至高の兄(骸骨)と究極の妹(小悪魔) 作:生コーヒー狸
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NPC達の活動以外にも現地人とのコンタクト、転移後初のナザリックへの侵入者と多くの情報入手に機会に恵まれたアインズ。疑問や問題点も幾つか判明したが、情報収集は順調に進んでいるとみて良いだろう。
これからはアインズ自身が、ナザリックの外での活動を本格化させたいところだが、ナザリックにおいて極めて重大な事案が発生してしまい、今後の活動について考え直さざるをえないのだった。
問題の発生源は守護者統括のアルベドである。先日の「モモンガJr復活事件」の際に、「至高の御方への事案発生未遂事件」を起こし謹慎3日間の処分を受けた(ギルド初の懲戒案件)アルベドは、謹慎が終了した後は心を入れかえて、守護者統括の任に邁進した――という事はなく、己の欲望にそれはもう忠実に行動した。
謹慎が終了したその日の夜にアインズの私室へ突貫し、アインズとの壮絶?な要塞戦を繰り広げて、見事「アインズ要塞」を陥落せしめたのであった。そして一度陥落した要塞は、二度とその機能を果たす事は無くなったのだった。
その結果がどうなったかというと、アインズまさかの初弾命中でアルベド歓喜のご懐妊となった。この事でナザリック全体は祝賀モードとなり、元凶の一人であるさっちんも驚きと共に祝福の言葉を贈ったという。
この慶事に色々な意味で、強く反応すると思われたシャルティアも「兄より優れた妹(自分の好み的に)」の存在のおかげで、アインズとアルベドに祝福の意を伝えただけであった。一部のメイド達で噂されていた「正妃争奪戦」は始まる事無く終了していた。
サキュバスの特性により、既に臨月となっている(ハムスター並みである)アルベドは、自室として与えられたロイヤルスイートで出産を心待ちにしていた。得意の裁縫で胎内の我が子の為に、せっせと服や小物を編んでいる姿が微笑ましい。そんな姿を眺めながら、アインズは彼女の狂喜を思い出し「女の事はわからん」と唸っていた。
「アルベドよ、気分はどうだ?何か問題があればすぐに言うのだぞ。」
「大丈夫ですアインズ様。子を産むのは女の役割ですから、アインズ様はナザリックの支配者としての職務に専念なさって下さいませ。」
「そ、そうだな。なにぶんこのような事は経験が無いので、私としても、どうしたら良いのか分からないのだよ。」
「わぁ、凄いよね。もうお腹がこんなに膨らんでるんだね!?」
「はい、さっちん様。サキュバスは子を孕んでひと月で出産ですから。」
アインズの子を懐妊したアルべドは、現在のナザリックで最重要の扱いをされている。万が一の事も起させない為に、100レベルNPCにしてプレイアデスの末妹であるオーレオール・オメガが第八階層桜花領域より呼び出され、彼女を隊長とした、全員が女性の特別親衛隊が結成されている。
親衛隊員はアインズが溜めこんでいた余剰経験値を、ほぼ全て消費して召喚された最強の傭兵NPC(100レベル)が3名である。それぞれ「エヌワン」「エヌツー」「エヌスリー」と名付けられた女性隊員達が24時間体制で警護の任にあたっている。
彼女達は「ヴァルキリー」「ガーディアン」「パラディン」等の種族・職業で構成された、防御と回復に優れた戦士だ。3人いっしょで守勢に徹すれば、守護者最強のシャルティアと互角に戦えるスペックだ。ユグドラシルでは装備や能力が、予め設定済みで変更不能な傭兵NPCはあまり人気が無かった。あくまでも予備兵力の使い捨てキャラという位置付けであったが、この世界では国が落とせるレベルである。
この様に警備面では安心の出来る体制を構築していたが、生活面でのサポートに問題が生じていた。子供の誕生と言う、ナザリック初の事案に対応する人材の不足である。当初アインズはペストーニャを始めとするメイド達に任せる予定でいたが、そのペストーニャ本人から不安の声が出たのである。
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ナザリックには41人の一般メイド達が存在しているが、彼女達は全員が1レベルしかないのである。彼女達を創造した3人がそう決めたのだが、彼らは全員にそれぞれ個性的で魅力的な外見を与えた以外に、特にスキル等の設定はしなかった。
