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異世界詐欺師のなんちゃって経営術 作者:宮地拓海

第一幕

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119話 メドラ襲来

「アタシのヤシロはいるかい!?」


 教会への寄付を終え、陽だまり亭へ戻った俺たちが開店準備を進めているところに、そいつは現れた。


「ヤバい! みんな、死んだフリをするんだ!」


 俺はすぐさま床へと倒れ込む。

 だが、ジネットはぽかんとした顔で突っ立っているし、マグダに至っては……珍しく……額に汗を浮かべて硬直していた。


「はっはっはっ! またやってんのかい、ヤシロ、いやダーリン!」

「なんで言い直した!?」

「出会った頃の再現とは、アタシをここで泣かせて、何を企んでるんだい!?」

「そんなメモリアルなサプライズじゃねぇわ!」

「ほいっ、起きた起きた!」


 脇に手を突っ込まれ、軽々と抱き起こされてしまう。

 ガバッと持ち上げてポイッと放り投げられ、気が付いたら俺は起立をさせられていた。

 だから、どんな筋力してんだよって! クレーン車か!?


「ん? おぉ、そっちの虎っ娘はウッセの坊やのとこの子だね? なかなかいい目をしてんじゃないか!」

「……にゃっ!?」


 メドラに見られて、マグダが小さく跳ねる。

 ……マグダが恐怖している。野生の勘が警鐘を鳴らしているのだろう。『こいつは危険だ』と。


「よくマグダが狩猟ギルドの一員だって分かったな。会ったことないんだろ?」


 マグダから前に聞いたからな。狩猟ギルドは大きな組織で、しかも強烈な縦社会だから、直属の上司より上の人間には面会出来る機会が滅多にないって。


「アタシを誰だと思ってんだい? 相手の『気』を見れば、そいつがウチの者かどうかくらいすぐ分かるんだよ」


 すげぇな……さすが狩猟ギルドのギルド長と言うべきか……


「随分大切にされているようじゃないかい。いい人に世話になってんだね。髪もよく手入れされているし、肌ツヤもいい。うん? 耳の肉厚も申し分ないね」


 メドラがマグダの耳をもふもふし始める。


「……みっ、みぃぃっ!」


 警戒音だ!? あれは子猫が親猫に助けを求める時の声だ!


「メドラ、そこまでだ! ウチのマグダをいじめるな!」


 メドラの手から、マグダを奪い返す。

 メドラの手を離れたマグダは俺の胸にしがみつき、力任せにギューッと抱きついてきた。……痛い痛い痛い! 折れる! 首の骨か背骨が折れる!


「……みぃ! みぃ!」

「あぁ、よしよし。怖かったな。ほら、もふもふしてやるぞ、な?」


 俺は軋む体にムチ打って、メドラから距離を取り、マグダを慰めるように耳をもふもふする。


「……みゅひゅー」


 いつもの「むふー」がちょっと涙声だ。

 相当怖かったようだ。


「なんだい、ダーリン! 虎っ娘の耳が好きなのかい?」

「こいつだけだよ、もふもふするのは。獣人族は耳を触られんのが嫌なんだろ? ムリヤリは触らねぇよ」

「へぇ、獣人族か……いい呼び名だね。アタシも使わせてもらおうかね」


 変なところに食いついたメドラ。

 そんなもんどうでもいい、と言いかけたんだが……


「はぁぁぁあああっ!」


 どうでもよくない事態が突然始まっていた。

 メドラが、超メドラに覚醒しようとでもするかのような、物凄い闘気を発し始めた。

 気のせいか……体の周りに黄金色のオーラが見える……やっぱ戦闘民族なんじゃねぇの、こいつ!?


「かぁぁぁぁぁあああああああああああああああっ!」


 ラスボスが最終形態に変身するかのような音を発するメドラ。そして……


 ――ぴょこんっ!


 と、メドラの頭から二つの可愛らしい耳が顔を出した。


「アタシレベルになると、獣特徴のコントロールが出来るのさ! さぁ、ダーリン。気の済むまでもふりな!」

「……いや、遠慮、します」


 え?

 なに?

 獣特徴って、コントロールとか出来るものなの?


 それってあれじゃね?

 人間が妖怪に転生して筋肉を自在に変形させられるようになった感じのヤツじゃねぇの?

「100%……」とか言って主人公ガスガス追い込んじゃう感じのヤツなんじゃねぇの!?


