写真:池田晶紀(ゆかい)
わりに合わないことばかりすることで定評のある孤高のギャグマンガ家・上野顕太郎が、『夜の眼は千でございます』で第21回文化庁メディア芸術祭 マンガ部門優秀賞を受賞した。「わりに合わないこと」が何を指すのかは本文を読んでもらうとして、その受賞記念に行われたマンガ家・みなもと太郎と松田洋子とのトークセッションをお届けしたい。ウエケンに馴染みのない人にこそぜひ読んでもらって、その「わりに合わなさ」を体感してほしいと思う。
人間らしさの原点はギャグ
上野 (受賞に際して)このたびは、過分な評価をしていただいて、本当にありがたいと思っています。以前から、みなもと先生とも、松田先生とも「ギャグマンガというのはなかなか評価がされなくて、虐げられているね」という話をしておりまして。そんな中での受賞だったので、本当に僕自身も驚くと共に、すごくうれしく思っています。34年間、ずっとギャグを描き続けてきたわけなのですが、今後はこれをきっかけに、後進の人も、今までずっとギャグマンガを描いている人も含めて、もうちょっと世間に評価されるようなことがあればいいなと。大仰なストーリーマンガは、巻数も増えるし、人の目に留まることも多いんですが、ギャグマンガはどうしてもページ数が短かったり、巻数も少なかったりするので、なかなか目立たない。
みなもと おっしゃったとおり、ギャグマンガは本当につらい立場に追い込まれ続けているんですが、マンガの原点はギャグだというのは知っていただきたい。お涙頂戴のストーリーマンガだったら、100年前のストーリーをちょっと焼き直したってやれるんだけど……。
松田 そこまで言います(笑)?
みなもと でもギャグマンガというのは、本当に毎回毎回、ゼロから新しいものを作らないといけないわけです。しかもそのアイデアを4コマや、4ページで出し切ってしまうから、すぐに次を考えないと。それなのにすぐ「作者はマンネリになった」だの、なんだの言われてしまう。これだけAIが進歩して、チェスも将棋も碁も、AIが全部人間を打ち倒すようになっても、ギャグは作れないんだから! 人間らしさの原点というのは、もうギャグだと言ってもいい。その中で、上野さんというのは、日本で一番ギャグに命をかけている人なわけです。本当にくだらないことに命をかけている。さっき名刺をもらったけど、名刺も4コママンガになっているんですよ。見せましょうか?
松田 個人情報入ってますから(笑)。
みなもと すみません(笑)。では松田さん。
松田 他のマンガ家さんに会って、今回の受賞を一番喜ぶ人が多かったのが上野顕太郎さんなんですね。業界内でのウエケンの人気ってものすごく高くて、「ウエケンはもっと評価されないといけない」という動きが出てきていたので、今回の受賞は私も本当にうれしい。皆さん、これからもウエケンをよろしくお願いいたします。
「マンガの描き方本」を集め続ける
みなもと ところで、上野顕太郎さんはマンガ家の入門書を収集しているんですよね。200冊でしたっけ?
上野 300冊です。また増えました。市販のものをコンプリートするのはたぶん無理だと思うんですけど。
みなもと 上野さん自身もこういう研究書を出されているということも、知っていただきたい。真面目な研究書でもないんだけど。文体がちゃんとギャグになっているというのが、また大したもので。
上野 一生懸命作ったんですけど、あまり売れませんでした(笑)。
みなもと なにしろ、この本のタイトルが『暇なマンガ家が「マンガの描き方本」を読んで考えた「俺がベストセラーを出せない理由」』だから。長い! 表紙にさも写真のように描かれている背表紙は、全部手描きです。こういう、いらん手間をかけるんだ、この人は。
上野 いや、いるんですよ(笑)!
松田 「スキあらばギャグを入れようとする」って自分で言ってましたけど、スキがなくてもギャグを入れるので、スキを作るんですよね。無理やり。
上野 ギャグをねじ込む。面白いほうがいいんですから。
落語 あしたのジョー
みなもと この噺家のモデルは誰ですか?
上野 先代の(四代目春風亭)柳好の「牛ほめ」が大好きだったので、そのイメージがあるんですけども、他にもいろいろ好きな噺家さんを混ぜて、いかにも落語家という顔にしてます。
みなもと 小さんや、志ん生や、いろいろ混ぜて。
松田 セリフにもリズム感がありますよね。マンガを読むときに、ふつうは声に出しては読まないんですが、そこはやはり「声に出すときにリズム感があるような言葉遣いをしたほうが読みやすい」というのを意識して作っているんですか?
上野 この落語の話に限っては、特にリズムを大事にしていますね。僕は「牛ほめ」については頭に入っていて、そらんじることができるんです。あと、落語の話し口調がけっこう好きで。だから、普段から身に付いているものが、ちゃんと出せたかなと。「落語を描くから、あわてて落語を勉強した」という感じではなかったです。
みなもと マンガ家はみんな落語好きだよね。
松田 落語を聞きながらマンガを描く人、けっこういますからね。
上野 「いつかは落語のマンガを描きたい」とずっと思っていたんですが、どうやって描いたらいいか、わからなかったんです。子供のころ、ジョージ秋山が「チャンピオン」に落語のマンガ(「名作落語全集」)を描いていたのを読んだんですけど、それは噺家が高座でしゃべっているのと落語の本編の物語を交互に描くやり方をしていたんですね。でもそれは子供心にあまりうまくいっているようには思えなかった。
みなもと 落語の世界をマンガにするのは、とにかく難しい。
上野 前谷惟光もそういうことをやっているけど、噺家を描いているんじゃなくて、物語を描いている。弥次さん喜多さんというキャラクターが出てくる物語をやっている。
みなもと 落語の高座で笑うオチでも、マンガにすると、そんなに笑いを取れないでしょう?
