2017/09/09
Floccinaucinihilipilificator
【歌詞解説】④
こんにちは、土屋です。
今回は第4回目、神楽の歌う曲について、様々なエピソードや歌詞の意味を紹介して行きたいと思います。
※歌詞はフルバージョンのものです。
※フルバージョンの楽曲は、PlayMusic、iTunes、AmazonDigitalMusic、レコチョク、mora、アニメロ、e-onkyo等で好評配信中です(サイトによってはハイレゾ版もあります)
Floccinaucinihilipilificator
作詞:鈴木静那 作曲:大川茂伸 編曲:大川茂伸 語り:土屋暁
謳い狂う 壊れても
自動人形(カラクリ)のように
ああ何度も何度も謳う
声を失くした少女
何度も祈った
硝子の森 響かせ
また謳えたら
その涙を見た青い鳥
笑って少女の願いを叶えた
謳いましょう 壊れても
心配いらない
もう怖いものはなにもない
ハライドの加護(かご)承(う)け
契約しましょう
さあ いっしょに羽ばたきましょう
唄奏でる人形(ひとがた)
見つめる眼差し
「キミの歌が大好き、もっと聞かせてよ」
青い鳥の囁く聲(こえ)が
錆びつくココロの歯車狂わす
私の微笑みは全てが偽り、貴方はそれを知っているの?
知らないでしょうね、いいえ、知らないでいて欲しい。
そんな貴方の全てを壊したいから。
ガラスのように透き通った貴方のハートを粉々に割って、
私の黒曜石のようなそれも粉々に砕いて、
一つに混ぜて一気に飲み干すの。
そんな衝動こそが私の原動力、
それこそが最高の麻薬、貴方への愛の形。
知っていますか?
青い鳥にもまた、生みの親はいるということを。
謳い狂う 壊れても
自動人形(カラクリ)のように
もう怖いものはなにもない
闇へと隠した
ココロの奥は
もう 誰にもわかりはしない
謳いましょう 壊れても
カケラになっても
もう守るものはなにもない
青い鳥朱く染め
自由になるの
さあ 翼を剥がしてあげる
少女は語る
「奇蹟で翔(と)べるでしょう?」
その囀(さえず)りが叶うなら
摩天楼 駆け抜け
貴方と旅立つの
ちょっとやりすぎたかと思ったところ、公開してみれば予想以上に評判が良かったような気がします。歌詞楽曲共に、いわゆる中二成分満載ですが、やはり特筆すべきはタイトルかと思います。
Floccinaucinihilipilificator。単語テストで出題されたら暴動が起きるレベルの単語ですが、実在する英単語です。
「無価値(無益、無意味)とみなすこと」「軽視(蔑視)癖」という意味を持つ単語
Floccinaucinihilipilificationを「使い手」にしたもので、「無価値とみなす存在」「蔑視癖屋」といったところでしょうか。神楽は作中でも「軽蔑してもいいんですよ?」と発言するシーンがありますが、この単語は彼女の心を把握する上で重要なものです。今回は歌詞解説であって、彼女の心理描写を説明するものではありませんから、この話はこれくらいにしておきましょう。
さて、詞と曲についてですが、勿論色々とお話できることは沢山あるのですが、なにぶんネタバレが酷く、詞の意味などについてはあまり公言できないのが実状です。なので、限界ギリギリまでお伝えしますが、やはり少しばかり物足りなさが残るかもしれないところだけはご容赦ください。
このタイトルの詞は、大元の心理描写を私が書きまして、それを作詞家さんに送り、詞にしていただいたものです。ただ、その心理描写があまりにアレだったのか、上がってきた歌詞はとても綺麗なものになっていました。普段であればとても素敵な詞だったのですが、今回表現したいのはもっとドロッとした厨二成分を含む、何をし出すか分からないような雰囲気でしたので、私の方で厨二的な単語を提案差し上げたりしつつ、現状の形になりました。毎度同じ事を言いますが、本当に作詞家さんにはご迷惑お掛けしております。またワガママな注文に快くご対応頂きありがとうございました。
メロディがあるところについては、「一緒にアニメを見る」で神楽さんも解説してくれてますが、わりと自分が今現実で思っている事をそのまま詞にしたものになっています。ただ、詞の世界観(表現)として1つ、些細なギミックが入っています。昨日のガブリエラ曲で「赤と白、ポーランドと日本」という話をしましたが、それの神楽版みたいなものです。
