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異世界詐欺師のなんちゃって経営術 作者:宮地拓海

第一幕

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140話 第五試合 愛の馬鹿食い力

 四回戦までに一勝も出来なかったため、四十区は敗退確定となった。


「いやぁ、ワシも精一杯頑張ったんだがなぁ」


 ガハハと笑い、ハビエルは頭をかく。

 いや、お前は一個も食ってねぇよ。リンゴに向かって「お前イメルダか!?」とか、なんか可哀想な発言をしてただけだったしな。


 四回戦は四十区と四十一区が同率最下位だったわけだが、四十区が敗退したこともあり、協議の結果、五回戦の料理は四十区が担当することになった。


「見せ場がなくなっちまったんだ。料理くらい、な? いいだろ? 頼むよ」


 と、ハビエル渾身の泣き落としだった。デミリーの手前、なんとしてでもその権利を死守したかったのだろう。


 まぁ、そんなわけで、五回戦は四十区の料理で、四十一区、四十二区の一騎打ちとなった。


「いよいよ最終決戦だね」


 ドレスを脱ぎ、偽乳を外し、いつもの格好になったエステラがリンゴをシャクシャク齧りながらやって来る。

 ……なんのアピールだよ。見てたんだろ。分かったよ。


「美味いか?」

「当然さ。四十二区のリンゴだよ? 美味しいに決まってる」


 八分の一にカットされたリンゴをぺろりと平らげ、満足そうに言う。


 お前の気遣いは受け取った。

 そんなつもりで投げた会話だったが、どうやらちゃんと伝わったようだ。

 エステラは満足そうに頷くと、手をぽんぽんと払って観客席に向かって声を上げた。


「五回戦は総力戦だよ! みんな、力の限り応援しよう!」


 エステラの言葉に、その場にいた者が一斉に声を上げる。

 最終試合は応援も込みで、本当の総力戦になりそうだ。


 四十一区のスペースからも殺気が漂ってくる。

 リカルドもVIP室から出て、四十一区待機スペースで観戦するようだ。


 無駄だったかなぁ、VIP室。


「……ヤシロ」


 マグダが俺のそばに来る。

 これから試合に臨むというのに、いつも通り感情の表れない落ち着いた表情をしている。

 もっとも、耳は細かくぴくぴく動いているが。


「緊張してるか?」

「……適度に」


 頭に手を載せ、耳をもふもふする。

 いつもなら即「むふー」となるところだが、緊張からか、そうはならなかった。

 気のせいか、耳のもふもふもいつもより少し硬い気がした。


「……マグダは、絶対に勝つ」


 その発言が、どれだけ危険なものか、マグダなら分かっているはずだ。

 もっとも、この発言に『精霊の審判』を使う気など毛頭ない。ないが、それでも危険であることに変わりはない。


 マグダは、それくらい自分を追い込んで勝ちを得ようとしているのだ。


「負けてもいいぞ」と言ってやるのは、きっと今のマグダには酷なことだ。

 だからと言って「絶対勝て」とも言えない。

 俺がかけてやる言葉なんてのは、そんなにないのだ。


 だから俺は、こんな言葉をかけることにした。


「期待してるぞ」

「……ふむ。任せて」


 ベストを尽くせ。

 それでダメな時は……俺がなんとかする。


 ま、出来たら勝ってくれるとありがたいけどな。



 ――カンカンカンカン!



 スタンバイの鐘が打ち鳴らされる。

 泣いても笑っても最後の試合だ。


「……それじゃあ、行ってくる」

「おう! 行ってこい!」

「マグダさん! 頑張ってください!」

「マグダっちょなら絶対勝てるです!」

「ボクたちは、全員、ここで見ているからね!」

「……心強い」


 マグダはゆっくりと俺たち全員を見渡して、小さく頷いた。


「……マグダの居場所は、ここ」


 そして、顔を上げてしっかりと前を見据える。


「……絶対、守る」


 力強く宣言し、マグダは舞台へと上がる。

 ……居場所、か。


 マグダにとって、最も大切なもの。

 ずっと欲しいと思っていたもの。


 それのためになら、人は強くなれる。そういう強い力を持った大切なもののために、マグダは戦うと言う。

 なら、応援してやらなきゃな。とことんまで。


 舞台へ上がるマグダに声援が飛び四十二区の面々が盛大に盛り上がる中、四十一区の連中からも歓声が上がった。

 向こうの選手が舞台へと上がる。


 白髪にひょろっとした体つき……いや、あれは筋肉が締まっているんだな。しなやかにして強靭、そんな感じの肉付きだ。



「アルヴァロが出てきやがったか」

「ウッセ……」


 突然、俺の背後からウッセが腕組みをしたまま歩いてきた。

 狩猟ギルドの人間だから、あの選手のことを知っていたのだろうが……


「お前、いたのか?」

「いたわ! 昨日も今日も、朝からずっといるからな!? さっきリンゴも食べたしねっ!」


 一切視界に入っていなかった。

 脳が拒否してんのかな? ウッセキャンセラー搭載なのかもしれないな、俺の脳。


「どんなヤツなんだ?」

「強いぜ。今、狩猟ギルドの中でトップ5を決めるなら、確実に食い込んでくるほどの実力を持っていやがる。若いくせに、生意気なヤツだぜ」


 アルヴァロとかいう男は、どう見ても十代……十四か十五くらいに見えた。

 ちなみに、ウッセはどっからどう見てもオッサンだ。妬むなよ、オッサン。


「そう突っかかるなよ。加齢臭のキツさではお前の圧勝じゃねぇか」

「嬉しくねぇわ! つか、キツくねぇよ!」


 必死に吠えるウッセだが、こいつの加齢臭の有無について話している暇はない。

 とっとと核心を聞いておくか。


「で、どれくらい食うんだ?」

「さぁな。あいつが飯を食ってるイメージなんかまるでねぇからな……そんなに食うのか?」


 グスターブと違い、アルヴァロは大食いではないようだ。

 グスターブを四回戦で使ってしまったために、残っていたのは微妙な選手だった……ってことか?

