アマゾンで予約開始! 『数学ガールの秘密ノート/行列が描くもの』
登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
僕の部屋
僕とユーリはサイコロの置き方についておしゃべりを続けている。
ユーリ「……おもしろーい! なにこの《うまくはまる》感じ! 《あたりまえ》っぽいのに《不思議》な感じ!」
僕「おもしろいよね。
- サイコロの置き方通り
- 机の上に来る頂点の並び方通り
- 対角線の並び方通り
- の順列通り
ユーリ「同じものを……別の目で」
僕「そうだよ。僕たちはサイコロの置き方にのように名前を付けた。でもそれは適当に付けたわけじゃない。並びに意味がある。 だからこそ、サイコロの置き方の変化が、名前の変化とうまく呼応しているんだね」
ユーリ「ふーん……そっか、たとえばこれもそーだね。の個が全部ズレていくパターン!」
僕「ああ、そうだね。これは面の中心を通る回転軸での回転だね」
ユーリ「……」
僕「……」
ユーリはしばらく考えている。
ユーリ「ねーお兄ちゃん、気付いたことあるんだけど……」
僕「何?」
ユーリ「あのね……サイコロの面があって、その中心を通る回転軸だと、回で元に戻るよね」
僕「そうだね」
ユーリ「面の中心を通る回転軸だと、回で元に戻るけど、それって《サイコロの面が、正角形だから》だよね」
正角形の回転
僕「うん、確かにそういうことになる。正方形……正角形を度回したとき、ちょうど自分自身と重なる。そして、度回転が回で度。元に戻る」
ユーリ「面の中心で回転すると、回で元に戻るってゆーのは、《面》が正角形だから。でね、頂点を結ぶ対角線で回転すると、回で元に戻るじゃん。 それって《ここ》に正角形があるからだよね!」
正角形の回転
僕「なるほど」
ユーリ「あれ、何で感動しないの? 『ほんとにそうだね。ユーリは賢いなあ!』って言ってくんないの? これ、正角形だよね?だって正方形の対角線だもん」
僕「いやいや、ユーリは賢いよ。確かにこれは正角形になるし。いまはちょっと、ユーリが言ってたことを考えてただけなんだ。 立方体の対角線で回転したときに回で元に戻るのは、《そこに正角形があるから》なのかなって……」
ユーリ「違うの?」
僕「《正角形があるから、回で戻る》のか《回で戻るとき、そこには正角形が見つかる》のどっちなのかな……って考えていたんだ」
ユーリ「うわなにその微妙な話!」
僕「それはそれとして、正面体の中にある正角形を見つけるというのは楽しいな」
ユーリ「でね、でね、話はまだあるの。面の中心で回すと回で戻る。頂点で回すと回で戻る。 辺の中点を通る回転軸のときは、回で元に戻るでしょ?」
僕「そうだね。表と裏をひっくり返すように」
ユーリ「回で元に戻るのは《サイコロの辺が、正角形だから》っていえる!」
僕「サイコロの辺が、正角形! ……ふつうはそうはいわないけど、確かにユーリの考えは正しいぞ。線分の両端を角度が度の角だと見なすなら、いわば正角形だ!」
正角形の回転
ユーリ「これってすごくない?」
僕「すごいすごい。ユーリのその発想はすごいなあ。《回で元に戻るところに正角形あり》ということなんだね。ユーリはほんとに賢いなあ」
ユーリ「へへ」
僕「ユーリは回転で不変な形に注目していたことになるね」
ユーリ「ふへん」
僕「ほら、ミルカさんがよくいう《不変性》のことだよ。何かを変化させたとき、もしも不変なものがあったらそれに注目する。 不変なものは大事なことを教えてくれることがある」
ユーリ「不変なもの……」
それからしばらく、僕とユーリはそれぞれに立方体の図を描いたり、無言で考えたりして過ごした。
やがて、ユーリがまた口を開く。
ユーリ「ねーお兄ちゃん。さっきの話でちょっと気付いたことがあるんだけど」
僕「さっきの話」
ユーリ「面の中心で回して回で戻るのは、長いのをつぶしてもいーからだよね」
僕「つぶしてもいい?」
ユーリ「なんてゆーか……正面体のサイコロを一枚に、ぺしゃんとしてもいーよね?」
正面体をつぶす
僕「ああ、そういうことか。そうだね。つぶしても回で戻るようすは同じといえる。イメージとしてね」
ユーリ「つぶすのを逆にして、引き延ばしてもいーよね」
正面体を引き延ばす
僕「ははは!確かにね。ユーリがいま言った《○○してもいーよね》というのは、 《○○したとしても、回で元に戻るという性質は変わらない》……という意味なんだね」
ユーリ「さっきからそー言ってるじゃん」
僕「いや、言ってはいないよ……」