具体的にお伝えしますと、この詞は生粋のファンタジーを表現しているように見えますが、実は舞台は現代の東京なんです。その仕掛けである単語を幾つか挙げますと「硝子の森」「ハライド」「摩天楼」です。摩天楼は高層ビルの事ですから、最後まで聞けば何となく想像は着くかもしれませんが、「硝子の森」「ハライド」は、敢えてファンタジーっぽい表現を選んで潜めています。硝子の森とは、湾岸付近を中心にここ数年で乱立している硝子張りのビルのこと、そしてハライドとは街灯のことです。街灯にはハライドランプというものが使われています。
すなわち「硝子の森響かせ歌う」とは、都市圏にその姿を蔓延させること、もっと具体的に言えば、渋谷QFRONTの巨大な硝子越しのデジタルサイネージに、FreyMENOWのMVやライブ情報が映し出されたり、街中の街頭スピーカーからFreyMENOWの曲が流れ、響かせることを意味しています。そして「ハライドの加護承け」は、深夜に街灯の下で、その光りに照らされながら契約をした、という、都会独特の神秘的表現を目指しているものです。
魔女と青い鳥と契約、という王道ダークファンタジーをテーマにしつつ、舞台は東京都下。この2つを混ぜることは、神楽という子を表現する上で必要不可欠なものでした。
途中に入っている語りについては、とにかく湧き出てきた言葉を繋いだだけなので、実はあまり裏の意味とかギミックはありません。強いて言うなら「知っていますか?~」以降の言葉には、このトライナリーの物語全体に関係する大きな意味が含まれている、というくらいです。後はとにかく、神楽のエネルギッシュなところを表現するのに注力しています。尚、このパートはMIX時に、語り終わりに行く程色々な汚しを入れてもらいました。例えば、声を揺らがせてもらったり、フランジング効果(説明しにくいのですが、オバケボイスみたいなもの)を入れてもらったり、最後はもはや何を言ってるかわからないくらいにてんこ盛りにしてもらいました。これにも意味があって、彼女のココロの揺れとトランスの度合を表現しています。
楽曲については、これはガブやアーヤの曲と違い、最初の候補の中からすんなりと決まりました。この曲がほぼイメージドストライクだったためです。「ファンタジーにして、誰もいない夜の都会的な、ちょっと怖くもありおしゃれな感じをも持つ曲」という、言葉で表現すると禅問答みたいなテーマに対し、本当にイメージ通りで上げてくださいました。また、MIX時には、より息が詰まるような閉塞感を表現するために、声にLoFiエフェクトを書けています。
この詞と曲は、叙情詩であると同時に暗喩的な叙事詩でもあります。すなわち他の子の曲との一番の違いは、これは彼女が今まで体験してきた彼女の生き様であり、今思っていることそのものであり、そしてこの後の未来に対する希望をしっかりと描いたものであるということです。そこを意識しつつ聴くことで、今まで見えなかった彼女の何かが見えてくるかもしれませんね。
2017/09/08
Tak a ja lubię.
【歌詞解説】③
こんにちは、土屋です。
今回は第3回目、ガブリエラの歌う曲について、様々なエピソードや歌詞の意味を紹介して行きたいと思います。
※歌詞はフルバージョンのものです。
※フルバージョンの楽曲は、PlayMusic、iTunes、AmazonDigitalMusic、レコチョク、mora、アニメロ、e-onkyo等で好評配信中です(サイトによってはハイレゾ版もあります)
Tak a ja lubię.
作詞:土屋暁(日本語原版) 作曲:姉田ウ夢ヤ 編曲:姉田ウ夢ヤ
トースターと炊飯器
どっち買おっかな
フライパンだけじゃ
むぅ…飽きちゃうのよ
Biały jest super Uh..
《美しい白は Uh..》
Biały, jak gotowany gohan
《炊きたてご飯の白》
キューティーな赤は
barszcz(バルシチ)の赤ね
Co lepsze placki czy dorayaki ? To głupie pytanie
《プラツキplackiとどら焼きどっちが美味しいかなんて愚問よ》
Bo w każdym z nich jest ta słodka istota
《どっちにもキュートなエッセンスが練り込まれてるもの》
Jak miłość, ma styl i czar ju-nin-to-iro
《そう、恋と同じで個性も魅力も十人十色》
A ja najbardziej lubię oba
《どっちもあたしの一番好きなモノ》
PaPa TuTu Tu-Moje ulubione
《一番好きなもの》
Wawel(ヴァヴェル)と蓮華院に 鐘見に行ったの
(うーん…どっちの鐘の方が大きいのかしら?)
