オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川
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この話でのカルネ村の状況は書籍版とは変わっています
王国からの襲撃がないままなので召喚されたゴブリンは十九体のまま移住者が増えて元の住民とは半々くらいの比率になった状況で、ドーワフが越してきてため亜人を含めた人外の者が少しずつ増えたせいでアインズ様のことを詳しく知らない移住者達と、恩義を感じているため人外が増えてもあまり気にしない元々の村人の間で問題が起こっている、という設定です


第56話 カルネ村での交渉

 その日、カルネ村の村長エンリ・エモットは本来やるべき仕事を投げ出して、一人で頭を抱えていた。

 村の恩人であるアインズ・ウール・ゴウンがカルネ村に直接足を運ぶと、ルプスレギナから突然連絡が入った為だ。

 その知らせを聞いたエンリは大いに慌てた。

 何しろ彼女は以前、アインズの家──というには大きすぎたが──に招かれたことがあり、見たことも聞いたこともない美しい装飾品、内装、家具、食べたこともない豪勢な食事まで振る舞われた。

 あのような生活をしている偉大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)相手に、ドワーフのおかげで多少改善したとはいえ、少し前までお湯を沸かすことすら手こずっていたカルネ村がどれほど贅を凝らそうとまともな持て成しなど出来るはずがない。

 むしろ失礼に当たる気さえする。

 

「どうしよう。どうしよう」

 小さな家の中をぐるぐると回る。

 先ほどまでエンリを心配して色々と話しかけてくれていた今日の護衛担当のカイジャリも集中したいというエンリの頼みを聞いて今は部屋の隅で静かにしている。

 一応ここが村長宅になるわけだが、村長になってから新たに建てたわけではないエモット家は以前から住んでいた通りの小さな家だ。こんな狭い場所にアインズを招くような真似が出来るはずがない。

 アインズがどれほど偉大な方なのかは、ンフィーレアからもそして何より彼女自身の目で何度も目撃している。

 少なくともエンリの中では、両親を虐殺したあの兵士達を止めることが出来なかった王国、その頂点である王よりも偉く、素晴らしい方だと思っているくらいだ。

 

「どうしたの? エンリ」

 両親の事を思い出して少し沈んでしまったエンリの前に、恋人で近々正式に結婚の予定もある婚約者であり、最近ようやくノックをせずに入ってくることに慣れてきたンフィーレアが顔を出し不思議そうに首を傾げた。

 

「ンフィー! 聞いて、ゴウン様が村にいらっしゃるって言うの! どうしたら良いかな? どんなお持て成しすればいいんだろう」

 

「ゴウン様が? 何だろう、僕の方はまだ報告出来るような物は……」

 ンフィーレアがエ・ランテルからこの村に引っ越してきたのは元々アインズから頼まれた水薬(ポーション)の開発に専念する為だと聞いている。

 正直エンリにはよく分からないのだが、少なくとも以前開発した不気味な紫色の水薬(ポーション)はアインズに絶賛されたらしく、その完成祝いというのがアインズの家に呼ばれた理由だった。

 その後更に開発と改良を続けていると聞いているが、その成果についてはエンリも詳しくは知らない。

 今の台詞からするとまだ成果らしい物は出来ていないらしい。

 だとすれば何が──

 

「それじゃ俺は一端外に出ています。なんかあったら呼んで下さい」

 ンフィーレアに目を向け、何やら上腕二頭筋を強調するポーズを取った後、カイジャリは家を出て行く。

 その様子を何やら苦笑気味に眺めた後、ンフィーレアは改めてエンリに向き直り、思いついたように口を開く。

 

「ドワーフの人達かな? あの壁の向こうで作っている物の成果を見に来たとか」

 村の一角に作られた巨大な壁に囲まれた工房。以前アインズに頼まれて村に迎えたドワーフ達はそこで作業を行っている。

 そこで何が作られているかは詳しくは知らないが、少なくとも村に害があるものではないとは告げられているので、エンリとしてはそれで十分だ。

 何度も村を救ってくれた恩人であるアインズの言葉なら無条件で信頼出来る。

 ンフィーレアはそこで造られた物を見学に来るのでは。と考えたのだろう。

 

「でも、みんなには調べないようにとは言っているけど、成果があった時は酒盛りの騒ぎ方が変わるから分かり易いでしょ? 最近そう言うこともなかったような」

 普段からしている酒盛りが成果があった時にはいっそう激しくなるので直ぐに分かる。しかしここ最近そういった声が聞こえてきた覚えはなかった。

 

