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ベニー・シングス来日記念特集 ~解説/最新インタビュー/アーティスト・コメントで当代随一のポップ職人を多角的に切る。

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 9月7日、オランダのポップ・マエストロ、ベニー・シングスの最新アルバム『City Melody』がリリース。また、それを記念した来日ツアーが18日によりビルボードライブ大阪・東京にて行われる。新作にはメイヤー・ホーソーンやMocky、Corneliusも参加。ベニーの生み出す新たなサウンドにも期待が高まる。そこで今回、Billboard JAPANでは新作と来日を記念した特集記事を作成。まず1ページ目では松永良平氏によるキャリア解説を、随所にこれまでの本人の発言を参照しつつ執筆してもらった。そして、続く2ページ目では、ベニー本人に行った新作『City Melody』についての最新ショート・インタビューを掲載。彼のこの夏の「Song Of Summer」も教えてもらったので合わせてチェックして欲しい。そして、2ページ目後半では、ベニーを敬愛する二組のアーティスト、中納良恵(EGO-WRAPPIN')とKan Sano(origami PRODUCTIONS)からコメントを寄せてもらった。それぞれの表現で語られるベニーと彼の音楽への思いについて、ぜひご一読頂きたい。

いつでもすぐ側にあるソウル・ミュージック

 ベニー・シングスのファースト・アルバム『Champagne People』が出たのは2003年で、もう15年になるのかと、すこし驚いた。2003年といえば、レディオヘッドだと『ヘイル・トゥ・ザ・シーフ』とか、ビヨンセのソロ・デビュー作『デンジャラスリィ・イン・ラヴ』が世界的な話題作だった。その同じ年に、オランダ中部のドルドレヒトという街で生まれ育ったひとりの若者が、ひっそりとデビュー・アルバムをリリースしたのだった。

 そのジャケットは、今あらためて見ても不思議な写真だ。オランダのごく普通の若者たちが漠然とたむろする中央で、トレーナーにジーンズ、チリチリ頭の若者が腕を組んで立っているというものだ。その若者が写真の主人公だとしたら、どう見てもイケてないし、ましてやシャンパンをたしなむような紳士淑女からはほど遠い。しかし、そのアルバムを再生した瞬間、そこに浮かび上がるソウル・ミュージックは確実にあり、揺るがし難いメッセージを感じた。つまり、この音楽が特別で選ばれた場所からではなく、どこにでもいるような、そして、ちょっと周囲から浮いているような宅録オタクのロマンチストの若者の脳内、すなわち、“きみの近く”で生まれたものだった。

 『Champagne People』は翌04年にオランダの音楽賞【エッセント・アワード】の新人賞を受賞するなど、国内で激賞された。しかし、彼の名が海外、とりわけ日本でより広く認知されるようになったのは、その年、オランダのレーベル《Kindred Sprits》からリリースされたコンピレーション『Soul Purpose Is To Move You』に、ファーストから2曲が収録されたことだろう。まず、そこで「これは誰だ?」と話題を呼び、さらにタイミングよくその翌05年に、初めての日本盤としてベニーのセカンド・アルバム『I Love You』がリリースされたことが決定打となった。

 当初はヒップホップのビートを作るプライベートな感覚で制作していたというファーストの宅録サウンドは、ベニーの音楽的な快感を優先した作りになっており、ライヴでの演奏は不可能だった。そもそも、彼自身が歌うことすら想定していなかったというから驚きだ。思いがけずミュージシャンとして高評価を得たことで、彼は作曲や演奏について、あらためて本格的に学び始めたという。もともとビートルズやスティーヴィー・ワンダーを好んで聴いていたという父親の影響もあったが、バート・バカラックなど、ベニーが敬愛する音楽家の作品を学び直したことで、彼の表現はぐっとサウンドの要点が整理されて、ポップで親しみやすい、現代のアダルト・コンテンポラリーと呼べるような音になっていった。そして発表された『I Love You』は、ファーストのメランコリックなムードやグルーヴ感は残しつつ、よりアクティヴなバンド・サウンドへと変化した。とりわけ、アルバムのラストを飾る名曲「Make A Rainbow」はFMでも広くエアプレイされ、今も愛され続けている。


▲Benny Sings - Make a Rainbow

 こうして音楽家としての活動の大きな足がかりを得たベニーは、06年にはコラボ・ユニット、レッドノーズ・ディストリクトでアルバム『Euh』を発表。さらには、プロデューサーとしても同じオランダのシンガー・ソングライター、ウーター・ヘメルや、歌姫ジョヴァンカを送り出している。ポップス、ソウル、ジャズなどをクロスオーヴァーした彼の音楽性が、いわゆる“フリーソウル”を通過した世代の嗜好とも合致するものだったことも、日本でのブレイクの大きなひきがねとなっていた。

