転職市場は好調だが、一方で後悔する人も増えている。写真はイメージ=PIXTA 転職市場は活況が続き、40歳代のミドルにも複数のオファーが届くことは珍しくなくなってきました。特に事業変革、収支の大幅改善、あるいは新規事業立ち上げや上場成功などの実績を持つマネジメント人材は、引き抜き合戦で破格の条件が提示されることも。そうした中、待遇などの条件面や転職先企業の実態についての確認不足で、いざ入社した後に「しまった、こんなはずではなかった」という状況に陥る人も実は増えています。どうすればそんなワナから逃れられるのでしょうか。
■入社を見送るべき企業に5つの兆候
6月の有効求人倍率は前月比0.02ポイント上昇の1.62倍で1974年以来の高水準が続く 私どもの会社では現在、毎月数百人のマネジメント層の転職を支援していますが、皆さんが入社後に「こんなはずではなかった」という事態にならないよう、ご紹介する企業、案件についての審査・精査をしています。当社における多数のプロセス、またご相談者が当社に来られる前に経験した失敗例などを集約すると、入社を見送ったほうがよい「NG企業」には、次の5つの兆候が見られます。
●兆候1 給与水準から大きく外れた条件を提示する
まず目に付くのが、「その企業の給与水準にそぐわない破格の条件提示」です。もちろん、応募者の実力や実績を高く評価し破格の提示をしてくれた可能性はあります。しかし、ちょっと待ってください。企業が自社の通常の水準を超えてあえて年収を積むのには何か裏があるはずです。
これまで何人かの前任者がどうしても到達できなかったノルマがあるなど、達成不可能な役割を課せられてはいないか。入社後の評価基準や目標値、どのように入社後の給与が変動するのかなどは、具体的に確認しましょう。それが曖昧な場合、入社後の給与支給や給与改定でもめるケースは非常に多いのです。
また、これと関連しますが、「オーナーの鶴の一声」にも気をつけたいところ。オーナー経営者は「高額な買い物」への投資対効果に非常にシビアです。「なんだ、あいつ、あんなに高い年収で採用したのに、まだ結果が出ないのか」というのは、おおむねどのオーナー経営者にも共通する決まり文句だと思っておきましょう。結果として入社後の給与アップが見込めないか、逆に下がる可能性も高いです。
オーナー経営者は概して人材への投資対効果に厳しい。写真はイメージ=PIXTA 通常の会社でも言えることですが、オーナー企業であれば特に「期待する職責よりあえて少し下」から入ることをお勧めします。手前の役割や給与で入社し、早々に高いバリューを出した人に対してオーナー経営者は非常に高く評価しがちです。「彼(彼女)は素晴らしいね!」となって、予定よりも早く高い給与、年俸を得たり、思い切った抜てきをされたりするケースが多く、その後の活躍もしやすくなります。
●兆候2 採用選考のレスポンスが悪い、遅い
「一事が万事」と私は考えていますが、企業のカルチャーなどについても同様で、採用選考時のコミュニケーションは入社後のコミュニケーションスタイルを表しています。
残念ながら、当社がお取引している企業でも時折起こりますが、選考結果の連絡がなかなか返ってこない、一度設定した面接や面談の予定を自社都合で一度ならず何度も平気で変更してくる……。こうした企業は、通常の業務もそういう進め方がスタンダードとなっているものです。
「事業の推進力や業務遂行力は大丈夫だろうか?」と思いますよね。顧客対応の質が懸念される、あるいは顧客に対するそもそものホスピタリティーに欠ける姿勢が染み付いている会社の可能性が高いです。気にされない方もいるかもしれませんが、あまり先行きの期待できる転職先ではないでしょう。
●兆候3 人によって言うことや意見がバラバラ
