122話その2 密室の会談・後編
四十一区での会談を終え、俺たちはアッスントが用意してくれた大型の馬車に揺られて四十二区を目指していた。……いい馬車持ってやがんなぁ…………もっと税金取ってもいいだろう、こいつから。
「にしても、静かだったなぁアッスントとウッセは」
俺の隣に並んで座るオッサン二人に言ってやる。
つか、なんで俺がオッサンと並んで座んなきゃいけねぇんだよ。エステラとイメルダが向かい側っておかしくねぇか? そこは俺の両隣に美女二人を座らせて、オッサン二人が反対側だろうが。
「静かだったって……当たり前だろうが……っ!」
アッスントの向こうから、ウッセが小声で俺を非難する。
アッスントも俺を睨んでいる。なんだよ?
「挙手すりゃ発言権はもらえたんだから、俺に怒るのは筋違いだろう?」
「あの場で不必要な発言をするほどバカではありませんよ。そうではなくて……!」
グイッと、アッスントが俺に身を寄せてくる。……キモい。あとちょっと臭い。オッサン臭がする。
「なんで教えておいてくださらなかったんですか……っ!?」
あくまで小声で、アッスントが強い口調で言う。
なんの話だよ?
「ウチの領主代行がエステラさんって! 向こうで知って心臓が止まるかと思いましたよ!」
「まったくだ! 会談中そのことばかりが気になって、全然話聞いてなかったぜ!」
いやいや。
「お前ら、会ったことあるだろう? 支部の設置とかその他の話で領主代行に面会してんじゃないのかよ?」
「領主代行は美しく清楚で、おっぱいがそこそこ大きい方という認識です。いくら似ていてもエステラさんは真っ先に除外されるじゃないですか!」
「そうだ! おっぱいがそこそこあるんだから、当然だろ!」
「……そこのオッサン二人。ボクのことをどこで認識してくれてるんだい?」
「いや、その前にエステラ……何、詰めてんだよ?」
見栄を張るな見栄を!
「にしたって、分かるだろう? 顔なんかまんまじゃねぇか」
「領主代行はもっと綺麗なんだよ!」
だから、ウッセ……同一人物なんだっつの。
「エステラはいつだって美人だろうが」
「みゅっ」
「エステラさん。ワタクシの隣で気持ちの悪い声を出さないでくださいまし」
こいつらは、マジで今まで気付いていなかったらしい。
まぁ、俺も最初見た時は驚いたもんな。女はメイクで化けるもんだ。
「いやぁ、気付きませんでしたねぇ。そのようなことは思ってもいませんでしたもので」
アッスントほどの洞察力があれば一発でバレるかと思いきや、こいつはあまり顔を見ていなかったようだ。顔を覚えたり、表情を読むのは相手を手玉に取る上で必須だと思うがなぁ。
「貴族相手に論戦を仕掛けるつもりはありませんのでね。そこまで洞察する必要はないかと……それに……」
アッスントは、若干エステラの方を意識する素振りを見せつつ、控えめに囁く。
「私は、あまり貴族の方のお顔を見ないようにしておりますので」
「そういえば、ウチで会う時はいつも俯いているよね。緊張してるのかと思ってたけど」
ははは。アッスントが貴族相手に緊張なんかするかよ。
まぁ、こいつの場合大方……
「妬みが顔に表れるのか?」
「えぇ。自分では抑えているつもりなのですが……こう、滲み出ているようですね」
そう言うアッスントの顔は、己がまだ到達していない高みにいる貴族に対する妬みが、見事に滲み出ていた。
「まぁ、アッスント。落ち着けよ。貴族と言っても、しょせんエステラだ」
「えぇ。そう思えば幾分か気も収まるというものです」
「どういう意味だい、それは!?」
良くも悪くも、お前は貴族っぽくないんだよ。
衝撃の事実に驚いて、会談中静かだったアッスントとウッセ。まぁ、今後もペラペラしゃべったりはしないだろうが、それとなく釘を刺しておく。
「それはそうと、エステラについてなんだが……」
「心配には及びませんよ。無償で情報提供するような真似はいたしませんので」
「言いふらすメリットもねぇからな」
特にバラしてどうこうということは、この二人ならしないだろう。
「大変ですわよねぇ……領主に乳が無いなんて」
「君の区の領主にも乳はないと思うんだけど?」
むしろデミリーやリカルドに立派な乳があったらキモイっつうの。