 いや……リカルドのことだ、そんな簡単なもんじゃないだろう……メドラから何か入れ知恵されてるかもしれねぇしな。


「何か秘密がありそうなんだよな……」

「秘密っていやぁ……アルヴァロは変身するぜ」

「変身!?」


 なにそれ!? なんかカッコイイ!?


「レッドか!? クール系だからブルーか!?」

「言ってる意味がさっぱり分からんが……戦闘モードってのがあってな……まぁ、ママみたいなヤツだ」

「メドラ……変身までしやがるのか……」


 脳裏に、巨大な魔獣に変化するメドラの姿が思い浮かぶ。

 もはや、人間の域を超越している。


「お前も見たろうが! ママの頭からぴょこんって耳が出てくるのを!」

「あぁ、あの誰の得にもならない能力な。廃れればいいのに」


 ってことは、あのアルヴァロって男も、気合いを入れれば耳がぴょんと出てくるのか…………男のケモ耳になんの価値がある? くだらん能力だな、つくづく。


「ヤシロさん」

「ほぉう! 店長さんっ!」


 ジネットが俺を呼んだのに、なんでかウッセが超ハイテンションで返事をする。

 お前、いつから『ヤシロさん』になったんだよ。


「いや、今日もまた一段と(チラッ)凄いっつうか(チラッ)元気だな(チラッチラッチラッ)」


 ウッセの視線が正直だ。

 課金制にしてやろうか?


 ……ダメだ、俺が破産する。


「ウッセ、見過ぎ」

「バッ!? み、見てねぇよ!(チラッ)」


 めっちゃ見てんじゃねぇか。


「は、はは、へ、変なこと言うヤツだぜまったく! じゃ、俺はこれで!」


 手と足を同時に前へ出し、ぎくしゃくとウッセが遠ざかっていく。

 狩猟ギルドの情報をもっと聞きたかったのだが……ジネットがいるとあいつは『妖怪・谷間チラリ』になってしまうようだし……ま、いっか。


「で、なんだ? 俺に何か用か?」

「はい! 一緒に応援しましょうね!」

「はい?」


 そんなことを言うために、わざわざやって来たのか?


「マグダさんが頑張れるように、いっぱい応援してあげましょうね」

「あぁ……そうだな」


 マグダが陽だまり亭を居場所だと考えているように、ジネットだって、マグダのことを家族のように思っているのだ。

 応援にも、熱が入るだろうな、そりゃ。


「……応援してやろうぜ、精一杯な」

「はい!」


 頷き合って、舞台へと視線を向ける。


 マグダとアルヴァロはもうすでに席に着いていた。

 二人の前にはシシカバブーのような、長い鉄串に刺さった肉が置かれている。


「また肉か……」

「狩猟ギルドも木こりギルドも、外の森で食事をすることが多いからね。肉を焼くだけで出来る料理が発達するのは自明の理だよ」


 そんなうんちくをどや顔で語るエステラ。

 そういえば、四十二区ではあんまり焼き肉みたいな料理は発達してないな。

 ソーセージとかハンバーグとかがほとんどだ。


「それはね、魔獣の肉はほとんどが四十区や四十一区で消費されてしまうからさ。四十二区に来るのは切れ端や安いミンチ肉ばかりだったんだよ」

「アッスント、昔は露骨に差別してたもんな」

「どっちみち、魔獣の肉なんて高くてそうそう買えなかったからね」


 その結果、ソーセージのような加工品が発達したわけか。


「お兄ちゃん! あのお肉、すごく美味しそうです! あたし、あれなら三本はぺろりとイケるです!」

「普通だなぁ……三本」


 せめて十本とか百本とか言ってもらいたいもんだ。

 まぁ、俺なら一本で十分だがな。


「マグダっちょなら、きっともっとた~っくさん食べるです!」

「そうですね。きっといっぱい食べますね」

「なんたって最終決戦だからね……相手の男も、かなり食べるんじゃないかな?」


 勝負の行方は、始まってみるまで分からない。

 外野の俺たちはただ信じて見つめるしか出来ない…………そして――



 ――ッカーン!



 試合開始の鐘が鳴る。


「「「「いけぇー、マグダぁーーーーー!」」」」

「「「「負けんじゃねぇーぞ、アルヴァロぉぉおおおお!」」」」


 両者とも、熱い声援を受けて、同時に串肉に齧りつく。


「…………あむあむ」

「もぐもぐ……だゼ」


 普通っ!?

 速度、すげぇ普通!?


「なんか、美味しそうに食べてるです……」

「マグダさん、普段は小食な方ですから」


 そうなのだ。

 マグダは『赤モヤ』を使わなければ、そこらの子供程度にしか食わないのだ。


「だ、大丈夫なのかい、ヤシロ!?」

「大丈夫だよ」


 こちらには秘密兵器がある。


「ロレッタが捨て身で言質を取ってくれたろ? アレのおかげで大手を振って『応援』出来るぜ」

「ほぇ!? あ、あたし、なんかしたですか?」


 ロレッタが反則負けを喫した第二回戦。

 リカルドとデミリーは確かに認めたのだ。


『獣特徴を使用して食べることは、ルール上有りだ』と。


 つまり……


「ベッコ!」

「待ち焦がれたでござる!」


 俺の呼びかけに、ベッコが巨大な箱を背負ってやって来る。

 エステラとロレッタが場所をあけ、ベッコは俺の隣へと陣取る。


「これは、一体なんなんだい?」


 ベッコが背負ってきた大きな木箱を見て、エステラが訝しげな表情を見せる。


「こいつは、ウーマロ特製『一匹ずつ出ちゃうんです』だっ!」

「いや、名前を言われても……」

「今ご購入の方には、同じものをもう一つプレゼントだ!」

「うん……いらないからさ、これ、なんなのさ?」


 まるで食いついてこないエステラ。

 お前も女子なら、お買い物魂に火を点けろよ。


「あぁっ! マグダっちょの手が止まったです!」

「えぇっ!? まだ二皿目なのに!?」

「対戦相手の方は、三皿目に入ったところですね」


 アルヴァロも、特に大食いという感じではないが……ノーマル状態のマグダではさすがに荷が重い。

 だが……この『一匹ずつ出ちゃうんです』があれば!


