かごの大錬金術師   作:Menschsein
<< 前の話 次の話 >>

26 / 27
第二十五話 在りし日の二人組〜再び〜

「モモンガさん……。そうですね、モモンガさんはそういう方でしたね。だからこそ、アインズ・ウール・ゴウンは濃い、個性が強い人達が集まっても楽しい、居心地の良い場所だった」

 

 タブラ・スマラグディナは、モモンガの眼窩の奥底に光る赤い光に、モモンガ、いや、鈴木悟としての優しさを見た。オフ会でも、静かにビールを傾けている鈴木さん。笑みを絶やさず、じっくりと自分の話を聞いてくれていた。モモンガさんが真ん中に立ってくれたお陰で、対立や喧嘩が活発な議論へと変わっていった。ギルドには、はっきりいって嫌いな奴がいた。それでも、根っこのところで仲閒だと思うことができた。それは、モモンガさんが居てくれたからだった。モモンガさんは仲閒想いで、ギルドのメンバー全員を大事にする仲閒だった。

 

 そんな大事なことを自分は忘れていた。ユグドラシルにログインしていない長い時間。その長い時間で自分の心は廃れていたのかも知れない。

 

「では、戦いますか。でも、はっきり言って勝算は低いんですがねぇ。でも、久しぶりのモモンガさんとのタッグですね。恒星天の熾天使(セラフ・エイスフィア)狩りをしたとき以来ですかねぇ」とタブラ・スマラグディナは笑う。モモンガさんと二人なら、負ける気がしない。

 

 レア・ドロップ・アイテム狙いで、恒星天の熾天使(セラフ・エイスフィア)を寝落ち寸前の状態で狩っていたら、至高天の熾天使(セラフ・ジ・エンピリアン)が突然出現し、尻尾を巻いて逃げた時。それが二人だけで狩りをした最後であった。

 

 タブラ・スマラグディナは思い出す。そうだ、あの時も、モモンガさんは逃げなかった。自分が離脱して本拠地に戻るまで、至高天の熾天使(セラフ・ジ・エンピリアン)のヘイトを引き受けてくれていた。そしてモモンガさんは逃げ切れずデスペナを受けた……。モモンガさんは、レベルなんて直ぐまた上がりますよ、と笑っていた。

 

「タブラさんとまた戦えてうれしいです」

 

「えぇ。私も嬉しいです。それに、今度はモモンガさんにデスペナを受けさたりはしません」

 

「え? デスペナ?」

 

「なんにせよ、やる気が出て来ました。アルベド。大錬金術師と自称していた私の実力を見せてあげます。前衛、モモンガさんお願いしますよ。私は、見ての通り、人間の肉体なので、魔法を一発食らったら死にますので……さて、アルベドはウォールズ・オブ・ジェリコを展開しましたね」

 

「タブラさん、アルベドの能力で注意するところは? 実は、ずっとアルベドは、王座の間に配置していましたし、戦っている姿をあまり見たことがないんですよね」

 

「アルベドで特筆すべきは守備能力の高さです。いま、アルベドが使ったウォールズ・オブ・ジェリコは、ユダヤ教とキリスト教の聖典とされているヨシュア記という書物に書かれているエリコという都市の城壁が元ネタです。エジプトで奴隷であったイスラエルの民が、モーセを指導者としてエジプトを脱出します。そして、そのモーセの次のリーダであるヨシュア。彼がカナンの地に到着して最初に攻略をしたのが城壁都市エリコであると言われています。ヨシュアは神の導きに従って、6日間エリコの街を一周し、最後の7日目は城壁を7周し、そして角笛を吹くとエリコの城壁は崩れ落ちたという神話ですね。なぜ神話だと言い切れるかって? 実は考古学的な発掘調査による裏付けがあるのですよ。1930年代、ジョン・ガースタングはエリコ周辺の発掘調査を行い、廃墟の下から泥レンガの壁を発見しました。さらに、そこには灰が90センチほど堆積しており、戦火を思わせ、まさしく聖典に書かれていた通りであったのです。ですが……1952年から1958年にかけて行われたキャスリン・ケニヨンの発掘調査で、ガースタングの発表は覆されてしまったのです。キャスリンは炭素年代測定法を用いて、正確な年代測定を行いました。それによって、実はガースタングが発見した地層は、紀元前2300年頃のものであり、ヨシュアがエリコを攻めたとされる紀元前1400年頃とは、1000年の時の隔たりがあったのです。考古学的に言えば、紀元前3200年から紀元前2300年までの間に、この地方では地震が頻発し、それによって泥レンガの城壁は崩壊したのです。シュリーマンのようにトロイヤ戦争という神話から遺跡を発見する場合もあれば、神話の影響力が強すぎる余り、考古学的判断を誤るということも起こりえるのですよ、モモンガさん」