「ならなんだろ? いや、それより食事の用意だっけ。ゴウン様に満足していただけるような物か──」

 

「いやー、食事はいらないじゃないっすかね」

 自分とンフィーレアしか居なかった家の中で突然背後から声が掛かり、肩に手が乗せられる。

 

「っ! ルプスレギナさん」

 この声と、そして突然現れるという状況そのもの。こんなことが出来る者は一人しかいない。

 以前なら悲鳴の一つでも上げていたかもしれないが、こう何度もやられると流石に慣れてくる。

 

「はいはい。ルプスレギナさんっすよー、ペタン血鬼航空で登場……って、ご本人便だし今日はちょっと不味いっすね」

 いつものよく分からない軽口を叩きながらチラリと誰もいない虚空に目を向け、誤魔化すように頬を掻きつつルプスレギナは続けた。

 

「いやーそれにしてもエンちゃんの反応も最近ちょっと微妙になってきたっすね。慣れてきたというか。あの純情だった頃が懐かしいっす」

 彼女は慣れて反応が薄くなったエンリの態度がお気に召さないらしく、わざとらしく悲しんだ演技をしつつ、チラチラとこちらを窺ってくる。

 普段ならそうした態度にも付き合えるが今はそうも行かない。

 

「そ、それよりルプスレギナさん。食事はいらないって。どういう……」

 村で作られるような田舎料理は食べるつもりはないという意味だろうか。それはそれで少し悲しいが以前エンリがご馳走になったような食事を普段から取っているなら納得だ。

 

「んん? ああ、そう言えばエンちゃん達はまだアインズ様のご尊顔を拝したことがなかったんすね……んー、私が勝手に言って良いものか──一つ言えることとして、そもそもアインズ様は食事を召し上がらない。だからそう言った気遣いは不要なの。以前カルネ村の前村長にそうした気を使わせたからと、わざわざ私に伝えるように仰られたからこうして私が先に跳んで来たのよ」

 言葉と共に雰囲気が一変する。

 これももう見慣れた変化だが、こちらには未だ慣れない。

 

「あのルプスレギナさん。ゴウン様はどういった用事でお越しになるのでしょう。村の人達にも伝えなくてはなりません。村にはまだゴウン様のことをよく知らない者も居ます。それに今色々と問題も起こっていて村の中もピリピリしていますし」

 言葉が出ないエンリの代わりにンフィーレアが口を開く。

 確かにその通りだ。

 今カルネ村は順調に拡大を続けているが、同時に問題も起こっていた。

 その一番の理由が余所の村から訪れた移住者の存在だ。

 並のモンスターを寄せ付けない頑丈な壁に、村の中にドワーフという鍛冶師がいること、またそのドワーフ達が作り出す便利なマジックアイテム。

 例の妖巨人(トロール)達の襲来以後、めっきり落ち着いたトブの大森林では以前よりも安全に薬草の採取が可能となり、現在は豚の放牧も開始している。

 そうした話がどこからか伝わったのか、今まで殆ど無かった余所からの移住希望者が急速に増え、例の虐殺で減っていた人口は以前と同様かそれより少し多くなったくらいだ。

 だが同時にそうした余所から来た移住者によって問題も発生している。

 

 はっきり言ってしまえば彼らはエンリの配下──個人的には配下という呼び方は好きではないが──である召喚されたゴブリンやアーグ達の部族のゴブリン、そしてオーガ、そう言ったモンスター達を信用していないのだ。

 元々そうしたゴブリン達との共存は事前に説明し納得した上で移住してきた者達ばかりだというのに。

 それでも以前は特に大きな問題は無かったのだが、ここ最近になって移住してきた者達だけで集まって一つのグループを形成し、村長であるエンリに相談という形で遠回しに追い出す、あるいは隔離するように言ってくることもある。

 村長としてはまだまだ新米のエンリでは大人の男達から強い口調で言われると萎縮してしまうのだが、だからといってエンリにとってはもはや家族同然のゴブリン達を追い出すことなど出来るはずもない。

 かといってそうした移住者を追い出すことも出来ない。

 何故ならそんなことを強行してしまえば、彼らは恨みを抱き、もしかしたら王国にこのことを密告するかもしれないからだ。

 本来人類の敵であるモンスターと共存するのはそれだけで討伐隊が結成されてもおかしくないことだと以前ンフィーリアも言っていた。

 

