かごの大錬金術師 作:Menschsein
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<ドワーフ王国>
「シャルティア、ご苦労だったな」と、ルーン工匠たちの送別会で盛り上がっている場所から少し離れている所に控えていたシャルティアにアインズは声をかける。
「アインズ様のために働くのは当然のことでございます」とシャルティアは胸を張っている。
だが、体力は有り余っているものの、魔力を多く消費していた。
もちろん、クアゴアを倒す為に魔力を消費したということではない。ナザリックやエ・ランテルからルーン工匠の送別会の食材を運ぶために、
「ドワーフたちも楽しんでいるようだ。お前を連れてきて本当に良かったぞ?」
シャルティアの瞳から再び涙が溢れそうになる。今日は、泣いてばかりな気がする。
「それでだ。転移のことでお前に苦労をかけたことで新たな課題が浮き彫りになった。魔導国、帝国、そしてこのドワーフ王国と我が支配の範囲は大きく広がる。ドワーフ王国と魔導国、帝国とドワーフ国など、今後交易を盛んにさせていくつもりだ。だが、それに必要なものはなんだ? シャルティア」
シャルティアは、自らの頭を高速回転させる。そして思い当たるのは、クアゴアを一万人、オス四千、メス四千、子供二千を生き残らせたことを考える。
「労働力でありんすか?」
「その通りだ。もっと具体的に言うなら、輸送手段だ。交易をするのに、その物品を移動させている時間は損失となるからな。帝国の人間がドワーフ国にナイフを注文し、それが翌日には届く。そんなスピードが理想だ」
「私が転移を使って届ければよいであんす! お任せください!」とシャルティアは興奮した口調で言う。アインズ様が私に役目をお与えになって下さろうとしている。喜びを感じずには要られない。
「いや……。お前に一人では限界があるだろう。それでだ。今回配下に入ったフロスト・ドラゴンを使って、物流網を構築する。ドワーフ王国、エ・ランテル、帝都アーウィンタール。これらを結ぶ空路だ。最初はいろいろなトラブルがあるだろうが、転移を使えるお前なら、その問題解決に素早く当たることができる。どうだ? シャルティア。ヘジンマールはアウラに与えたので、それ以外のドラゴンはお前の指揮下としよう。迷うことがあったら、デミウルゴスやアルベドに相談しろ。もちろん……私に相談してくれも構わない」
「畏まりました!」
先ほどよりも大きな声をシャルティアは張り上げる。恥をそそいだだけでなく、さらに、新しい役目を与えられた。それに、今回自分を助けてくれた親友のアウラ。アウラはドラゴン一匹であるのに対し、自分はもっと多い。そのことをアウラに自慢しようとは思わないが、アインズ様が自分を評価して下さっているということにシャルティアは胸が一杯である。自分に再度のチャンスを与えてくださるだけでなく、さらに新しい任務まで……。なんと慈悲深き方。
「この件は、どのように帝国を統治していくかを考えてくれているデミウルゴスやアルベドとも相談しなければならない事項だ。今からそんなに力まなくてもよいぞ」
自分ではっきりと分かる程、下着が濡れていくのが分かる。デミウルゴスやアルベドが行っている帝国統治の草案。それが守護者の中でもっとも知恵を持つデミウルゴスや守護者統括であるアルベドに任せているということから分かるように、魔導国の重要課題、そしてアインズ様が重視されていることに他ならない。その一翼を担うことができる。アインズ様は自分を信頼してくださっている!!