「けどヤシロ」
やたらと揺れる馬車の中で、エステラが俺を見つめてくる。真剣な目だ。
「どうしてあんなルールにしたんだい?」
「あんなってのは?」
「勝負の方法とか、参加人数とか、制限時間とか。君のことだから、何か意味があるんだろう?」
俺が提示したルールは以下の通りだ。
大食い大会は、選抜メンバーによる団体戦で行う。
勝負は最大六回。先に三勝をした区が優勝だ。
一試合の制限時間は四十五分。早食いではなく大食いに重点を置いた制限時間だ。
こいつには、食い散らかさず、なるべく美しく食べてほしいという思いも込められている。
そして、先の対決で最下位だった区が次の対決の料理を用意する。これは、負けた区が自区に有利になるように食材選びが出来るということだ。勝負はなるべく長引かせたいからな。どこかの区が三連勝して終了では味気ない。
料理は、共通の皿を用意し、そこに載るものに限定した。皿にさえ載れば何を持ってきてもいい。ラーメンのドンブリを皿に載せるのもOKだ。
魔獣の丸焼きとか、完食が無理なものでなければいい。
一皿完食した後に次の皿が提供される『わんこそば』形式で、完食した皿の数を数えて勝敗を決める。
各区とも、選手と料理は直前まで秘密に出来る。
まぁ、ぶっちゃけ戦況を見て作戦を柔軟に変更出来るようにするための処置だ。
予定では、大会は二日間に亘って三回戦ずつ開催される。
先にどこかの区が三勝した時点で終了となる。
ちなみに、七回戦までは持ち越せないため、四回戦の段階でその後の状況が決まる。
二対一対一の場合、次の五回戦で二勝を挙げている区が勝てばそこで終了。その他二区のどちらかが勝てば、負けた方が敗退し、六回戦は二勝同士の区で優勝を競い合う。
また、四回戦の段階で二対二対〇の場合は、最下位の区がそこで敗退。五回戦が上位二区による決勝となる。
――と、そんなルールを俺が提示し、デミリーもリカルドも特に異論を唱えなかったのでそのまま決定されたわけだが……
「君が普通にエンターテイメントに徹した提案をするわけがない」
酷い言われようだな。
だが、鋭い。
「向こうにはメドラみたいなバケモノがいるからな」
一発勝負なら『万が一』ということがある。
「……食べそうだよね、とにかく」
「目の前で動くものは片っ端からな……」
メドラの捕食シーンを想像して、その場にいた全員が顔色を悪くする。
「ウッセ。メドラがどれくらい食うか知ってるか?」
「さぁな。ママは気を許した相手としか食事をしねぇからな……俺らはママが飯を食ってる姿を見たことがねぇんだ」
「…………観覧禁止レベルなのか?」
森を徘徊する魔獣の首筋に「がぶー!」「ぶちぃ!」「ぶっしゃあああー」……なんて光景が容易に想像出来てしまう。
……目が合ったら食われそうだな。
「けど、『食わなきゃ強くなれない』ってのが口癖だからな。相当食ってんじゃないか。……相当強いしな」
食事量と強さが比例する……マグダを見ていれば分からなくもない理論だ。
「そんなバケモノ級の猛者を相手に、太刀打ち出来るんですか?」
「なんだ、アッスント。お前は四十二区に勝ってほしいのか?」
「当然でしょう。通行税など取られては堪りません。それに、ヤシロさんが勝てば、四十一区に飲食店が増え、我々の顧客も増えますからね」
俺が勝てばってなんだよ……
だが、さすがはアッスント。今後俺が行おうとしている四十一区改革におぼろげながら勘付いているってところか。
「飲食店が増えると言っても、大会が終わるまで間借りするだけですわよね? それが終われば、また元の武器屋に戻るんじゃありませんの?」
「イメルダ。人間が一番好むのは『現状維持』なんだよ」
「なんですの、エステラさん。訳知り顔で」
エステラも、四十二区を改善しようとあれこれ手を尽くしていたはずだ。それで改善出来ていなかったのだから、何かと苦い思いもしたのだろう。
エステラの言う通り、人間は現状維持を好む。「改善したい」と強く望みながらも、現状維持に固執するおかしな生き物なのだ。
日常が変化する時、人は不安と、慣れた環境外への抵抗から不満を爆発させる。時には意地になって反発する者もいる。