「よくご覧! 丸っこい可愛らしい耳が頭頂部から側頭部にかけて生えている、意外と大きな耳、こいつがフェレットの耳だよ」


 誇らしげに耳を見せつけた後、メドラはズイッと顔を近付けてくる。

 その気配を察し、マグダが「ギュグッ!」としがみつく。……死ぬ! マグダ、その力の入れ方は、俺、死ぬ! で、メドラのドアップを見ながら死ぬのだけは絶対イヤ!


「アタシがこの耳をさらすのは心を許している相手の前だけさ」


 えぇ……なに、お前、心許してる人の前で最終形態に変身しそうな闘気撒き散らしてんの?

 やめなぁ、友達無くすよぉ? ……亡くすかもしれないけど。


「さぁ、もふりな! 特別だよ!」

「い、いや…………会ってすぐ、そういうのって……違うと思うなぁ、俺」

「…………なんだって……?」


 メドラの顔から表情が消える。

 真顔になったメドラちょ~~~~~~~~~怖ぇ~~~~~~~~~~~~っ!

 食われる! 食われちゃうかも!


「…………そうかい」


 ゆらりと、山が動くような不気味さで立ち上がり、メドラは壁際へと歩いていく。

 こちらに向けた大きな背中を丸め……両手で顔を覆い隠す。


「アタシ……大切にされてるっ!」


 ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイッ!

 早くなんとかしなきゃ、これ、取り返しつかなくなるパターンだ!?


「そ、それで、何をしに来たんだよ? こんな朝っぱらから」

「ん? あぁ、そうだった。ダーリンの顔を見たら嬉しくなっちまって、忘れるところだった」


 用件は忘れずに、手短に話して今すぐ帰ってくれ!


「あの……」


 巨大な魔神メドラの前に、無垢なる聖女ジネットが歩み寄る。

 やめろ! 命を粗末にするな! お前はまだ生きてやらなきゃいけないことがあるだろぉ!


 お前のおっぱいは、お前だけのものじゃないんだぞぉ!


「遠いところお疲れではありませんか? よろしければ、お茶をどうぞ」


 メドラに笑みを向け、椅子を勧める。

 ……やめて、居座っちゃうから……なんかさぁ……ここに住み込むフラグの香りがプンプンするんだよね……早く追い出そう……ね、早く。


「ご丁寧にありがとうよ。じゃあ、お言葉に甘えて」


 メドラの巨体が器用に椅子に収まっていく。

 ……あの椅子、何トンまで耐えられるかな?


「あんた。名前は?」

「はい。わたしは、この陽だまり亭の店長をしております、ジネット・ティナールです。今後とも、ご贔屓にお願いしますね、メドラさん」


 あれ? ジネットの名前って『ジネット・ポイ~ン』じゃなかったっけ?


「アタシの名を知っているのかい?」

「いえ。先ほどヤシロさんがおっしゃっていましたので」

「あぁ、なるほどね。……ズズッ……ん、美味いお茶だ。温度と蒸らす時間が抜群だね」

「ありがとうございます。おかわり、お持ちしますね」

「頼めるかい」

「少々お待ちください」


 ……すげぇ。

 クマが死んだフリする魔神級のメドラ相手に、普通に接客出来るとは……ジネット、やっぱりお前は神の類いなのか? おっぱい神ジネット・ポイ~ンなのか?


「とりあえず拝んでおこう」

「ふにょ!? な、なんですかヤシロさん?」

「……ぼいんが増えますように、ぼいんが増えますように、ぼいんが増えますように……」

「……そんなことをわたしに言われましても……」


 ご利益が無いとは言えない。

 ならば俺はその微かな可能性に賭けたい!


「ふん……こんないい店を潰そうとしたなんてね…………」


 店内をぐるりと見渡して、メドラが鼻を鳴らす。

 ん? 「潰そうとした」?


