かごの大錬金術師   作:Menschsein
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第八話  I Dreamed a Dream

 クライムの朝は早い。誰よりも早く起きて、誰よりも多く剣を振る。もう何年も毎日欠かさず繰り返している習慣。才能が無い自分は、強くなるためには努力を積み上げていくしか方法はない。

 だが、今日は訓練よりも前にしなければならないことが、クライムにはあった。

 たしか、昨日、孤児院の自室から出て行ったラナー様の後をこっそりとつけた。そして、カシュバの部屋に入っていたのを確認したはずだ。しかし、朝起きたらどういうわけか自分の部屋で寝ていた……。

 

 クライムは、井戸で水を汲み、桶に水をためて洗濯をはじめる。

 

 そして、洗濯をしながら、雑念を晴らすために、この孤児院と子供たちの未来について考えはじめる。

 

 

 孤児院の子供の中には明らかに自分より才能に恵まれているという子供が多い。たまに孤児院にやってくるガガーランに遊び半分で稽古をつけてもらっている子供。その遊びの中でさえ、才能に恵まれた人間は何かを掴む。クライムが剣を握りはじめた時、苦労して身につけた太刀筋を、呼吸をするかの如くあっさりと習得してしまう。武の階段。昔の自分が一段上るのに、文字通り手に血が滲むほどの努力を、才能のある子供は児戯の中でその階段を数段飛ばしで登って来る。あと数年も経てば、自分は追い越されて遙か格下の存在になっているのではないか。

 ガガーランも子供達の秘めた才能が分かっているから、遊び半分にしか子供に剣を教えないのだろう。遊びとは言え、吸収が早い。本気で稽古をしたら、それなりに剣が使える存在にあっという間になってしまう。ガガーランや自分が本気で半年、いや、三ヶ月ほど訓練すれば、|鉄(アイアン)の冒険者として直ぐに活躍できてしまうかもしれない。

 

 そして、魔導王アインズ・ウール・ゴウンが帝国で武王と戦い、勝利した時に宣言した言葉。魔導国が冒険者組合を国の一機関としてバック・アップすると宣言した言葉。

 それに嘘は無かった。

 『一人前になるまでお前たちを手助けする』という魔導王の宣言は、エ・ランテル魔導国では、『新入冒険者研修制度』という制度で具体化されている。

 |銅(カッパー)の冒険者は、給料をもらいながら冒険者組合長アインザックなど元冒険者の下で、冒険のいろはを学ぶのだ。従来であれば、冒険者のノウハウなどが無料であることさえもありえない。冒険者としての知識を学びたければ、先輩冒険者たちのパーティーにお金を払って加入させてもらい、自分の目で盗むというのが一般的だった。もしくは、自分の命を賭け金として、自ら冒険の中で学び取っていくしかなかった。それが当たり前であった。

 

 が、魔導国の冒険者組合は違う。『新入冒険者研修制度』で、一人前の冒険者となるまで、衣食住の保証だけではいざ知らず、給料まで払ってくれるのである。しかも、指導に当たるのは、元オリハルコン級冒険者であった冒険者組合長プルトン・アインザックだけではない。元魔術師組合長のテオ・ラケシルなど、新入冒険者が口を聞けるような存在ではない人達から指導を受けることができるのである。破格の待遇だ。そして……極めつけは、研修期間が終わった後に、魔導国から支給される装備品——。

 アダマンタイト級冒険者でも、こんな装備品を持っていないのではないか? というような、破格の装備品。駆け出し冒険者が、いつかは装備したいと憧れて止まない装備が、『新入冒険者研修制度』の期間を終了すれば自動的に自分の物となるのだ。

 だれも恐ろしくてやらないが、その装備品を売っただけで残りの人生、遊んで暮らせるだけの価値がある装備品。それが手に入るのだ。

 オリハルコンやミスリル級の熟練冒険者や帝国の名だたるワーカーが、その魔導国から支給される装備品が欲しいがために、『新入冒険者研修制度』に参加しているというような噂まで、王国には届いている。

 

 そして、極めつけは、死ぬというリスクが極限にまで減少したことだ。魔導王の死者ですら甦らせるという力。そして、その力を帝国の闘技場で魔導王は実際に示した。人間、死ねば終わりだ。冒険者は、容易に死ぬ。

 しかし、冒険者となって仮に死んでも、魔導王によって蘇生させて貰えるという期待。そして魔導国で冒険者となれば、到底得られない経験と、そして装備品が手に入る。

 