だが、実際変更して、状況が変わって、少し時間が経てば……それに順応してしまうのだ。そして、改革してよかったと徐々に思い始め、慣れたことにまた現状維持に走る。
「つまり、今四十一区の領民は現状維持に固執している状態なんだよ。それを無理矢理破壊して大通りに外からの顧客に向けた店を作るとするだろう? そうなれば、あの大通りは見違えるほど人でごった返すようになる」
ある一定の確信を持ってエステラが言う。
「そっちの方が上手くいくって状況を誰の目にも明らかなように見せつければ、元に戻そうという力より、新しくなった現状を維持しようとする力が勝るんだよ」
かつての日本が、一斉に近代化したように。いいものとして受け入れられた文化は一気に拡大する。
まぁ、四十一区の場合は近代化というより最適化って感じだけどな。
「……確かに、あんな臭い三本目まで行かなければ食事が出来ない街なんてあり得ませんものね……」
以前の視察が相当苦痛だったのだろう。イメルダの顔が盛大に歪む。
マンゴーは美味かったからまた食いに行きたいが、あの三本目に行くのは嫌だ。そんなヤツも少なからずいるだろう。
そんな連中を呼び込むことに成功すれば。もっと多くの者に四十一区の魅力を発信することが出来れば……
「上手く大通りを機能させれば四十一区は今よりもっと、経済的に潤うことになる。そうなりゃ、リカルドのバカも税収がどうとか言ってこっちの利益を妬むようなしみったれた真似はしなくなるだろうよ」
要するに貧乏が悪いのだ。
四十区の連中は、四十二区がケーキに浮かれていても文句を言ってこない。自分たちの区にもそれがあるからだ。そして、四十二区がどんなに盛り上がろうと、まだ自分たちの方が上だという余裕がある。
だが四十一区はそうはいかない。
四十二区に抜かれれば最貧区になる上に、現状、四十二区の方が盛り上がっているのだ。焦るし、苛立つし、妬ましく思う。
だから『四十二区から利益を奪う』ような発想しか生まれてこないのだ。
「四十二区に街門が出来た後、四十一区の大通り付近はそれを利用する者たち用の宿場町になってくれればいいと思うんだ。ほら、四十二区は畑が多くて、宿屋は極端に少ないだろ?」
「四十二区にやって来る外のお客さんなんか、年間で二桁程度だからね」
おまけに、新しく宿屋を建てられるような場所もさほどない。
街門が出来れば多くの者が行き交うようになる。宿と飯屋は必須なのだ。
「その部分を全部四十一区にくれてやる」
「なんとも、もったいない話ですね。私なら、なんとしてでも四十二区内に宿を詰め込みますが」
アッスントは理解出来ないとでもいうように肩をすくめる。
「ウチの領主は領民に対して立ち退きや土地の接収なんかが出来るタイプじゃないからな。現状維持派なんだよ」
「……う、悪かったね。その通りだよ」
狩猟ギルドに傾倒し、狩猟ギルドありきで街を維持しようとしているリカルドとは対照的に、エステラは領民全体を平等に救おうとする。
四十二区内では、リカルドにやらせようとしているような大胆な改革は難しい。精々余っている土地を有効活用するくらいが関の山だ。
で、それはもう俺がやり尽くしてしまった。
「四十一区に客が来て利益が上がれば、いくらリカルドが度し難い愚か者でもその恩恵に気が付くだろう。ウチの街門にケチをつけようなんてことはしなくなる」
ならば盛大に盛り上がってくれればいい。
宿場街がそばに出来れば外から客も呼び込みやすいし、四十区までの道が整備されれば運搬も楽になる。狩猟ギルドや木こりギルドにとってもメリットは大きい。
そこらの理解が得られれば四十二区の街門に文句を言う者はいなくなる。これで堂々と建設出来るわけだ。
結局んところ、今回の騒動の根底は『なんだか気に入らない』ってことだったんだ。気に入らないのは、自分が劣ってるように感じるからさ。向こうの方が優れているように思えて妬みが生まれているからだ。
ならばその妬みをなくしてやれば、文句を言うヤツもいなくなる。
「だったら、俺の利益のために……『ついでに』四十一区にも儲けさせてやるよ」
そう言うと、車内にいる連中が一斉に俺の顔を覗き込んできやがった。
……なんだよ。何ニヤニヤしてやがんだよ、お前ら?