そのくせ「腹黒」「ドジッ娘」「絵がうまい」「甘い物に目が無い」「読書好き」等の個人設定は全員分用意されていたりする。中には「ナザリック一の駄メイド」という不名誉な設定をされている者さえいた。その為に、清掃や雑務以外の事で、特にこれといった能力は持っていなかった。
ユグドラシルでは職業としての「メイド」があったが、彼女達はホムンクルスの種族レベルしか持っていない。よって設定上ではメイドという事になっているが、システム上では「無職」という扱いだ。ちなみにプレアデス達、戦闘(の職業とスキルしかない)メイドは言わずもがなだ。なんちゃってメイドである。
実はナザリックでメイドの職業レベルをキチンと取得しているのは、メイド長のペストーニャ(驚異の15レベル。神メイドである)だけだったりする。そんなナザリックを彩る華やかなメイド達を陰で支えるのが「男性使用人」と呼ばれる名無しモブ達である。
彼らはギルメンが創造したNPCではなく、全て「傭兵キャラ」と呼ばれるゲーム内にデータが用意されていた汎用キャラである。これはメイド達を担当した3人が「男キャラはこれでいいだろ」と手抜き…では決してなく…効率化を図り、他のギルメンも「別にいいんじゃない」と言った為である。
彼らは使用人としての職業レベル、料理等のスキルを取得しており、メイド達の食事の世話までさせられていたりするが、ナザリックにおいては、ギルメン自身によって創造されたNPCとそうでない者(傭兵キャラ・シモベ)の間には、絶対たる身分の壁が存在しているので何の問題も無い。これら現状を踏まえて、アインズとさっちんは「一般メイドキャリアアップ計画」を実行する事にしたのだった。
ユグドラシルでの職業レベルは1~15レベルまで存在しており、レベルによる習熟度は以下のようになる。
1レベル:見習い。その職業としての最低限のスキル・魔法が使える。ザコ。
2レベル:見習いを卒業し、その職業として一般的な能力。
3~4レベル:その職業として一人前。プロ扱い(並)。
5~7レベル:その職業の熟練者。一流のプロ。
8~10レベル:超一流のプロ。天才。
11レベル~:伝説・英雄の領域。
15レベル:神の領域。
このような構成なので、職業レベルを最高である15レベルまで上げる事は少なく、大体が5レベル~10レベルに留めて、他の職業レベルを上げるプレイヤーが多かった。その方が多彩なスキル、上級職の取得に有利だからだ。当然レベルアップに必要な経験値も大量に必要になるので、10レベルより上は趣味の世界という扱いだった。但し、中には一芸特化を狙うロマンビルドも少数ながら存在した。
これは現地の人間にも当てはまる様で、大体1年位修行・訓練して1レベルを取得。3~5年で2レベル。常人が真剣にその道に打ち込んで3レベルに到達するのに約10年はかかる。そして一流の壁である5レベルを目指すなら一生かけて到達出来るかどうかの世界だ。
この所為で現地の村人はほとんどが1~2レベルしかなかった。日常生活を送っているだけでは、なかなかレベルは上がらないようだ。冒険者等の戦闘を行う職業は、経験値を得る機会が多いので、レベルは比較的上がり易くなっている。
そして一部の才能ある人間はレベルアップも早く、数年で5レベルの壁を突破するが、それでも10レベルの壁は厚いようで「事実上、人間の限界」となっている。
この事実からパンドラズ・アクターは「現地人は個人毎に経験値テーブルが異なり、レベルキャップや才能限界があるのでは?」という考察をしていた。
「メイドさん達をレベルアップさせるのはいいけどさ、操作するコンソールが使えないけど、どうするの?」
「ん?出来るぞ。玉座に座っていればマスターソースが閲覧出来るからな。フフフ…ギルド長にだけ許された特権だな。」
「それなら大丈夫そうだね。じゃあスキルとかはどうするの?ユグドラシルのスキルってややこしくて、よく解らないんだよね。」
「う~ん…wikiが見れればよかったんだが…」
「さすがにそれは無理だよね。うーん、メイドといえば家事――掃除・洗濯・料理・裁縫ってところ?あとは子育てとか?」
いくらユグドラシルが、異様なまでに作り込まれたゲームだったとしても子育てスキルはなかった。
「料理スキルくらいしか知らないな…そういえばアルべドは裁縫が得意なんだよな。タブラさんがそう設定してたから、その設定通りの能力を持っているんだよな?」
「ねえ?メイドさんの設定を変えたらどうなるのかな?例えば万能メイドとかさ?」
