かごの大錬金術師 作:Menschsein
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タブラ・スマラグディナは、自分がナザリックに、そして『山河社稷図』に乗り込むしか方法がないと悟っていた。
死地に行くようなものなのかもしれない。だが、それしか方法が思い付かないのもまた事実だ。
なぜ、モモンガではなく、自分が行くのか? 理由は単純だ。状況として最悪なのが、敵の戦力を増大させてしまうことだ。
敵の勢力はほぼ間違い無く傾城傾国を所持しているように思う。そのような状況の中、無闇に敵が待ち構える場所に行ったら? 傾城傾国で洗脳され、敵陣営に引き込まれる。
シャルティアを洗脳できたことから考えて、
一方の自分はどうか? 新月を過ぎれば唯の人間だ。時間さえ過ぎれば、戦力外通告だ。宿主であるカシェバには悪いが、捨て石になるには丁度良い。現実世界で、地下資源の採掘の辞令を受け取った時、捨て石とされたと自分は悟った。最悪の気分だった。
だが……モモンガのために捨て石になるのは悪くないと思った。
『ユグドラシルがサービス終了』
そんなニュースを目にしたのはいつだったか。自分は仕事の忙しさから引退しまったが、モモンガさんはずっと、ナザリックを、そしてギルド、アインズ・ウール・ゴウンを守っていた。
『サービス終了の日、もう一度集まりませんか? ナザリック地下大墳墓は無事です』
そんなメールを受け取ったのはいつだったか……。今更、会いに行けるはずもなかった。ナザリック地下大墳墓の月額維持金貨。どれほどの金貨が毎月必要となるのか。自分が拘って、その挙げ句データを膨大にしてしまった。月額維持コストの金貨をとっくに払えず、ギルド拠点はリセットされていると思っていた。だが、まだ存在する。
引退するとき、自分が貯め込んだ金貨や売れば大金になる武器を置いて行ったが、モモンガさんの性格だ。自分が戻ってきた時に全部を返せるために、その金貨や武器には手を付けていないだろう。
月額維持コストを払うだけでも大変なはずだ。金銭効率の良いモンスターをひたすら狩り続けるということをしていなければ賄えないはずだ。モモンガさんも仕事などでログインをする時間を捻出するのは大変であったはずだ。
そんなことを考えると、今更、最終日だからと言って、どの面下げて会いに行けばよいのか分からなかった。
「私が『山河社稷図』の中へと乗り込みます。まだ、『山河社稷図』の中で守護者達が戦い、生き残っている可能性に賭ける。それしか希望はありません。モモンガさんは、待機でお願いします」
「タブラ・スマラグディナ様、私もお供致します」とアルベドは言う。
タブラの言葉に難色を示したのはモモンガであった。
「タブラさん……ですが……。『山河社稷図』にナザリックが取り込まれて既に一ヶ月が経過しています。まだ戦いが続いているとは……」
「えぇ? 一ヶ月ですか? そんなに経っているんですか?」
「はい……」
「一ヶ月……。それはおかしいですね。ユグドラシルというゲームは、ログインが前提となる。レイド・ボスなどの戦いも一ヶ月に及ぶことなどありえません。逆を言ってしまえば、ログインができる時間内で戦いが終わるように設定されている。それに、
「初手に超位魔法……いや……その通りです……」
なぜか歯切れが悪いモモンガ。タブラはその理由は分からないが、自分の推論を続ける。そして、口には出さないが、一ヶ月という期間が気になる。まるで新月と新月の間の期間を狙ったみたいだ。
「そして、一ヶ月という期間が過ぎているのに、『山河社稷図』の中へと入っていた守護者などから連絡が無い……。それに、ギルド武器も破壊された様子はない。そうですよね?」
「タブラさんの言う通りです。ギルド武器を破壊されたら、私は取得できるクラスがあるはずですが、その取得条件を満たしたような気配はないですね」
ギルド拠点の強奪。
敵はそれが目的ではない。
「モモンガさんって……ぶっちゃけ、シャルティアやマーレより弱いですよね? プレイヤーの強さでいえば、上の下、いや……中の上でしょうか?」
「うぇぇ? いや……その……」
「で、でも、シャルティアには勝ちましたよ?」
「ぷにっと萌えさん仕込みの絡め手でも使ったのでしょう?」
「……」