3つ目は、「面接で出てきた人たちの言うことが食い違う、意見や捉え方がバラバラ」です。もちろん、それぞれが全く同じことを言う必要はありませんし、逆に金太郎飴のごとく言論統制されているような企業は怖いですが、面接で出てくる人たちが、自社の企業風土、方向性などについて答える際、曖昧だったり大きくズレていたりしたら要注意です。
全体観に欠ける企業や組織であったり、経営と現場、部門間で、対立構造が根深くあったりする可能性が高いでしょう。今後の事業展開は大丈夫かと不安になります。自分の担当業務だけ粛々とこなすタイプの方や、派閥抗争に巻き込まれてもよい方なら、問題はないのかもしれませんが。
●兆候4 株主企業とすり合わせがされていない
40~50歳代の皆さんの中には、投資ファンドから投資先企業へ、ホールディングス企業などからグループ子会社への出向が前提といった案件で転職話が進んでいる方もいることと思います。このケースで注意すべき兆候が「ファンド側・親会社とは誰とも会っていない」や、「ファンド側・親会社とだけしか会っていない」です。
投資先企業や関連会社への出向が前提の場合は思わぬ立場でスタートすることも。写真はイメージ=PIXTA 特に目立つのは、ファンド側・親会社が、投資先企業・子会社に対して危機感や不満を持っていて、強権発動で幹部を送り込もうとするターンアラウンド(再生)案件です。この場合、投資元や親会社の考えと投資先企業・子会社の考えが全くすり合わされていないことがよくあります。ひどいケースでは、その重要なコミュニケーション自体を、入社する人に任せよう、期待しているという、「丸投げ」の仕立てになっていたことも。特にポジションがCFO(最高財務責任者)や経営企画などの場合は注意してください。
必ずしも、全くあり得ないひどい話だというわけではないのですが、入社してみると、現場で誰もあなたの入社を知らなかったとか、白い目で見られたり、のけ者扱いからスタートしなければならなかったりという初動の状況は覚悟しておく必要があります。やはり入社前に状況の確認は怠らないようにしたいものです。
●兆候5 意思決定を必要以上にあおられる
最後に、「意思決定の段階で、妙に回答を急がされる。肩書やオファー年収などの外見要件で推してくる」を挙げておきましょう。
先に挙げた「一事が万事」ということで、オファー提示に対しての意思決定のスピードは、私自身は非常に重要なものだと考えています。要は、転職における決断力もまた、平素の仕事における決断力と同期するものだからです。
とはいうものの、企業側が先に意思決定をあおる場合には、いったん一時停止ボタンを押して、状況確認が必要だと考えます。企業側があおる理由が、着任する予定の職務や部門の状況に応じたもの(いつまでにプロジェクト入りしてほしい、ちょうど新組織になるため、など)であれば合点はいきますから問題ありません。
一方、そうした理由が特に見当たらず、回答期限が非常に近く設定されるとか、好条件の年収やポジションであおってくるようなケースは、採用側が職務内容そのものや将来性に自信がない場合がほとんどです。本質的な職務のフィットは大丈夫か、再度チェックした上で熟考しましょう。
転職市場の活況は、「より望ましい職務を得る機会の増加」という点で非常に良いことです。ところがそんな良好な環境が逆に、「まさかこんなはずではなかった」という転職を増やしているのは、ちょっと皮肉なことですね。皆さまには、このタイミングだからこそ、「転職先の決定は、慎重に」の姿勢で臨んでいただきたいと思います。
※「次世代リーダーの転職学」は金曜更新です。次回は9月7日の予定です。この連載は3人が交代で執筆します。
井上和幸 経営者JP社長兼CEO。早大卒、リクルート入社。人材コンサルティング会社に転職後、リクルート・エックス(現リクルートエグゼクティブエージェント)のマネージングディレクターを経て、2010年に経営者JPを設立。「社長になる人の条件」(日本実業出版社)、「ずるいマネジメント」(SBクリエイティブ)など著書多数。 本コンテンツの無断転載、配信、共有利用を禁止します。