 更に今までそうしたゴブリン達をあくまでエンリの召喚したモンスターとしてしか見ていなかった元からカルネ村に居た人達も、最近ではゴブリンを名で呼ぶこともあるくらいに慣れ始めていることもあり、移住者達はそうした人達からの反感も買っている。

 このままではゴブリン達と共存する派と認めない派で争いになるかもしれない。とンフィーレアが深刻そうに言っていた。

 それだけはどうしても避けたい。

 村人同士で争うことになるなんて絶対に嫌だ。

 そうした村の人間関係の仲裁も村長であるエンリの仕事だが、それを解決する方法は未だ見つかってない。

 そんな状況で諍いの要因であるゴブリンを召喚する角笛をくれたアインズが村にやってきたら、移住者達はアインズが悪いと言い出しかねない。

 大恩あるアインズにそんなことを言えばそれこそ村の中での対立は確固たるものになってしまうだろう。

 だから村人達にもちゃんと説明をする必要があり、その為にはなぜアインズが村を訪れるのか、その理由が知りたいとンフィーレアは考えたのだろう。

 その問いかけにルプスレギナはニンマリと口を大きく歪ませて意地悪く笑う。

 

「村の対立っすか? うーん。確かに移住者も増えてきたっすねぇ、私が来る度に見知らぬ顔が増えているし、でも言っておくっすけど誰であれ、どんな理由があろうとアインズ様に無礼を働けばそいつは死ぬっすよ。これは確実だからエンちゃんは事前にきっちり教育しておかないといけないっすね。こう一人一人鞭かなんかで叩いて言うこと聞かせてやればいいんじゃないっすかね。意外と似合いそうっす」

 ケタケタとルプスレギナはいつも冗談とも本気ともつかない悪趣味なことを口走りながら腹に手を当てて大きく笑う。

 その光景を目の当たりにしたエンリやンフィーレアはどう反応したものかと顔を見合わせた。

 

「と、冗談はこれぐらいにして。実はアインズ様がいらっしゃるのはその移住者が理由なの……ドワーフ達の研究を調べようとしたわ」

 先ほどとはまた違った意味で、ルプスレギナから表情が消える。

 

「そんな! 私は村の皆にちゃんと工房には近づかないようにって!」

 

「うーん。いや、私は信じるっすよ? エンちゃんの事。でも実際、移住者の中でドワーフに酒を振る舞って油断させて話を聞こうとした奴がいるんすよ。アインズ様がここに来るのはその話を聞きに来るためっす。私が報告したんすよ。ホウレンソウっす」

 ホウレンソウとはどういう意味なのだろうか。

 しかし今はそんなことより内容だ。

 ドワーフ達は普段工房に籠もっているが何か完成品が出来る度、いや出来なくても外で集まって酒を飲んでいる。

 最近そこに加わる村人がいると聞いた覚えがあったがまさか、そんなことをしていたとは。

 

「でもどうして? 村の人がそのことに興味を持ってもしょうがないのに」

 彼らが訴えているのはあくまで村からモンスターを排除、あるいは隔離することで、ドワーフは関係ない筈だ。

 そこまで考えてふと思いつく。調べている内容がドワーフがアインズに頼まれて作っている発明品だとしたら、アインズを知る村の人間は危険な物ではないと言われれば素直に信じられたが、余所から来た彼らはそれが信じられずに探りを入れているのではないかと。

 

「それを調べていた。まあ予想は付いていたがね」

 考え込んでいたところに突然今まで聞こえてこなかった声が聞こえ、今度こそエンリは悲鳴を上げてその声の方向を振り返った。

 そこにいたのは豪華なローブを身に纏った仮面の魔法詠唱者(マジック・キャスター)

 

「ご、ゴウン様!」

 

「久しいなンフィーレア君、それにエンリ嬢、いや村長殿とお呼びするべきか。ネムは元気にしているかな?」

 

「は、はい。ネムは今外で畑仕事を……じゃなくて! あ、すみません。でもいつから」

 

「たった今だ。無礼だとは思ったが、なるべく私が来ることは村の者に知られたくなかったのだよ」

 

「そ、そうですか。あ、どうぞ狭いところですが、お座り下さい」

 村の恩人を立ったままにさせる訳にはいかないと慌てて言うが、そもそもこんな狭い家の汚いイスを進めてもいいものだろうか。と口にしてから気が付いた。

 しかしアインズは特に気にした様子もなく進められたイスに近づくと、それより早くルプスレギナがイスの後ろに移動して素早く、けれど優雅さすら感じさせる動作でイスを引いた。