 

「タブラさん、出来れば結論だけを手短に!」

 

「では手短に。攻撃ダメージを7回ほど大幅に減少させるのがウォール・オブ・エリコの能力です。モモンガさんの超位魔法でも、アルベドのHPを5%くらいしか削れないというぶっ壊れ性能です。あと、7回目の攻撃だけは完全ダメージ無効化の効果があります。神話に精通している者なら、予想できるスキル能力ですね」

 

「了解です。では、まず、7回魔法を当てて無効化を図ります! 魔法三重化(トリプレットマジック)魔法の矢(マジック・アロー)

 

「あっ、モモンガさん、低位の魔法だと……」

 

「パリィ!」とアルベドは攻撃反射スキルを発動させると、矢は方向を変え、モモンガとタブラへと襲い掛かった。

 

「えっ? 上位魔法盾《グレーター・マジックシールド》!!」とモモンガは自分が発動した魔法の矢(マジック・アロー)を防いだ。

 

「いやぁ、危ない危ない。いま、モモンガさんの魔法で死ぬところでしたよ。MPを節約して攻撃だけとりあえず当てようとする輩がいるのは想定通りです。しかし、私はすでにその対策として、アルベドにはパリィやミサイルパリィのスキルを設定しました。中途半端な魔法だと、はっきり言ってカウンターされます。パリィで反射できない上位の魔法を使わないと、ウォール・オブ・エリコは無効化はできませんよ」

 

「って、なにタブラさんどや顔しているのですか! ちょっと危なかったですよ! 魔法位階上昇化(ブーステッドマジック)魔法三重化(トリプレットマジック)現断(リアリティ・スラッシュ)現断(リアリティ・スラッシュ)現断(リアリティ・スラッシュ)現断(リアリティ・スラッシュ)って、タブラさん! アルベドが現断(リアリティ・スラッシュ)を全部避けてますけど!! なんですかっ、これ!」

 

 アルベドは、モモンガが放った現断(リアリティ・スラッシュ)を紙一重で躱していた。アルベドの長い髪の先端が少し切れただけであった。

 

「モモンガ様は、髪の短い女が好みなのでございますか? あぁ、モモンガ様好みの女へと私は変えられていく。こうやって、私は貴女だけの女へとなっていくのでございますね」とアルベドは恍惚の表情を浮かべていた。

 

「あぁ、あれはアルベドの『イージス』というスキルです。敵の攻撃を素早く察知し、敏捷性にバフがかかるというスキルですね。敵が何処を狙っているかを素早く察知し、そこ移動して盾役になる、というように、ウォールズ・オブ・ジェリコと併用するのが本来想定された使い方なのですが、イージス単体で使用して攻撃を回避するのに使うとは……。厄介ですねぇ……」

 

「攻撃を避けるし、当たっても堅くてなかなかダメージ通らないって、めちゃくちゃやっかいじゃないですかっ! って、あれ? イージスって、ギリシャ神話で女神が使う防具じゃなかったでしたっけ? そんなことを前に聞いたことがあった気がしますが……。どうして防具ではなくスキルなんですか?」

 

「鋭いですね、モモンガさん。当たらずとも遠からずと言ったところです。ギリシャ神話に出てくる、あらゆる邪悪や災厄を払いのける能力を持つ防具も、イージスですね。ですが、イージスというのはそもそも英語読みなのですよ。ギリシャ語で読むなら、イージスではなく、『Αιγίς(アイギス)』と読みます。私ほどの設定厨が、原典から言葉を採用しないで、わざわざ英語読みをするというのは、意味があるのですよ」

 