「ベッコ!」

「準備万端でござる! ここでお役に立てるのであれば、あの日の悪夢も報われるというものでござる! さぁ、盛大に暴れるでござるよっ!」


 ベッコが『一匹ずつ出ちゃうんです』に取り付けられたレバーを引くと、箱の中から身の毛もよだつような嫌な音が聞こえてきた。


 ――ブゥ………………ンッ!


 羽音だ。

 それも……巨大なハチの。


 そして、箱から一匹の魔獣が飛び出した。

 手のひらサイズの巨大なハチだ。


「ヤシロッ!? それって!?」


 箱から飛び出したハチを見て、エステラが表情を引き攣らせる。

 同様にジネットとロレッタも顔を強張らせていた。


「そうだ! 以前ベッコが襲われて死にそうな目に遭わされた、エンジュバチだ!」

「そんなヤツをこんなところで放ったりしたら……っ!?」


 心配には及ばねぇぜ、エステラ! 抜かりはない!


「マグダにはあらかじめ、『囮槐おとりえんじゅ』を触らせてある!」


 このエンジュバチは、他の何物にも見向きもせずに囮槐おとりえんじゅへと突進していく習性がある。

 観客に被害が出ることはまずない!


「あ、エンジュバチがマグダっちょに!」


 それを証明するように、解き放たれたエンジュバチは一直線にマグダへ向かって飛んでいった。


「マグダさん、危な…………」


 ジネットが声を上げかけた時――


 マグダの右腕から、赤くモヤモヤとしたオーラが放出され、次の瞬間、「パーン!」と、エンジュバチが破裂した。

 俺たちの目には見えなかったが、デコピンをしたらしい。

 ……マグダとはジャンケンデコピンやらないでおこう。


「…………く、は、ない、よう、です、ね?」


 目の前で繰り広げられた事象にいちいち驚いて、ジネットの言葉が片言になっていた。

 だが、注目すべきはそこではない!


「あっ! マグダが!」


 エステラが指さす先で、完全に手が止まっていたマグダに異変が起こる。


「おかわり!」


 皿に残っていた串肉をぺろりと平らげたのだ。


「『赤モヤ』の力を使わせて、マグダを飢餓状態へさせているんだね!」

「あぁ! 獣特徴を使っても『食いさえすれば』反則にはならない!」


 そう、リカルドが言ったのだ!

 これが反則になるってんなら、二回戦の『チェンジ・ザ・ストマック』も反則だ!


「オイ、コラ、オオバヤシロ!」


 だというのに、隣のスペースからリカルドが乗り込んできやがった。


「これは反則だろう!?」


 とか怒鳴られている間に、二匹目、レッツゴー。


「あぁ、コラ! 言ってるそばから使うんじゃねぇよ!」

「獣特徴の使用は反則じゃないんだろ?」

「あの小娘が自分で使う分には文句は言わねぇが、お前が外から協力するってんなら話は別だ!」


 なんだかんだと、都合よくルールをいじくりやがって。


「じゃあ、領主会議を開いてもらおうか。それでじっくり三時間くらい協議してくれ」

「それじゃあ試合終わっちまうだろうが! で、さり気なく三匹目を放出するな!」


 細かいことを気にする男だな……


「分かった。次から気を付ける」

「次なんかあるかっ! そして、四匹目を出すな!」


 ちらりとマグダを見やる。

 六皿を完食し、現在七皿目が運ばれてきたところだ。


『一匹ずつ出ちゃうんです』の中には三十匹のエンジュバチが入っている。

 アルヴァロとかいうヤツのペースを見ていても、ヤツが三十皿以上食えるとは思えない。

 ……もらったな、この勝負。


「とにかく! あと一回でもそのレバーに触ってみろ! お前らの失格負けにしてやるからな!」

「なんだよもう! いい作戦だと思ったのに!」


 俺は声を荒げ、八つ当たりをするように『一匹ずつ出ちゃうんです』を蹴り倒した。

 それはそれは、『絶妙』な角度で。


 そして、地面へと倒れた『一匹ずつ出ちゃうんです』は、ボキッという音を響かせた。

 音と共に細長い木の棒が宙を舞う。

 レバーだ。


「あっ、いっけね、壊れちゃったー」

「テメェ! ワザとやりやがったろ!?」

「おいおい、怒り任せに蹴り倒して、上手い具合にレバーを破壊するなんてこと、出来ると思うか?」


「思うか?」と尋ねただけで、嘘ではない。ちなみに、出来るんです! ワザとです!


「クッソ! どうなるんだよ、これ!?」

「さぁ? まぁ、蓋が開きっぱなしになる、とか?」

「テメェなぁ!?」


 リカルドが詰め寄ってくるのでぴ~ぴ~と華麗な口笛を吹いて誤魔化す。


『一匹ずつ出ちゃうんです』の内部は、三十個の小部屋に分かれており、一部屋に一匹エンジュバチが入れられている。

 すべての部屋のドアは連動しており、左上から順にドアが開く仕掛けになっている。一つのドアが開くと他のドアはすべてロックされ、内側から外へと押し開けることが可能な外へ続くドアを通過すると、次の部屋のロックが解除される、そういう仕組みだ。


 プログラムで考えると分かりやすいかもしれない。

「A」を通過した後「B」を通過すると「A´」がアクティブになる、みたいなことだ。


 まぁ、要するに、この中に収納されている三十匹のエンジュバチが一匹ずつ放出されるっつうわけだ。

 そうそう、エンジュバチが人間に危害を加える危険なハチであり、また恐ろしいほどに繁殖力が高いため、四十二区では駆除対象魔獣に指定されている。


 なので、エンジュバチを駆除しているマグダには一切の非は無い。

 非があるのだとすれば、わざわざ山からこんな場所へ持ってきて、己の願望のために魔獣を利用している、この俺にかな。


「中止だ! こんな試合は無効だ!」


 リカルドが想像通りの行動に出る。

 なので、こちらも用意しておいた反論をする。


「なに、お前。そうやって負けそうになる度に無かったことにするつもりか? 卑怯者」

「……なんだと?」


 怒りを顔に浮かべるリカルドを煽るように、俺は満面の笑みで言ってやる。


「だってそうだろ? テメェんとこは『チェンジ・ザ・ストマック』なんて奇抜な技使っておいて、相手が予想外の手を使ったら『反則だ』なんて…………先に手のうち明かしておかないと反則にするって言ってるようなもんじゃねぇか」


