至高の兄(骸骨)と究極の妹(小悪魔) 作:生コーヒー狸
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ルプスレギナの《ヒール/大治療》で回復した私を見て落ち着いたお兄ちゃんは、NPCに色々と指示を出していた。「ナザリックに異変が起っている!」「各守護者達は持ち場へ帰還し、それぞれの守護領域を確認せよ」「階層守護者は2時間後に第六階層に集合せよ」「セバスはプレアデスを連れてナザリック周辺を探索」等と、矢継ぎ早に指示しているお兄ちゃんは、さすがギルド長といった貫禄だった。
「アルベド、これより私は自室でさっちんと2人だけで話す事があるので、何かあればメッセージで連絡せよ。」
「かしこまりました。ですが、せめて自室までの警護をお認め下さい。また万が一に備えて、部屋の外にプレイアデスを一名待機させて戴けますでしょうか?」
「転移で戻るのでその必要はない。室外での待機はその様にはからってくれ。人選は任せた」
私は何がどうなっているのか考える事を放棄していたので、お兄ちゃんに言われるままに、第九階層のお兄ちゃんの部屋へと転移した。
「さっちん!本当に具合は大丈夫なのか?どこか痛まないか?気分は悪くなっていないか?」
「うん…大丈夫だよ…でも、さっきのは、やっぱりお兄ちゃんの《ネガティブ・タッチ/負の接触》だったの?」
「ああ…どういったわけか、時間がきてもユグドラシルは終了せず、ログアウトも出来ない。痛みや臭いを現実の様に感じるし、NPC達は生きているようだ!さらにフレンドリーファイアも有効になっている!これではまるで……」
「…ゲームが現実になった!?まるでラノベみたいだよね…信じられない。」
本当に訳が分からない。今の私の姿はゲームのアバターの「さっちん」だけど、ちゃんと「鈴木幸子」としての記憶と意識は残っている。でも今の私の感覚は全然違う。だって目の前のお兄ちゃんは「鈴木悟」じゃなくて「オーバーロードのモモンガ」だけど、この人が私のお兄ちゃんだという事は、当たり前のように理解出来る。
普通なら目の前にこんな骸骨がいたら、怖いどころじゃないはずなのに、そんな事は少しも感じない。何が何だか分からないけど、お兄ちゃんと一緒なら大丈夫だと信じられる。そう思ったら急に気が抜けてグゥ~~~とお腹が鳴った。
「ハハハ、夕食からけっこう時間が経ったからな。何か食べる物は…」
そう言うとお兄ちゃんは立ちあがって、部屋の外にいるプレアデスに声をかけに行った。
「すまないがさっちんに食事を用意出来ないか?軽くつまめるもので良いので、急いで欲しいのだが。」
「かしこまりました。直ちに料理長へ伝えますので、少々お待ち下さい。」
凄い美人な黒髪ポニーテールお姉さんがそこに居た!あれはプレアデスのナーベラル・ガンマちゃんだったはず。ゲームでは気にならなかったけど、本物ってあんなに美人だったんだ!
そんな事を思っていたら、あっという間にナーベラルが大勢のメイドさん(彼女達もすっごくカワイイ!)と大きなワゴンを押しながら戻って来た!そしてテーブルの上にたくさんのサンドイッチやドーナッツ(本物?初めて見た!)、それに色んなフルーツに、何種類ものジュースを次々に並べ出した!何これ凄い!!こんなご馳走見たこと無い!お兄ちゃんもビックリしてるよ。
「大変お待たせしました!お急ぎとの事でしたので、簡単なものですがお持ちいたしました。お飲み物は、さっちん様にオレンジジュース、レモンスカッシュ、ミルク、アイスティーを用意させていただきました。モモンガ様にはコーヒーと紅茶を用意しておりますが、アルコール類をご希望でしたら、直ぐにお持ちいたします。」
「お、オレンジジュースでお願いします…」
「お、おう…それじゃあ、コ、コーヒーをお願いするか…」
「かしこまりました。ミルクと砂糖はいかがなさいますか?」
「あー、ストレートでかまわない。」
メイドさんが私とお兄ちゃんに、付きっきりでお世話してくれる!私のコップ(すごい豪華!宝だ!)にはオレンジジュース、お兄ちゃんのカップ(これも宝だ!)にはコーヒー(いい臭い!)が注がれる…というか、良く見るとこの部屋って凄い!映画で見た超高級ホテル?お城?天井になんか宝石(シャンデリア)がある!!メイドさんもそうだったけど、ゲームが現実になるとこんなに凄いの!?