ユーリ「正角形は回で元に戻るんだけど、それじゃなくても《回で戻る》仲間はいっぱいあるって言いたいの」
僕「うん。それは深い話だな。形の対称性の話だね(第232回参照)。回転軸方向につぶしたり、引き延ばしたりしても、同じ仲間のまま。 もちろん、引き延ばしたら立方体じゃなくなるから、他の回転軸では回せなくなるけど」
ユーリ「それはわかってるの!うーん……あんまりおもしろい話じゃなかった?」
僕「いやいや、そんなことないよ。ユーリはそんなふうにつぶしたり引き延ばしたりしてみたかったんだね」
ユーリ「そだよ。それでね。サイコロの形……正面体ってゆーのは、そゆのをぜんぶ集めた対称性を持ってるのかにゃー……って考えてたの」
僕「んんん? いま大事そうなこと言ったね。ユーリ、もう一度言って?」
ユーリ「回転軸が本だと、さっきみたいにつぶしたり引き延ばしたりできるじゃん?回転軸が本あると、そうも行かない。 だから、ちょうどいい形になったところが正面体なのかなー……あーもー、うまく言えにゃい!」
僕「いや、ユーリの言いたいことがわかってきたよ。正面体では、面の中心を通る回転軸は本あって、 本のどれを使っても、度回したところで自分自身と重なる。 そして回まわしたら元に戻る。 そんな立体は正面体に限るんじゃないかってことだろうか」
ユーリ「うん!そーでしょ?」
僕「いや、そうじゃないよ」
ユーリ「?」
僕「直交する本の直線があって、それを本の回転軸だと考えることにする。正面体のサイコロと同じように、回転軸を使って度回すごとに、自分自身とぴったり重なる立体があったとする。 もちろんその立体は同じ軸を回まわすと元に戻る……そういう立体は正面体のサイコロ以外にもあるよ」
ユーリ「ほんとに?」
僕「たくさんあるけど、たとえば正面体はそうなるよね」
正面体
ユーリ「ほほー」
僕「だって、ほら、正面体の各面の中心を結んだら、正面体の辺になる」
正面体と正面体
ユーリ「宝石パッケージみたい!」
僕「なんだそれ……ともかく、正面体は正面体の中に対称性を保ったまま設置できる。対称性を保ったままというのは、両方の回転軸をぴったりと合わせたままということ。 面の中心を通る回転軸はもちろんそうだね」
正面体と正面体(面を通る回転軸)
ユーリ「うん、それはわかる」
僕「正面体の置き方が通りあったのと同じように、正面体の置き方も通りあることになる」
正面体と正面体(三種類の回転軸)
僕「それから、逆に正面体の各面の中心を結ぶと、正面体になる。双対だね」
正面体と正面体
ユーリ「おおっ、かっけー!」
僕「つまり、こうだね。
- 《正面体の面の数》は《正面体の頂点の数》に等しい。どちらも個。
- 《正面体の面の数》は《正面体の頂点の数》に等しい。どちらも個。
ユーリ「わかったわかった。なーるほどね! ……ねえ、お兄ちゃん。回転を考えるときは、正面体も斜めに立てればよかったんだね」
僕「何の話?」
ユーリ「いまお兄ちゃんは正面体を斜めに立てたじゃん? 頂点を上下にして置いた」
僕「そうだね」
ユーリ「同じように正面体のサイコロも、頂点を上下にして置いたら、対角線での回転がわかりやすかったかもって思ったの」
正面体を斜めに立てる
僕「なるほど、確かにそうかもしれないな。正面体を考えるとき、どうしてもサイコロをイメージするから、 机の上に面を置くような配置で考えちゃうね。 ユーリがいうように斜めに……頂点を上下にして正面体を置いたら、 回転を考えやすかったかもしれないなあ」
ユーリ「なんでだろね」
僕「サイコロを斜めに回転させるのは、想像しにくいから……きっと斜めの回転軸を見慣れていないからじゃないかな。ほら、丸いお皿や茶碗みたいに、回転対称のものは回転軸が垂直になっているものが多いよね、身の回りに。 メリーゴーラウンドとかね」
ユーリ「えー、そーかにゃあ。要出典! それに、メリーゴーラウンドって身の回りのもの?」
僕「じゃあ、回転軸が斜めになっている身の回りのものを挙げてごらんよ」
ユーリ「……地球とか」
僕「いきなりでかいものがやってきたな。地軸が傾いているって?」
ユーリ「うーん……地球儀とか」
正面体
僕「ところで、ユーリが正面体を斜めにしてくれたから、正面体も見つけやすくなったね」
ユーリ「正面体?」
僕「さっきユーリが見つけた正角形を底面とする三角錐で、すべての面が正三角形になっているものだよ」
ユーリ「三角錐はわかるけど、すべての面が正三角形になる?」
正面体中の三角錐
僕「そっちじゃなくて、こっち側」
正面体中の正面体