 切り札は、隠しておくもんだろうが。


「自分の思い通りに行かないと癇癪を起こして『無しだ』『ズルだ』『こんなの認めない』と騒ぎ立てる……お前、それがマジでまかり通ると思ってんの?」

「ドリノの『チェンジ・ザ・ストマック』と、テメェのやってることは全然違うだろうが!」

「騙し討ちには違いないだろうが。あいつがそんな技使えるんだと知ってりゃ、こっちだってそれなりの対策を立てられたんだぜ?」


 四つの胃袋をどう抑え込めばいいかなんて分かりゃしないが、今はそう言っておく。


「もし、この試合を無効だと言うのなら、二回戦のドリノは失格。ついでに、激辛チキンなんてとても食えたもんじゃない料理を出してきた四十区も反則だよな? んじゃあよ、反則のあった二戦目と三戦目、ついでにこの五戦目も無効試合ってことにしようぜ。そうすりゃ、ウチだけが二勝してるってことで、四十二区の優勝だな」

「そんなメチャクチャな理論がまかり通るか!?」

「だったら、大人しく観戦してろよ」

「テメェ……!」


 リカルドが俺の胸倉を掴もうと手を伸ばした、まさにその時。


「ちょっと待ってくれだゼ、領主様!」


 舞台の上から男の声が飛んできた。

 待ったをかけたのは四十一区のアルヴァロだった。


「オレは構わないゼ! この試合、このまま続けようゼ!」

「しかし……っ!」


 リカルドがアルヴァロに反論しようとした時、アルヴァロがニヤリと笑みを浮かべた。

 獲物を見つけた獣のような、獰猛な笑みを。


「その代わり……オレも本気出させてもらうゼ」


「はぁっ!」と、気合いを入れたかと思うと、アルヴァロの全身から真っ白な煙が立ち上る。

 いや、あれは煙じゃない。闘気……オーラだ。

 白いオーラ。


 それは、マグダの『赤モヤ』にそっくりで……


「ほら、よっ、だゼッ!」


 アルヴァロが勢いよく指を弾くと、真っ白な真空波のようなものが発生した。

 その真空波は凄まじい速度で空間を走り、マグダ目掛けて飛来していたエンジュバチを一撃で吹き飛ばしてしまった。


「あぁっ! 腹減った!」


 そう叫ぶと、アルヴァロは皿に載っていた串肉を一口で平らげた。


 そこでようやく気が付いた。

 アルヴァロの顔が変化していた。

 頭の上には虎の耳が生え、鼻から下も虎のような形になっている。

 ただし、マグダと大きく違うのは、その毛並みが真っ白であるということ……


「ビャッコ人族のアルヴァロは、どんな状況でも挑まれた勝負を受けて立ってやるゼ!」


 ビャ……ビャッコ人族…………マグダと同族、だと?


 咄嗟に振り返り、ウッセを睨みつける。


「え? あ、言ってなかったっけか?」

「聞いてねぇわ、あほー!」


 すっとぼけたことを抜かすウッセにはあとでキツイお仕置きをしてやる!


「さぁ! じゃんじゃんエンジュバチを放てばいいゼ! オレの方が、マグダよりも速いんだ、全部撃ち落としてやるゼ!」

「……むぅ。アルヴァロの『飛び爪』は正確無比……エンジュバチの単純な軌道では外すことはまずない……マグダの元にたどり着く前に横取りされる…………困った」


 離れた席に座るマグダとアルヴァロ。

 エンジュバチは『一匹ずつ出ちゃうんです』からマグダに向かって飛んでいく。それも、従順なまでに同じ軌道をたどって。

 それを、離れた席にいながらあのアルヴァロは攻撃出来るのだ。

『飛び爪』とかいう厄介な技を使って。


「実践でなきゃ、オレの『白いシュワシュワしたなんか漂うヤツ』は使えねぇんだが、魔獣がいるなら力を出せるゼ!」


 なんだよ『白シュワ』って!? マグダのパクリか!?

 つまり、マグダの必勝法として俺が考案したエンジュバチ作戦は、そのままアルヴァロが利用出来てしまう方法だったってことか!?


「ヤシロ、マズいよ……」


 エステラが、そばにいるリカルドに聞かれないように配慮して小声で耳打ちしてくる。


「二人の皿の数を見てくれ」


 言われた通り皿を見ると、マグダが十三枚で、アルヴァロが六枚だった。

 マグダの記録は『赤モヤ』を使う前に二皿だった。

 アルヴァロは、さっきエンジュバチを一匹倒して一枚追加されて六枚……


 つまり、エンジュバチは残り十八匹。

 このままじゃ、逆転される……


「よしリカルド! この試合は中止して、もう一回仕切り直してやろう!」

「バカか! テメェが不利になった途端、調子のいいこと言ってんじゃねぇ!」


 なんて自分勝手なヤツだ!


「マグダはアルヴァロみたいにオーラを飛ばすことは出来ない……つまり」

「マグダはもうエンジュバチを倒せない……『赤モヤ』が使えないってことか……」


『赤モヤ』無しでマグダが食べられるのは二本が限界……どうやったって勝てない……


「ヤシロさん! オイラに考えがあるッス!」 


 マグダのピンチに、ウーマロが駆けつける。


「エンジュバチの使用は、もはや双方が認めたも同然ッス。これはつまり、合法ッスよね!?」


 それは、俺にではなくリカルドに向けての言葉だった。


「ふん! もうここまで来たらなんでもありだろうが!」

「言質いただきッス」


 ウーマロがニヤリとほくそ笑む。

 えぇ……ウーマロってそんなキャラだっけ?