「店長さん、それからダーリン。ついでにそこの甘えん坊の虎っ娘!」

「……にゃふっ!?」


 いまだ俺の胸でコバンザメをしているマグダが身を震わせる。

 呼ばれるだけで拒否反応が出るのか……


「これで店員は全部かい?」

「いえ、もう一人。ロレッタさんという、とても可愛い従業員が……」

「おっはよーございまーすでーすよー!」


 いいタイミングで、いつもながらの頭の悪そうな挨拶を引っ提げて登場したロレッタ。

 だが、目の前に鎮座する魔獣を見て、その動きを止めた。

 そして、錆付いたからくり人形のようにギギギ……と体を反転させて店を出ようとする。


「おつかれさまでーす……」

「ちょいと待ちな、ロレッタ!」

「な、ななな、なんでこのゴリラ、あたしの名前知ってるです!?」

「誰がゴリラだい!?」

「そうだ! ゴリラに失礼だろ!」

「ちょっとダーリン! 酷いんじゃないかい!?」


 勝手にダーリン呼ばわりしてくるお前も相当酷いけどな!


「全員揃ったんなら話を聞きな! 集合だよ!」


 メドラの号令に、俺たちは素直に従った。

 だって、暴れられたら嫌じゃん? マグダがこんな状況じゃ、俺たちに勝ち目ないし……


「マグダ……『赤モヤ』でなんとか勝てないか?」

「……鼻息で吹き飛ばされる……」


 鼻息でかぁ……桁違いだなぁ…………


 俺たちがメドラの前に並ぶと、メドラはウーマロ製のテーブルの耐久力を試すかのように、テーブルをバシンと叩いた。……すげぇ! こらえやがったぞ、このテーブル! 凄まじい防御力だ! もしかして、伝説の防具なんじゃねぇの、実は!? 


「今日は謝りに来た!」

「なら、それっぽい態度で来いよ!」


 何を偉そうに座って、俺たちを全員立たせてんだよ!?


「ちょいと、ロレッタ」

「すみません、殺さないでほしいです!」

「……変わった返事だね? まぁ、いい。外にいた男どもを呼んできておくれ」

「…………誰もいなかったですよ?」


 小首を傾げて言うロレッタ。

 その言葉を聞いてメドラの額に血管が浮かび上がる。太っ!? 皮膚の下に「すりこ木」でも入ってんの、それ!?


「ちょっと、待ってておくれ……」


 ゆらりと立ち上がり、メドラがドアの外へ出ていく……そして。


「逃げんじゃないよ、あんたらっ! 見つけ出して骨を粉々にしてやろうかい!?」


 ……店先で物騒なこと叫んでんじゃねぇよ…………


「待たせたねぇ。ほら、入んな!」

「は、はい……」


 メドラに促されて、ガタイのいい男たちがぞろぞろと店内に入ってくる。

 全員、死人みたいな真っ青な顔をしているが、その顔はどれも見覚えのあるものだった。


「お前ら、あの時のゴロツキじゃねぇか」


 それは、カンタルチカで虫騒動を起こしたバカ筋肉の二人組と、檸檬と陽だまり亭で食中毒騒動を起こした爬虫類のオットマー、そして、陽だまり亭で居座り騒動を起こしたロン毛他強面集団だった。


「筋を通しな!」

「「「「「はいっ!」」」」」


 泣きそうな絶叫を上げて、ごつい男たちが一斉に土下座をする。

 陽だまり亭の床が、筋肉に埋め尽くされる…………えぇ……なにこれ……


「「「「「申し訳ありませんでした!」」」」」


 そう思うなら、もうちょっとやり方を考えろ。

 筋肉に埋め尽くされた食堂って……どんな営業妨害だよ?


「ダーリンの話を聞いて、すぐに構成員を集めて事情を聴いたんだよ」

「体にか?」

「はっはっはっ! もちろん、話し合いでさ!」


 と言うメドラの拳は、固く、固く握られていた。……土下座してる連中、ものすげぇ震えてんじゃん……どんな話し合いだよ?


