かごの大錬金術師   作:Menschsein
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第九話  Look down

<王都リ・エスティーゼ>

 

「ラナー様、このような場所にわざわざおいでいただかなくても……」とヒルマは、深くフードを被ったまま室内に入ってきたラナーに言った。王国の第三王女が、八本指のアジトに出入りしていることが発覚したら問題が生じる、ということがヒルマが放った表向きの意味である。しかし、言葉の裏では、あまり面倒な指令を持ち込まないで欲しいという意図があった。わざわざ、直接リスクを冒してまでこのアジトにラナーがやって来る。どう考えても、厄介ごとだ。

 

「他の方は集まってくださっていますか?」とラナーは優しくヒルマに声を掛ける。

 

「もちろんでございます。奥でラナー様をお待ちです」

 

 ラナーが八本指を召集させた。アルベドから、八本指の指揮をラナーが執るということは、八本指全員が知っている。つまり、ラナーの命令は、絶対であるということだ。この場にいない八本指がいたならば、その者は地獄を再び体験することになる。集まっていないはずがないのだ。

 

「皆さんお集まりありがとうございます。実は、以前アルベド様がこの王国にいらした際に、ヒルマに命令していた件です」と、八本指のリーダー達にラナーが説明をはじめる。

 

「相手の精神を操作するマジック・アイテムの捜索ですが、思うように進んでいませんね?」

 

 ヒルマを初め、全員の肩が恐怖で震える。もう二度とあんなのはごめんだ……。だが、情報が集まらないのも当然であろう。なぜなら、それは、魅了の効果を持つ魔法の短杖なのではなく、伝説級のアイテムなのだから。そんなアイテムの情報が簡単に集まるなら、伝説になどなってはいない。

 

「そのアイテムの外見が分かりました。情報が集めやすくなると思いますので、最優先で情報の収集にあたってください」と、ラナーはしばらくの沈黙の後、明るい声で言う。

 特に意味がないように思える沈黙。八本指が恐怖で震えているのを楽しむために、敢えて間を置いたのが明白である。恐怖で震える自分たちを弄んで楽しいのか? 私達は同じ人間だろう! とヒルマは心の中だけでラナーに対して抗議をした。

 

「外見は、旗服(チャイナ・ドレス)です。王国全土からその服を着ていた者がいないか、目撃証言を集めなさい。最優先の事項とします」

 

 旗服(チャイナ・ドレス)……。夜会などでもあまり使われない服である。口だけ賢者が考案したとされる変わった服だ。ヒルマも、昔、その服を娼婦達に着せて客の相手をさせてことがあったが、……あまり客受けは良くなかったのを覚えている。旗服(チャイナ・ドレス)は扇情的な服とは言えず、乳房や性器が露出している衣服を客は好む。

 

「ラナー様。旗服(チャイナ・ドレス)とはどのようなものでしょうか?」

 

 他の者が知らないのも無理はないとヒルマは思う。それほど珍しい衣服だ。

 

「私が旗服(チャイナ・ドレス)の衣装を数着持っています。それを参考に情報を集めましょう」とヒルマは口を開く。他の者達も、旗服(チャイナ・ドレス)がどのようなものか知らないのでは、探しようがない。

 

「それで、ラナー様。どれくらいで情報を集めればよろしいのでしょうか? 王国全土となると……3ヶ月はお時間を頂きたいのですが……」

 

「最優先と私は言いましたが?」とラナーの冷たい声が響く。

 

「2ヶ月半ほどでしょうか?」

 

「最優先という言葉の意味は、あなたたちの命よりも優先ということです」

 

「に、2ヶ月ほどお時間を……。まず、旗服(チャイナ・ドレス)の外見を、王国全土に散っている部下達に説明するのに一週間。そして、徹底的に聞き込みをするのに1ヶ月半。そして、報告書をまとめるのに一週間ほどお時間を……」

 

「分かりました。報告書がまとまりましたら、私とアルベド様に提出してください。健闘を祈ります」

 

 ラナーは、それだけ言うと、すぐに椅子から立ち上がり、室内から出て行った。そして、残された八本指の間からため息が漏れた。

 

 

 

 ・

 

<ドワーフ王国>

 

 ゴンドと会話をしていたアインズの元に、デミウルゴスが到着したという連絡が届く。

 

「ゴンドも行って話をしてくるといい。暫くは戻れないだろうからな」

 

「そうじゃな。……鉱山関係の面々と話でもしてこよう。陛下はどうするんじゃ?」

 

「……私の方は国から使者が来ているのでそちらと少し話をしてくる。……それではまた」

 

 アインズが向かった貴賓用待合室兼談話室兼応接間には、デミウルゴスの姿があった。デミウルゴスの言っているドワーフに打ち込んだ楔のことがさっぱりと分からない。

 

「秋に開始、アインズ様にお願いするのは冬の頃になるかと思っております」というデミウルゴスの発言を受けて、アインズは心の中でうなだれる。今は、夏だ。それまでの間、俺は何をすれば良いのだ? 

 

「それで先程の帝国の属国の件ですが——」

 

 ドワーフ王国で宴などを開いて、ナザリックに帰るのを遅らせていた。デミウルゴスとアルベドが、帝国の属国の件はすべて処理していてくれないかなぁという淡い期待のもとで。しかし、実際は、帝国統治の草案が完成して、アインズの決裁待ちという状況。実質的に何も動いていない。

 まぁ、最終決定権を持つ自分が裁決していないのだから当然ではあるのだが、できれば全てが終わっていて欲しかった。

 

「——それは戻ってから聞かせてもらおう。先に計画書を出しておいてくれるか?」

 

 出来るだけナザリックに戻るのを遅らせよう。目的は、デミウルゴスに計画書を作成させる時間を与えるということだ。帝国を属国として統治する。そんなことが自分に出来るはずがない。デミウルゴスに計画書を作っておいてもらい、自分はその計画書に従って行動をする。要は、マニュアル通りに行動すればよいだけにしておいてもらいたいのだ。

 

「畏まりました」と一礼をするデミウルゴスをアインズは心の底から応援をする。出来るだけ詳細な計画書を頼むと……。できれば、台本形式にまで落とし込んで、自分がどう発言すれば良いのかまで事細かに書いてあるのが望ましい……。

 

「……それではデミウルゴス主催のイベント、その時が来るのを楽しみにさせてもらう」とアインズは答えながら遠い目をする。

 そういえば、ドワーフ国に来た主目的は、ルーンなどではなく、帝国属国化の案件をアルベドとデミウルゴスに丸投げするためであった。それなのにあっさりとドワーフ国を、そしてフロスト・ドラゴンを服従させてしまっては意味がないではないか。式典で多少の時間を稼いだものの、デミウルゴスからはドワーフに楔を打ち込んだなどと分けの分からないことを言われてしまう。

 

 自分がこの地にやって来たこと。むしろ、仕事を増やしてしまった感がある……。どうやって時間を稼ごうか……。アインズは、デミウルゴスが去った貴賓用待合室兼談話室兼応接間で頭を悩ませるのであった。

 

 

 








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