第234回 転んだ椅子(後編)

「サイコロも、斜めに立てればよかったんだね!」というユーリ。今度はいったい何を見つけたの?「群とシンメトリー」シーズン第2章後編。

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

僕の部屋

ユーリはサイコロの置き方についておしゃべりを続けている。

ユーリ「……おもしろーい! なにこの《うまくはまる》感じ! 《あたりまえ》っぽいのに《不思議》な感じ!」

「おもしろいよね。

  • サイコロの置き方24通り
  • 机の上に来る頂点の並び方24通り
  • 対角線の並び方24通り
  • ABCDの順列24通り
それがきっちり対応付いているからおもしろいんだろうなあ。 《同じものを別の目で見ている感じ》がするからだね」

ユーリ「同じものを……別の目で」

「そうだよ。僕たちはサイコロの置き方にABCDのように名前を付けた。でもそれは適当に付けたわけじゃない。並びに意味がある。 だからこそ、サイコロの置き方の変化が、名前の変化とうまく呼応しているんだね」

ユーリ「ふーん……そっか、たとえばこれもそーだね。A,B,C,D4個が全部ズレていくパターン!」

ABCDBCDACDABDABC

「ああ、そうだね。これは面の中心を通る回転軸での回転だね」

ABCDBCDACDABDABC

ユーリ「……」

「……」

ユーリはしばらく考えている。

ユーリ「ねーお兄ちゃん、気付いたことあるんだけど……」

「何?」

ユーリ「あのね……サイコロの面があって、その中心を通る回転軸だと、4回で元に戻るよね」

「そうだね」

ユーリ「面の中心を通る回転軸だと、4回で元に戻るけど、それって《サイコロの面が、正4角形だから》だよね」

4角形の回転

「うん、確かにそういうことになる。正方形……正4角形を90度回したとき、ちょうど自分自身と重なる。そして、90度回転が4回で360度。元に戻る」

ユーリ「面の中心で回転すると、4回で元に戻るってゆーのは、《面》が正4角形だから。でね、頂点を結ぶ対角線で回転すると、3回で元に戻るじゃん。 それって《ここ》に正3角形があるからだよね!」

3角形の回転

「なるほど」

ユーリ「あれ、何で感動しないの? 『ほんとにそうだね。ユーリは賢いなあ!』って言ってくんないの? これ、正3角形だよね?だって正方形の対角線だもん」

「いやいや、ユーリは賢いよ。確かにこれは正3角形になるし。いまはちょっと、ユーリが言ってたことを考えてただけなんだ。 立方体の対角線で回転したときに3回で元に戻るのは、《そこに正3角形があるから》なのかなって……」

ユーリ「違うの?」

「《正3角形があるから、3回で戻る》のか《3回で戻るとき、そこには正3角形が見つかる》のどっちなのかな……って考えていたんだ」

ユーリ「うわなにその微妙な話!」

「それはそれとして、正6面体の中にある正3角形を見つけるというのは楽しいな」

ユーリ「でね、でね、話はまだあるの。面の中心で回すと4回で戻る。頂点で回すと3回で戻る。 辺の中点を通る回転軸のときは、2回で元に戻るでしょ?」

「そうだね。表と裏をひっくり返すように」

ユーリ2回で元に戻るのは《サイコロの辺が、正2角形だから》っていえる!」

「サイコロの辺が、正2角形! ……ふつうはそうはいわないけど、確かにユーリの考えは正しいぞ。線分の両端を角度が0度の角だと見なすなら、いわば正2角形だ!」

2角形の回転

ユーリ「これってすごくない?」

「すごいすごい。ユーリのその発想はすごいなあ。《n回で元に戻るところに正n角形あり》ということなんだね。ユーリはほんとに賢いなあ」

ユーリ「へへ」

「ユーリは回転で不変な形に注目していたことになるね」

ユーリ「ふへん」

「ほら、ミルカさんがよくいう《不変性》のことだよ。何かを変化させたとき、もしも不変なものがあったらそれに注目する。 不変なものは大事なことを教えてくれることがある」

ユーリ「不変なもの……」

それからしばらく、ユーリはそれぞれに立方体の図を描いたり、無言で考えたりして過ごした。

やがて、ユーリがまた口を開く。

ユーリ「ねーお兄ちゃん。さっきの話でちょっと気付いたことがあるんだけど」

「さっきの話」

ユーリ「面の中心で回して4回で戻るのは、長いのをつぶしてもいーからだよね」

「つぶしてもいい?」

ユーリ「なんてゆーか……正6面体のサイコロを一枚に、ぺしゃんとしてもいーよね?」

6面体をつぶす

「ああ、そういうことか。そうだね。つぶしても4回で戻るようすは同じといえる。イメージとしてね」

ユーリ「つぶすのを逆にして、引き延ばしてもいーよね」

6面体を引き延ばす

「ははは!確かにね。ユーリがいま言った《○○してもいーよね》というのは、 《○○したとしても、4回で元に戻るという性質は変わらない》……という意味なんだね」

ユーリ「さっきからそー言ってるじゃん」

「いや、言ってはいないよ……」

ユーリ「正4角形は4回で元に戻るんだけど、それじゃなくても《4回で戻る》仲間はいっぱいあるって言いたいの」

「うん。それは深い話だな。形の対称性の話だね(第232回参照)。回転軸方向につぶしたり、引き延ばしたりしても、同じ仲間のまま。 もちろん、引き延ばしたら立方体じゃなくなるから、他の回転軸では回せなくなるけど」