「それはダメだ。NPC達と過ごして理解しているはずだ。彼らは自分の意思をもって「生きて」いるんだ。それを歪めてしまうのは、例え創造主でも許されないだろう。」
「あ……そうだよね、うん。そのとおりだよね。ごめんなさい。」
短い間だが、NPC達とのふれ合いから分かっていた事だ。彼らは一人一人が個性を持って生きていることを考えれば、とても出来るはずがない。
「分かってくれればいい。それに…アルベドもそうなのかもしれんが、ぶっちゃけ後からの変更がどんな影響を及ぼすのか、まったく不明だからな。やり直しが可能かも分からない。」
なにせ「ただしビッチである」という一語を「モモンガを愛している」と書き換えただけで、全NPCの優秀なトップとされていたアルベドが、あそこまでとんでもないキャラになってしまったのだ!もとからそうだったのかもしれないが、少なくともゲーム内で抱いていたイメージとのギャップが凄すぎた。
そういえば彼女達の創造主は「ギャップ萌え」だったな…とアインズは思いだす。とにかくNPCの設定変更はダメ!絶対!――でもレベルやスキル・魔法を追加したり、装備を変更するのは許してくれるよね?とアインズは結論した。
「ああ~、失敗しました。ゴメンナサイじゃ済まないもんね。」
「いやね、俺も考えなかったと言えばウソになるぞ。パンドラの設定を少し…少ーしだけ変更、というか改善?出来ないかなー?なんて。」
こうして「一般メイドキャリアアップ計画」は、最初に数名のメイド達を対象に開始さたが、レベルアップの効果は一目瞭然だった。対象になったメイド3名をそれぞれA・B・Cと呼称するが、まずは1レベルだけメイドの職業レベルを与えられたAは殆ど変化が見られなかったが、3レベルを与えられたBは明らかな変化が見られた。セバスとペストーニャ曰く「一般メイドの3倍の能力」ということだった。
そして5レベルという大盤振る舞いを施されたC(ナザリック一の駄メイドとされていた)にいたっては、誰もが目を見張る変貌を遂げた!アインズやさっちんの素人目から見ても分かりすぎる程だった。
但し、時折見計らったかの様に的確に?ちょっとした――笑って済ませられるレベルのミスをする事から、創造主の設定による影響の強さを再認識する事になった。
アインズとさっちんは知らなかった事だが、ユグドラシルにおいてメイドという職業には「レベルアップとともに、メイドとしての家事能力も上昇する」という、単なるフレーバーとしての設定があった為である。そのテキストには「レベル5ともなれば、王侯貴族の使用人として引く手数多。最高レベルまで達したなら、その統率力で部下にも絶大な影響を与える。」という一文もあった。多分ナザリックの生活方面が、転移後に機能していたのはペストーニャのおかげだろう。
この結果により「一般メイドキャリアアップ計画」は一般メイド全員と、おまけのプレアデス6姉妹に実施される事になり、最終的にはレベルを200以上、ナザリック地下大墳墓のNPC製作可能レベルの残り半分ちかくを投入しての大プロジェクトになった。
ユグドラシルのサービス終了時点での、ナザリック地下大墳墓のNPC製作可能レベルの残りが500と少しだったが、これはサービス終了を前にしての「閉店セール」のおかげだろう。2人は最終日にナザリックの残レベルやEXPを見て「使う時間も意味も無い報酬」と笑っていたが、そのおかげでユグドラシル時代では考えもしなかった大盤振る舞いが出来たのだから、世の中分からないものである。
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リ・エスティーゼ王国の東に位置する城塞都市エ・ランテル。隣国のバハルス帝国、スレイン法国の領土に面しているので、王国を併せて3ヶ国のヒト・モノが行き交う栄えた都市である。その都市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアの邸宅に逗留中の賓客がいた。パナソレイは己の上位者から、絶対に無礼や不自由があってはならないと厳命されていたその客人へ、様々な便宜を図る為に奔走していたのだ。
都市へ入場時の斡旋、滞在場所として都市長宅を提供、各ギルドへの協力要請に加えて、滞在中の「おこづかい(金貨500枚!)」まで用立てるVIP対応である。