気になるあたしは、どっちの味方?
(でもやっぱり、両方とも素敵なのよね♪)
Biały jest super Uh..
《美しい白は Uh..》
Biały jak mgła tajemncza lasu
《神秘の森の霧》
キューティーな赤は
紅葉の円舞(ロンド)ね
Spacer po asakusa, jak miłe wspomnienia
《浅草の町を歩いていると、どこか懐かしい香りがするの》
Wchodzę do toki-ya, i jak bym była w Bolesławcu
《陶器屋さんに入ったらBoleslawiec(ボレスワヴィエツ)に戻ったみたい》
Tak jak miłość, choć daleko, jak dla siebie stworzeni
《そう、恋と同じで離れていても相性バッチリ》
A ja najbardziej lubię oba
《どっちもあたしの一番好きな場所》
PaPa TuTu To moje ulubione
Biały jest super Uh..
《美しい白は Uh..》
Biały, jak gotowany gohan
《炊きたてご飯の白》
キューティーな赤は
Uh.. barszcz(バルシチ)の赤ね
Biały jest super Uh..
《美しい白は Uh..》
Biały jak mgła tajemncza lasu
《神秘の森の霧》
キューティーな赤は
紅葉の円舞(ロンド)ね
(W nadziei na trwały dobrobyt i przyjaźń obu krajów)
《両国の末永い繁栄と友好を願って》
※
Co lepsze placki czy dorayaki ? To głupie pytanie
《プラツキplackiとどら焼きどっちが美味しいかなんて愚問よ》
Bo w każdym z nich jest ta słodka istota
《どっちにもキュートなエッセンスが練り込まれてるもの》
Jak miłość, ma styl i czar ju-nin-to-iro
《そう、恋と同じで個性も魅力も十人十色》
A ja najbardziej lubię oba
《どっちもあたしの一番好きなモノ》
Kocham!!
《大好きっ!》
PaPa TuTu To moje ulubione
《一番好きなもの》
PaPa TuTu Uh Uh Uh Wa Wa
PaPa TuTu Uh Uh Uh Wa Wa
PaPa TuTu Uh Uh Uh Wa Wa
PaPa Ulubione
(W nadziei na trwały dobrobyt i przyjaźń obu krajów)
《両国の末永い繁栄と友好を願って》
7割がポーランド語という挑戦(暴挙)に出た曲です。恐らくヒヤリングでポーランド語の意味を解読出来る方は早々いらっしゃらないと思いますので、早速ですが全訳を付けさせていただきました。尚、作詞欄に私の名前しか無いことから「土屋がポーランド語で詞を作った!?」みたいな話しも聞きますが、実際には日本語詞をネイティブの翻訳者さんに翻訳していただいたもので、故にネイティブのPolacyが見てもちゃんとした文章になっている筈です。翻訳するにしても、事務的な文章と訳詞は全く違うセンスが必要なものとのことで、翻訳者様には随分とご苦労おかけしました。
さて、詞の内容ですが、全体的には可愛いコーティングで包んでいます、が。…などと書くと、また難しい暗喩があるのかと身構えられるかもしれませんが、今回はそっち方面ではありません。今回の詞は、ガブリエラの好きなものをテーマにしたもので、ベースとして敷かれているのは日本とポーランドのことです。歌詞の中でも日本の何かとポーランドの何かを比較しているものが多いですが、ここでは気づきにくい幾つかのギミックについて、紹介させていただこうかと思います。
まず、最初に出てくる「トースターと炊飯器」ですが、これが既に、パン文化のポーランドとご飯文化の日本を意味するものとなっています。フライパンはどちらの国でも普通に使いますから、没個性なものにはそろそろ飽きた、それぞれの国のより個性的で刺激的なものが欲しい、ということを意味しています。
次のBメロですが、ここは徹底して「○○の白」と「○○の赤」という表現をしています。これは、白と赤がポーランドと日本に共通する重要な色だからです。何か解りますでしょうか? 正解は両国の国旗です。そして、白パートはポーランド語で日本のアイテムを、赤パートは日本語でポーランドのアイテムを、それぞれ紹介しています。ちなみに「神秘の森」とは、ポーランドにあるクシヴィ・ラスといわれる森のことです。世界の不思議な風景画好きな方はご存知かもしれませんね。年中霧に包まれた真っ白な森ですが、そこに生えている木がすごいことになってます。
Cメロ(サビ)については、双方の国の名物を比較しつつも、どっちも大好きという結論になるお話ですが、1番では食べ物、2番では場所になってます。食べ物は「プラツキ」と「どら焼き」、ちょっと似たような音ですが、食べ物もちょっと似ています。プラツキとはポーランドのパンケーキで、見た目も丸いのでどら焼きの皮と似てます。2番の浅草とボレスワヴィエツは、伝統陶器で比較しています。ポーランドにあるボレスワヴィエツは、日本でいうところの瀬戸みたいな所ですね。検索すると陶器が沢山出てきますが、どことなく日本の伊万里焼と似た香りがしませんか?