「お前……なんかに毒されたんじゃねぇの?」

「確実にヤシロさんッスよ!? 自覚無いッスか!?」


 いやいやいや。

 俺、関係ねぇし。


 とかなんとかやっているうちにも、アルヴァロは飛び爪を使ってエンジュバチを撃退し、それと同じ数だけ串肉を平らげていく。アルヴァロのテーブルに皿が積み上げられている。


「一匹ずつだとあの白トラに全部持ってかれちゃうッス! だったら……」


 きらりと光るウーマロの瞳に、俺はこいつの真意を悟る。


「……出来るのか?」

「無論ッス!」

「そうか……」


 マグダが少々危険な目に遭うかもしれんが……

 視線を向けると、マグダも俺たちの考えを理解しているのか、こくりと明確に頷いた。


 よぉし……それしかねぇなら…………


「おぉい! 四十区の料理番!」


 念のために、一番被害を被りそうなところに断りを入れておく。


「ジャンジャン肉を焼いておけよ!」


 そして、ウーマロに向かって、俺はゴーサインを出す。


「よし! やっちまえ!」

「あいあいッス!」


 ウーマロが、倒れた『一匹ずつ出ちゃうんです』の底面をコツコツと数回叩くと、突然箱が全壊した。コント番組のセットのように、パッカリと面白いように崩壊し、中に閉じ込められていた十数匹のエンジュバチが一斉に外へと飛び出した。


 マグダ……怪我すんじゃねぇぞ!


 一斉にマグダに向かって飛びかかるエンジュバチ。


「あっ! クソッ、飛び爪は連射出来ないんだゼ!? やってくれるゼ、まったく!」


 アルヴァロが大慌てで飛び爪を飛ばす。

 数匹はそれで迎撃出来たが、すべてというわけにはいかなかった。

 飛び爪を掻い潜りマグダの元まで飛んでいったエンジュバチを、マグダが確実に仕留めていく。

 そして、双方退治したエンジュバチと同じ数だけ串肉を食らう。

 皿が積み上がる。


 案の定、この数分の間で悲鳴を上げたのは他でもない、四十区の料理番たちだった。


「ヤシロさん、エンジュバチが全滅したッス!」

「皿の数は!?」


 マグダのテーブルを見ると、皿が二十枚積まれていた。

 そして、アルヴァロの方はというと……十九枚。


「よっしゃあ!」


 アルヴァロの猛攻も、マグダに追いつくことは出来なかった。

 これで勝……


「おかわり頼むゼ!」


 エンジュバチがいなくなったというのに、アルヴァロがおかわりを頼む。


「勝ったつもりなんだったら、甘いゼ! オレは、まだ食えるゼ!」

「なに……っ!?」


『精霊の審判』が存在するこの街ではあり得ないことなのだが、ハッタリであってほしいと願った。

 だが……


「おかわりだゼ!」


 アルヴァロは一皿を平らげ、さらにおかわりを要求しやがった。

 ハッタリじゃねぇのかよ!?


「あ、あの、ヤシロさん……お皿の数が……」


 ジネットが青い顔をして呟く。

 テーブルに積み上げられた皿の数は、どちらも二十枚……並ばれてしまった。


 ヤバイ……マグダはもう限界だ。もう一皿だって食えるはずが…………


「……おかわり」


 いつもの平坦な声で、マグダがおかわりを頼む。

 涼しい顔をしているが……


「な、なぁ、ヤシロ! マグダって、あの赤いヤツ使った後胃袋がリセットされてまた食えるようになるのか?」


 デリアが希望を込めてそんな質問をしてくるが……それは無い。

 マグダは『赤モヤ』を使うと飢餓状態のバーサーカーモードに陥り、そして『満腹』になることで落ち着きを取り戻すのだ。

 今現在、マグダが冷静でいられるということは、マグダは『満腹』のはずなのだ。


 もう一口だって食えるわけ、ないのだ。


 なのに、マグダは新たに用意された、肉汁たっぷりの、胃にずしりと来そうな肉の塊に齧りつく。


「マグダッ! あんま無理するな!」


 そんな言葉を発した自分に、俺が一番驚いていた。

 けど、言わずにはいられなかった。

 マグダが、無理をしているのがはっきりと分かったから。


「おかわりだゼ!」


 アルヴァロはまだ行けそうだ……これは、勝てない。けど、いいじゃねぇか。


 そうだ。負けたって別にいい!

 そうしたらそうしたで、俺がなんとか理由を付けて街門を作れるよう手を回してやる。

 たとえ工期が遅れようとも、絶対に完成させてやる。


 だから、今は負けたって別に……


「……無理は、する」


 肉に口をつけたまま、俯いたままで、マグダが呟く。

 俺たちは誰も言葉を発せず、マグダの声を聞いていた。


「……マグダは、どんなことだってする…………負けないために……」


 ガブリと、肉に噛みつく。

 食らい尽くそうという意気込みは感じる、本気度も伝わってくる。

 しかし、食べる速度が上がらない。どんなに咀嚼しても、肉が喉を通っていっていない。

 体がもう、食べることを拒否しているのだ。


「……マグダは…………勝つ。四十二区のために…………陽だまり亭のために…………店長やロレッタや……店に来てくれる、みんなのために………………そして……」


 グッと顔を上げたマグダの顔は、涙に濡れてぐしゃぐしゃになっていた。


「……ヤシロのためにっ」


 口の中に肉を詰め込み、頬がパンパンに膨らんでいる。

 もぐもぐと咀嚼するも、「……うっ」と吐き気が込み上げてきて上手く飲み込めないでいる。


 マグダはもう、限界なのだ。

 それに反し、アルヴァロはさらに皿を積み上げた。


 棄権させるべきだ。

 これ以上無理をさせたら、以前のベルティーナのように倒れてしまう。

 マグダに、そんなつらい思いさせられねぇよ。

 ジネットだって心配するだろうし……俺だって…………


「マグダさんっ!」


 ジネットが叫ぶ。

 悲痛な響きが会場中に響く。


 目に涙を溜め、懸命に言葉を絞り出そうとしている。

 ジネットは、マグダを止めたいのだろう。

 分かるぞ、その気持ち……俺だって、止め…………


「頑張ってくださいっ!」


 ……え?


「そうです! マグダっちょ! 頑張って、意地でも真似っ子白トラに勝つです!」


 おいおい……


「マグダ! 君が勝ったら、ボクは君を誇りに思うよ! 心からの称賛を贈るよ!」


 いやいや、何言ってんだよ……


「マグダたん! ここで勝ってこそ、オイラのマグダたんッスー!」


 お前ら……正気か?


