【上】築4年時点の鳴門市役所本庁舎。時代精神を映し出すモダニズム建築として高い評価を受けている(1967年9月発行の鳴門市市勢要覧より)【下】丹下健三が設計した香川県庁舎の本館㊧と東館。新旧庁舎が並ぶ姿が時代の変遷を物語る=高松市

 高度成長期に建てられた公共建築は、その多くが取り壊される運命をたどっている。理由は耐震性不足や老朽化。増田友也(1914~81年)が手掛けた築55年の鳴門市役所本庁舎(63年)も、保存か解体かの岐路に立っている。

 6月5日に鳴門市役所で開かれた、新庁舎建設基本計画検討委員会の初会合。ここで市は、現庁舎が抱える課題として、<1>耐震性能不足<2>施設・設備の老朽化<3>業務量の増加に伴う狭あい化<4>庁舎の分散—の4点を挙げた。

 新庁舎を建設すれば、これらの課題は一気に解決できる。これに異論はないはずだ。議論の焦点は、新庁舎を建てる際、モダニズム建築として高い評価を受けている現本庁舎を残すかどうかに絞られている。

 検討委の中で市は、現在6カ所に分散している庁舎を新庁舎1棟に集約する「建て替え案」と、現本庁舎を耐震化した上で新たな庁舎棟を近くに建てる「2棟案」の2案を示した。費用を比べると、市の負担額は建て替え案が45億円、2棟案が41億9千万円。ただ今後40年間に要する改修費などを含めると、建て替え案の52億2千万円に対し、2棟案は66億7千万円に上るという。

 現本庁舎を残す2棟案が建て替え案より14億5千万円も高くなっているのは、25年後に築80年を迎える現本庁舎の建て替え費用が含まれているからである。

 市はそもそも、2棟案の実現性に疑問符を付けている。一般に鉄筋コンクリート造りの建物の標準耐用年数は60年とされ、適正に改修すれば80年まで延びるというものの、その前提条件は「築45年程度までに大規模改修をした場合」とされているからだ。市総務課係長の藤田邦和(34)は「本庁舎は建設から既に55年がたち、長寿命化には向いていない。たとえ耐震化をしたところで、すぐに耐用年数が来る」と言う。

 しかし、この耐用年数の考え方そのものを揺るがす知見が出てきている。これまで鉄筋コンクリート造りによる建物の耐用年数の指標になってきたのは、コンクリートの中性化である。経年変化でコンクリート内部のアルカリ性が酸性に傾く「中性化」が中の鉄筋まで達すると、鉄筋が腐食するというのが定説だった。それが近年、「コンクリートの中性化は建物の寿命に関係しない」とする見解が主流になりつつある。

 この問題は昨年に広島市であった日本建築学会大会でも取り上げられ、大きな話題となった。中性化が進行しても水分が入っていかなければ鉄筋の腐食は進行しないこと、鉄筋を取り巻くコンクリートの厚み(かぶり厚さ)が十分あれば中性化は寿命の指標にはならないこと、などが最新の知見であるという。

 だとすれば、鳴門市が現庁舎の課題として先の検討委に示した「コンクリートの中性化」は、前提が狂うことになり、建て替え案と2棟案のコスト比較にしても、鉄筋の腐食がなければ2棟案の方が安くなる可能性さえある。本庁舎の耐用年数が本当にあと数年しかないのか、専門家も交えて慎重に検討を加える必要があるだろう。

 鳴門市役所本庁舎より古い建物でありながら、保存改修の道を選んだ庁舎もある。丹下健三(1913~2005年)が設計した、58年完成の香川県庁舎東館だ。香川県は庁舎の基礎部分に免震層を入れて耐震化することにし、39億円を投じて工事を進めている。

 香川県の場合、有識者による検討会議の意見も踏まえ、建て替え案を含む六つの耐震改修案の中から基礎免震工法案を選択した。各案の比較に当たっては施工中の環境負荷も検討材料に加え、庁舎を解体した場合は産業廃棄物の発生量が最大になることまで考慮に入れた。鳴門市の検討委資料にはない視点である。

 香川県営繕課長の安藤暢英(55)は「保存を決めた大前提として、躯体の状態が健全だったことがある。『アート県かがわ』として芸術を観光振興につなげる動きもあり、近現代建築は一つの重要な要素になると思っている」と言う。

 香川県庁舎東館の西隣には、同じく丹下が設計した2000年完成の25階建て本館がそびえる。異なる時代精神を宿した新旧の庁舎が立ち並ぶ姿は、都市の歴史の厚みを体現している。