「ヤシロって、やっぱりさぁ……」
「えぇ。そうですね」
エステラとアッスントがにまにました笑みを浮かべる。
……こっち見んな、気持ちの悪い。
「はぁ~……これが巷で噂のツンデレってやつか。初めて見たぜ」
バカ面をさらしてウッセが息をもらす。
どこでどんな噂が立ってるってんだよ。
「ヤシロさんは、懐の深い方ですわね。さすがは、ワタクシの見込んだ方ですわ」
なぜか誇らしげにイメルダが胸を張る。……そんなに突き出すと揉むぞ、こら。
「……狙われてるよ、イメルダ」
「きゃっ! …………もぅ、ヤシロさんってば」
胸を押さえて頬を薄く染めるイメルダ。……が、なんだ、その妙に色っぽい目は? その気になってんじゃねぇよ。
「お前ぇはすげぇな……狩猟ギルドに続いて木こりギルドまで制覇する気かよ」
「おい、ウッセ。誰がいつ狩猟ギルドを制覇した?」
おかしいなぁ、俺の記憶にはそんなデータは残ってないんだけどなぁ。
「まぁ、この状況では致し方ありませんわね。なにせ、この車内で唯一のおっぱいですもの」
「唯一じゃないよね、イメルダ?」
エステラがイメルダの首に腕を回して怒り満面の笑みを近付ける。
なんてギスギスした百合映像……需要なさそうだな。
「しかしですね、ヤシロさん」
アホが蔓延する馬車の中で、アッスントが真面目な表情を見せる。
「経済的恩恵を与え、近隣区との摩擦をなくそうとする計画は分かりましたが、実際の大食い大会はどうするんです? まぁ、大会さえ開ければ経済は動いて、話し合いで街門の設置を認めさせることも可能かもしれませんが……」
「何言ってんだよ。もちろん勝ちに行くぜ」
確かに説得することは出来るかもしれんが、それじゃ街門の設置がどんどん遅くなる。
ここはスッキリ勝負に勝って、さっさと建てちまうのがいいだろう。
「おそらく、他の区にも大食い自慢のヤツはいるだろう。バケモノ級が潜んでいるかもしれん」
デミリーもリカルドも、大食い大会と聞いても、余裕の表情を崩さなかった。
心当たりがあるのだろう、領内にいる大食い自慢に。
その証拠に、団体戦と言った時に双方に若干の焦りが見えたのだ。
一人が勝てても、残りすべてに敗れれば意味がない。
その焦りが表情に出たのだろう。
バケモノなら、ウチにもいる。
それも、二人もな。
「ウチにはベルティーナとマグダがいる。これで二勝は堅い」
「なるほどね。あの二人ならいけるな!」
エステラが興奮気味に身を乗り出し、その反動でイメルダが軽く突き飛ばされ、そしておっぱいが揺れる。車内『唯一の』おっぱいが。
「メドラを避けてその二人を投入すれば二勝一敗でこちらが有利になる」
あと一人、そこそこ食えるヤツを見つければいいのだ。
最悪の場合、とっておきの切り札もあるしな。
「ま、ウチの優勝はカタいな」
「うん、カタいね」
「区の代表者の胸に比例して、ですわね」
「オジ様とリカルドの胸の方がボクの胸よりカタいよっ! ……の、前に、ボクの胸カタくないよっ!?」
イメルダの肩をガシリと掴み、力任せに揺するエステラ。
イメルダのおっぱいだけが揺れている。イメルダのおっぱい『だけ』が!