「マグダー! あたいたちが付いてるぞー!」

「獣人族の根性、見せてやるさね!」

「ぁの……っ! が、がんばってくださぁーい!」

「カンタルチカのライバル、陽だまり亭の意地、見せてよねっ!」

「マグダ、あんたが勝ったら、ウチの卵で甘い卵焼き作ってあげるから!」

「マグダ氏! 勝利の暁には、拙者、マグダ氏を称える像を彫らせてもらうでござる!」

「イケぇマグダ! 狩猟ギルド四十二区支部は、本部にも負けねぇってとこ、見せてやれ!」

「マグダさん! このワタクシに勝利を捧げなさいまし! その栄誉を称えて差し上げますわ!」

「マグダー!」

「マグダァアー!」

「マグダちゃーん!」

「マグダおねーちゃん!」

「せんぱーい!」

「ししょー!」


 会場にいる、四十二区の連中全員が、マグダに『ガンバレ』と言う。

 もう十分過ぎるほど頑張ったろうが。


「……マグダは…………負けないっ」


 応援に背中を押され、マグダが二十二皿目を完食する。


「……おかわり」


 まだやるのかよ……

 マグダの目は、苦しさに歪みながらも、勝つことを諦めてはいなかった。


「マグダー!」

「がんばってー!」


 俺には出来ない。

 他人に、これほどの努力を、苦労を、苦痛を強要することなど……


 それは、俺が他人を信用していなかったから。

 人間は弱い。

 つらいことからはすぐにでも逃げたがる。


 ここ一番という場面で、他人に苦痛を強いるなど……それで成果を期待するなど……出来るはずがない。

 不確定にして非現実的。


 人間は、誰かのためには動けない。

 どんな御託を並べようとも、それは結局自分のためなのだ。


 人間は、自分のためにしか本気を出せない生き物のはずだ……


 他人を信じると……いつか必ずがっかりする時が来る……こんなはずじゃなかったと、後悔する時が来る。

 勝手な思い込みで相手の人間性を決めつけ、意に沿わない部分を知って勝手に絶望する。

 そんな愚かな失望はもう御免だ。

 失望するのも、されるのも、もう、こりごりなんだ。


 マグダ。

 つらいだろ?

 苦しいだろ?

 やめちゃえよ。


 それにさ、どうせ「負けない」つったって、負ける時は負けるんだぜ?

 相手が悪けりゃ、逆立ちしたって敵わないもんなんだ。

 精神論だけじゃどうにもならないことだってあるんだよ。


「あぁっ! また一皿、差をあけられてしまいました!」


 ほら見ろよ……体格差、経験、年齢、性別、人種……どうしようもねぇことなんて、いくらでもあるんだよ。


「こうなったら! オイラがマグダたんに襲いかかって、『赤モヤ』で撃退されてくるッス!」

「バカかい、君は!? 大怪我どころじゃ済まないよ!?」

「けど、エステラさん、マグダたんを見てッス!」


 ウーマロの言葉に、俺もつられてマグダを見てしまった。


「マグダたんのあの目を見るッス! あの目は……マグダたんは、勝ちたがってるッス!」


 マグダの目は、涙に濡れながらも、爛々と輝きを放っていた。

 諦めてなるものかと……食事を拒絶する体を脳を、意志だけで黙らせようと足掻いているようだった。


 そんなことしても……現実は厳しいのに…………常識的に考えりゃ、そんなの……


「……現実…………常識……?」


 ふふ、何言ってんだろうな。

 詐欺師のくせに……


 現実を嘘で覆い隠し、常識を覆すのが詐欺師だろうが…………


 つらい現実を忘れさせて、甘い夢を見せてやるのが、詐欺師ってもんだろうが。



「マグダァァー!」


 気が付いた時、俺は叫んでいた。

 あ~ぁ、これダメなヤツだ。

 心がカッカして、冷静な判断が出来てなくて……あとで思い出すと死にそうなほど恥ずかしいこととか口走っちゃう感じのヤツだよ、これ。


 ……ふん、知ったことか。

 やってやろうじゃねぇかっ!


 人間の脳みそなんてのは騙されるために作られたんじゃないかってほど簡単に騙せるのだ。

 ど素人が作った料理でも、一流料亭で出されりゃ美味いと感じるし、偽薬なんかただの栄養剤のくせに医者からもらった薬だってだけで病気は治っちまう。怖いと思えば幽霊っぽいものを幻視するし、カッコいいカッコいいと言われ続けりゃそうでもない顔でも自信が持てたりするものなのだ。


 そんな純粋ピュアな脳みそを詐欺にかけるなんざ朝飯前だぜ。


「もし、お前が勝てたら……っ!」


 言っている間に、アルヴァロが皿を重ねおかわりを頼む。

 差が二皿に広がった。

 砂時計の砂はもうほとんど残っていない。

 あと、五分……


 俺はこれまでの記憶を一気に遡る。

 思い出すのだ……マグダにかけるべき言葉は何か……マグダの脳が有頂天になって底力を発揮してくれる言葉は何か…………それを『思い出す』。

 考えるんじゃない。

 今ここで作り上げた新しい言葉じゃ、マグダの深層心理には届かない。


「頑張れ」と言われても、頑張れないのだ。

「踏ん張れ」と言われても、踏ん張れないのだ。


 他の誰でもない、俺とマグダだから伝わる言葉があるはずだ。

 これまで、一緒に過ごしてきた時間の中に、マグダが本当に求めている、脳みそを有頂天に出来る言葉が…………


 そして、たどり着いたのは、きっと他のヤツには真似出来ない、俺しか言ってやることが出来ない、そんな言葉だった。


 もし、マグダが勝てたら……


「鼻かぷしてやる!」

「……っ!?」


 マグダの耳がピンと立つ。

 涙に濡れていた瞳がきらりと輝き、涙が一瞬で乾く。


 そして、手に持った串肉を……一口で平らげた。丸のみだ。


「……おかわりっ」


 砂時計の砂が落ちていく。

 あと二分。


「……添い寝と子守唄も要求する」


 串肉を待つ間、マグダが追加注文を寄越してきた。

 ふふ……調子に乗るのは、脳みそが有頂天になっている証拠か……


「いいだろう! 昔話もつけてやる!」

「……契約、完了」


 新しい串肉が目の前に置かれると同時に、マグダはそれを奪い取り、小さな体からは想像も出来ないような大口を開け齧りつく。

 丸裸になった鉄串を放り投げ、皿を積む。並んだ!