「すでに分かっていることかもしれないが、順を追って説明させてもらうよ」


 声のトーンを変えて、メドラは神妙な面持ちで語り始める。


「そもそも、『四十二区が街門を作ろうとしている』って話をリカルドから聞いたのが始まりだったのさ」


 それは、相談というようなものではなく、世間話の一つだったらしい。

 昔からの知り合いではあるが、別にべったり一緒にいるわけではないらしく、リカルドが領主になってからは月に一度会うかどうかという関係らしい。

 そんな中、たまたま会う機会があり、そこで聞かされたのが四十二区の街門設置の話だったということだ。


「アタシは頭に血が上っちまってね。『四十一区の利益を横取りするつもりなのか』ってね」


 筋も通さない、無作法な領主代行が強行したと、思ったらしい。


「それで、その不作法者がどんな街門を作ろうとしてるのか、ウチの若いもんを視察に送り込んだのさ」


 その下っ端が、虫騒動の右筋肉と左筋肉だったってわけだ。


「そうしたら、このバカども……」

「ひっ!」

「す、すんませんっした!」

「ふん……そんな状態じゃろくに説明も出来ないだろうね……アタシの口から話させてもらってもいいかい?」


 メドラが重く、腹に響く声で言う。

 そして、淡々とした口調でこれまでの経緯を話し始めた。


 カンタルチカで虫騒動を起こした右筋肉と左筋肉は、俺が予測した通り、自分たちの意思で嫌がらせを行ったという。


 メドラが責任逃れのために部下に責任を擦りつけた……というわけではないことははっきりと分かる。

 衆目の中、どこの馬の骨とも知れない俺に土下座が出来る女だ。そんな小細工はしないだろう。それに、筋肉どもの語った理由というのが、想定外ではあったが、ある種納得出来るものだったのだ。


「マ……ママに、喜んでもらいたくて……」


 こいつらが不祥事を起こした、その動機……それは、メドラを喜ばせようとして、というものだった。

 俺には、そういう感覚がよく理解出来ないのだが……力のある者に認められることに生き甲斐を感じる者は、少なくない人数、確かにいるのだ。

 ……つか、『ママ』って呼ばれてんだな、メドラ…………はは。


 聞けば、視察に来た筋肉どもは、四十二区が綺麗に生まれ変わっていることに驚いたそうだ。自分たちよりも格下だと見下していた四十二区が、四十一区よりも明らかに美しく、清潔になっていたのだ。

 おまけに、街には美味そうないい匂いが立ち込め、街を行く女たちは華やかで皆笑顔だった。

 そして、その女たちが口々に噂していたのが……『ケーキ』だった。


『ケーキ』というのは、四十区のラグジュアリーという喫茶店で出される、貴族が好んで食べる嗜好品だと、こいつらは知識で知っていた。

 そんな上流階級の食い物が、最底辺の四十二区で出回っている。

 どうせニセモノ、紛い物だと食べてみた結果……信じられないような美味さだった……と、筋肉どもは興奮気味に語った。


 そして、こう思ったわけだ…………「生意気だ」と。


「四十二区の視察を命じられた時、ママは凄く怒ってた。だから、四十二区の連中が薄汚ぇことを仕出かしてんだと思った。ケーキも、街並みも、みんなそうやって、四十一区の利益を横取りして手に入れたんだと…………そう思ったら……オレ、許せなくてよ…………」


 ぶっ壊してやる。


 そう思ったらしい。

 そうすれば『ママ』が喜んでくれる。自分を褒めてくれると。


 こいつらは、絶対的な力を誇り、自分たちの上に君臨する『ママ』に認められるのが、何よりの誇り、生き甲斐、プライドなのだ。

 ヤンキーがチームのトップを心酔する行為に似ている。


 自分たちが忠誠を誓うトップを脅かすような存在が現れれば、その行為が自らの命を顧みない無謀なものだとしても猪突猛進に立ち向かっていく。

 後先のことなど考えず、無関係な人間を巻き込むことも厭わずに、だ。


 そこにある思いはただ一つ。

 己が憧憬の念を抱くその人の「特別な存在になりたい」


 その思いが、何よりも強固な忠誠心と団結力を生み出している。

 だからこそ、狩猟ギルドはこれほどの力を誇っているのだ。


 今回、筋肉どもはその思いが暴走して問題を起こしてしまった。

 リカルドのところにもいるようだしな。リカルドのために自分の判断で言論を弾圧する憲兵が。

 ……俺には、いねぇよな、そんなヤツ?