 

「うむ」

 当たり前のようなやりとりに今更ながらルプスレギナがアインズのメイドであったことを思い出す。

 いつもメイド服を着ていたというのに、普段の言動のせいで忘れていた。

 

「あ、えっと。そうだ。何か飲み物……は必要ないのでしたね」

 

「ああ。気にしなくて結構。君も座りたまえ。いや、私の家ではないのにこんな事を言う資格はないが、落ち着いて話がしたい。ンフィーレア君も同席してくれ」

 慌てるエンリに対し、アインズがサラリと言う。

 一瞬自分の家であることを忘れてしまいそうになる。

 流石はルプスレギナを初めとした様々な人物の上に立つ絶対者、規模に大分差があるとは言え同じく人の上に立っている自分とは比べものにもならない。

 関心とも畏怖とも付かない感情を抱いたまま、言われたとおりンフィーレアと並んで座りアインズに向かい合った。

 

 

 ・

 

 

 村長宅で座った物と似た粗末な木製のイスはとりあえずアインズが座っても壊れたり軋んだりはしなかった。

 良かった。と密かに安堵する。

 幾ら知り合いとはいえこれから交渉を開始する間柄だ。

 あまり隙を見せたくはない。

 

「先ずは今更だがドワーフの者達を受け入れてくれたことを感謝するよ」

 

「い、いえ。そんな彼らには私達も世話になりっぱなしで」

 

「そう。彼らには私が頼んだ研究以外の技術は村に還元するように言った。その研究もまた危険な物ではない。その説明もしたと思う。万が一何かあった時に被害を最小限するために壁も作った。しかしその上でそれを調べようとする者が現れた。何故だと思う?」

 

「それは……」

 

「エンリ。僕から話すよ」

 なにを言っていいのか分からないとばかりに、あちこちに視線を彷徨わせるエンリに、ンフィーレアがフォローを入れる。

 そうやってフォローしてくれる存在が居ることを若干羨ましく感じながら、アインズはそれを表に出さないようにンフィーレアに目を向けた。

 

「彼らは不安なんだと思います。ここに移住してくる前にカルネ村と同じように酷い目にあっています。カルネ村はゴウン様に救われましたが彼らはそうじゃない、だから──」

 なにも知らなければそう思えるのだろう。

 事実、アインズとて最初はそう思った。しかしルプスレギナの報告の後、しっかりと調べさせるとその理由が見えてきた。

 

「違う。裏切り者がいるからだ」

 ンフィーレアの言葉を遮り、きっぱりと言い切る。

 

「う、裏切り者って。あの人達は」

 

「君達と同じように村を焼かれ、行き場を失った者達だろう? 殆どはその通りだ。だが一人、異物が混ざっている……ルプスレギナ」

 後ろに控えたルプスレギナに合図を出す。恭しく頷いたルプスレギナは一枚の絵を取り出した。魔法を使用した写真には一人の男の姿が映っている。

 名前はなんと言ったか、正直覚えていないしどうでも良い。問題はこの男の経歴である。

 カルネ村を襲った帝国兵を装った法国の人間、そいつ等によって虐殺された村の一つで唯一生き残った者という触れ込みでつい先日移住してきた男だが、ルプスレギナの調査でこの男が夜な夜な魔法を用いて外にいる何者かと連絡を取っている魔法詠唱者(マジック・キャスター)であることが判明している。

 その連絡を取っている相手は法国の人間であり、つまりこの男も法国が送り込んだスパイということになる。

 

「そんな! 法国って確か」

 アインズの説明を聞いたエンリは感情的になって立ち上がる。

 テーブルに付いた手は小さく震えていた。

 

「エンリ。落ち着いて」

 そんな彼女の手に自分の手を重ね、強く握るンフィーレア。報告では聞いていたが、どうやら二人の仲は良好らしい、良いことだと思うが、今はそれを気にしている場合ではない。

 

「ゴウン様。疑うわけではありませんが、本当なのですか? 彼はまだ越してきたばかりでゴブリンさん達のことには中立を保っている人物です。確か法国は人間以外の異種族の完全根絶を目指していると聞いています。そんな人が……」

 

