父上は、元々心の優しい方だった。誰よりも仲間を愛し、大切にした方だった。ユグドラシル時代も、私を創った主なる目的は宝物殿の領域守護者を置く為……となっていたが、実際に私に与えられた能力を考えると、それは表向きの理由だと容易に想像がついた。
……実際、至高の方々が徐々に御隠れになってからは、私は副なる目的とされていた至高の方々のお姿を模る事を主な仕事としていたのだから。日々訪れる父上の望むままに、御隠れになった方々の姿を取り……彼の方の無聊を慰める。それが、私の仕事。ユグドラシル時代では声を発することは出来なかったが、此方に転移してからは喋ることも可能になり……より深く父上をお慰めすることが可能になったのは、とても喜ばしい事だった。
ドッペルゲンガーの私は、表層意識を読み取ることが可能である為、父上が望むような返答を返すことは容易い。更に、ユグドラシル時代に父上が語ってくれた事の記憶も加算される為、恐らくは相当精度の高い返答になっていると推測される。……一言二言の会話なら、被創造物に本人と誤認させることくらいは可能なくらいに。まぁ、オーラの問題があるので、実際にはそれは不可能ではあるが。
父上が友人だと語っていたジルクニフ陛下が崩御されてから、父上には友人と呼ぶような仲の存在は出来なかった。その、強大なお力故に。その為、どんどんと孤独になり……。大陸の統一時には、私くらいしか本音を語れる相手が居なくなっていたのだ。その頃には、漆黒のモモンも寿命で退場させなければならず、父上の自由も無くなって。孤独に耐えかねた父上は、再び私を宝物殿へ呼び戻した。それからは、ずっと私は父上の望むままに姿を変え、父上のお相手を続けている。
宝物殿に戻る前は、ここまで頻度は高くなかったのだ。精々、セバスがツァレという人間の女性と結婚した際くらいか。その時私はたっち・みー様に変化し、父上の話を静かに聞いていた。そんな感じで、父上は折に触れて魔道国の話やNPC達の事を至高の方々に変化した私に報告なさっていたのだ。
アルベド様はあまりにも直情的だったため、父上の支えには遂になる事は出来なかった。彼女がもっと上手く立ち回っていたら……と思わなくも無いが、それももう過去の事。父上は、自分ではアルベド様の望むような愛は与えられないから、と彼女に他の者と結ばれるようにと仰ったのだ。だが、根本を変えられてしまった彼女にはそれは難しいことで。父上は、かなり悩んでいたが……結局、彼女の記憶を操作したのだ。ナザリックの平和を優先させて。彼女が、サキュバスでさえなかったら。プラトニックな愛で我慢出来ていれば、父上と永遠の愛を誓って伴侶として幸せに暮らせたのかもしれない、と思うと中々に切ない。
現在の彼女はサキュバスらしさを取り戻し、とても活き活きとして暮らしている。父上だけに注がれていた愛は、数多くの男達に分散され……守護者統括として相応しい態度で行動し、様々な仕事にその頭脳を余す所なく発揮している。
そして。父上への愛が消えた彼女は、御隠れになった至高の方々への深い怨みも消えたようで。捜索隊も普通の捜索隊として機能し、日々プレイヤーの情報を集めては父上に渡している。千年というととてつもなく長い日々のように思えるが、プレイヤーの転移がほぼ百年単位、と考えると、まだ十回しかプレイヤーの転移のタイミングは来ていない。プレイヤーと呼ばれる、至高の方々と同格の者たちは、数万人は居たらしい。その事から考えると、まだ我がギルドの至高の方々が此方へ転移してくる可能性は残されていると私は思っている。
……だが。心優しい父上は、既に孤独に耐えかねている。あくまでも私は移し身。お慰めすることは出来ても、その辛さを完全に無くすことは出来ないのだ。
「……次のプレイヤーは、父上の愛する方々なら良いのですがね……」
どうか、父上の精神が摩耗しきる前に、至高の方々がナザリックにお戻りになりますように。
私はそう祈りながら、宝物殿の管理を再開した。