「なるほどです。とりあえず、魔法の効果範囲を広げた範囲魔法でウォール・オブ・エリコの無効化を試みますね。タブラさん、フレンドリーファイヤーが解除されていること忘れないでくださいね〜。抵抗突破力上昇(ペネレート・アップ)、魔法三重化《トリプレットマジック》、魔法最強化《マキシマイズマジック》、魔法位階上昇化《ブーステッドマジック》、魔法効果範囲拡大《ワイデンマック》。それで、イージスはどこが元ネタなんですか?」

 

「おっと、無限障壁《インフィニティウォール》。……いま、アルベド、露骨に私を狙って来ましたね。ダメージ値ではヘイトはモモンガさんに行くはずなのですがね。それで、イージスというのは、アメリカ海軍が開発した防空用の艦載武器システムです。目標の捜索から識別、判断から攻撃に至るまでを、迅速に行なうことができるシステムです。やろうと思えば、攻撃速度、アインズ・ウール・ゴウン随一の武人建御雷さんの攻撃に反応して防御するも可能な設定です。まぁ、このイージス・システムという名称も、ギリシャ神話に由来してますから、ギリシャ神話が元ネタと言っても、当たらずとも遠からずということです」

 

「いやぁ、そういうことでしたか。いや、ぶっちゃけ、『飛び道具無効化』のスキルを設定すればいいのに、どうしてアルベドはミサイルパリィなんていうスキルを持っていたのか疑問だったんですよ。飛び道具って、高レベル戦闘ではあまり役立ちませんし、わざわざカウンターアローのスキルまで設定して、相手に打ち返すって、どうしてだろうって思ってました!」

 

「そこは、男のロマンですね。打ち込まれたミサイルを投げ返すって、ロマンがあるじゃないですか。まぁ、言いたいことは、軍事技術というのも、神話が元になっているというか、神話で想像したものを技術で再現しているに過ぎないのですよ。ペロロンチーノさんに言わせると、エロが偉大だそうですが、私に言わせると神話の方が偉大ですよ。というか、エロという語源自体もエロースというギリシャ語から来ていますし、エロいことはだいたい、神話の神々がやっていますよ。本当にペロロンチーノさんはエロは理解してくれても、エロースを理解してくれなくて残念でしたね」

 

「そういえば、神話とエロのどちらの方が偉大か、たまに口論していましたね。でも、お二人とも仲が良かったですよね」とモモンガは在りし日の日々を懐かしむ。

 セバスとデミウルゴスが仲が悪いのは、それらを作った二人から想像できた。アルベドとシャルティア。たまに、どちらが正妃か二人が口論しているのは、もしかしたらタブラさんとペロロンチーノさんの影響なのかも知れないとモモンガはふと思った。

 

「まぁ、エロとエロースは通じるものがありましたからね。さて、どうしたものでしょうか。アルベドもですが、私たちも決め手に欠けますね。このままだと長期戦になります。そして、長期戦になって不利なのは私たちですよ? どうします、モモンガさん」

 

「あれ? てっきりタブラさんには秘策があるのかと思ってたんですけど……。さっきから蘊蓄が絶好調でしたし……」

 

「ん? 私はそろそろ、ヴィクティムでも使うのかと思っていたのですが?」

 

「え? ヴィクティムも山河社稷図の中だと思いますよ……」

 

「そ、そうでしたね。超位魔法をお互い打ちますか。私は血液を消費するので、あまり使いたくはないのですが」

 

「いや……被ダメ量からして、アルベドは倒しきれないですね」

 

「ちょっと詰みな感がありますね。こんな感じだからいつも二人で、ぷにっと萌えさんに怒られるのですよ。……でも、根拠はないのですが、負ける気がしないですよね」

 

「不思議ですね、タブラさん。私もこの状況で負ける気がしないです。だって、アインズ・ウール・ゴウンに敗北はありませんしね」

 

「まったくです、モモンガさん」




エリコに関する考古学についての参考文献:
P. K. マッカーター・ジュニア著 池田裕訳 有馬七郎訳『最新・古代イスラエル史』ミルトス、1993.10.5
(タブラさんの蘊蓄なんて、どうせみんな読み飛ばす個所でしょうけどねっ!!!笑。)







感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。