「おかわりだゼ!」

「……おかわり」


 残りは、一分。


 同時に新しい串肉が置かれる、

 鉄串を両手で持って齧りつくアルヴァロに対し、マグダは肉を手掴みで口の中へと詰め込んでいく。


 そして、残り三十秒の段階で……


「……おかわり」


 アルヴァロを抜いた。

 しかしアルヴァロの肉も完食間近だ。


 このままでは同点か……と、思われた時――


「……早くっ!」


 マグダが、叫んだ。

 いつもいつも無表情だった顔に、焦りと、怒りと、そして確かな自信が浮かんでいた。


 残り十秒になったところでマグダの前に新しい串肉が置かれる。


「お、おかわりだゼッ!」


 あとを追うアルヴァロが慌てておかわりを頼むが……もう遅いっ!


「マグダァ! ジネットと川の字もつけるぞぉ!」

「ふぇえ!? あ、あの………………えっと…………はい! おつけいたしますっ!」


「カッ!」と、マグダの目が見開かれる。


 砂粒が流れるように落ちていき……すべての砂が落下し終えるほんの少し前……


「……おかわりっ!」


 マグダが次の串肉を要求した。



 ――カンカンカンカーン!



「……む?」


 打ち鳴らされた鐘の音の意味が分からないのか、マグダは不服そうに首を傾げる。

 だが、意味を理解していないのはマグダだけだった。


 その証拠に……


「マグダぁ!」

「凄いです、マグダさん!」

「よくやったよ!」

「マグダっちょ! えらいです!」


 俺たちは舞台に上がり、マグダへと殺到し、観客席からは大地を揺るがすような大歓声が轟いていた。


「…………? ……次のお肉は?」


 キョトンとするマグダ。

 その頭をわっしゃわっしゃと撫でながら、俺はマグダにテーブルの上の皿を見せてやる。


 マグダのテーブルには完食済みの皿が二十六枚、対するアルヴァロのテーブルには二十五枚。


「……勝った、の?」


 キョトンとするマグダが、なんだか堪らなく可愛く思えて……


「勝ったんだよぉ! さすがマグダだ! お前は最高だっ!」

「はい! マグダさんは最高です!」


 小さなその体を抱え上げていた。

 まるで高い高いをするかのように。

 それを隣に立ち見守るジネット。


 マグダの顔に、微かだが……笑みが浮かんだ。


「よぉし! マグダを胴上げだぁ!」

「「「「おおーっ!」」」」


 みんなが集まってきて、マグダの体をぽんぽんと放り投げる。


「わーっしょい! わーっしょい!」と、威勢のいい掛け声が上がる度にマグダの体が宙を舞う。

 そんな中、マグダは……


「……うっ、吐く……」

「胴上げやめー! 即刻中止―!」


 危なく、リバースの雨にさらされるところだった……まぁ、腹一杯食った後で胴上げとか、拷問だよな、よく考えたら。


 青い顔をしてフラフラしていたマグダだったが、シャキッと背筋を伸ばし、俺を見上げて、こんなことを言ってきた。


「……マグダは、みんなに一言、言いたいことがある」


 ここにいる連中、そして観客席にいる連中。そのすべてがマグダに熱い声援を送っていたのだ。

「ありがとう」の一言でも言いたくなる気持ちは分からんではない。

 だから俺はマグダを舞台の真ん中へといざなって観客席に向かって立たせた。


 マグダが何かを言うと察し、会場の話し声が徐々に止んでいく。

 しん……と、会場が静けさに包まれた。

 その静けさの中、マグダはいつもの平坦な、けれどよく通る声で、本当にたった一言だけを呟いた。



「……敬うがいい」



 会場から、割れんばかりの拍手と爆笑が聞こえてきた。

 ……こいつ、これだけギリギリの緊迫した戦いを終えて出た言葉がそれか?

 こいつは将来、大物になるかもしれんな。


「……ヤシロ」


 大きくうねりをあげる爆笑の中で、マグダはこちらを振り返る。

 俺の目をしっかり見つめて、そしてVサインを向けてきた。


「……約束、守った」

「あぁ。お前は、最高だよ、マグダ」


 頭に手を載せて、耳をもふもふする。


「……むふー!」


 マグダの緊張も解れたか。

 そりゃそうか、試合は終わったんだ。

 全五試合、すべてが。


 そして、三勝二敗という成績を残し……





 大食い大会は、四十二区の優勝で幕を閉じた。







いつもありがとうございます。



レビューいただきましたっ! (ノ^∇^)ノ ヒャッホイ


感想欄ではお馴染みの方に書いていただいちゃいました。期間にすると二ヶ月ほどなんですが、本編的には豪雪期の頃ですので、なんだか随分前のような気がしますね。年明け前ですしね。


まず主張があり、そこに至る経緯が語られ、最終的には読み手に投げかけるという、ディスカッションとかスピーチのような、語りかけるような構成の文章で、分かりやすくインパクトのある作りだなと思いました。面白いですね。

ラスト一文は、未読の方には「どんなキャラなんだろう?」と思わせると同時に既読の方には「俺はこっちのキャラの方が!」と思わず持論を展開したくさせるような、ある種挑戦的とも言える深みのある締め方でした。


読む人をしっかりと意識した、入りやすくしっかり届く、そんなレビューでした。


どうもありがとうございました!!







と、


いう、



わけでっ!





四十二区、優勝ですっ!