「そんなに凄いのですか、そのお二人は?」
アッスントがビックリな発言をする。
え、なに、お前知らないの? あの二人の異常な食欲……
「よし! 領民に説明するために大食いのデモンストレーションをしよう。アッスント、飯の用意を頼む。いいもの見せてやるから」
「は、はぁ……まぁ、それくらいでしたらご用意させていただきますが……」
「……うわぁ……」
「……げっ」
「ご愁傷様……」
「……あんな大人しそうなシスターと、あんな小さな少女が、そんなに食べられるとは、とても……」
アッスントは、途中に挟み込まれたエステラのドン引きの吐息とウッセの素直な呟きとイメルダのお悔やみには気が付かなかったようだ。
「でもさ、ヤシロ。こっちだって二勝では勝てないんだよ?」
エステラの言う通り、こちらももう一勝出来る人材を探さなくてはいけない。
心当たりはある……が、実力は未知数だ。
「それでしたら、ご心配無用ですわっ!」
イメルダが胸を張り、どんと胸を……もとい、おっぱいを叩く。……ぽぃ~ん。
いかん……車内のおっぱい密度が薄いから、ついついイメルダに集中してしまう……
「で、なんの心配がいらないって言うんだい、イメルダ?」
「ワタクシ、こう見えましてもよく食べる方ですの!」
そんなイメージはないんだが……
「つい先日、焼き鮭定食のライス大盛りにチャレンジし、見事完食! 店長さんの拍手喝采を浴びたところですわ!」
「イメルダ。出口そこだけど、動いてるから気を付けて飛び降りろよ」
「なぜ追い出そうとするんですの!? こんなに協力的ですのに!?」
ライス大盛りがなんぼのもんじゃい!
そんなもん、ロレッタでも平らげるわ!
『普通』のロレッタでもなっ!
すなわち、それは『普通』のことだっ!
「まぁ、心当たりはあるんだよな」
「へぇ、誰だい?」
「まだ実力は未知数なんだが……ちょうどデートの約束もあるし、力を試させてもらうさ」
「…………デート?」
エステラの瞳が鋭くなる。
……なんだよ。いいだろうが、別に。お礼みたいなもんなんだから。
「ヤシロさん。それってまさか……」
さすがに、その場に居合わせたイメルダには分かるか。
「……ワタクシ、ですわよね?」
「デリアだよ!」
言っとくけど、お前との約束は成立してないからな!? 一方的な要求で契約は終決されるものではないからな!?
「デリアって、そんなに食べるっけ?」
「甘い物限定だがな」
甘い物好きなデリアは、ジャンルを甘い物に絞ればかなり食う。
「でも、他よりちょっと食べるくらいじゃ……」
「大食い自慢で選出されるのって、どんなヤツだと思うよ?」
「そりゃ、メドラとか、ミスター・ハビエルみたいな、筋肉ムキムキの大男なんじゃないかな?」
メドラを大男にカテゴリしやがったな。……脳がそうだと訴えているのだろうか。
「で、そんな筋肉系男子が甘いケーキをどれほど食うと思う?」
「あ、そう言われてみれば、男の人ってあんまり甘い物好きじゃないよね」
エステラの視線がウッセとアッスントに向く。
と、ウッセとアッスントの二人は分かりやすく顔を顰めた。
「俺ぁ、肉の方が好きだな。甘いもんは酒に合わねぇからな」
「私も、甘い物は少々苦手ですね。アゴがムズムズするんですよね……まぁ、妻が大好きなのでたまに食べに行ったりはするんですが……」
「なんで急に嫁を愛している宣言なんかしてんだ?」
「ち、ちちち、違いますよ、ヤシロさん!? 妻が『ケーキを』好きだから、『仕方なく』一緒に食べに行っているだけですよ!?」
わぁ、アッスントが真っ赤な顔して照れてるぅ~、キ~モ~い~ぃ!