次は曲です。この楽曲は、曲の選定の時もまた波瀾万丈でした。私がガブリエラの曲について一番こだわったのは「日本の音楽っぽくなくて、かわいい曲」でした。参考として出したアーティストがフランスのYelleで、当初はタイトなリズムキープなユーロポップを目指していました。アーヤの回でお話ししましたが、ガブリエラの候補に今のアーヤ曲が入ってきたのも、よくよく考えればわかる気がします。それで、残念ながら最初に戴いた候補には、私が想い描いたものはありませんでした。それで音楽の会社さんと色々話をして(色々ワガママばかりで本当にご苦労おかけしました)、かなり振り切ってぶっ飛んだものを送ってもらうことにしました。その結果来た候補の中に、今回の姉田ウ夢ヤさんの曲がありました。送られてきて5分くらいで「これにしたい」とお返事を返したので、わりとビビってたようです。
良い意味で凄く雑多な、そしてアナログ感あるレトロな感じとあまり日本のポップスには無い進行が、一発で私のツボに入ったのです。個人的には、もの凄い異国情緒溢れる雰囲気を感じました。私がまだ子供の頃、海外を特集したクイズ番組や旅行番組が大流行でした。そのVTRから目に飛び込んでくる世界は、同じこの世界とは思えないものも沢山ありました。この曲には、その時に感じていたときめきがありました。実はこの曲には、採用した後にも様々な難問が幾つもありましたが、それも全て姉田 ウ夢ヤさんが最善を尽くしてくれたお陰で、リリースすることができました。その辺りのエピソードは私がお話してよいものかわかりませんので…;もし大丈夫ならご本人がお話してくださるかもしれません:)
そしてここで、詞を載せて翻訳をします。ポーランド語の翻訳会社さんは、今回の件でとても善くしていただきました。最初に送られてきた訳は、とりあえずメロディに乗りはしたものの、ネイティブでも早口言葉というレベルでぎゅうぎゅう詰めでした。なので3回にわたり再翻訳をして頂きました。その間には、姉田ウ夢ヤさんにも仮唄を歌って戴き、歌いにくかった所などを参考で戴くことができました。その甲斐あって、最終的にはノリよく歌える形に整えることが出来ました。翻訳会社さんと姉田ウ夢ヤさんのご協力ナシには為し得なかったものでした。
そして収録に挑みます。正直、リテイクに次ぐリテイクだろうと思っていました。歌って戴く予定の八木さんには本当に毎日「ごめん」と思ってました。そんなこんなで本番を迎え、八木さんがスタジオに入りました。すると驚いたことに、最初に慣らしとして通しで歌った時点で、既に殆どスルッとネイティブのように歌えていたのです! 正直、プロだわーと思いましたね。なんと、収録は予定時間より早く終わりました。きっと相当な練習をされたのだと思います。本当にありがとうございました。
とまあこんな感じで、本作史上最難関と思われたこの歌曲は、皆さんのご協力あって、素敵なものに仕上がりました。このエピソードを読んでからもう一度聴いてみると、また違ったカラーが見えてくるかも知れませんよ。
あと最後に1つ。タイトルですが、読み方は「たく・あーや・るびぇ」です。訳すると「はい、私はそれが好きです」となります。「私は」のポーランド語が「a ja(あーや)」なんですね。ここがポイントです。
2017/09/07
Sigh-nage ~吐心感情戦~
【歌詞解説】②
こんにちは、土屋です。
今回は第2回目、アーヤの歌う曲について、様々なエピソードや歌詞の意味を紹介して行きたいと思います。
※歌詞はフルバージョンのものです。
※フルバージョンの楽曲は、PlayMusic、iTunes、AmazonDigitalMusic、レコチョク、mora、アニメロ、e-onkyo等で好評配信中です(サイトによってはハイレゾ版もあります)
Sigh-nage ~吐心感情戦~
作詞:佐藤舞花 作曲:川崎里実 編曲:前口渉
Drivin’
I’m looking for something tonight
あてもないまま I run around
My heart is in the deep mist
空回ってく emotional circles
サイネージがきらめく
Tokyo high way
夜の街を 風を切って
抜けてく(over drive)
心の奥に(ひとり)
しまいこんだ 孤独が(feel alone)
溶けるまで
同じ場所をまわる 環状線