「それじゃあさっちん、頂こうか。好きなものを食べるといいぞ。うん、このコーヒーも素晴しい香りだ。」
そう言ってお兄ちゃんは目を閉じると、香りを楽しむようにカップを傾けた後に、グイッと口元にカップを近づけた…そしたら骸骨の隙間からビチャー…ダラダラダラ…
「「「モ、モモンガ様ぁーーっ」」」
うん…骸骨がコーヒー飲んだらこうなるに決まってるよね。
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「ど、どうしたんだ、さっちん??何かに攻撃されたのか??いや、ゲームなのに痛みを感じるはずは…とにかくログアウトだ!さっちん、緊急終了ボタンを押すんだ!」
ゲーム終了を迎えて、その余韻に浸ろうとしたモモンガの意識は、愛する妹の悲鳴で一気に覚醒した!目を開ければ見なれた妹のアバターが、悲鳴をあげてのたうちまわっている!
(一体何があった?攻撃魔法を受けた??おれはさっきまで妹を膝の上に乗せていたはず…俺には何のダメージも無い…いや、ユグドラシルはたった今、終了したはずでは??周りが何か騒がしいが、誰が居るんだ?いや、そんな事はどうでもいい。いまは妹を助けなければ!どうすればいいんだ!?)
「《ヒール/大治療》!!」
聞きなれない掛け声とともに、妹の身体はユグドラシルで見なれたエフェクトに包まれていく。これはユグドラシルでの回復エフェクト?それならまだゲームが続いている?どうやら無事に回復出来たのか、妹の悲鳴が止んだ…とりあえずは安心だ。
「いったいどうなっている!!ゲームの中で痛みを感じるとは!?バグか?インターフェースの故障か?とにかくGMコールをして…コンソールが開かない?」
原因不明で理解も不能の状況にモモンガの混乱は加速するが、まずは妹の安否だ!
「大丈夫かさっちん?とにかくログアウトだ!俺のコンソールが開けないのだが、さっちんのほうはどうだ?」
モモンガは蹲る妹に駆け寄り、助け起こそうとするが直前で閃く!まさか俺のスキル《ネガティブ・タッチ/負の接触》によるフレンドリーファイアか?いや、そうだったとしてもゲームで痛みを感じる事などあり得ないはず…
「モモンガ様!まだ敵は見つかっておりません!ご注意を!」
「さっちん様の回復は完了しましたが、まだ安全は確保されていません!増援はまだなのでしょうかっ!?」
「モモンガ様、さっちん様ご無事ですかっ!デミウルゴスでございます!」
「マーレっ、モモンガ様とさっちん様にありったけの防御魔法を!魔獣達はお二人の盾になるのよっ!」
「えいっ!《ボディ・オブ・イファルジェントベリル/光輝緑の体》《ネイチャーズ・シェルター/自然の避難所》《パワー・オブ・ガイア》」
「モモンガ様!この場は安全とは言えません。原因が判明するまで、さっちん様を御連れして宝物殿へ避難を!あそこなら安全と思われます。」
「絶対二許サンゾ!侵入者共メ!コノコキュートスが皆殺シ二シテクレルッ!!」
「ブチ殺すぞクソがぁぁぁっ!!《エインヘリヤル/死せる勇者の魂》っっ」
右往左往するNPC達を見てモモンガは立ちすくむ。周りが狂騒すればするほど、不思議とモモンガは冷静になっていく。
(う~ん、有り得ん。さっきのはフレンドリーファイアだとしても、ゲームの中で痛みを感じるとは…それにNPC達の言動は何なのだ?こんなのはどんなAIでも不可能だぞ!というかこの騒ぎの原因は俺か!俺のせいなのか!?
コレどうすればいいんだ?収拾はつくのか?今さら俺のうっかりミスの勘違いなんて知られたら……ええい!とにかくこの騒ぎを止めないと……)
その時モモンガの全身を連鎖する龍雷が貫いた!!そして同時に、空洞のはず頭蓋骨の中身が天地改変され始めた!