「「すっ、すんませんでした!」」


 床に頭をこすりつける筋肉たち。


 で、その他のゴロツキどもは、この筋肉が雇った連中なんだそうだ。

 虫の一件で俺に返り討ちに遭った筋肉は、身元がバレかけた恐怖から、姑息な偽装工作に出た。四十区のゴロツキを使ったのだ。

 そうして、自分たちもその仲間だと思い込ませようとしたらしい。

 ついでに、鼻持ちならない俺に一泡吹かせてやれればなおよし、ってことだったようだが。


 なるほどねぇ。

 だから、二回目はオットマーみたいなバカ丸出しのバカで、その後がやけに本気度の高いロン毛たちだったのか。

 二度目はただの目くらましの予定だった。だが、また俺に返り討ちにされ、ムキになってしまったわけだ。……結局は返り討ちに遭うわけだが……


「そして、こいつらから聞いたのさ。『四十二区が軍備を拡大してる』ってね」


 ゴロツキたちを追い払うために行った演出――ベッコに作らせた兵士の蝋人形の行進――が、事態をより悪い方向へと導くきっかけになってしまったというわけだ。


「けどね、実際ここに来て分かったよ。軍備を拡大してる気配なんて微塵もない。アタシにはそれがはっきりと分かる」


 さすがメドラと言ったところか。幾千の修羅場をくぐり抜けてきた本物には、そんなまやかしは通用しないということなのだろう。


「だが、あの時のアタシは相当頭に血が上っていてね。言い訳にしかならないが、こいつらの報告をそのまま信じ込んでしまったのさ」


 そして、メドラの怒りはついに最高潮に達する。

 そんな折に、狩猟ギルドの支部に対する『スワームの討伐依頼』だ。タイミングが悪過ぎたとしか言いようがない。


「あそこの支部は『四十二区内の魔獣を狩るために』貸し出しているもんだ。勝手な仕事を押しつけられちゃ堪ったもんじゃない! だから、ウッセには『動くな』と指示を出したのさ」


 要は、説明不足だったのだ。

 きちんと説明をして、正式な手順を踏めばこんなことにはならなかった。

 ……もっとも、メドラもかなり短絡的に強権を振りかざしているけどな。


 そして、すべての経緯を話し終え、メドラが空気を切り替えるように息を吸い込んだ。それだけで場の空気がピリッと引き締まったような気がした。


「今回の一連の騒動、アタシに責任が無いとは思っちゃいない! ウチのバカどもが仕出かしたことは、責任者であるアタシの監督不行き届きだ! きっちり詫びを入れさせてもらう! すまなかった!」


 誰よりも漢らしい土下座を見せるメドラ。

 筋肉どもには、これが一番効いたかもしれない。尊敬し、心酔するメドラに土下座をさせてしまったのだ。自分たちの愚かさを恥じて、もう二度とこんな愚行は繰り返さないだろう。


「だが、これだけは分かっておくれ! リカルドには責任はない! あの子は何もしちゃいない! アタシが勝手に視察を指示したんだ。リカルドに言われてやったことじゃない! 全部アタシが、アタシの考えでやったことだ! リカルドは、このことを知りもしなかったんだ! 信用出来ないなら、アタシに『精霊の審判』をかけてくれても構わないよ!」


 ザワッ……と、空気が波打つ。

 筋肉たちが不安そうな表情を見せる。


 メドラほどの人物が『精霊の審判』を受けることなど、これまではなかったのだろう。

 メドラにそんなことをしようとすれば、たちまちのうちに狩猟ギルドの連中に叩きのめされるだろうからな。


 今、メドラは己の人生を差し出した。

 信じていても、不安は拭えない。万が一という可能性を否定出来ないからだ。


 もし俺が今、メドラに指を向けたら……筋肉たちは飛びかかってくるだろう。俺の息の根を止めようとするに違いない。それくらい必死に、他の何を犠牲にしてでも、『精霊の審判』は阻止したいものなのだ。


 そいつを脅し以外で使う勇気は、ちょっとやそっとでは出せねぇな。

 メドラの人生は、俺には重過ぎる。背負い込む覚悟もねぇしな。


「メドラ。お前の言葉を信じるよ」


 ほっ……と、空気が弛緩する。

 安堵の空気が、波紋のように広がっていく。


 そもそも、『単純に気に入らないから』以外で、リカルドが四十二区のケーキを邪魔する理由が無いんだよな。

 今の話を聞けば、「あぁ、なるほどな」と納得出来る。


 こちらから見れば、すべてが関係づけられた大きなうねりに見えた数々の事象も、蓋を開けてみれば勘違いと思い込みと、個人的な欲求が折り重なっておかしな方向にぶっ飛んでいってしまった結果だったってわけだ。


 案外、現実とはそういうものなのかもしれない。ドラマじゃないからこそ、ふとしたきっかけで思いもよらない方向へ突き抜けてしまう。


 だが、恐ろしいのはそれらの感情が『積み重なっていく』ということだ。

 積み重ねて、高く積み上がってしまったら……そいつはいつか崩れ落ちてしまう。

 そうなる前に、危ないものは除去してやった方がいい。


 誰の目から見ても明らかで、白黒ついて、尚且つ誰もがスッキリする……そんな方法で。


「とりあえず分かったよ。この件に関してリカルドを責めることはしない。約束しよう」

「そうかい……ありがとうね、ダーリン」

「……ダーリンやめない?」

「名前で呼ぶのは……恥ずかしいじゃないか」


 照れるな、おぞましい!