上野 でも僕は「噺家が話芸をしている」というのを表現したくて、それをやるにはどうしたらいいのか、ずっと考えていたんですね。
松田 絵面がつらいじゃないですか。おっさんのバストショットが延々続くわけだから(笑)。
上野 でも、結局ここに行き着いちゃったんですよね。ただ、僕が好きな「牛ほめ」を話しているだけだと何も芸がなくて、「落語のコミカライズ」というだけになってしまうので、「じゃあ落語の中身は自分で考えるしかないだろう」というところで1回止まったんです。『あしたのジョー』が好きなので、矢吹丈がパンチを教わるのを「牛ほめ」に当てはめる、ということにしたんですね。
みなもと 矢吹丈が最初からパンチドランカーになっている(笑)。この落語家にやらせるネタは、あと「スター・ウォーズ」があるんだっけ?
上野 「スター・ウォーズ」と、「羊たちの沈黙」と、「寄生獣」。マンガのネタをやるときはこの師匠で、映画のネタはもう一人、コワモテの感じの「乾舞院幸太(どらいぶいん・しあた)」という噺家がやっています。「ドライブイン」の「ドライ」が「乾」という字になっているのも、自分では好きなんですけど。
松田 この人は、そういうネタを絶対入れないと死ぬんです。
追悼 望月三起也
みなもと この見開きの右側にある「追悼 望月三起也」もすごい。
松田 追悼シリーズ。
みなもと これを褒めてる同業者、多いよ。編集者で褒めてる人もいたし。
上野 なんで俺に直接言ってくれないんだ(笑)。
松田 私も泣きました。この絵だけで、どれだけ好きかというのがわかるので、これでとにかく泣けちゃうんです。「ああ、この人、本当に好きなんだな」って。
みなもと スクリーントーンを使わないことも、ちゃんと知ってるし。
上野 僕、だいぶ晩年ですが、望月先生にお会いしたことが2回だけありまして。ファンクラブの方と知り合いになって、「月刊望月三起也」というWebサイトで「じゃあ何か文章を書いてください」ということになったんです。その文章に望月先生が必ずコメントを返してくださるんですけど、僕はマンガ家ということで『さよならもいわずに』のことを書いてもらって。ありがたかったですね。
松田 ちなみに望月先生はなんとおっしゃった?
上野 人の悲しみを掘り下げて描くなんて、僕にはとても悲しくてできない。それをやったのはすごいね……みたいなことでした。
松田 『さよならもいわずに』は、それだけで1時間話したいくらいなんですが(笑)、今日はちょっと我慢しましょう。
上野 武器や車は、アシスタントの力も大きいと思うんです。この重さ。トーンを使わずに描いてる。作画のときはプラモデルとかを使っていたらしいんですが、プラモデルをそのまま描くと軽い感じになっちゃうので、質感をちゃんと考えて本物の重さを出す……みたいなことを心がけていたそうです。
みなもと 今年亡くなった土山しげるさんも、初期にはアシスタントをやっていたはずですね。
上野 アシスタントだと、田辺節雄さんとか。望月先生の『俺の新選組』という時代劇があるんですけど、背景がすごい。『ワイルド7』の最終章くらいから、すごい背景になっていくんだけど、『俺の新選組』に入ってから、よりすごくなっていって。
松田 しかもこれ、トーンじゃなくて全部線を引いている。
上野 ……というのを真似しているという(笑)。
みなもと またこれが、上野顕太郎はトレースをしないんでしょう?
上野 トレースは一切していないです。トレースしたら負けなので。
松田 なんだか現代アートみたいなことになっていますよね(笑)。
追悼シリーズ
みなもと 追悼シリーズは何人くらいやった?
上野 最初が赤塚不二夫さんで、その後ちょっと間が空いて、レイ・ハリーハウゼンをやって、生頼範義(おおらい・のりよし)をやって。あと、水木しげるさんと、望月さんです。それと、まだ単行本にはなっていないですが、谷口ジローも。
みなもと 誰の絵でも描けるんだよね。
上野 ハリーハウゼンに至っては、絵じゃない(笑)。
松田 特撮ですからね。
上野 この写真みたいに見えるのも描いているので。写真じゃない。
みなもと なんでこんなことするかなあ(笑)。
松田 もう「ウエケンだから」としか言いようがない(笑)。
上野 楽しいからですよ。楽しいからやりました。なんでも見れば描けるんですけど、最近のマンガ家はパソコンを使って描いている人も多くて、ブラシを使っていたりすると、手ではちょっと真似できないな、とは思いますけど。
松田 生頼も最高ですよ。
上野 生頼は、生頼範義がうますぎて、真似しきれなかった。
みなもと でも、点描はよくやったなと思う。
上野 点描だけはわりとやれたんですけど、でも生頼の点描とは、やっぱりちょっと違うんです。原画を見ましたけど、元の絵がすごい大きいんですね。
松田 だいたい、なぜここでマンガ家なんだ(笑)。なぜこの人たちなんだっていう。