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第二十九話

***  バハムートの守りがなくなり、アイホートがジークフリートに襲い掛かる。肉を食い破り、その中に入り込み、卵を植え付ける――そういった性質を持つアイホートは、容赦なく、ジークフリートの体に噛みついた。 「――ア、」  ぶち、ぶちぶち、と肉が食われ、血管が千切れてゆく。凄まじい痛みにジークフリートは声をあげそうになったが――声が、出なかった。声帯が、傷ついていたのである。ジークフリートが幻覚に囚われている間に、蟲はジークフリートの様々なものを喰ってしまっていた。内臓から骨、鼓膜から眼球まで。  あまりにも痛いものだから、さすがにジークフリートも現実の自分の肉体が食われていると気付く。遺伝子の記憶の恐怖だけではなく、ジークフリート自身が蟲に対して強烈な恐怖を抱く。口の中に、一匹の幼虫が入り込んできたのに気付いた時には、ショックで意識が飛びそうになったが―― (だめだ――……今、死んだら、――カイが、)  狂気に追いやられた自我が、目を覚ます。   (今のあいつには絶対に負けられない――……俺が負ければ、今まで犠牲になった民たちの嘆きが、すべて――無駄になる)  ジークフリートの魂を結び留めたのは、ジークフリート自身の決意。王子として今まで生きて、罪を犯し、虐げてきた者たちの憎悪を受け止めると誓った、今までの生きざまだ。  ジークフリートの体を、光のような炎が纏う。その炎は一気に燃え広がり、ジークフリートの周囲にいたアイホートを焼き尽くした。体に治癒魔術をかけたりすれば、その隙にまたアイホートに囲まれるため、ジークフリートは半壊した体のまま――炎の魔術を行使する。 「――……!」  アイホートが燃え、再び姿を現したジークフリートを見て、カイが眉を顰める。    ジークフリートの体はところどころ骨が見えており、もう自分の力では立てないほどにボロボロだ。左目は食われていて無くなっており、右目も血で塞がっている。そんな状態で、まだ自分と戦おうとしているジークフリートに、驚いたのである。戦慄した。 「……すごいな、おまえは。そんな風になったら俺なら自分で命を絶つけど」 「――ッ、……俺、……は、……――……」 「……声も出せないのに」  鼓膜を喰われたジークフリートに、カイの声は届いていない。ジークフリートは、自分を奮い立たせるように、声をあげようとしたのである。 (今のおまえに勝つことが、俺の贖罪なのに――だめだ、力が足りない、あいつに全然届かない――……!)  アイホートの大群は、途切れることなくジークフリートを襲い続ける。徐々にジークフリートの魔力も削れていき、炎を出し続けるのにも限界が近づいてきた。 「……あきらめたら?」  ジークフリートの魔力が薄れてきたことを、カイも感じ取る。このままアイホートで襲い続ければ、あっけなくジークフリートを殺すことはできるだろう。しかし――カイはアイホートたちに「制止」の命令を下す。 「……っていうか、おまえの考えてることがよくわからないな。そこまでして俺と戦うことになんの意味がある。俺のことを煽ったのに、何の意味がある」 「――……」 「俺なんか、いくらアイゼンシュミットの末裔だろうとおまえにとってはただの一人の国民だ。俺がどんなにおまえのことを恨んでいようと、一国の王子であるおまえが気にかける必要なんてなかった」 「……、」 「俺ごときの復讐心すら――救いたかったの? おまえは。莫迦だね、真正の莫迦だ。王子には向いていないんじゃないの? なあ、ジークフリート王子……」  カイは黙り込み、じっとボロボロのジークフリートを見つめる。まだ消えない炎が、まるでカイの独り言に応えているかのようだ。 「放っておいてくれればよかったんだよ……復讐することすら許されない、誰も知らないところで死んだ魔術師として、俺を葬ればよかった。それなのに……」  カイがゆらりと一歩踏み出す。瞳に――涙が、浮かぶ。 「――ッ、ずっと、……ずっと、おまえを殺したくて仕方なかった……俺はずっとその気持ちを押し殺してきたのに、おまえは許した……それなら、――それなら、ちゃんと、受け止めろよ! これくらいでくたばってんじゃねえぞ、ジークフリート!」  ヴ、と低い音が響く。カイの周囲に、巨大な魔法陣が浮かぶ。 「そんな蟲じゃ足りないよな、そうだよな――見せてやるよ、だから立て、立てよジークフリート! ――la! la! Cthulhu fhtagn……! 其は「全にして一」「一にして全」――銀河に浮かぶ限りのない空虚。私の祷りは銀の鍵、開くは窮極の門。私の名は、カイ・アイゼンシュミット――祷りを捧ぐ……ここに降臨せよ、”Yog-Sothoth(ヨグ=ソトース)”!!」
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