キモノ・マザー
実家で暮らすアラウンド古希の母が最近着物にハマっている。と言っても「凛としたニッポンの淑女」的風情は一切なく、ブーツやらベレー帽やらハデなアクセサリーなんかをコーディネートし相当フリーダムに遊んでいる。「この歳になるとあらゆる掟破りが許される」と古希パワーをフルバーストさせ今日も自撮りに勤しんでいるが、確かに、私も十代の頃よりはアラフォーの今のほうが着ている服もファッションに対する考え方も自由になった。いやあ大人って楽しいなあと己のモヒカン頭の伸びかけ部分をしょりしょり撫でつつしみじみしていたら、Twitterで何かが赤々と燃えているのが目に入った。
炎~あなたにこれを着てほしい
議題は「40代女のファッション」。どこかのライフスタイル系webメディアで「「40代オバサン警報」の第一人者」という鬼も裸足で逃げ出すようなハードコアな肩書を持つライター氏が「40女はバンドT着るな、アレ着たらイタい、コレ着たらフケて見える、男受けしない」云々という記事を大量にものしており、それが折しも夏休みシーズンということもありキャンプファイアーになっていたのだった。まあ、THE・余計なお世話だ。というかオシャレの皮をかむった脅迫文である。
しかしひとつ告白すると、実は私もかつてこういう悪魔の所業(美容や健康系コンプレックス産業の広告書き)に手を染めていたことがある。カネが、カネが無かったんだ。明日の食うものにも困っていたんだ。だからきっとこの40代女性脅迫専門ライター氏もかつての私のように三食トップバリュの塩ラーメンとモヤシで生き延びている状態だと思うので、そこは正直同情を禁じ得ない。しかしどんな事情があっても悪は悪。しょうもない内容であっても脅迫は脅迫だ。私はかつて行った悪事のせめてもの罪滅ぼしとしてこの連載を書いているようなところもあるので、ここはケジメをつけるためにもはっきりと、そういった脅迫商売には否と言っておきたい。
虚空のスカート
PV増やしたくねえな……と思いつつくだんの40代女性脅迫文の数々を読んでみると、どれもおおむね「40女は身の程を弁えて上品に地味に堅実にしかし地味過ぎないようにある程度華やかに女らしく出しゃばらず卑屈にならず年相応にそれなりの値段のする服を買え」という趣旨の記事であった。中でも目に入ったのは「露出を控えろ」というご指導だ。膝丈スカート程度で「露出」扱いになっているのもびびったが、この「肌の出し入れ」、確かに本邦は40代に限らずやたら外野がうるせえな、と思い至った。
スピーク・トゥ・女子
「肌を出せ(スケベ目的のため)」と「肌を出すな(スケベなのはいけません)」を左右のサラウンドスピーカーでがなられながら成長するのがニッポンの女だ。そこでは本人の意思や趣味は尊重されず、「お前をこういう風に見てやる/見たい」という外野の事情と視線だけがまとわりつき、だいたいはどっちの声に従っても(または自分の意思で脱いだり着込んだりしても)反対側からdisられる。もっとひどいと「お前をスケベの対象にしてやるから肌を出せ。しかし人目に肌を晒す女なぞクソビッチだから蔑んでやる」とか「女の子はみだりに肌を出してはいけません。しかし年頃になったら女らしい格好をして男の気を引き結婚してファックして子を産め」みたいなウンコのようなねじれ現象をぶつけられることもある。若いうちに特に言われがちなこれらの身勝手お言葉は女子を混乱させ、その混乱は自尊心を削っていく。つまり、悪である。
にしても「お前のファッションは◯◯歳として”ナシ”」とか言ってくる奴にモテたり友達になったり気に入られたりする必要、あるか? そんなウンコ人間に認められずに済んだ自分のファッションセンスを誇るべきだ。基本的に趣味でも服でも自分の好きなように好きなことをしていると、それが好きな人が集まってきてハッピーになるが、誰かや何かに合わせようと頑張ると、頑張っただけ他人を自分の意のままに操りたい願望を持つヤバい奴に目をつけられやすくなる。「清楚、まじめ、普通」に見えるコンサバ趣味は決して無難なのではなく、そのガワに引き寄せられて近付いてくるヤバい奴とも渡り合える肝の据わったモンスターハンターこそが着こなせるファッションとも言える。
ホワイト・イズ・ザ・カラー
ネットの炎上ネタばかり持ち出して恐縮だが、別件のキャンプファイヤーをつい先日見てしまった。「女生徒の下着は白に限る」という吐瀉物リリース待ったなしなキモい校則がある学校の話だ。理由は「スケさせないため」らしいが、夏場にタンクトップをくっきりはっきりさせているサラリーマン諸氏などを見れば一目瞭然の通り、白い下着に白いブラウスの組み合わせはスッケスケにスケる。というか、一番スケる。その点だけでもアホな話だが、じゃあなんで白にこだわっているのかというと、スケないという実利よりイメージを優先しているのだと思う。白い下着、清純、真面目、乙女、処女。みたいな。げろげろげろげろ。ここにも女の肌(着)に対する身勝手な妄想と執着が顔を出している。
下着という最も素肌に近いプライベートな衣類を管理・監視しようとするのは、キモい以上に邪悪な侵害行為だ。何歳で何を着ようがどこをどう出そうが仕舞い込もうが、ましてや下着に何色を着るかなんて他人の口出しする領域ではない。逆に40女は白い下着つけるなみたいなお達しがあっても全力でdisりたい。エビバデセイ「私の勝手だ」! ワンモア「てめえにゃ関係ねえ」! だんだんアジビラめいてきた当コラムですが、女子の身体の周囲にはどうにかして尊厳を奪ってやろうと手ぐすね引いて待っている罠だらけで、それを遠ざけるためには、多少のガッツは持ってて損はない。本稿は基本的に非暴力不服従を是とするが、膝頭が出る出ないで文句をつけてくるような輩には「そうかい、ならあたいの膝に挨拶しな。こっちが”トニー”でこっちが”ジャー”だよ!」とムエタイの構えを見せて威嚇すべしとも思っている。ほんとはそんなことしないでノホホンと生きてても何の侵害もされないのが普通じゃなきゃいけないんですけど。その未来、まだちょっと遠そうなので。
社会人、風に気をつけろ
余談だが悪魔の手先としてコンプレックス産業で働いていたときは、同僚や上司から当然のように私の外見についてもあれこれと口を出された。それが「社風」だったが、今考えりゃ狂ってる。働くうちに私もその「風」に圧され社販で化粧品やサプリを買い込んでしまったこともある。無駄金of無駄金なので今思い出しても悔しい。そのカネで唐揚げが何個食えて梅サワーが何杯飲めたことか。しかし、よく考えるとこれは他人を言葉のナイフで脅迫してカネを貰っていた私にはぬるすぎるくらいの罰だ。当時の事を忘れぬよう、今は厳粛な気持ちで本稿のギャラで唐揚げを食ったり梅サワーを飲んだりしている。