暮れ時の鳴門市文化会館。施設内の明かりが川面を照らす=鳴門市撫養町

のどかな風景が広がる鳴門市瀬戸町の島田島。青い空、山の緑とのコントラストが際立つ白いコンクリート造りの島田小学校が威風を放つ。モダニズム建築の権威と呼ばれた元京都大教授増田友也(1914~81年)の代表作の一つで、同校の創立100周年を機に1981年に建て替えられた。

山の傾斜に合わせた階段状の建築はまるで要塞(ようさい)のようで、完成当時は「これが学校なのか」と住民が驚いたという。

校内も凝った造りで、増田作品の特徴が随所に詰まっている。校舎入り口の天井は低く、通路を抜けた先にあるロビーを広く感じさせる。

縦横の枠で仕切った格子状のガラス窓に加え、各教室には天井から屋上のテラスまで抜ける円形の吹き抜けを作ることで自然光を取り込む。窓に比べて3倍の光量が入るため、壇上で学習発表する児童を照らすスポットライトのようだ。

2010年の休校以来、施設を管理する宮本守男さん(72)=同市瀬戸町大島田=は「つい照明を消し忘れたかと勘違いするほど」と笑う。

2カ所から出入りができる図書コーナーにはドアはなく、子どもたちがいつでも活字に触れられる環境づくりに配慮している。

建設から30年以上が経過して老朽化が進み、校舎内には雨漏り用のバケツがあちこちに目に付く。それでも災害時の避難所として体育館が活用されるなど地域の拠点として親しまれる。昨年11月には市主催のハーフマラソンの発着点として利用され、多くの人でにぎわった。


島田島ハーフマラソンの参加者らでにぎわう島田小学校=鳴門市瀬戸町
増田の建築物に詳しい徳島大非常勤講師の福田頼人さん(45)=同市大麻町大谷、建築研究所運営=によると、島田小学校が、増田が手掛けた学校施設の集大成なら、文化施設は遺作となった市文化会館だという。
市文化会館は、計画から完成までに19年を要し、増田の死去翌年の1982年に完成した。外観は、ガラス張りの窓にルーバーと呼ばれるコンクリート製の羽板を縦に並べるように取り付けている。増田作品に多く見られ、光を室内に多く取り入れる一方で、直射日光がルーバーに反射するため日差しを和らげている。

増田は設計段階から、目の前を流れる撫養川対岸からの眺めを重視し、何度も模型を作り直した。夕暮れ時には市文化会館内から漏れる明かりが撫養川を照らす。

増田作品の特長について福田さんは「コンクリートの持つ可能性を最大限に引き出し、光の取り込み方が素晴らしい」と称賛する。

この他、鳴門市役所や瀬戸幼稚園など19施設の増田作品が市内に現存する。鳴門市長だった故谷光次さんと増田が同じ京都大出身だったことから、谷さんが増田に設計を依頼したとされ、これほど増田の建築物が多く集中している地域は珍しい。

人に優しく、機能美とデザイン性を兼ね備えた作品の数々は、完成から数十年が経過した今も色あせることない。ただ、いずれも老朽化が激しく保存の在り方が問われている。