりこの中の誰かが行かねば国としての面子が立つまい。」

 

「それは私が…私であれば万一の事があっても影響は然程ないでしょう…」

 

 答えたのは土の神官長レイモン・ザーグ・ローランサンである。かつては漆黒聖典に所属し、現在は特務部隊である六色聖典を束ねる法国重鎮中の重鎮である。先の事件で大幅に力を失ったとはいえ、その見識は健在である。彼であれば個性的な面子の多い漆黒聖典所属の者達も抵抗なく従うだろう。

 

「ばかな?レイモン殿が失われたら法国にとってどれだけの影響が?」

 

「私に行かせてください。土の神殿の事は恐らくぷれいやーの怒りに触れたからでしょう。第八位階魔法へ対抗出来る存在は他に考えられません。それなら私自身が禊となる事で、僅かでも先方の怒りを鎮められれば…」

 

 自らの犠牲をも厭わない彼の決意に、その場の全員が深い尊敬の念を抱く。

 

「レイモン殿の決意に深く感謝する。勿論だが無事に帰還する事を願っている。まずは同行者として漆黒聖典隊長、第五席次、第八席次、第十一次席次だな。」

 

「番外席次の彼女は?あれこそ法国最高戦力ではないですか?彼の御方も「既に私を超えている」と仰っていましたし…」

 

「危険すぎる。万一にも白金の竜王に彼女の存在が知られれば全面戦争だぞ!」

 

「漆黒聖典隊長の派遣でさえ、かなりの危険を冒しているのだ!」

 

アーグランド評議国の白金の竜王は「ある理由」からぷれいやーには否定的立ち場を取っている。その竜王がぷれいやーの血を引き、さらにその力を完全に覚醒させた彼女の存在を知れば、只では済まないだろう。

 

「番外席次の派遣はありえない。彼女には法国に遺された神器の守護という大任がある。残りはカイレ、陽光聖典のニグンだな。迅速かつ秘密裏な行動が求められる。他に余計な者は邪魔となる。」

 

「元第九席次の件が無ければ、風花聖典から何人か付けられたのだが…」

 

「あの男はどうだ?陽光聖典のニグンの弟……スタメンと言ったか?兄を超える逸材と聞いているが?」

 

「彼には元第九席次追跡と、叡者の額冠を奪還する任務を命じる。その功績をもって漆黒聖典の欠番に迎え入れる。」

 

「では早急に人員を招集して準備を進めましょう。完了次第、出立という事で。王国への釘差しも――」

 

 こうしてナザリック地下大墳墓に鴨(そこそこ高レベルキャラ)が葱(ワールドアイテム)を背負ってやって来る事が決定された。

 

 

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●

 

 

 バハルス帝国は周辺国家の中でも、現在もっとも勢いのある国である。さすがにスレイン法国には及ばないものの、国力の観点ではリ・エスティーゼ王国を遥かに上回っている。治安も良く経済でも順調で、さらに法国と水面下で密約を結び、王国の分割・併合を目論んでいる。

 

 その帝国の若き皇帝こそジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスである。とある事情で童貞だが、別の意味での童貞はとっくに捨てており「鮮血帝」の異名を持つが、臣民からは歴代最高の皇帝と敬われている。大部分の貴族からも畏怖されているが、無能として粛清された元貴族関係者や苦汁を舐めさせられている王国貴族からは蛇蠍の如く罵られている。

 

 そのジルクニフだが、帝国の発展に関する事に余念がない。いまは風下に甘んじているが、いずれはスレイン法国すら超えんとする野望を抱いており、その為に必要な「強者」についての情報収集に多くの労力・資金を費やしている。

 

 帝国に最も不足しているのが国家に所属する強者である。この世界では個人の実力差が激しい。文字通り一軍に匹敵する戦力を持つ者というのが存在する。現に帝国の主席魔術師フールーダ・パラダインは単騎で帝国全軍に匹敵する。しかし帝国にはそのフールーダ以外に際立った強者が居ないのも事実だ。

 

 帝国軍最強の四騎士と呼ばれる存在も、周辺国家最強と云われる王国戦士長ガゼフ・ストロノーフには全員で掛かっても勝てない。帝国にある闘技場にはガゼフに匹敵する「武王」というウォートロールがいるが、彼は国家に属しているとは言えない。

 

 帝国で活動している冒険者も、最高峰のアダマンタイト級である「漣八連」「銀糸鳥」の2チームは純粋な実力では、他国のアダマンタイト級に劣ると云われている。帝国では軍人の専業が進んでおり、王国とは比べられないほど治安が良い。軍による定期的なモンスター討伐が実施されているので、冒険者組合も規模が小さい。

 代わりに「ワーカー」という冒険者組合に属さず、非合法な依頼も辞さない存在が幅を利かせているが、実力者とされるワーカーでも、冒険者でいうミスリル~オリハルコン級がせいぜいである。

 

「それでは報告にあった「漆黒の剣(白いけど)」はミスリル級に昇格したが、実際の実力はオリハルコン、もしくはアダマンタイト級の可能性もあるのだな?」

 

「一部の冒険者からの申し立てでミスリル級に留まったのであって、組合としては実質オリハルコン級という扱いです。さらにトブの大森林に君臨していた伝説の大魔獣、森の賢王を従えています。」

 

「実際の功績も驚くべき内容です。ズーラーノーンによる大規模なアンデッド召喚――千体以上のアンデッドを殲滅、さらに首謀者である幹部2名の撃破です。これはアダマンタイト級ですら困難な内容です。」