 ソロ名義でも『Benny…at Home』(07年)、『ART』(11年)、『Studio』(15年)とコンスタントにアルバムを発表。彼を最初に大きく受け入れた海外の国である日本でのツアーも重ね、その成果は安藤裕子や土岐麻子、cero、Cornelius、スキマスイッチといったアーティストとの共演や共作に結実している。2015年の『Studio』では、日本盤のボーナス・トラックとして、“Benny Sings × cero”名義でのコラボ曲「Meet Me Outside」が収録され、ceroとの対バン・ライヴも行われた(2015年11月19日、恵比寿LIQUIDROOM)。自身のトリオで来日したそのときのベニーは、相変わらずのチリチリ頭の内気な青年といったルックスだったけれど、演奏そのものは最小限の音で緊密な空間を作り出す、ずいぶんとしっかりしたものになっていた。


▲Benny Sings - Each Other (Billboard Live, Tokyo) ※2014年の演奏より

 終演後、幸運にもベニーと2人で話す機会があった。『Champagne People』からそのまま抜け出してきたような彼が目の前にいることにすこしドキドキもした。そのときに彼がフランクに語った言葉が興味深い。

 「自分の音楽を受け入れてくれたのは、日本のリスナー、アメリカの黒人たち、そしてフランス人だね」
 「僕のヒップホップの趣味はオールドスクールなんだ。ドレイクとかの良さは僕にはわからない。一番好きなのはデ・ラ・ソウル。アルバムなら『Stakes Is High』だね」

 「あなたの音楽の“Happy Sad”な両面性が、日本のリスナーには愛されていると思う」と僕が伝えると、「そういう微妙な(subtle)感覚は残念ながらオランダ人には理解されにくいんだ。彼らはロックならロック、ダンスならダンスと極端を求めるから」と、淡々と答えてくれた。その言葉は、逆に言えば、彼の音楽家としての、自国の流行にいたずらに迎合しない信念を表明しているようなものだとも思えた。短い時間の会話だったけど、彼のことがまたいっそう好きになった。


▲De La Soul - Stakes is High (Music Video)

 そして2018年、通算6枚目のアルバム『City Melody』のリリースにあわせて、2年ぶりの来日公演も実現する。タイトル通り、メロディアスでメランコリックなシティ・サウンドに向かった新作は、ベニーが拠点とするアムステルダム、そしてLA、NY、東京で制作が行われ、今やタキシードでも多忙なメイヤー・ホーソーン、カナダ出身のMocky、日本のCornelius、ドイツ人プロデューサーのShukoらが参加した。生まれ育った国は違えど、ほぼ同世代と言えるメイヤー・ホーソーンやMockyとのコラボレーションは、彼らの音楽性に共通項を見出していたリスナーたちには、まさに出会うべくしての出会いだったとも言える。その共通項とは、ジャンルを横断するアイデアの大胆さと、ひとりで自分の音楽を作ることから出発した繊細な感受性の共存であり、そして、どんなスタイルであろうと音楽への愛だけは隠せない表現者であることだ。

 今回、東京、大阪のBillboard Liveで行われる公演には、ベニー自身を含め6人編成のバンドが予定されている。ベニー、女性コーラスのジュン・フェルミエ、キーボードのアダム・バー・ペレグ、ベーシストのブラム・ワシンクは、16年の来日時と同じメンバー。今回はトランペッターのロバート・スケルペニッセ、ドラマーのコリン・バーミューレンが参加予定だ。15年、16年の来日はドラマー不在でベニー自身によるプログラミングがビートを担っていたが、今回は生身のドラマーということで、よりアクティヴな演奏が期待できそうだ。


▲Benny Sings - The Beach House (Live at DWDD, 27-11-2015)

 そういえば、15年に話をしたとき、ベニーはあらためてファースト・アルバムについて、こう言っていた。
 「『Champagne People』からの曲はライヴで演奏したことがない。実際に演奏することを想定していなかったから、コードもリズムも再現不可能なんだ」

 だが、彼が“再現不可能”と語ったあのアルバムのサウンドは、現代のアメリカで進行しているジャズとR&Bの融合と自由な変化を、ある意味で先駆けていたものでもあり、むしろ今、かたちを変えていろいろなアーティストによって実現されていると感じる瞬間が多い。また、自分の居る場所と街のメロディを結びつけた彼の感受性は、現代のシティ・ポップ再評価とも容易につながるものだ。

 無意識に時代を先駆け、今もそこで鳴っている“きみの近くにあるソウル”を作り出す男、ベニー・シングス。いつだって彼の音楽には触れていたい。

文:松永良平


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