かごの大錬金術師 作:Menschsein
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ローブル聖王国で、魔王が暴れていた。
若い人間は連れ去られ、年老いた人間を容赦なく殺す。
その魔王によって侵略された村は、一夜にして家々は破壊され、翌日には奇妙な別の建物が出現しているという。
その建物は悪魔たちが出入りし、人間の悲鳴がずっと建物の外まで聞こえてくるという。
その阿鼻叫喚の地獄は、アベリオン丘陵から始まり、西へ、西へとその規模を拡大していた。
村を襲われ、逃げ伸びた人間達は、聖王国の都市へと逃げ込んでいた。
デミウルゴスは、ローブル聖王国の街の城壁の前を、不敵に自らの翼で飛んでいる。そして、剣や杖を持った者達を見下している。デミウルゴスにとって遙か格下の相手だ。まだ、”蒼の薔薇”の連中の方がましだと思える。魔法一つで容易に蹴散らせる相手だ。
「わたし——このヤルダバオトに命を差し出せ! それとも……私と勝負するかね?」とデミウルゴスは不敵に笑う。そして、上空で腕を組みながら、脅えている衛兵や冒険者にこう言い放つ。
「3分間待ってやる」
彼等は、逃げない。ただ、脅えている。
「時間だ! 答えを訊こう!」
「ヤルダバオト! いや、魔王! お前の好きにはさせん! 俺達はこの街を守る!」と、一人の人間が叫ぶ。装備が周りの人間たちよりも上等だ——ナザリック基準で考えれば、大した装備ではないのだが——隊長格なのであろうか。騎士と呼ばれる存在なのかも知れない。
「ハッハッハッハッハ、私と戦うつもりか? さっさと逃げればいいものを」
デミウルゴスは、聖王国で自分が魔王と呼ばれていることを知っていた。自分はただの下僕だ。『王』などと呼ばれるような存在ではない。『王』と呼ばれて良いのは、自分が忠誠を誓う、アインズ様お一人だ。魔王などと呼ばれてこそばゆい。自分が魔王などと呼ばれてはならない。
即座に魔王ではない、と否定したいところだが、任務であるとデミウルゴスは自らに言い聞かせる。
秋からローブル聖王国に対してある行動をさせようと誘導させている。だが、ローブル聖王国は動く気配がない。冬が間近に迫っているが、ローブル聖王国は動かない。
デミウルゴスは焦っていた。
帝国を支配するという計画で、アインズ様御自ら動かれた。自分が今回もグズグズとしていては、アインズ様御自らが動き、数日の内にローブル聖王国を支配してしまうかも知れない。
しかし……それは自分が無能である、アインズ様はナザリックの下僕に失望し、他の至高の御方がたと同様、彼の地へと言って仕舞われるかも知れない。
ローブル聖王国を支配するという計画。遅々として進まない。だが、前回の帝国支配の件で、デミウルゴスは一つのことを学んだ。
アインズ様に相談をすれば良い。
自分はアインズ様から信頼されているという自負がある。だが……全てにおいて栄光あるアインズ様に劣るのは事実。いや、アインズ様の足下に及ぶことなど一つもない。
『思うようにローブル聖王国支配の計画が進んでいない。どうすれば良いのでしょうか?』
叱責を受ける覚悟で、主君たるアインズにデミウルゴスは尋ねた。
アインズ様は、簡単に答えを下さった。すでに、自分が悩んでいることさえも計算の内、そんな態度であった。
「うぇ? あぁ〜、あぁ。デミウルゴスよ。お前を創造したウルベルトさんは、『悪』に拘った人だった。お前もその悪に拘ってみたらいいんじゃないか?」
雷が落ちたような衝撃であった。創造者である至高の御方がたの一人。ウルベルト・アレイン・オードル様。その方の真似をする。偉大すぎて自分では決して慣れないような存在の真似をする。自分では決してできない発想であった。
だが、どのようにすれば良いのか自分には想像できない。ウルベルト様の真似をするのは、あまりにも不敬だ。
だが、アインズ様は再びヒントを下さった。
「デミウルゴスがやろうとしていることは、一種の『かませ犬』だよな……。ヤムチャ……いや、こっちか?」と、アッシュールバニパル大図書館で、アインズ様御手自ら選んでくださった映像資料。
デミウルゴスは必死に悪とは何かを学んだ。