I’m looking for something tonight
あてもないまま I run around
My heart is in the deep mist
空回ってく emotional circles
放射線状 消えた
LED(レッド)の残像
追いかければ 自由が
待っているの?(I don’t know)
“完璧でいなきゃ”(いつか)
自分で決めた鎖(lose myself)
がんじがらめで
彷徨っている 感情戦
Sio-Site霞む 見慣れた世界
I run around
踏み出すことさえ ためらってる
emotional circles
護ることに必死で
見失ってた
生きる意味
ホントの夢
手を伸ばして
「I wanna be myself, live my life」
I’m looking for something tonight
あてもないまま I run around
can’t express in words
胸の中の emotional circles
この曲のタイトルは、いわずもがな都心環状線のことを指していますが、歌詞もまた、彼女自身の踏ん切りが着かない心がグルグルまわるような、そういったテーマで創っています。ぱっと聞いた感じはオシャレですが、よく聞くとかなり足掻いているような歌詞もまた、アーヤをイメージしている特徴になっています。
この曲のビックリエピソードの1つとして、この曲がアーヤ曲になるまでの経緯があります。実はアーヤ曲は最初、幾つか作っていただいたものが全部イメージと合わず、少々難航しておりました。その時、平行して進めていたガブリエラ曲の方にこの曲がエントリーされ、むしろこれがアーヤ曲のイメージに近い!ということで、ガブリエラ曲候補からピックアップしたのがこの曲だったりします。その後、作曲家さんと打ち合わせを行って、アーヤのイメージや、こういう方向性に持っていきたい、という想いを伝えて、お手元の楽曲へと完成に至りました。
いわずもがなアーヤは夜の東京を飛ばすのが大好きなので、そういった面を大事にしていますが、特に重要視したところが「背伸び感」でした。年相応以上に自分を大人に見せようとするアーヤの気持ちを、少しの艶やかさと共に表現することに注力しました。
特に途中のJAZZパートは、それを表現する為に入れています。これはいわゆるBARのイメージとして創っていますが、正直言って、アーヤの性格からしてBARは少々危なっかしさを感じませんか? 優等生のイメージがあって、しっかり者。そんな彼女が「背伸びをして」BARを楽しもうとするところに、壊れやすさを伴う艶やかさといいますか、危ういエロティシズムを感じて貰えたらと思っています。歌の方も、このパートはそういった雰囲気を凄く大事にして歌って戴きました。
楽曲は、バブル期の90年代前半のPopsをイメージしており、しかしそこに載っている歌詞は2010年代の単語をちりばめてあるのも、アーヤ曲の1つの狙いとしてあったりします。90年代の音楽にはバブル期特有の危ういイケイケ感があったりして、かつ、今聴くと少しビターでオトナなイメージがあるように思います。そういった曲に包まれている歌詞の方は、「背伸びした2000年代の子」といったものになっており、そういったところにもギャップを感じていただけたら嬉しいです。
アーヤ曲で全体として言えることは、とにかく危ういまでのオトナアピールです。貴方が手を引いて導いてあげないと、この子は壊れてしまうのではないか…、そんな危うい優等生をイメージできるような曲として創っています。どうか末永く、彼女を支えてあげてくださいね。
尚、アーヤ曲は首都高が舞台ということもあり、選定に当たって候補曲をエンドレスでかけながら、夜の都心環状線を車で6周くらいしました。歌詞にあるSio-Siteは、内回りで浜崎橋JCTを超えてすぐのところ左手にあります、2004年頃に完成した複合施設です。以前アーヤがTwitterをやっていたとき、彼女のHOMEを飾っていたのもまたシオサイトの写真でした(今でも見ることはできます)。
最後にタイトルについてです。読み方「サイネージ」は言わずと知れた、近年の都市の華「デジタルサイネージ(動画広告看板。渋谷にある巨大なのが有名)」のことを表していますが、綴りは少し違っていて「Sigh-nage」です。ちなみに、Sighとは「ため息」という意味です。