「ですが、何故敵が一ヶ月、動きがないのか不思議なのです。対人戦ならシャルティアかセバス。集団戦ならマーレなどを洗脳すれば、敵の目的が戦力強化であれば事足りる。もちろん、守り、という意味ではアルベドですね」
「タブラ・スマラグディナ様。お褒めに与り光栄です。ですが、それはタブラ・スマラグディナ様が私を創造された故でございます。私の全能力は、タブラ・スマラグディナ様によるものでございます」とアルベドは淑女らしく一礼をした。
戦力強化も敵の目的ではない。モモンガさんには悪いけれど……。
「そういえばアルベド……ナザリックに裏切り者がいると言っていましたね」
「なっ! 誰ですか? アルベド! 聞いていないぞ!」とモモンガは怒り、そしてその怒りは抑制される。
「申し訳ありません……。裏切り者はナーベラル・ガンマでございます。私が秘密裏に処理をする予定でございました……」
「プレアデスのナーベラル・ガンマ……。セバス以外はLv.65でしたね。戦力としては微妙だと思いますが……」とタブラは首を傾げる。
「すみません……俺の責任です。実は……俺が冒険者に変装して……付き人としてナーベも一緒に冒険者としてナザリックの外に出させていました……。警戒するように言っていたのですが、隙を突かれたのだと思います……。それに、アルベド……すまないな。俺の失策のせいだ。俺の失態をカバーしようとしてくれていたのか……」
「モモンガ様……私が報告を怠っただけでございます。いかなる処罰でもお受け致します」
「察するに、敵は随分と前から計画していたようですね……」と言いつつ、タブラは違和感を感じる。
敵の目的が分からない。
ギルド拠点の強奪でもなく、
傾城傾国による、戦力強化が目的でもない。
一体、敵は何が目的なのか?
それに……。1ヶ月前というのが気になる。まるで、前回の自分が目覚める新月が終わってから行動し、そして……ふたたび新月が廻ってくるのを待っていたような印象だ。
いや……それは考えすぎか?
「モモンガさん……。責めるという意味ではないですが、どうしてモモンガさんは直ぐにナザリックが堕とされたと聞いて、すぐに奪還しに行かなかったのですか?」
「申し訳ないです……。どう行動したら良いのか分からず、タブラさんに相談したら良いかなぁと思って待機していました。自分で考えることを放棄した形です……ギルド長失格です」
……いや……モモンガさんはそう思っているかもしれませんが、これは思考誘導をされた可能性があります。
「モモンガさんは、いつ、私がこの世界に来たと知りましたか?」
「え? それは……ナザリックが襲撃される数日前です。もしかしたら他の仲閒も来ているかも知れないと思っていたのですが、捜索が後手に回っていて申し訳ありません……」
いや……そうじゃない。
モモンガさんに私が来ていると知らせたタイミングも計算されている。
それができるのは、恐らく……
ナザリックの情報網の上位にいる人物……。
『ナザリック内の管理、ひいては内政に関しては誰にも負けたりはしない』ような人物。
そして、それだけの計画を立案できる『智謀において格段に優れている』人物。
そして、仲閒を裏切ることができるほど、『性格もまたその本当の姿に相応しいように捩じり曲っ』た人物。
そして、自分が裏切り者でありながら、『ポーカーフェイス』で、『洗練された態度を崩したりはしない』人物。
思い当たる裏切り者は……。いや、本当の敵とでもいうのでしょうか?
でも、なぜです?
あなたは、『自分こそがナザリック地下大墳墓の守護者統括という地位に就いている―多くの耳目を集めているということを忘れたりしない』はずです……。なぜ、ナザリックを裏切ったりなど……。
どうしてですか? アルベド……。あなたに一体何が起こったのですか?
そして、あなたはこの場にいる……。実力行使も辞さないということでしょうか。
使用できる魔力が血によって制限されている私。そして、モモンガさん……。二人同時でも勝てると思っているのでしょう。もしかしたら、モモンガさんの限界値をどこかのタイミングで計ったのかもしれません。もしかしたら、モモンガさんがシャルティアと戦ったときのことが、観察されていたのかもしれませんね……。
それに……。アルベドが裏切り者だと仮定した場合……アルベドは複数の
最悪です……。
誰ですかね、アルベドを創造したのは……いや……私ですね……。
それにしてもアルベド、あなたに一体何が起こったのですか?
忠実であるはずの貴女が裏切るなんて……ギャップに萌えますね。