「ですが、そう都合よく甘い物が出てきますかしら?」
「ウチが二勝した後、ワザと最下位になれば、次の対決で出す料理を決められるから、そこでケーキを出せばいいんだよ。だよね。ヤシロ」
さすがエステラだ。俺が『一見平等に見えるルール』の中に仕込んだ『四十二区必勝法』に気が付いてやがる。
このルールなら、一勝を捨てれば確実に一勝取り返せるのだ。もっとも、人材が揃っていれば、だけどな。
「しかし、負けが続いた時はつらいですね。意外と諸刃の剣になり得ませんか、それは?」
アッスントの懸念も分かる。
言い換えれば一勝のために一試合捨てるということになるわけで、このルールでは使いどころが難しい。
「まぁ、大丈夫だ。わざわざ俺たちが用意するまでもない」
「どうしてだい?」
だってほら、『アイツ』が言ってたろ?
「四十区の名物料理と言えば……?」
「あっ!」
そこでエステラは気が付いたようだ。
そう。以前、四十二区で起こった嫌がらせの犯人を四十区の貴族御用達の喫茶店ラグジュアリーのオーナーシェフ、ポンペーオだと決めつけて強引に誘拐した…………もとい、調査のためにあくまで友好的に話し合いの場を設けた際に、ポンペーオは言っていたのだ。『四十区の名物と言えば、真っ先にラグジュアリーのケーキの名が挙がる』と。
「四十区が料理を担当する最初のターンでデリアを投入すれば」
「無条件で一勝出来るね!」
最大六回戦あるが、何回料理を担当出来るかは分からない。
もしかしたら同じ区が負け続けて全部の料理を担当するかもしれない。
三者会談の席であれだけ『経済の流れ』『新しい顧客』『大会後の繋がり』という面を強調しておいたのだ。
どの区も「これこそは!」という究極の逸品を一品目に持ってくるはずだ。宣伝効果抜群の会心の一品を。
「そこまで見越してあんなルールにしたのかい?」
「まぁな」
四十一区に視察に行き、大きな大会に引き摺り込んでこのいざこざを終結させようと決めた時から、どうすれば俺たちが不自然ではなく確実に優勝出来るかを考えていた。
それには、こちらが最も得意とするものを、『向こうから進んで提供させる』必要があった。
それで、経済だ新規顧客だと、回りくどい説明を散々してやったのだ。
ヤツらは、『自分の利益』ばかりに目を向け『相手の利益』がいかほどのものかを見ようとはしなかった。
デミリーが『十』稼ぐ裏で俺は『百』稼がせてもらう。
そういうやり方もあるんだってことを、あいつらは知らないのだ。
相手に儲けさせてやる過程で、自分が最も利益を得る。
例えるなら、「暴れ乳に悩むジネットにピッタリフィットするブラジャーを作ってやるからおっぱいを計測させてくれ」みたいなことだ。
ジネットは荒れ狂うおっぱいを抑えられるし、俺は生乳を思う存分隅々まで調べ尽くせるという……………………やってみようかな、それっ!?