「もちろん私は確信を持っているしその通信相手も捕らえてある。後で会わせよう。恐らく今カルネ村で起こっている問題、それが悪化したのは最近ではないかね? それもこの男が原因だろう。本人は中立を維持しつつ両方を煽って不和を起こし、村を混乱させた隙を突いて情報を収集する。単純な手だ」

 とデミウルゴスが言っていた。

 

「どうして法国がこんな小さな村にわざわざ。まさか前みたいな事をまた?」

 虐殺のことを言っているのだろう。

 あれはガゼフを呼び寄せるための手段だったが、エンリ達はそのことは知らないはずだ。

 突然帝国を装った法国の人間が近隣の村、そしてカルネ村を虐殺したと認識しているだけだ。

 だからまた同じようなことがあるのではないかと不安なのだろう。

 これはアインズにはチャンスだ。こちらのメリットを説明しやすくなる。

 

「狙いはドワーフ。いやドワーフと繋がっている我々だろう。以前彼らを撃退して以後、私たちは彼らと敵対関係にある。だからこそ我々と繋がりのあるこの村に入り込み、更に関係の深いドワーフ達から情報を得ようとしてるのだろうな」

 正確には以前王国で開催された舞踏会でモモンがハッキリと協力を断り、またアインズにもその気がないと伝えたことで、強大な力を持つ者を野放しにしておくことを恐れた法国が、魔法ではまたアインズの攻勢防御に阻まれるからと直接、それも店やモモン達にではなくアインズが関わった者達の中で比較的に入り込みやすいカルネ村に人を送り込み、その中でもアインズに直接仕事を頼まれたドワーフを調べることで間接的にアインズの情報を得ようとしたのだが、そこまで説明する必要はない。

 あくまでエンリ達を助けたことが原因ということにしておけば良い。

 実際それも理由の一端なのだから嘘ではない。

 その上でこちらと組むメリットをきちんと説明する。

 

「それは私達を助けたから、ということですか? 申し訳……」

 

「君は村の代表だ。よく理解もせず感情だけで謝罪などする事は無い。私がドワーフを預けたことも理由の一端、ようはお互い様だ。それを忘れるな」

 

「あ、はい。その……」

 また謝罪しようとして言葉を飲み込む。

 彼女の気持ちは分かる。

 最初に会ったとき彼女は単なる村娘だった。それがいつの間にやらゴブリンを従え、村の大切な仕事を任せられ、仕舞には村長に祭り上げられた。

 一般人がいきなり崇められ、やったこともない重要な仕事を幾つもこなさなくてはならなくなったのだ。

 そんな者はアインズくらいだと思っていたが、もう一人居たのだと思うと正直親近感が沸いてしまう。

 だからこそアインズは彼女を信用してドワーフを預け、ンフィーレア達もナザリックに監禁するのでは無く、この村で研究を続けさせている。

 そこにアインズにとってはもはや怨敵である法国が入り込み、ナザリックの下に着いたドワーフ達に探りを入れている。それだけで十分不愉快だ。

 しかし村の事はあくまで村長であるエンリの領分、勝手に手を出しドワーフやンフィーレアからの信頼を損ねるような真似はしたくないとこうしてアインズ自らが説明と交渉を持ちかけに来たのだ。

 

「さて。本題はここからだ。エンリ・エモット。君はどうして今村の中で対立が起こっているか理解しているかね?」

 

「え?それは先ほどゴウン様が仰ったようにこの人がみんなを煽って……」

 

「違う。この男はあくまできっかけ。この男がいなくともいずれ同じ事は起こっただろう。分からないか?」

 コクコクと頷くエンリにアインズは大きく頷き、デミウルゴスから説明を受けた内容を語り出す。

 

「危険に対して見返りが足りないせいだ」

 

「見返りですか?」

 

「そう。君たちも理解しているだろうが法国でなくとも人間にとってゴブリンやオーガは討伐すべき敵だ。その存在を国が知ればすぐに討伐隊が結成され、ここに攻め行ってくるだろう、その時はモンスターだけではなく村人達も討伐の対象にされるかも知れない、それが危険。対して見返りはゴブリン達の労働力や他のモンスターが現れた時に退治してくれる強さだ。この見返り部分がもっと大きいか、あるいはモンスターの数が圧倒的に多く自分達が少数派であれば彼らは危険に目を瞑り、モンスターと共存することを選んだだろう」

 

「で、でも。前からいた村の人たちはそんなこと。今はゴブリンさん達とも仲良くしていますし」

 