 

「メンバーのマジックキャスターであるニニャ氏はザ・スペルキャスターの二つ名で呼ばれ、魔法習得速度が常人の2倍というタレントを所持し、十代半ばでありながら既に第四位階魔法を使いこなすそうです。」

 

 帝国ではメッセージの魔法を活用した通信体制が敷かれている。一般的に信頼度に欠けるという認識の魔法だが、帝国では伝える内容を簡潔な文章に限定して、それを一切の予断を交えず伝える事で情報の精度を保っている。これによりかなりの速度と正確な情報伝達を実現させている。

 

「それは素晴しい!その若さで第四位階に達するとは!魔法について遅れている王国でよくぞそこまで!もし帝国魔導学院の門を叩いていれば、今頃どれほどの領域に至った事か!?いや今からでも遅くは無い――」

 

「落ち着け、じい。報告の続きがあるのだろう?」

 

 ニニャへ熱い視線を送った老人こそ、帝国の誇る主席魔術師フールーダ・パラダインその人である。人類の限界とされる第六位階魔法に達した、英雄すら超える「逸脱者」である。

 

「はい。まず漆黒の剣(白いけど)には有力な後見人が付いております。彼らへかなり高性能のマジックアイテムを与え、さらに森の賢王も、実際に使役しているのは後見人の少女という話です。」

 

「確かエ・ランテルに滞在中という他国の貴族――アインズ・ウール・ゴウンだったか?帝国や法国でも聞いた事が無いが何者だ?」

 

「エ・ランテルではかなり派手に動いている様です。都市長パソナレイは完全に取りこまれており、国王の命令すら無視してアインズ・ウール・ゴウンに便宜を図っているとの事です。」

 

「例の法国による工作にも関わったという話しだったな。パソナレイは王の忠臣だったはずだが…」

 

「カルネ村という開拓村で、帝国騎士に偽装した法国兵を撃退しています。それ以来、本人の動向は不明で、エ・ランテルでは妹のさっちんという少女が主に動いています。エ・ランテル近郊に発見された遺跡へ大量の冒険者を調査に派遣して、かなりの財宝を持ち帰ったそうです。」

 

 王国上層部はおろか、法国ですら把握していない事まで入手している事が、帝国の情報収集能力の高さを物語っている。エ・ランテルに関する事は法国の情報網に殆どかかっていない。もし知っていれば法国の対応も変わっていただろう。

 

「その様な遺跡については聞いた事が無い。じいは何か知っているか?」

 

「私も存じておりません。現在、文献を調べさせております。」

 

「かなりの財宝が期待出来るか……王国領となるとワーカーを使ってみるか?」

 

「ただちに有力なワーカーチームを選別します。ダミーとなる依頼主の貴族も。」

 

 皇帝陛下の部下は非常に優秀だ。この男、ロウネ・ヴァミリネンという皇帝が一目置く能吏である。

 

「そのまま話しを進めてくれ。但し絶対に足がつかない様に、細心の注意を払え。」

 

「他には何かあるか?未確認の情報でもかまわん。」

 

「これは物証が無く、あくまで漆黒の剣(白いけど)の証言なのですが…」

 

「構わない。話してみろ。」

 

「はっ。事件の首謀者であるズーラーノーン幹部はスケリトル・ドラゴン2体を召喚。そのスケリトル・ドラゴンを魔法によって倒したと――」

 

「ばかなっ!?スケリトル・ドラゴンは魔法に対する絶対耐性を持つのだ!有り得ん!それに…スケリトル・ドラゴン2体を同時になど私にも不可能だ。さすがはズーラーノーンといったところか。」

 

 魔法の深淵を覗く事に全てを注ぎ、周辺国家でも随一の魔法知識を持つフールーダにとっては驚愕すべき情報だ。

 

「落ち着けと言ったぞ、じい。続きを言え。」

 

「スケリトル・ドラゴンを倒したという魔法は、後見人の少女が漆黒の剣(白いけど)のマジックキャスターへ与えたスクロールで発動させたとの事です。その魔法は第七位階魔法《ホーリー・スマイト/善なる極撃》というそうです。」

 

「ばかな…まさか…法国には人間には行使不可能な高位魔法を封じたアイテムが存在するというが…」

 

「それは聞き捨て出来ない情報だな。徹底的に裏を取らせろ。予算・人員に糸目はつけん。フールーダには魔法面での情報収集を頼む。それにしても…漆黒の剣(白いけど)と後見人のアインズ・ウール・ゴウンか…何としても帝国へ迎え入れたいものだ。金・物品・異性・地位…どんな物を与えてでもだ。」

 

 こうして若き皇帝の目に留まった漆黒の剣(白いけど)と後見人のアインズ・ウール・ゴウン。以上が周辺の3ヶ国の動きだが……

 

 

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●

 

 

「――以上が3ヶ国の動向になります。」

 

「フム…王国はどうしようもないな。放置でかまわん。邪魔な様なら……放っておいても消えるか?帝国はなかなか見所がる。皇帝も優秀だというし、国自体も好ましい。身の程知らずではあるがな……可愛いものじゃないか。そして何と言っても――」

 

「法国でございますね……」

 

「素晴しいじゃないか♪わざわざナザリックまでやって来るんだ。たっぷりと…全力で歓迎してやろうじゃないか!さっちん達も呼び戻さないとな♪」

 




安定の王国(笑)
悲壮感漂う法国(頑張れ)
皮算用の帝国(甘いぞ)






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