「よう、ジネット! 生乳をじっくり調べたいからお前にブラジャーを作ってやろう!」
……違うっ! 違うぞ! そうじゃない! 逆だ逆! ……いかん。どうしてもジネットが相手になると本領を発揮出来ない……
「はぁ……エステラの前でなら、ありのままの自分でいられるのに」
「ぅえっ!? な、なんだい、急に!? ……そ、そんなに、ボクといると落ち着いたり、するの、かい?」
あぁ。すげー冷静でいられる。
やっぱあれかな? 揺れることで心をざわつかせる効果があるんだろうな。おっぱいには魔物が棲んでるんだな、きっと。……いいなぁ。俺も引っ越した~い。
「そんな感じで三勝を勝ち取りたいが、万が一に備えてもう一人参加させようと思う」
「もう一人? 今度は本格的に思い当たる節がないなぁ……」
腕を組み、首をひねるエステラ。
「そんなに真面目に考えるな。バカなヤツだから」
「バカ? ……ヤシロしか思い浮かばない……」
「おいこら」
あんなバカばっかりの四十二区で俺が真っ先に浮かぶなんてことあるわけないだろう。
「もし、予想に反して苦戦を強いられ、いよいよヤバいという段階になったら……俺は心を鬼にして…………マグダを人質に取る!」
「はぁ!?」
「そしてウーマロを出場させて、『お前が負ければマグダの恥ずかしいところをぺろぺろする』と宣言する!」
「勝つねっ! ウーマロは、絶対勝つよ、その状況!」
「バカな解決方法だが!」
「うん、物凄くバカだけど、物凄い説得力だよ、ヤシロ!」
盛り上がる俺とエステラをウッセとアッスントが冷ややかな目で見ている。
「おい……こんなのに任せといていいのか、四十二区」
「まぁ……ヤシロさん以外にこの街を救える人はいないでしょうし……陰ながら全力で出来得るサポートをするとしましょう」
「……頼みの綱がバカだと苦労するな」
「まぁ、そこはご愛嬌でしょう」
なんか、俺から離れて向こうでこそこそ話してやがる。
おいおい、オッサンとブタの薔薇映像とかどこにも需要ねぇぞ。
「とにかく、一度領民全部を集めて大会の説明をしよう」
「そうだね。今回は四十二区全員で団結して、必ず勝利を勝ち取るんだ!」
「なんだか、大事になってきましたわね」
「しかし、街が盛り上がってくれるのはありがたいことですよ、商人としては」
「街門が出来りゃ、俺らも助かるんだ。精々頑張って、絶対勝てよ」
その場にいた者たちの心が一つの目標に向かって収束されていく。
「そんなわけで、大食いデモンストレーションの料理をよろしくな、アッスント!」
「期待しているよ、アッスント!」
「時には絶望も人生を楽しくするエッセンスですわよ、アッスントさん」
「…………死ぬなよ、アッスント」
「な、なんですかね? この不穏な空気は? もしかして私はとんでもない約束をしてしまったのでしょうか?」
アッスントが事の重大さに気が付いたのは、領民への説明会の席で行われたデモンストレーションで、ベルティーナとマグダ(『赤モヤ』補正有り)の一騎打ちが始まったことだった。
今世紀最大級の激しい対決は、十数名の負傷者を出し、食材切れによって幕を下ろした。バケモノ二人がアッスントに勝ったのだ……
ん? 負傷者? 二人の対決を見ていて胸焼けを起こした連中だ。
その中の一人は、何を隠そう俺である。……あいつらに、常識なんてものは通用しない……それを実感したある日の午後だった。
いつもありがとうございます。
まずは、ご心配とご迷惑をおかけいたしましたこと、
誠に申し訳ありませんでした。
メッセージで、活動報告で、感想欄で、
実に多くの方から温かいお言葉を頂戴いたしました。
おかげ様で色々なことに区切りをつけることが出来ました。
そして、多くの方に支えられているのだなと、改めて実感し、
とても幸せな気持ちにしていただきました。
謝罪するべき場面なのかもしれませんが、皆様にはこちらの言葉を送らせていただきます。
どうもありがとうございました。
というわけで、復活です!
とはいえ、もう少しなんかもや~んとさせてしまうかもしれませんが、
とりあえず更新は再開です!
またお暇な時に、寂しい時に、ムラムラした時には遠慮していただいて、お時間の許す範囲でお付き合い願えればと思います。
反省した直後のエステラのように、まだ少し『宮地らしさ』が戻ってきていない、ぎくしゃくした感じだったりするかもしれませんが、また徐々に慣れていくと思います。
Fカップおっぱいのように…………あ、ちがった、
気長にお付き合いくださいませ。
すみません、ちょっと言い間違えました。噛んじゃったんっすね、、きっと。
『Fカップ、噛んじゃいました』
どこかの甘栗みたいですね。
どこかのメーカーさんが商品化する際は、是非、噛む係をお任せ願えればと思います。実務経験もありますし。即戦力になれると思いますよっ!
明日もまたよろしくお願いいたします。
宮地拓海