\( ̄∇ ̄ *)ノ\( ̄∇ ̄ *)ノ いぇ~い! \(*  ̄∇ ̄)ノ\(*  ̄∇ ̄)ノ 



アナウンサー「この感動を、誰に伝えたいですか?」

ジネット「はい、裏庭に生えているブナシメジに!」


今回も小狡い手を使いましたねぇ……


そして、この大会のためのカレー回だったりしたわけです。

リンゴとハチミツ。こんな使い方をしてみました。


一応、前々に言質を取っていたのでなんとでも言いくるめられると踏んでのエンジュバチ作戦でした。

そもそも、マグダを出す時点で『赤モヤ』は必須だったわけで……

つまり最初から、ヤシロの中には「ズルをしてでも勝つ!」という思いがあったんでしょうね。


色々読みが外れ、全然スマートではない勝ち方しか出来なかったヤシロは、

やっぱりちょっと変わってしまったのかもしれません。

それは良くも悪くも……



そこら辺に、ヤシロは違和感を覚えているようで…………




次回から、ヤシロモヤモヤターンに入ってしまいます!

モヤモヤがお嫌いな方、苦手な方はまとめ読みを推奨します!


150話まで行ったら、まとめてお読みください。9月28日(予定)です。




と、いうわけで、

もうそろそろお気付きの方も多いでしょうが、

本作、『異世界詐欺師のなんちゃって経営術』は、




150話で完結いたしますっ!!




多くの方に見守っていただきました本作も、なんとか当初の予定通り完結出来そうです!

前作同様、150話で完結となります。

(今作は挿話を挟んだために「150部」ではないですが、本編「150話」ということで)


始めたものはきちんと完結させるのが、書き手の責任ではないかと思います。

一度、この先のお話できちっと決着をつけたいと思います。



ヤシロは色々なことに手を出したように見えますが、実はどれもこれもが、

『陽だまり亭の経営状態を改善する』という理由から始まっており、

どれだけ多くの人を巻き込もうとも、最後には陽だまり亭へと収束していく。

と、そこだけはブレずに書けたのではないかなと思います。


陽だまり亭で出会った少年と少女の成長物語も、もう少しで一つの決着を見ます。


が、その前にヤシロがモヤモヤモヤモヤしちゃいます。

苦手な方は9月28日(予定)にまとめ読みをお願いします!


気分的には、こう……「作者急病のため10日間お休みします」だと思ってもらって……

あ、あれです、「作者が休んだつもりストック」!


10日くらい空くお話も多々あるようですし、そんなお話の一つだと思って、

モヤモヤされませんよう、ご留意くださいませ。



最後まで頑張りますっ!(ピシッ!)





と、綺麗に締めたところで、蛇足なSSを……




――大会初日、デリアを苦戦に追い込んだ四十区の激辛チキンを入手した一行


ヤシロ「これが、あの時のチキンだ」

ジネット「なんでも、魔獣の肉に押されて売り上げが伸びなかったチキンをどうにか売ろうと試行錯誤した結果誕生した物らしいですよ」

エステラ「変わり種にすれば、ある種のファンが付くことはあるからね」

ロレッタ「地獄のように赤いです……」

マグダ「……食べ物の色じゃない」

ヤシロ「で、これがどれくらい辛いのかを試してみようと思ってな」

エステラ「これを食べるのかい?」

ジネット「なんと言いますか……見ているだけで……こう……」

ヤシロ「『お尻が痛くなってくる』?」

ジネット「そんなこと言いませんよっ!?」

ヤシロ「というわけで、エステラ。レディファーストだ」

エステラ「お断りだよ!」

ジネット「これを食べる勇気は、ちょっと……ありませんね」

マグダ「……せめて匂いだけでも…………くんくn……………………キシャー!」

ロレッタ「マグダっちょが匂いだけで威嚇を!?」

エステラ「相当辛いんだろうね」

ジネット「匂いだけで辛かったんですね……」

ヤシロ「いくらなんでも大袈裟だろう。ちょっと赤いだけじゃねぇか」

エステラ「そう思うなら、ヤシロが食べてみなよ」

ヤシロ「俺、お笑い担当じゃないから……」

エステラ「お笑い部門で独走中のヤシロが何言ってんのさ!?」

ヤシロ「失敬な! 誰がトップランナーだ!?」

エステラ「カッコいい言い方したね、随分とまた!?」

ヤシロ「このままじゃ埒が明かんな……しょうがねぇ、俺が食うか」


――ヤシロ、指先に激辛チキンの表面についた粉をつけて……人差し指を咥える


ジネット「ヤシロさんっ!?」

ヤシロ「……うん。こんなもんか」

ロレッタ「お、お兄ちゃん、……だ、大丈夫です?」

ヤシロ「ん? 俺は全然平気だぞ?」

ロレッタ「見た目より、そんなに辛くないですかね?」

ヤシロ「お前もやってみるか?」

ロレッタ「はいです。指に付けて舐めるくらいなら、平気な気がするです」


――ロレッタ、人差し指の先に激辛チキンの粉をつけて、人差し指を咥える


ロレッタ「っ!? からっ!? うっ、かっ、辛いですぅぅぅぅううーっ!?」


――ロレッタ、口を押さえ悶絶する


ロレッタ「く、空気が入ると、辛いです! しゃべると辛いですぅ!」

マグダ「……それでもしゃべる……プロ根性っ」

ジネット「ロ、ロレッタさん、あの、熱いお茶しかありませんが、よければどうぞ!」

ロレッタ「辛い時に熱いお茶は一番やっちゃダメなヤツです!」

エステラ「ロレッタ…………ちゃんと見てないからだよ」


――エステラ、ヤシロの腕を掴み、グイッと持ち上げる


エステラ「ヤシロは、『中指』の指先に粉をつけて、『人差し指』を咥えたんだよ」

ヤシロ「よく見てたな」

エステラ「君の行動を見逃すと、全部自分に返ってくるからね!」

ロレッタ「ズ…………ズルいです、お兄ちゃ…………ガク」

ジネット「ロレッタさん! ロレッタさぁーん!」

ヤシロ「結論。これは食えない」

エステラ「最初から分かってたことじゃないか……あ~ぁ、ロレッタ……可哀想に」




――中指につけて人差し指を舐める。

覚えておいででしょうか? レジーナの薬を舐めた際にやったやつです。(『29話 信じてやるよ』)

意外と気付かれないので、どこかでチャンスがあればやってみてください。……でも、あまり酷いことはしちゃダメですよ?




次回もよろしくお願いいたします。



宮地拓海

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