「お前達!騒々しいぞ、静かにせよ!」
モモンガの口八丁手八丁により、落ち着きを取り戻したNPC達は、それぞれに命じられた指令を果たす為に、次々と玉座の間を後にする。
依然としてナザリック地下大墳墓にはデフコンワンが発令中である。
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「おいしかったぁ~♪ちょうサイコー♪」
「それは良かったな。さっちんが喜んでくれて嬉しいぞ。」
「ホントに美味しかった!甘くてプリッとしててサクッとしてムホっとしてて!」
あたふたするメイド達を言いくるめて、二人きりになってから食べたものは本当に美味しかった。いつも食べている流動食やサプリメントは、最低限の栄養だけは保証されてるらしいけど、味とか食感とかはまったく考えていないものだしね。小さい頃の私は食事の時間が苦痛でしかなかった…
「実際に飲食が出来たうえで、味覚や香りまで再現されているか…ますますゲームでは考えられない事態だ。」
(そうそう!もうこれって決まりだよね!姿もゲームのままだし、これで姿はリアルでのままだったら異世界転移になるんだろうけど?ここってやっぱりユグドラシルなのかな?もしそうだったらナザリックは超豪華(富裕層専門アーコロジー)だし、お兄ちゃんはそこのギルド長(大企業の社長)で、私はその妹(とっけんかいきゅう!)なんだから安心安全の勝ち組決定だ!?ウケケケケケケケケケケ…)
「ここの設備や内装、NPCの陣容から、ここがナザリックなのは間違いないだろうし、手持ちのアイテムも確認できた。さっちんも手持ちのアイテムを確認してごらん。」
「アイテムって、無限の背負い袋に入れてるやつ?でもコンソール出ないしどうやるの?」
「ああ…こうフワっとした感じでホイっとすれば!」
「おおー!出た出た!さすがお兄ちゃん!」
(これはすごい!私が転げまわったり、スイーツを貪っている間にも、色々な事を進めているお兄ちゃんに感謝感激だ!このままお任せしちゃおう。)
「この後は第六階層の闘技場で、魔法やスキルの確認をしてみる予定だ。また階層守護者達を集めて、彼らの様子を確認するつもりだ。」
「おーけー♪あっ、そうだ!ぷーにゃんを連れてってもいいかな?」
(「ぷーにゃん」は私が創造した100レベルNPCだ。種族はケット・シー。外見は変な翼と2本の尻尾が生えている猫で、灰色で極上の毛並みを持っている。私のペットという設定だが、アインズ・ウール・ゴウンの有志の皆様によるガチビルドで、ナザリックの全NPC達の中でも上位の戦闘力を持っている。ぶっちゃけ私より強いはずだ。
もともと私は猫が大好きで、ペットの猫に憧れていたのだが、それを知ったお兄ちゃん達が、ユグドラシルの猫好きで知られる有名ギルド「ネコさま大王国」に連れて行ってくれた時は、とっても楽しかった。どんな方法で話をつけたのか分からないけど、ネコさま大王国のギルド長から「永久名誉会員証」というのを貰ったおかげで、あそこには何度も遊びに行く事が出来た。)
「そうだ!せっかくだからパンドラも連れていこうよ!」
「ブッフォォーーwww」
「ど、どうしたのお兄ちゃん?」
「いっ、いや…何でも無い!何でもないぞ。うん、そう、パンドラな、あいつは宝物殿にいる唯一の守護者だ、あそこはナザリックでも重要なところで無人にする訳にはいかないから、また今度!そうしよう!」
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「アムアム…ハムハム…ンまぁ~~いっ!」
モモンガは、目の前で心の底から美味しそうに食事する妹を見ながら思った…
(本当に飲食している!オーバーロードである俺が飲食不可なのは設定通りだが…それにしても本当に美味そうに食べているな。未だに状況ははっきりしないし、こうなった原因も不明だが、幸子だけは何としても守らなければ!何とか元の世界に戻る方法を探し出して…)
モモンガは考える。考えて考えて考えぬく…アンデッドの最上位種族であるオーバーロードに備わった、深遠で大いなる知謀が、世界の真理を導き出す!
(あれ?別にこのままでも良くないか?ナザリックにいれば衣食住の心配は無いし、今までの様子から考えれば、NPC達も敵対する可能性は低いはず…万が一があったとしても宝物殿にあるアイテムや装備があれば大丈夫だろうし。だいたい元の世界に帰って何になるんだ?所詮俺達は貧困層の負け組…大企業に搾取されて、大事な妹を進学させてやる事も、満足な食事をさせる事も出来なかったじゃないか?)
モモンガは考える。自分はリアルの世界で、妹に満足な生活をさせていたのだろうか?あの荒廃した世界に自分達兄妹の幸せはあるのだろうか?あんなところに帰って、何かいい事があるのだろうか?
唯一未練が残っているとすれば、ギルメン達の事だ。このまま元の世界に戻れなければ、彼らとは二度と会えない…いや!とにかく幸子の事が最優先だ!他の事は後から考えればいいんだ!
「美味しいよう~♪凄いよ~♪さすがはナザリック、世界一!」
「そうだな!俺達みんなで創りあげたナザリックだからな!」
「もうずっとここに居たいよね~。他のみんなも一緒に来れれば良かったのにね!?」
(うーん、コイツは思ったより心配しなくてもいいのか?それに他のギルメンも来ていれば…か?その可能性もゼロではないのか??とにかく情報が必要だな。)
「よし!それじゃあ第六階層へ行くか。まずはさっちんの部屋にいるぷーにゃんを迎えに行くぞ!」
モモンガ様はどんな時でもさっちん優先です。