 つか、ダーリンの方がよっぽど恥ずかしいわ。


「だが、俺らにだけ謝るんじゃなくて、迷惑をかけたカンタルチカと檸檬に……」

「もちろんだ。これから行って、丁寧に謝罪をしてくる。許してもらえるように、誠意を込めてね」

「そっか」


 迷惑をかけたすべての者に、一軒一軒、真摯に対応していくつもりらしい。


「だが、まずはあんたに聞いてほしかったんだ」


 メドラが薄く笑みを浮かべる。

 どこまでも潔い性格をしている。


「謝罪だけで気が済まないなら、アタシのことを、煮るなり焼くなり、慰み者にするなり、好きにしておくれ!」

「いや、それはいい」

「そう言わずに!」

「いらねっつってんだろ!?」

「好きにしておくれ!」

「ちょっと意味深になってんじゃねぇか、そのワード!」

「滅茶苦茶にしておくれ!」

「だから怖ぇっつの!」


 迫りくる魔神を押し返し、俺はジネットへと視線を向ける。

 目の保養……でもあるのだが。


「……ってことで、いいか?」

「はい。もう十分いただきました」


 謝罪はもう十分だそうだ。

 ま、分かってたけどな、そう言うだろうなって。


 怯えるマグダとロレッタにはなるべく触れないようにしつつ、俺はごつい男と、それ以上にごつい女を引き連れてカンタルチカを目指した。

 いきなりこんな団体が来たらパウラが泣いちまうからな。

 俺が間に入って説明をしてやったのだ。


 それからまた、盛大な土下座が繰り広げられた。


 最初は汚物を見るような目でゴロツキどもを睨んでいたパウラだったが……


「まぁ、ギルド長さんがそこまで言ってくれるなら……許してあげてもいい、かな。もう二度としないって誓ってくれるならね!」

「「「「はいっ! 誓いますっ!」」」」


 床に這いつくばる筋肉たちの絶叫。

 ……トラウマになりそうだ。


 その後檸檬へ移動し、同じような土下座を繰り広げ……この騒動は終結した。



 ……と、思ったのだが。



「よぉし、あんたら! 今日一日は、ご迷惑をおかけしたお店でタダ働きしておいで! どんな仕事も嫌がらず喜んで引き受け、人が嫌がる仕事は率先してやらせていただくこと! 分かったね!?」

「「はいっ! ママッ!」」

「「「「うっす! 了解っす!」」」」


 メドラが……なんか不吉なことを言い出した……


「ね、ねぇ、ヤシロ……もしかしてだけど…………手伝わせろって、こと?」

「……みたいだな」

「いや、ムリムリムリ! ウチ、あんな筋肉置いとくとこない!」


 インテリア扱いかよ……


 そして、悪夢のような一日が始まった……







「通行人ども、よくお聞き!」


 カンタルチカの前でメドラが大声を張り上げる。


「あんたらぁ、今日の飯はカンタルチカか、陽だまり亭で食いな! そして、食後には檸檬でデザートを食べるんだ! いいかい、分かったね!?」

「「「「「はいっ!」」」」」


 なぜか、四十二区の住人たちまでもがメドラの命令に従順に従う。

 これが、カリスマ性…………いや、恐怖だな、うん。


「全~員~整~列~!」


 軍隊もかくやという、見事な足並みであっという間に通行人の隊列が組まれる。

 なに……軍事演習?


「一番から十八番までは店内に入んな! 残りはここで待機だよ!」

「「「「「はいっ!」」」」」


 この状況……メドラと四十二区の住民、どっちが異常なんだろうな?