「それは人間に虐殺され、モンスターより人間を恐怖していることに加え、私というそれを助けた者が置いていったアイテムから召喚されたからからではないかね。そして新たな移住者はその恐怖の部分はカルネ村と変わらなくとも、私に対する信用がない。そこにこの男がつけ込んだわけだ」

 写真の顔を指で叩きながらアインズに、エンリは大きく息を吐く。

 

「私、そんなことに全然気づけていませんでした。やっぱり私なんかが村長になっちゃいけなかったんでしょうか」

 思った以上に落ち込んでしまったエンリにアインズは慌てた。今からやっぱり村長をやめるなんて言われたらアインズの予定が狂ってしまう。なんとか思い留まらせようとする前に、後ろに控えたルプスレギナが声をかけた。

 

「以前貴女に言ったでしょう? 村長なんて誰がやろうと色々な失敗はする。完璧に全てを行えるなんてアインズ様を含めた数十人しかいないのよ。だから貴女はその失敗を嘆くのではなく、今からどう挽回するかを考えるべきよ」

 柔らかな口調と言葉にエンリが目に見えて落ち着いていくのがわかる。

 内容に着いては色々と言いたいことがあるが、ここで否定してもしょうがない。

 

「そ、その通りだ。君が考えるべきはこれからのこと。そして私はその話をしに来たのだよ」

 

「えっと。それはどういう」

 

「今の不満を解決するには、この男を排除した後、ゴブリン達を追い出すか、もしくはもっと見返りを増やすしかない」

 

「追い出すなんてそんなこと出来ません。ですがゴブリンさん達、それにアーグくんの部族のゴブリンさんや他の皆さんも、たくさん村の為に働いてくれています。これ以上なんて……それこそ頂いたこれをもう一度使うしか」

 ちらりとエンリは腰に目を落とす。

 そこにはアインズが渡したゴブリン将軍の角笛が刺さっているのだろう。それを使用しゴブリンを増やすという意味だ。

 

「二十人程度ゴブリンが増えても事態は好転しないだろう。それこそ討伐隊が現れても撃退出来るほど何百何千と増えるのならばともかくね。だからこそ足りないのならば余所から持ってくればよい──前置きが長くなってしまったな。端的に言おう」

 一度言葉を切り、デミウルゴスが発案した計画を成功させるためにアインズが考えた村への見返りを思い返しながら口を開く。

 

「私が手を貸そう。先ずは魔法で移住者の中に他に法国の人間が居ないかを調べ、その上であの程度の壁ではなく、それこそドワーフ達の工房に造ったような壁を作って村を囲み、今は工房の中を守らせているデス・ナイトを村の護衛にも回す。もし討伐隊やトブの大森林からモンスターが襲撃してきても私が対処する。どうだね?」

 これがデミウルゴスが新たに提案した計画の第一歩だ。

 ようは正式に王国の貴族としてカルネ村をアインズの領地にするのではなく、対外的にはトブの大森林にアインズが居て、その隣村としてカルネ村と交流し王国側と魔導王の宝石箱を繋ぐ窓口になってもらいつつ、実質的には村を取り込んでアインズの影響下に置く。

 元からアインズに恩義を感じており、なおかつ今ある問題を解決するという餌を用意すれば飛びつくはず。と初めは軽い気持ちでルプスレギナに村に起こっている問題を調べさせていたら、法国のスパイに行き当たり時間が無いと考えて、こうしてアインズが直接出向いたわけだ。

 正直今後の作戦を考えるよりも顔見知りであるエンリやンフィーレアと交渉している方が気が楽だったということもある。

 

「そんな。今までだってアインズ様のご厚意に甘えてしまってばかりで、何も返せていないのに、これ以上ご迷惑をお掛けするわけには」

 

「無論私とて聖人ではない。初め村を助けた時もそうだっただろう? 私はきちんと対価を要求する。今回もそうだ。私が求めるのは……君達の信頼だよ」

 

「えっと?」

 

「君達は知らないだろうが私は今王国と帝国で商売をしている。カルネ村に貸し出したゴーレムと同じ物や、武具やマジックアイテム。私が支配した魔獣による輸送便。そうした私と私の仲間たちが開発した物を人々に売っている。あの工房で作っている物もその一つだ」

 

「あ、では。ゴウン様、僕達が造った水薬(ポーション)も?」

 思いついたようにンフィーレアが口を開くがアインズはそれを否定する。

 