ユーリ「ほほー! そっか。正方形の対角線が辺になっている正面体ってこと?」
正方形の対角線
僕「そういうこと。正面体の面が正方形で、その対角線を使ってる」
ユーリ「むむっ。正面体の面は個で、正面体の辺は本……
- 《正面体の面の数》は《正面体の辺の数》に等しい。どちらも個
僕「そうだね。正面体と正角形では《面》と《頂点》が対応してた。正面体と正面体では《面》と《辺》が対応している。 同じ正方形の対角線だから、長さはぜんぶ等しくなる。正面体の中に正面体をすっぽり入れた感じだ」
ユーリ「きらりーん!☆ だったら、正面体の置き方は通りだね!」
僕「おお!そうだね。どう考えたの?」
ユーリ「だって、正面体の中に正面体の入れ方は二通りあるじゃん。面を上にするのと、頂点を上にするのと」
正面体中の正面体(二通りの入れ方)
僕「そうだね」
ユーリ「正面体の置き方は全部で通りあるから、正面体の置き方はその半分の通り!」
僕「それは正しいな。普通に考えても同じ値になるよ。正面体のどの面を下に置くかで通りあって、 そのそれぞれについて回し方が通りある。だから、通り。同じだね」
ユーリ「そっか……ねー、お兄ちゃん。だったら、サイコロの置き方が通りでになったのは偶然なんだね」
僕「偶然?」
ユーリ「だって、正面体の置き方は通り。正面体の置き方は通り。正面体の置き方も通り。面の数が増えたからといって規則的に増えていくのでもないし、 正面体の置き方もそもそも階乗じゃないし」
僕「ああ、そうだね。正多面体の面が正角形だったら、置き方は通りある……みたいな規則性は確かにないねえ。
ユーリ「正面体、正面体、正面体……あと何があるんだっけ」
僕「正多面体には、あと正面体と正面体がある」
ユーリ「正面体って、正角形だっけ?」
僕「そうだね。正面体は合同な正角形を枚集めて作る」
正面体
ユーリ「……」
僕「正面体の置き方は、全部で何通りかというと……」
ユーリ「ねねね、お兄ちゃん、その前に入れてみてよ」
僕「入れるとは?」
ユーリ「さっき、正面体の中に正面体を入れたじゃん? あれと同じよーに」
正面体の中に正面体を入れる
僕「同じようにって……正面体の中に正面体を入れるってこと? いや、それは無理じゃないかな、だって、正角形には直角がないんだよ」
ユーリ「は? だって正角形にも直角ないじゃん。でも入れられたよ」
僕「おっと、確かに」
ユーリ「正角形には直角はないけど、でも、正面体の中に正面体は入れられたよね。正面体の面の中心を結んで、正面体ができたよ。 だったら、うまいことやって、正面体に正面体も入れられない?」
僕「いや、正面体の面の中心を結ぶと、できるのは正面体なんだよ。だから、同じようにしたら、正面体の中に正面体を入れることになるんだ」
ユーリ「あー……」
僕「そうだよ。正面体と正面体が双対の関係にあるように、正面体と正面体は双対の関係にある」
- 《正面体の面の数》は《正面体の頂点の数》に等しい。どちらも個。
- 《正面体の面の数》は《正面体の頂点の数》に等しい。どちらも個。
ユーリ「へー……ちょーっと待った! お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃん!」
僕「なんだなんだ」
ユーリ「《正面体の辺の数》は本だよ!」
僕「そうだけど?」
ユーリ「それって、《正面体の面の数》と同じじゃん! 何とかなんない?」
僕「《正面体の面の数》と、《正面体の辺の数》が等しい……ということは、正面体のひとつの《面》が、正面体のひとつの《辺》になるようにする?」
ユーリ「《面》の中に《辺》を作る……」
僕「《面》の中に《辺》を作る……」
ユーリ「対角線?」
僕「対角線!」
正面体の中に正面体を入れる
ユーリ「すごーい! 入ったじゃん!」
正角形の対角線
僕「確かに……正面体、正面体、正面体の関係は考えたことがあったし、正面体と正面体の関係も考えたことがあった。 でも、正面体と正面体の関係は深く考えたことがなかったなあ……」
ユーリ「てことはさー、《正面体の置き方》と《正面体の置き方》も関係あるわけだよね。ねねね?」
僕「そうだね! そして、正面体と正面体は双対なんだから、《正面体の置き方》と《正面体の置き方》も関係しそうだな!」
ユーリ「あっ、それから、もしかして、正面体の中にもうまいこと正面体を入れられない?」
サイコロの置き方から始まった僕とユーリの数学トークは、どこまでも終わりそうにない。
第234回終わり、第235回へ続く。次回はテトラちゃんのターン!