現在エ・ランテルには、近郊の集落をバハルス帝国騎士に扮して襲撃していたスレイン法国兵、その兵達の指揮官の部隊が行方不明となっているので、その捜索の指揮を執る王国戦士長ガゼフ・ストロノーフが逗留しているが、そのガゼフとの応対を部下に丸投げしてまで、彼自身が相手をする人物こそアインズの命令で派遣された「さっちんと愉快な御供達」であった。
「セバスさーん、今日の予定はどうなっているの?」
「今日はエ・ランテル冒険者組合へ行き、組合長のプルトン・アインザック氏と面会し、冒険者の斡旋をしていただく予定になっております。」
アインズは当初、自分が供を何名か連れて冒険者にでもなろうかと考えていた。妹はナザリックで指揮を執っていれば安全であるし、元サラリーマンとして部下に傅かれる生活からの息抜きも考えていた。それにゲーマーとしては「冒険者」には誰もが憧れをもつだろう。
しかしアルベドがアインズの子を身篭った事により、ナザリックの指揮を任せられる人材がいなくなる事態となった。情報収集と防衛の指揮を執るデミウルゴスにこれ以上の負担はかけられず、パンドラズ・アクターは現地の人間・魔法・武技・タレント・アイテム等の多方面に及ぶ研究をさせている。
そうしてアインズが悩んでいるところへ立候補したのがさっちんである。「可愛い子には旅をさせよ」とは言うが、アインズとしては妹にそんな事を許せるはずも無く、申し出を却下したのだったが、妹はNPC達を言いくるめて、再び兄へ言い寄った。
究極の妹からの「おねがい」に抗えるNPCはナザリックに存在しない。某上位悪魔が彼女へと奏上した、理路整然とした一部の隙もないカンぺを棒読みされたアインズは、主に自分の感情から来る反論の事如くを論破されてしまい、妹の安全にも充分な配慮がされた計画を認めるしかなかった。
そうして決定したナザリック外での任務に就く一行の内訳は、さっちんを始めとして、親衛隊長セバス・チャンをリーダーとしたプレアデス6姉妹。彼らは護衛と身辺の世話、そして対外交渉を任務としている。
さらにさっちん専属護衛として、彼女のペットであるネコのぷーにゃんとアルベドの為に召喚された100レベル傭兵NPCからエヌスリーを引き抜いて完成したのが、以前カルネ村へ訪れた時の設定を流用した「お嬢様と御供&護衛の一行」である。さらに影の護衛として、隠密に優れた50体のモンスターからなる一団がフォローとして付く布陣である。
さっちん達の今回の目的は「冒険者のスカウト」である。最初は冒険者に憧れるイメージを持ったアインズも、報告された冒険者の実態がモンスター駆除業者の下請け作業員(基本給ゼロ、各種保険皆無、完全出来高制)というブラックさに呆れはて、かわいい妹にそんな事をさせるはずもなく、思いついたのがこの作戦だ。
有力な冒険者を子飼いにする事で、ナザリックの事を表に出さずに活動可能というメリットから、この作戦の重要度は高い。よってアインズは現在の実力・実績のみを優先して対象を決定するのではなく、将来性や普段の素行、評判を考慮する事にした。
「1から新人を育てるのも楽しそうだな。ゲームだっていきなり強いキャラを使っても詰らないしな。」
…等とアインズは語ったが、妹の為に複数の100レベルNPCを同行させ、他にも御供全員に神器級という、現地では国宝以上、ユグドラシルプレイヤーですら垂涎のブツや、ワールドアイテムさえ持たせようとしたりと、チート三昧の男は言う事が違う。結局は伝説級を最高とした装備に落ち着いたが、それすらも冒険者の最高位と言う「アダマンタイト級」の装備を凌駕する品々である。
ちなみにNPC達は各自1つ以上は、自分達の創造主に所縁のあるアイテムを、アインズが手ずから「これで我が妹を守ってくれ。頼む…頼む…」と下賜した事で、非常に恐縮&感激していた。これらの出処は宝物殿とロイヤルスイートの各ギルメン達の私室である。
アインズは転移後に彼らの私室を「皆さん…こんな恥知らずな行為を許して下さい(妹の為なら許されますよね)」といいながら、有用なアイテムが無いか家探ししていたりする。かなりのレアアイテムや、死蔵された素材が発見されホクホクであった。
さらにギルメン達が遺した莫大なユグドラシル金貨も、ゲーム時代は「これは彼らから預かっているだけのもの。唯の1枚だろうと使うつもりはない(キリッ)」と言っていたのが「ち、違う…これは一時的に借りているだけだ。大丈夫、いずれ返す」になっている。
こうして決定された作戦の為、さっちん達はエ・ランテルの冒険者組合へと向かったのだった。
やっとエ・ランテル到着。
話が進まなくて本当に申し訳ありません。