かごの大錬金術師   作:Menschsein
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第十八話の内容:

『新月となり、モモンガさんとタブラさんが再会した』

 以上のみの内容となっております。

 あとは、タブラ・スマラグディナさんの蘊蓄(うんちく)です。
 知っても日常生活等では役には立ちませんし、女性に語ってモテるような話でもありません。








第十八話  Who am I ?

 太陽と月は巡る。そして、新月は訪れる。

 池の中から呼吸をするために水亀が静かに水面に口を出すかのごとく、タブラ・スマラグディナの意識は目覚めた。

 

 ふっと目覚めて体を起こしてみると、そこには見覚えのある人物がいた。

 

 自分が記憶していた姿と変わらない姿……。いや……骸骨なのであるから変わらないのが当然である。いや……だが、服装のセンスが変わっているような気がする。ユグドラシルで遊んでいたときは、モモンガさんは狙ったプレイヤーの得意の属性に合わせて装備を選んでいた。PK(プレイヤー・キル)が多かったため、目立たない服装を選んでいたとも思う。

 だが、随分と派手な服を着ている気がする。なんだろう……あの艶光りする紅色のローブは……。髑髏の形のクリスタルのネックレス……。随分と派手な衣装だ。それに……センスがあるとは思えない……。

 

「モモンガさん?」とタブラは思わず尋ねてしまった。自分が知っているモモンガさんと比べて、あまりに服のセンスが劣化している。モモンガさんの装備は、機能美と言っても良かった。だが、いまのモモンガさんはどうみても、厚化粧している骸骨にしか見えない。

 

「そ、そうです。タブラさんですよね?」

 

「さぁ? どうでしょう? 私の名前を知りたければ、あなたは自分の真名(マナ)を私に教えるべきです。あなたのようなリッチのような様相のものに、自分の名前を明かすなんてそんな馬鹿な真似はしたりはしませんよ。真名(マナ)を相手に知られるというのは、魂を相手に握られるということで、古来より忌避されていることです。たとえば、有名な話が、Ainsel(エインセール)という妖精の話でしょうか。イギリスのノーサンバランドという地方では、このような童話が言い伝えられています。

 

 未亡人とその息子、小さな男が、ノーサンバランドのローズリー村の近くの小屋に一緒に住んでいました。ある冬の晩、男の子は母親に寝室に行きなさいと言われましたが、言うことを聞きませんでした。男の子は、まだもうちょっと長くその場に居たかったのです。

 

「だって……眠くないんだもん」と男の子は言いました。母親が子供に何度も言い聞かせましたが、無駄でした。そしてついに母親は息子に言いました。

 

「もし起きているのだったら、きっと妖精がやってきて、連れ去りに来るよ」

 男の子はその言葉を聞いて笑い出しました。母親は諦めて一人で寝室に行きました。男の子は、暖炉の側に座ったままです。

 

 男の子が暖炉とその暖炉で温まって間もなくのことです。子供の人形ほどの、美しい姿の者が、煙突から降りてきて、暖炉の前に座ったのでした。その子供は最初は驚きましたが、それに好印象を与えようと微笑みを崩しませんでした。そして、男の子は恐怖に打ち勝ち、親しげに質問をしました。

 

「君の名は?」

 

Ainsel(自分自身)よ」とその小さいのは偉そうに答えました。そして、女の子は同じ質問を男の子にしました。

 

「君の名は?」

 

My Ainsel(私自身)さ」と、男の子は答えました。

 

 そして、二人は新しく知り合った2人の子供のように一緒に遊びはじめました。2人は、暖炉の炎が弱まるまで無邪気に遊び続けました。暖炉の火が弱まったので、男の子が火かきでかき混ぜはじめます。男の子が暖炉の中をかき混ぜたことによって舞い上がった熱い火の粉の1つが、一緒に遊んでいた女の子の足に落ちてしまいました。

 とても小さい女の子の泣き声が、恐ろし声を呼び出しました。そして、男の子が、寝室で寝ている母親の後ろに隠れると同時に、女の子の母親の恐ろしい声を男の子は聞いたのでした。

 

「誰がこんなことを? 誰がこんなことを?」その女の子の母親は恐ろしい声で叫びながら聞きます。

 

My Ainsel(私自身) がやったのよ!」と女の子は答えます。

 

「それなら、どうして……」と女の子の母親は言いながら、女の子を煙突から外へと蹴り上げました。

 

「どうしてそんなに騒いでいるんだい。自分でやったのなら誰も責めたりできないよ」

 

』というような物語です。

 

 同様のおとぎ話が、イギリスの別の地方、ノースサンダーランドでは、『Me A'an Sel』という童話で伝わっています。また、文献を開けば、Joseph Jacobsが記録した童話では、『My Own Self』という童話のタイトルです。

 また、スコットランドに伝わる話では、男の子は自分の名前を『Mysel' an Mysel'』と名乗ります。

 ノルウェーでは『My name is Self』と女の子が名乗ります。

 つまり、日本語だと分かりにくいかも知れませんが、「My Ainsel」、「Me A'an Sel」、「Mysel」が、「Oneself」とか「My Own Self」など、「私自身」という意味の単語と発音が似ているということがこのおとぎ話の面白さです。

 

 そして、それらの童話が何を意味しているのか? それは簡単です。つまり、簡単に相手に名前を名乗ってはいけないのです。自分の名前を簡単に明かしてはいけないという訓示が込められているのですよ。

 

 つまり、私はあなたのような外見がリッチな人間に対して、簡単に名前を明かしたりはしないということです」

 

 とタブラ・スマラグディナは語った。

 

 それを聞いていたモモンガは、退屈な話を嬉しそうに聞いていた。

 

「いやぁ〜タブラ・スマラグディナさん、お久しぶりですね!」

 

「いえ……私は、そんな……『Hermou Stêlê Smaragdinê·Tabula Smaragdina Hermetis(エメラルド・タブレット)』から取ったような名前ではありませんよ。そういえば、エメラルド・タブレットは、万有引力を発見したアイザック・ニュートンがラテン語から英訳していくれていますから、ラテン語が分からない人は、そちらを読んでみるのも良いかもしれませんが……。とにかく、私は、タブラ・スマラグディナではありませんよ。そうですねぇ。まぁ、私のことは……『Mr.WHO(ミスター・フー)』とでも呼んでください」

 

「タブラさん、相変わらずで嬉しいですよ! また再会できるとは思ってもみませんでした!」

 

「……ひ、久しぶりですね。ご無沙汰していました。モモンガさん……」




おとぎ話の出典:
Keightley, Thomas, "The Fairy Mythology, Illustrative of the Romance and Superstition of various Countries;", new edition, revised and greatly enlarged (London: H. G. Bohn ,1850), pp. 313.(著作権切れ)
邦訳者:Menschsein








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