また、ローブル聖王国を支配した後は、この映像資料と同じ、天空城。つまり、かの八欲王が建造したとされる、南方にあるエリュエンティウと、そしてその上を浮かぶ浮遊城を支配せよというアインズ様の意図があることを確信した。
・
逃げないローブル聖王国の兵士達。
その者達に、デミウルゴスは、言い放つのだ。
「見せてあげよう! ゲヘナの炎を!! ……旧約聖書にあるソドムとゴモラを滅ぼした天の火だよ。ラーマヤーナではインドラの矢とも伝えているがね。全世界は再びヤルダバオトの元にひれ伏すことになるだろう」
恐れおののくローブル聖王国の兵士達。そんな兵士達を見て、デミウルゴスは思うのだ……『バカどもにはちょうどいい目くらましだ』と。
デミウルゴスはノリノリである。だが、自らの計画を忘れた訳ではない。
「私を倒したいのであれば、
そう言って、デミウルゴスは、ローブル聖王国の都市から飛び去る。滅ぼすのは簡単だ。だが、それでは意味が無い。
それにしても、アインズ様の知謀は恐ろしい。
ローブル聖王国が、魔導国の国王に救援を求めるのも良し。
ローブル聖王国が、アダマンタイト級冒険者のモモンに救援を求めるのも良し——エ・ランテルを守護しなければならず、エ・ランテルがから離れられないと言って、断るということが事前に取り決められているが——。
それに、エ・ランテルまで救援に来て、冒険者モモンに依頼を断られたら……まず間違い無く藁にもすがるつもりで、魔導王に救援を求めるだろう。
あとは、ゲヘナ作戦と同じ要領だ。ヤルダバオトは魔導王によって撃退される。
冒険者モモンというアンダーカバーを造り出すと仰った時点で、ここまでの流れを全て計算に入れておられた。自分は敷かれたレールの上を走っているだけ。だが、それこそが名誉の極み。生きがいというものだ。
愚かな人間でも、あそこまでヒントを与えれば、魔導国か冒険者モモンに救援を依頼するであろう。分からないのであれば、適当に都市を壊滅させれば良い。自分たちでは、ヤルダバオトに勝てないと分からせれば良い。
「ん?
「アルベドよ。緊急の連絡があるわ」
「なんでしょうか? 私は、アインズ様のご命令で、ローブル聖王国にいるのですがね」とデミウルゴスは言う。心の中で、『制服さんの悪いクセだ』と思っているが、それを態度に出したりはしない。
「その任務は一旦放棄よ。ナザリックに急ぎ帰還しなさい。これは命令です」
「アルベド……あなたが守護者統括という地位にあるのは分かっていますが、ローブル聖王国の支配はアインズ様直々のご命令ですよ? 私がアインズ様の密命を受けていることもお忘れなく」
「そのアインズ様が、戦いに敗れてお亡くなりになったの……。だから、早くナザリックに帰還しなさい!」
アルベドはそう言うと、乱暴に
そ、そんな馬鹿な……。信じられないと思いつつ、デミウルゴスは緊急用に持たされていた転位の巻物を使い、ナザリックへと急ぎ帰還するのである。
・
・
同刻。カルネ村……
ルプスレギナがエンリに言った。
「ん—。エンちゃんだったら言ってもいいか。実はアインズ様が戦いに敗れてお亡くなりなったみたいなんですよね」
「えー!!!」
「だから、もしかするとしばらくの間、来られないかもしれないすよ。だから、自分たちで色々と注意してくれってことっす!」
それだけ言うと、ルプスレギナは消えた。
「将軍閣下、ど、どういうことなんですか?」
「私にも分からない。アインズ様が戦いで負けて死なれるなんて……」
ルプスレギナがいつもの冗談を言ったのかも知れないとエンリは思った。だが、仕える主が死んだ、などというような冗談を言う人ではない。どちらかといえば、悪意のない冗談を言うタイプだ。
もしかしたら、それは真実なのかも知れない。
思えば、赤帽子ゴブリンがこのようにあからさまにルプスレギナさんを警戒するようなことはいままで無かった。今日は、赤帽子ゴブリンさんが、自分とルプスレギナさんの間に割って入った。自分を守ろうと。
いつもとは違うルプスレギナさん。
エンリを不安にさせる。カルネ村の件だって、いまだにアインズ様に返せていない恩がありすぎる。いや……一度もまだ返せていない。
「ゴウン様……どうかご無事で……」とエンリは、村の中央におかれているゴウンの像に向かって祈るのであった。