「ヤシロー!」


 筋肉とオッサンどもに埋め尽くされたカンタルチカから、パウラが泣きそうな顔で駆けてくる。


「凄いお客さんの量!? なにこれ!? どうすればいいの!?」

「とりあえず、普通に営業しとけ」

「筋肉がいるだけで全然普通じゃないんだけど!?」

「コキ使ってやれよ」

「もう! 他人事だと思って!」


 ぷぅ! と頬を膨らませるパウラ。

 だが、店にお客さんが溢れ返ってとても嬉しそうだった。尻尾がパタパタしている。


「ん? ダーリン、尻尾が好きなのかい? よしきた!」

「やめてください。お願いします」

「そう遠慮すんじゃないよ!」

「やめないと四十二区の出入りを禁止するぞ」

「ん~ん! 控え目なところも好感触だよ、ダ~リン」


 ぞわぞわぞわ……


「ヤシロ……あんた……」

「違うぞ。とにかく、違うから」


 俺と同じく、メドラの言葉でぞわぞわしているパウラ。

 そんな目で見ないでくれ……俺、泣いちゃうぞ。


「パウラの姐さぁーん!」

「誰が姐さんよ!?」


 店の入り口から、ガタイのいい男がパウラを呼ぶ。


「店、回ってないです! 戻ってきてくださぁーい!」

「もう! なんでこれだけの数で回んなくなるのよ!? しょうがないなぁ!」


 ぷりぷり怒りながらも、パウラは楽しそうな顔で店へと戻っていった。

 きっとあのゴロツキどもは、このあと一日きっちりとしごかれて、午後にはそれなりの接客が出来るようになっているだろう。

 パウラなら、そういうところを上手くやる。


「それじゃ、アタシらも行こうかね」

「……行くって、どこにだよ?」


 大通りに二人。俺とメドラは並んで立っている。

 嫌な予感しかしないメドラの言葉に、自然と顔が引き攣ってしまう……


「陽だまり亭は、アタシが手伝ってやる!」


 正直…………今すぐ帰ってほしい……っ。


「さぁ、行くよ! もりもり働かないと、客は待ってくれやしないからねぇ!」


 首根っこを掴まえられ、俺は引き摺られるようにして陽だまり亭へと戻った……いや、連行されていった。



 その日一日限定で……陽だまり亭に新しいウェイトレスが誕生した…………ご指名、してみるか?







いつもありがとうございます。



『メドラ襲来』


なんか、怪獣映画みたいなサブタイトルですが……まぁ、内容も似たようなものですね。



さて。

感想欄、いつも楽しい空間を維持してくださりありがとうございます。


凄く幸せを感じつつ、ちょっとひーひー言いながら全力で対応させていただいております。


そんな中、以前から、何度か言われていることがありまして……


「それなら、『精霊の審判』使えばよくない?」


という趣旨のご指摘なのですが、

『精霊の審判』の乱発による危険性は本編内にて随所で説明しておりますので、是非ご一読くださいませ。

今後は、同様の質問に対しては、「既出事案です」とお返しさせえていただきます。


また、会話記録カンバセーション・レコードに関しましても、

「すべての会話が記録されているもの」ですので、他人に見られるのは、

彼女とのラブラブメールとか、受付嬢との不倫メールを見られることよりもヤバイことだとご認識ください。


彼女「ねぇ……」

彼「ん?」

彼女「メール見せて」

彼「ななななななな、なんでなんで? なんで、そそそ、そういうこと、え、メール? なんで? なんでなんで? メールを? え? え? なんで? いや、別に何もないけど、でもなんで? メールって、あの、メール? え、でもなんで? なんで? いや~そうか、メール……え、なんで? いや、マジでなんで? なんもないけど、マジでなんもないけど……え、なんで?」


みたいな感じになるので、よほどのことがない限り行使出来ないものとご認識ください。



どんな作品にも言えることですが、

世界の成り立ちがあり、そこで均衡を保ちながら生きている人々がいるということは、

そこに何かしら人々が平常に暮らしていける『理由』があるのだと思います。

でなければ、そんな世界はとうに滅びていることでしょう。


『物語の都合上』といってしまえばそれまでですが、

物語の中で生きる人々にも、一人一人心があり、考えがあり、だからこそ一筋縄で行かない部分があり、悩み、迷い、時には間違いを犯しながらも、協力し合い助け合いながら、答えにたどり着いていくのだと私は思います。

そんな彼らを、実在する人間と同じように身近に感じてもらえれば、とても嬉しいです。



あ、それから………………ぷぷぷーっ、リア充ザマァ……




さて、



8月22日は


8(おっぱい)2(つる)2(つる)で、ぺったん娘の日なわけですが、


みなさん、ぺったん娘はお好きですか?


(」゜□゜)」< 愚問じゃー!