 誰もが、冒険者になることを夢見てしまう——。

 

 

 だからこそ——危険なのである。この孤児院は、意図してか為ざるか、才能がある子供たちが集まっている。おそらく、孤児院に保護されるまでの期間で、潜在的に才能の無い子供は、飢えや寒さで死んでしまうという淘汰が働いているのだと、クライムは予想している。孤児院で生きている孤児たち。冒険者となれば、頭角を現す可能性を秘めた子供たちなのである。

 そして、この孤児院はお金がない。第三王女であるラナー様の懐も無限ではないのだ。この孤児院設立でお金を使い切ってしまった。

 孤児院から巣立っていく子供たちは、恩返しということで、孤児院に定期的にお金を仕送りすることが奨励されている、というか、そうお願いされている。孤児院は、食費などの支出は多いが、収入は少ないのである。

 この孤児院では文字や計算も教えているから、文官になる道や商家で雇われるというような道も無くはない。しかし、もっとも手早く、そしてもっとも現状で確実なのは、——魔導国で冒険者となること——。

 

 子供たちは冒険者という道が、現状、もっとも確実で、その道を選択してしまう可能性が高くなってしまう。

 

 だからこそ、ガガーランも遊び半分にしか子供に剣を教えないのだろう。イビル・アイも、魔法を教えて欲しいとせがむ子供を邪険に扱っている。子供たち自身に、自分は才能に恵まれた存在であると、気付かせてはいけないのである。

 目先のことを考えたら、エ・ランテルで冒険者になることは有力な手段だ。しかし、魔導国を率いるアインズ・ウール・ゴウンは、王国の兵を殺した存在である。孤児たちの中でも、アインズ・ウール・ゴウンが親の仇であるという子供も多い。そして、アインズ・ウール・ゴウンはアンデッドだ。生者を憎む存在である。

 目先の餌に釣られて良いものなのであろうか……。ひとまず、エ・ランテルで冒険者となって力を蓄える。そしていつか、アインズ・ウール・ゴウンに復讐をする。王国出身の冒険者は当然それを考えるだろう。だが、それは当然過ぎて、魔導国もそれを当然想定しているはずである。

 

 孤児院を維持していくためには、巣立っていく子供たちからの仕送りは不可欠だ。そして仕送りが出来るほどのお金を稼ぐためには、冒険者になることが手っ取り早い。そして、冒険者になるなら、エ・ランテルで冒険者になるのがもっとも生き残る可能性は高いだろう。しかしそれは、魔導国の策略に乗ると言うことだ……。ジレンマである……。

 

 ・

 

「クライム、朝から()()が出ますね」と洗濯をしながら考え込んでいたクライムの後ろで、ラナーの声がする。

 

「おはようございます、ラナー様」と洗濯を中断し、クライムは立ち上がって一礼をする。

 

「気にせず続けてください。洗濯ですか?」とラナーは桶の中に沈んでいるクライムの下着を見つめる。

 

「え、えぇ……」

 

「小まめに洗濯をしているのですね。しかし……ブリーフ一枚だけを洗濯するのは、小まめ過ぎると思いますが?」

 

 ラナーの愛らしい表情で首を傾げている姿に、クライムは真っ赤になる。昨日の夢を思い出す。クライムが洗っているのは、確かに汚れたブリーフ一枚であった。

 そしてクライムは自分を恥じる……。昨日は、なんという夢を見てしまったのだ。自分が仕えるべき主君であるラナー様。それを夢の中であるとはいえ、ブレインがからかい半分に自分に話す、娼婦の秘技とかいうようなことを、夢の中でとはいえ……ラナー様に……。妙に艶めかしい夢であった。

 

「どうしたのです? 具合でも悪いのですか?」

 

 ラナーは、自分の挙動不審な様子を心配しているようだ。

 

「あっ、いえ……。大丈夫です」

 

「無理をしないでくださいね。もし具合が悪いのでしたら、私が変わりに洗濯しておきますが?」

 

「そ、そんなことはさせられません!」

 

「まぁ、そんな朝から大声を出さなくても……変なクライムね。悪い夢でも見たの? 本当に大丈夫?」

 

「ほ、本当に大丈夫です。ラナー様。まだ、外は寒いです。お風邪を引かれるといけませんので、どうぞお部屋にお戻りください……」

 

「わ、分かりました……。では私は、やらなければならないことがあるので、先に王宮に帰っていますね」

 

 渋々ながら部屋に戻っていくラナーの後ろ姿を見送り、クライムはまた洗濯の続きをするのであった。








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