「あれは違う。以前も言ったとおり、あの水薬(ポーション)は私の提供した材料でなくては作れない代物だ。貸し出し等出来ない水薬(ポーション)では買った者は当然どうやって作られたのか調べるだろう。それは困るのだよ」

 

「厄介事を招くから、ですね」

 

「そう。初め法国のスパイが入り込んだと聞いた時、私は君の作った水薬(ポーション)を狙ったのではないか、と思ったくらいだ」

 

「そんな! 僕はあの水薬(ポーション)のことを誰にも、お婆ちゃんだって」

 声を荒げるンフィーレア。自分がかつてナザリックに彼らを招いた際に約束した守秘義務を破ったのではないか、と疑われたと考えたのだろう。

 

「分かっているとも。結局ドワーフの方を調べていたわけだからね」

 

「あ、そうでしたね。すみません」

 大声を出した自分を恥じるように声と共に身を縮ませるンフィーレアにアインズは身を乗り出す。

 

「そこで先ほどの話だ。私が扱っている商品はその全てが、ンフィーレア君に提供した素材のように私しか作れない物ばかりだ。今までは大量生産はせずに細々と売っていたが、需要が増えたせいで流石に手が足りなくなってきた。だが王国や帝国の者達を雇ってはどこからか情報が漏れるかも知れない」

 

「あ。それでは」

 

「そう。カルネ村の住民をそのまま私の商会、魔導王の宝石箱で雇いたいと考えているのだよ。私が信頼出来、また纏まった人数となると私には君たち以外思いつかなかった。話が前後するが実はトブの大森林内に商会の本店を作ることにした、それに伴い森の管理も私がする。これは王国も承認済みだ。先ほどはああ言ったが森の中にいるモンスターも私が管理する以上もう村を襲撃することは無い」

 本当はそこまで彼らを信頼しているわけではないのだが、少なくとも誰とも知らない一般人を雇うよりは、恩義があり、モンスターを共存しているという弱みと、アインズの実力を知っている彼らの方が裏切る心配は減るだろう。

 

「あの、一つよろしいですか?」

 

「どうぞ。なんでも聞いてくれ」

 

「具体的に私たちはどのような仕事をするのですか?」

 

「先ずは受付と案内だ。カルネ村支店を作りそこに君達を招いた時に使った鏡を置く。客はそこから私の本店に来るわけだが、その案内や誰が来たかの記録や我々への連絡も任せたい。後は当然店の商品の生産や貯蔵。それとこれは強制ではなく、希望者がいればだが他の土地に支店を作る時、そこで働く者もいるとありがたいな。当然、ゴブリン達が見つかってしまうのは不味いから、支店は今君達が生活している場所とは別のところに造り、客にはそこから村の中は見えないようにしよう。今はそんなところか」

 

「では現在私たちがやっている放牧や、畑仕事は」

 

「そのまま続けてもらっても構わんが、出来れば店で使う食材を育ててもらいたいな。今は余所から仕入れているが、自分で生産出来ればそれに越したことはない。当然君達は全員私の店の従業員になる訳だから衣食住に不自由はさせないと約束しよう」

 カルネ村の者達が畑仕事や、放牧、薬草採取をしているのは極論を言えば生きるためだ、余暇を楽しむという考えはほぼなく、畑で取れた物は自分達の食料にし、足りない分は薬草を売ったお金で都合する。だからこそ、それをこちらで用意すれば仕事内容に拘りはないだろうと考えたのだ。

 

「…………えっと。少し、考えさせてはいただけませんか?」

 だからこそ、長い沈黙の後エンリがそう言った時には驚いた。

 それが態度には出なかったと信じたい。

 

「理由を聞いても?」

 

「今のカルネ村にはお年寄りも多いです。そうした方達は多分今までの生活大きく変わることを容認出来ない人が多いと思うんです。私は難しいことはわかりませんが、ゴウン様が大丈夫だと仰るなら、きっとその商売のお手伝いすれば村も豊かになると思います。でもそれでは変わることを怖がる人たちのことを無視してしまうことになります。みんなが納得出来る方法なんてないかも知れませんけど、でも少なくとも私が勝手に決めるんじゃなくて、みんなの意見を聞いて、納得してもらってからじゃないといけないと思うんです。だから──」

 熱の籠もった口調で語るエンリ。ただの村娘だと思っていたが思ったよりもしっかりとした考えを持っているようだ。

 これも成長だろう。

 