(」゜□゜)」< 愚問じゃー!

(」゜□゜)」< 愚問じゃー!

(」゜□゜)」< 愚問じゃー!

(」゜□゜)」< 愚問じゃー!

(」゜□゜)」< 愚問じゃー!

(」゜□゜)」< 五人合わせて!

(」゜□゜)」(」゜□゜)」(」゜□゜)」(」゜□゜)」(」゜□゜)」< ぐもれんじゃー!

(」゜□゜)」< 一人余ってもたー!




――陽だまり亭二階・マグダの部屋


マグダ「……第一回、ぺったん娘超会議~」

エステラ「すまないが、急用を思い出した!」

妹「そうはとんやがおろさへんー」

妹「ざんねんやなー」

妹「かんねんしぃやぁー」

妹「逃がさへんでー」

エステラ「……みんな、レジーナの手伝いしてたのかい?」

妹「「「「なんで分かるのん? ヤラシイわぁー」

エステラ「……ちょっと、配属先の変更を検討するよ」

シェリル「ねー、なにすゅのぉ?」

エステラ「ヤップロックのとこのシェリルまで連れてきて……何がしたいのさ?」

マグダ「……ぺんったん娘フェアを開催する」

エステラ「物凄く協力したくない!」

シェリル「おてつだいすゅー!」

エステラ「しなくていいんだよ、シェリル! 今すぐトットに迎えに来てもらうから、早く帰ろうね」

シェリル「おにぃーたん!」


――ドア、ノックされる


エステラ「あれ? 本当にトットかな?」

マグダ「……違う。本日のスペシャルゲスト」

エステラ「……誰を呼んだんだい?」


――ドア、ゆっくりと開く


マグダ「……ぺったん娘界のビッグバスト。巨乳のミリィ」

ミリィ「ぁう……ものすごく、入りにくいよぅ……」

エステラ「……ミリィはぺったん娘じゃないだろう? ………………ボクも違うけどね!」

マグダ「……ミリィには、司会進行をお願いする」

ミリィ「ぇ……たぶん、むり……だよ?」

マグダ「……平気。小粋なジョークで会場を盛り上げつつ会議を進行してくれればいい」

ミリィ「ぁう……むり……」

マグダ「……大丈夫、ミリィはやれば出来る巨乳」

ミリィ「ぅう……巨乳じゃないよぅ……」

エステラ「つまり、マグダは何がしたいのさ?」

マグダ「……陽だまり亭でぺったん娘の良さを四十二区内に知らしめ……」

シェリル「しらめしー!」

マグダ「……ぺったん娘の地位を向上させ……」

シェリル「じょーこーせー!」

マグダ「……結婚適齢期に差しかかるエステラにいい縁談を!」

エステラ「大きなお世話だよ!」

マグダ「……マグダは、親友として、エステラが…………し・ん・ぱ・うぃ」

エステラ「最後の『うぃ』に悪意を感じたよ……」

マグダ「……ヤシロが五人ほどいれば、一つ分けてあげるのだけれど……」

エステラ「なっ、な、なんでそこでヤシロが出てくるのさ!?」

マグダ「……ヤシロが五人もいると…………世界が滅ぶ」

エステラ「……あぁ、なんか見える気がするなぁ、その未来…………」

シェリル「みりぃー!」

ミリィ「みらい、だよ? みりぃは、みりぃのことね」

シェリル「みりぃ?」

ミリィ「ぅん。みりぃは、みりぃだよ」

シェリル「みらいから来たの?」

ミリィ「ぅうん……お花屋さんからきたの」

シェリル「……なんで?」

ミリィ「…………それね、みりぃも知りたいの……」


――ノック、ヤシロが顔を覗かせる


ヤシロ「おい、何やってんだよ……うっわ! 暗っ!? なにこの部屋のこの空気!?」

エステラ「ヤシロ……」

ヤシロ「なんだよ?」

エステラ「…………君は、増えないようにね」

ヤシロ「……なんの話してたんだよ、お前ら?」



――おっぱいの話です!



ぺったん娘フェア……あれば絶対行くのに!



今後ともよろしくお願いいたします。



宮地拓海



追伸:

本日またまたレビューをいただきました!

それも2つも!!


確認したのが投稿の直前だったため、明日、改めてお礼を申し上げさせていただこうと思います。


(」゜□゜)」< 皆様のこと、おっぱいと同じくらい好きだよー!!


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