ユーリ「それはわかってるの!うーん……あんまりおもしろい話じゃなかった?」

「いやいや、そんなことないよ。ユーリはそんなふうにつぶしたり引き延ばしたりしてみたかったんだね」

ユーリ「そだよ。それでね。サイコロの形……正6面体ってゆーのは、そゆのをぜんぶ集めた対称性を持ってるのかにゃー……って考えてたの」

「んんん? いま大事そうなこと言ったね。ユーリ、もう一度言って?」

ユーリ「回転軸が1本だと、さっきみたいにつぶしたり引き延ばしたりできるじゃん?回転軸が3本あると、そうも行かない。 だから、ちょうどいい形になったところが正6面体なのかなー……あーもー、うまく言えにゃい!」

「いや、ユーリの言いたいことがわかってきたよ。正6面体では、面の中心を通る回転軸は3本あって、 3本のどれを使っても、90度回したところで自分自身と重なる。 そして4回まわしたら元に戻る。 そんな立体は正6面体に限るんじゃないかってことだろうか」

ユーリ「うん!そーでしょ?」

「いや、そうじゃないよ」

ユーリ「?」

「直交する3本の直線があって、それを3本の回転軸だと考えることにする。正6面体のサイコロと同じように、回転軸を使って90度回すごとに、自分自身とぴったり重なる立体があったとする。 もちろんその立体は同じ軸を4回まわすと元に戻る……そういう立体は正6面体のサイコロ以外にもあるよ」

ユーリ「ほんとに?」

「たくさんあるけど、たとえば正8面体はそうなるよね」

8面体

ユーリ「ほほー」

「だって、ほら、正6面体の各面の中心を結んだら、正8面体の辺になる」

6面体と正8面体

ユーリ「宝石パッケージみたい!」

「なんだそれ……ともかく、正8面体は正6面体の中に対称性を保ったまま設置できる。対称性を保ったままというのは、両方の回転軸をぴったりと合わせたままということ。 面の中心を通る回転軸はもちろんそうだね」

6面体と正8面体(面を通る回転軸)

ユーリ「うん、それはわかる」

「正6面体の置き方が24通りあったのと同じように、正8面体の置き方も24通りあることになる」

6面体と正8面体(三種類の回転軸)

「それから、逆に正8面体の各面の中心を結ぶと、正6面体になる。双対だね」

6面体と正8面体

ユーリ「おおっ、かっけー!」

「つまり、こうだね。

  • 《正6面体のの数》は《正8面体の頂点の数》に等しい。どちらも6個。
  • 《正8面体のの数》は《正6面体の頂点の数》に等しい。どちらも8個。
二つの立体がうまく入れ替わる感じがわかるかなあ」

ユーリ「わかったわかった。なーるほどね! ……ねえ、お兄ちゃん。回転を考えるときは、正6面体も斜めに立てればよかったんだね」

「何の話?」

ユーリ「いまお兄ちゃんは正8面体を斜めに立てたじゃん? 頂点を上下にして置いた」

「そうだね」

ユーリ「同じように正6面体のサイコロも、頂点を上下にして置いたら、対角線での回転がわかりやすかったかもって思ったの」

6面体を斜めに立てる

「なるほど、確かにそうかもしれないな。正6面体を考えるとき、どうしてもサイコロをイメージするから、 机の上に面を置くような配置で考えちゃうね。 ユーリがいうように斜めに……頂点を上下にして正6面体を置いたら、 回転を考えやすかったかもしれないなあ」

ユーリ「なんでだろね」

「サイコロを斜めに回転させるのは、想像しにくいから……きっと斜めの回転軸を見慣れていないからじゃないかな。ほら、丸いお皿や茶碗みたいに、回転対称のものは回転軸が垂直になっているものが多いよね、身の回りに。 メリーゴーラウンドとかね」

ユーリ「えー、そーかにゃあ。要出典! それに、メリーゴーラウンドって身の回りのもの?」

「じゃあ、回転軸が斜めになっている身の回りのものを挙げてごらんよ」

ユーリ「……地球とか」

「いきなりでかいものがやってきたな。地軸が傾いているって?」

ユーリ「うーん……地球儀とか」

4面体

「ところで、ユーリが正6面体を斜めにしてくれたから、正4面体も見つけやすくなったね」

ユーリ「正4面体?」

「さっきユーリが見つけた正3角形を底面とする三角錐で、すべての面が正三角形になっているものだよ」

ユーリ「三角錐はわかるけど、すべての面が正三角形になる?」

6面体中の三角錐

「そっちじゃなくて、こっち側」

6面体中の正4面体

ユーリ「ほほー! そっか。正方形の対角線が辺になっている正4面体ってこと?」

正方形の対角線

「そういうこと。正6面体の面が正方形で、その対角線を使ってる」

ユーリ「むむっ。正6面体の面は6個で、正4面体の辺は6本……

  • 《正6面体のの数》は《正4面体のの数》に等しい。どちらも4
……さっきの話と似てる!」

「そうだね。正8面体と正6角形では《面》と《頂点》が対応してた。正4面体と正6面体では《面》と《辺》が対応している。 同じ正方形の対角線だから、長さはぜんぶ等しくなる。正6面体の中に正4面体をすっぽり入れた感じだ」

