2017/07/09
コイガサキはレアジャンクをみつけた!
【趣味のきっかけ】恋ヶ崎みやび編
コイガサキである。
今日は趣味のなれそめ語りとのことなので、珍しく真面目に回答したいと思う。時は西暦2000年。まだ生まれて物心着く前のコイガサキは、神より天啓を受けた。「この世にうち捨てられ彷徨う基板やIC、LSIを救済してまわるのです。それこそが貴方がこの世に生を受けた理由。そして使命」
そこでコイガサキは天啓に従い、街中のうち捨てられたレアジャンクを救済することにした。生まれ故郷の土佐の村ではそもそも基板自体が殆ど存在しなかった。たまに見つけても、全く意味不明な8ビットPCの専用拡張ボードか、ファクトリーオートメーション専用マスィーンの巨大基板かどちらかである。その大きさには目を見張るものがあり、レベルの低かった勇者コイガサキにとってそれはお宝に見えたが、実際レベルが上がっていくと、それらが発動すべく条件の厳しさとそれに反する効果の薄さに気づき、徐々に失望していくことになる。
そしてコイガサキは決意した。このままでは全世界の基板を救済するなど夢のまた夢。やはり旅に出なければならぬ。そう、基板の都にして魑魅魍魎基板の跋扈する都、とうきょうへ…。こうしてコイガサキは、慣れ親しんだ楽園土佐の村を泣く泣く去り、過酷なジャンクの地、とうきょうへと向かって旅立つのであった。
とうきょうに辿り着いたコイガサキは、そのレベルの高さに驚愕する。約束の地あきはばらでは、彼女が探し求めていたものが無限に存在するかに見えた。中でも当時、まだヒヨッコだったコイガサキが目を奪われ、そして彼女にレベルアップの為の力を与えたのがCバスだった。Cバスには様々な効果を持つ基板が存在し、しかも数が多く、更には激安、その発動にかかるコストもまた激安だった。1000円もあれば10枚は買え、それらは全て1つのマシンによって発動可能だったのである。特にコイガサキのレベルを上げることに貢献したのが、図にも掲載されているこれである、RS-232C基板。コイガサキがネットワークの知識を得てハカーへジョブチェンジする為の第一歩は、この基板の救済によって行われたと言っても過言ではない。この基板にはネットワークの基礎とも言えるすべてが詰まっていたのだから。
そう、RS-232Cで得た情報伝送の呪文は、後に、更にハイレベルなEthernetによるTCP/IPプロトコルの呪文修得に大いに役立った。それはハカーにとっては、息をするレベルでの修得が必要なものである。そう考えると、Cバスはコイガサキにとっては神から授けられた基板だったと言っても過言ではなかろう。
勇者コイガサキの武勇伝はまだまだ続くが、筆者が疲れたため今回はこの辺で筆を置こうと思う。だがしかし、また刻来たる時、運命の存在に出逢えた暁には、夜を明かし無限エンドレスで語り尽くそうではないか。アミーゴ。
2017/07/08
私と銃
【趣味のきっかけ】ガブリエラ編
久し振りに来たと思えば、今回は「趣味のきっかけ」ですって!
何の話をしようかちょっとなやんだけど、日本のことはいつもお話ししてるから、今回は銃についての話をしようかしら。まあ、銃は趣味…というよりは、趣味と実益を兼ねたもの、というところだけど。私にとっては命と同じくらいの存在よね。
銃というものにいつ触れ始めたかなんて、もう全然覚えてないわね。物心着いた頃からだったから。もちろん最初は実弾なんて入れてなかったわよ。お父様がとても凄腕の銃士で、あ、うちのお父様はポーランドの軍人なんだけど、毎年開催されていた射撃大会でいつもトップだったのよ。それもあって銃っていうものはとても身近なものだったのよね。お父様が銃のお手入れをしている時にずっと眺めていたりしてたのは、微かにだけど覚えてるわ。
で、どういう理由かまでは覚えてないんだけど、初等部の頃から銃の訓練を始めたのよ。多分、情勢不安もあって、早いうちから自分で自分の身を守れるように、ということでだったんじゃないかしら。とにかくそんなこともあって、然るべき場所で銃を習っていたんだけど、何でもその頃からとっても精度が高かったっていう話ね。みんなすごく驚いていたけど、よく「お父様の血が流れてるから」って言われたわね。でもそもそも、銃のスキルって遺伝するのかしら。
そんな感じだったから、もはや銃のない日常って考えられないのよ。もちろん、人を撃つのは好きじゃないわ。でもずっと長い間、毎日お手入れしたりしてると、だんだん銃が単なるモノじゃなくなってくるのよね。みやび風に言えば「相棒」っていうヤツ?
だって、お手入れサボったりするとすぐに拗ねるし、ちゃんとしてあげると期待に応えてくれる。本当にこの子は生きてるんじゃないかしら?って思う事も、よくあるんだもの。この感覚、分かってもらえるかしらね!
とにかくそんなわけだから、私にとって銃は特別なものなの。
別に、日々撃っていたいから持ってるワケじゃないの。そこのところを分かってもらえたら嬉しいわね。むしろ、銃をモノじゃなくて相棒として大事にするようになってから、如何に「撃たない」ことが大事で尊いことか、わかった気がするもの。
それじゃ、またね。
2017/07/06
パペットを作るようになったきっかけ(^^
【趣味のきっかけ】國政綾水編
こんにちは、あやみです。ご無沙汰してます!(^^;
今回は趣味のきっかけ…っていうことなので、私がパペットを作ったりするようになったきっかけの話をしようかと思います。
結構曖昧なところはあるんだけど、小学校の頃から低学年の子の相手をしたりまとめたりするのが好きで…というか、そういうのが上手だって先生から思われていたみたいで、集団登校の時とかもよくリーダーやってたりしていたんです。集団登校って、地区の子がみんなで集まって列を作って学校に行くものなんだけど(もしかしてローカルネタ??(^^;;)、やっぱり低学年の子って好奇心旺盛でしょ? だから、すぐにあっちフラフラこっちフラフラして大変なんです。そこで、登校しながらしりとりみたいなゲームしたりするようになったのですが、ある日学校行事用にパペットを持っていった事があって。せっかくだからと思って、それを使って寸劇をしながら登校したらみんな大喜び!みたいなことがあって。それが「関連するいい思い出」としては一番昔のことかもしれません。
それ以降も子供会とか(地区の子が集まってレクリエーションするの。もしかしてこれもローカル?)、午後の集いとか(1ヶ月に1回くらいある、レクリエーション大会だったんだけど、これももしかするとローカルかも)の度に「パペットやったらウケるかな~」みたいなのをいつも思うようになって。そんなだったから、家庭科で裁縫を習う前から見よう見まねで作っていた感じなんです。もちろんその頃は、てるてる坊主みたいな出来でしたけど。
そんなことも相まって、裁縫ができるようになってミシンに目覚めてからは、何か気になるもの(特にゆるキャラとか!)があると「それが作りたい」って思っては作ってた気がします。剣道の朝練とかある中、夜も結構遅くまで作ってたときがあったから、当時は体力が有り余っていたんでしょうね。
大学になってからは、「子供に幸せをプレゼントするサークルです」っていうキャッチに惹かれて、今の人形劇サークルに入りました。
ちょっと長くなっちゃったし、全然オモシロエピソードでもなんでもなくてごめんなさい(´o`;
それじゃ、またね(^ε^)-☆!!