「分かった。何も今すぐの話じゃない。そもそもまだ森の中に本店も出来ていないのでね。森を調べ管理するにも時間が掛かるだろう、それらが終わってから改めて返事を聞かせて貰いたい。それまでに皆で相談して決めてくれ。当然強制ではない、断ってくれても構わない。その時はドワーフ達だけは森の中に工房を作り直しそこに移って貰うことにしよう」

 さりげなくドワーフがこれまで与えていた恩恵はなくなるよ。と話しておく。村民を説得する材料の一つにはなるだろう。

 

「分かりました」

 

「ただし。この男、こいつだけは今すぐ私に引き渡して貰いたい。勿論、この場で尋問し本当であることを確認して貰った上でだ。良いかね?」

 

「はい。ゴウン様が仰ることが本当なら、この人はカルネ村の住人じゃありませんから」

 一度目を伏せてからエンリはまっすぐにアインズを見て、はっきりと告げる。

 エンリは心優しい少女なのだろうが、ただ優しいだけでは人はついてこない。村長として村に有害な者なら切り捨てる覚悟も決めている。

 これならば大丈夫だろう。

 ゴブリン達の問題も結局は解決していないのだから、彼女なら村人を説得した上でアインズの提案を受け入れてくれるだろう。

 無理矢理納得させるよりその方が余計な軋轢もなくなり、むしろ良かったかも知れない。

 

「ルプスレギナ、連れてこい」

 そう言ってアインズは手を差し出す。

 するとその空間に<転移門(ゲート)>が開く。

 二人、特に魔法も使えるンフィーレアが驚愕しているがこれはアインズが使用したものではなくシャルティアが使用した魔法だ。

 彼女は現在、アインズが言ったとおり変装として髪を金色に染め、装いも普段の者から純白のドレスへと変え、念のため顔を隠すために仮面まで付けさせた上で更に魔法で姿を隠すという徹底した対策を講じた状態で、アインズを護衛をしている。

 ルプスレギナをここに送りこんだのも、安全を確かめてから遅れてアインズがここに現れたのも、全てシャルティアの<転移門(ゲート)>によるものだ。

 外のゴブリン達にアインズ達が来ていることを知られると警戒される上、件の法国のスパイに感付かれる危険性がある、<転移門(ゲート)>で行った貰った方が確実だ。

 加えてアインズは姿の見えないシャルティアにも、ルプスレギナに着いていくように合図を出す。

 法国のスパイについては先に捕らえた連絡係からある程度情報を引き出しているが、ニグンの様にユグドラシルのアイテムを切り札として持っている可能性もある、そうなったらレベルが五十代のルプスレギナだけでは不安が残る。

 少々警戒しすぎな気もするが、世界級(ワールド)アイテム持ちの法国が相手ならこれぐらいはするべきだろう。

 

「畏まりました。アインズ様」

 アインズに礼を取り、エンリとンフィーレアにも一礼した後、ルプスレギナは<転移門(ゲート)>の中に消える。シャルティアから反応が返ってこないところを見ると大人しく着いていった様だ。

 

「さて。では後は待つとしよう」

 未だ呆気に取られているンフィーレアとは異なり、エンリははい。と明るく返事をした。それに満足げに頷きながらアインズは考える。

 今回はルプスレギナがキチンと仕事をしたおかげで、法国の企みを事前に防ぎ、先手を打つことが出来た。

 連れてきた法国の男はどうせここで<支配(ドミネイト)>などで尋問し自分が法国の人間でありカルネ村にスパイとして潜り込んだこと、村人達を煽ったことなどを話させたら、例の情報隠匿のために複数回質問したら死亡する魔法のせいで、他に情報を聞き出す事は出来なくなるのだから、ルプスレギナにストレス解消用の褒美としてやるのも悪くないかも知れない。

 いや、法国の魔法詠唱者(マジック・キャスター)なら信仰系魔法が使えるだろうし、特殊部隊の陽光聖典では勿体なくて今まで先延ばしにしていた記憶操作の練習材料にするのも悪くない。一つ試したいこともあった。

 今後の予定を考えながらアインズは心の中でほくそ笑んだ。




ようやくルプスレギナを出すことが出来ました
ちなみにこの話は前話から結構時間が経っています
なので既にモモンの話は法国の上層部も知っていて彼らは強大な力を持ったモモンとそれに繋がるアインズを警戒し、情報を得ようとしている形です






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