ユーリ「きらりーん!☆ だったら、4面体の置き方は12通りだね!」

「おお!そうだね。どう考えたの?」

ユーリ「だって、正6面体の中に正4面体の入れ方は二通りあるじゃん。面を上にするのと、頂点を上にするのと」

6面体中の正4面体(二通りの入れ方)

「そうだね」

ユーリ「正6面体の置き方は全部で24通りあるから、正4面体の置き方はその半分の12通り!」

「それは正しいな。普通に考えても同じ値になるよ。正4面体のどの面を下に置くかで4通りあって、 そのそれぞれについて回し方が3通りある。だから、4×3=12通り。同じだね」

ユーリ「そっか……ねー、お兄ちゃん。だったら、サイコロの置き方が24通りで4!になったのは偶然なんだね」

「偶然?」

ユーリ「だって、正4面体の置き方は12通り。正6面体の置き方は24通り。正8面体の置き方も24通り。面の数が増えたからといって規則的に増えていくのでもないし、 正4面体の置き方もそもそも階乗じゃないし」

「ああ、そうだね。正多面体の面が正m角形だったら、置き方はm!通りある……みたいな規則性は確かにないねえ。

ユーリ「正4面体、正6面体、正8面体……あと何があるんだっけ」

「正多面体には、あと正12面体と正20面体がある」

ユーリ「正12面体って、正5角形だっけ?」

「そうだね。正12面体は合同な正5角形を12枚集めて作る」

12面体

ユーリ「……」

「正12面体の置き方は、全部で何通りかというと……」

ユーリ「ねねね、お兄ちゃん、その前に入れてみてよ」

「入れるとは?」

ユーリ「さっき、正8面体の中に正6面体を入れたじゃん? あれと同じよーに」

8面体の中に正6面体を入れる

「同じようにって……12面体の中に正6面体を入れるってこと? いや、それは無理じゃないかな、だって、正5角形には直角がないんだよ」

ユーリ「は? だって正3角形にも直角ないじゃん。でも入れられたよ」

「おっと、確かに」

ユーリ「正3角形には直角はないけど、でも、正8面体の中に正6面体は入れられたよね。正8面体の面の中心を結んで、正6面体ができたよ。 だったら、うまいことやって、正12面体に正6面体も入れられない?」

「いや、正12面体の面の中心を結ぶと、できるのは正20面体なんだよ。だから、同じようにしたら、12面体の中に正20面体を入れることになるんだ」

ユーリ「あー……」

「そうだよ。正6面体と正8面体が双対の関係にあるように、正12面体と正20面体は双対の関係にある」

  • 《正12面体のの数》は《正20面体の頂点の数》に等しい。どちらも12個。
  • 《正20面体のの数》は《正12面体の頂点の数》に等しい。どちらも20個。

ユーリ「へー……ちょーっと待った! お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃん!」

「なんだなんだ」

ユーリ「《正6面体のの数》は12本だよ!」

「そうだけど?」

ユーリ「それって、《正12面体のの数》と同じじゃん! 何とかなんない?」

「《正12面体の面の数》と、《正6面体の辺の数》が等しい……ということは、正12面体のひとつの《面》が、正6面体のひとつの《辺》になるようにする?」

ユーリ「《面》の中に《辺》を作る……」

「《面》の中に《辺》を作る……」

ユーリ「対角線?」

「対角線!」

12面体の中に正6面体を入れる

ユーリ「すごーい! 入ったじゃん!」

5角形の対角線

「確かに……正6面体、正8面体、正4面体の関係は考えたことがあったし、正12面体と正20面体の関係も考えたことがあった。 でも、正12面体と正6面体の関係は深く考えたことがなかったなあ……」

ユーリ「てことはさー、《正12面体の置き方》と《正6面体の置き方》も関係あるわけだよね。ねねね?」

「そうだね! そして、正12面体と正20面体は双対なんだから、《正20面体の置き方》と《正6面体の置き方》も関係しそうだな!」

ユーリ「あっ、それから、もしかして、正6面体の中にもうまいこと正12面体を入れられない?」

サイコロの置き方から始まったユーリの数学トークは、どこまでも終わりそうにない。

第234回終わり、第235回へ続く。次回はテトラちゃんのターン!

ケイクス

この連載について

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数学ガールの秘密ノート

結城浩

数学青春物語「数学ガール」の女子高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わってください。本シリーズはすでに何冊も書籍化されている人気連載です。 (毎週金曜日更新)

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