「さて、私もそろそろ挨拶周りをしてこよう。シャルティア。気を張っていてお前も疲れただろ。自分の身体と精神を労るのも仕事だぞ。それじゃあな」とアインズは言って、ドワーフたちの輪の中へと入っていく。
シャルティアは主君の背中を見つめ、主君の言葉を反芻する。『自分の身体と精神を労るのも仕事』。メモ帳に書き残しておくべきか。いや、その前に、自分の身体と精神を慰めるようにしなければ。下の下着が酷いことになっている。自分の火照った体を慰めねば。ヴァンパイア・ブライドを呼ぼうか。いや、もう我慢できない。シャルティアは、もぞもぞと人気の無い場所へと移動するのであった。
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<王都リ・エスティーゼ:孤児院:新月の夜>
「タブラ・スマラグディナ様。お目覚めになられたのですね。なんというお労しい御姿に! 私の創造主であり、至高の御方であるタブラ様が、このような御姿になっておられるとは……。タブラ・スマラグディナ様。私でございます。あなたの娘の、アルベドでございます」
タブラ・スマラグディナが次に目覚めた時、目の覚めるような美女が自分の膝元で泣いていた。自分にすがりつくように泣く絶世の美女。忘れるはずがない。自分が造ったNPC、アルベドである。
それでも、タブラ・スマラグディナは確認せずにはいられなかった。
「アルベド……なのか?」
「はい。アルベドでございます。お会いしとうございました」
慌ててベッドから飛び起きようとするタブラを逃がすまいと、アルベドはタブラを抱きしめる。タブラの顔は、柔らかく豊満な胸の谷間に埋もれていく。
<柔らかく温かい。そして、良い匂いですねぇ……私のイメージした通りということでしょうか。まさかNPCまでこれほどの質感を伴ってリアルになっているとは……。錬金術師の憧れであった
「アルベド。落ち着いて下さい。私には分からないことだらけです。情報を整理しましょう」
「畏まりました」
タブラの視界が谷間から離れ、そして広がっていく。そして、部屋の隅っこで震えているラナーの姿をタブラは捉える。
「あんたは、ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフさんでしたね? まさか、協力者というのは、アルベドのことだったのですか?」
「そんなことは有り得ません! 魔導国は、偉大なるアインズ・ウール・ゴウン様が治める国! それに仇なすことが私にできましょうか! それに、私はタブラ様より、守護者統括という地位をいただいております! 魔導国を守る立場でございます! 私はこの女を密かに監視し、そして裏切りを発見しました。しかも、あろうことか、私を創造されたタブラ様を利用しようとして!」
アルベドの甲高い声が室内に響く。深夜にこれだけの声を上げる。音声遮断の魔法をしようしていた。
<話が読めませんねぇ。魔導国が、アインズ・ウール・ゴウンなる人が統治する国? アインズ・ウール・ゴウンは、ギルド名です。けっして個人ではありませんねぇ>
「アインズ・ウール・ゴウンとは、人称名詞でしょうか?」
「左様でございます。アインズ・ウール・ゴウン様。モモンガ様が現在、そう名乗られております」
<モモンガさん……でしたか。彼も私と同じように現実世界で死んだのでしょうか……>
「”プレイヤー”が多く存在するなら、アインズ・ウール・ゴウンを名乗るのは得策ではないような気がしますが?」
<随分と嫌われていましたからねぇ……>
「そうなのです! タブラ様! どうか、アインズ・ウール・ゴウン様をお救いください! しかし……まずはこの裏切り者の処断です。タブラ様、この女、どのような苦痛を与えたらよいでしょうか」とアルベドは冷たい声で言った。そしてラナーが一層に震える。
<苦痛ですか……。そういえば、「呂后や則天武后など所詮は人間の行いでしかないと思えるほどの行いをする」などというような設定を書きましたね……。”牛裂き”よりも残酷なことを本気でしてしまいそうですねぇ……。そして、それは少し困ったことになります>
「タブラ・スマラグディナ様……どうか、ご慈悲を……。命だけはどうかお助けください……」
両膝を地面に着け、祈り懇願するように両手を合わせてタブラを見つめるラナー。もはや、その瞳には、死への恐怖しか映っていない。目からは大粒の涙が溢れ、身体は震えている。
<本当に脅え、泣いているようですね……。これが演技である可能性は……低いでしょうね……。これがもし演技であったら……大女優かなにかでしょう>
「未遂、という認識で大丈夫ですか?」
ラナーは、頭を必死に上下させ、自らの弁解をする。
「それは本当ですか? アルベド」
タブラは、念の為にアルベドにも確認取るが、「はい、間違いございません。もともと、この女は一人では何一つできません。だからこそ、許しがたく、タブラ様を利用しようとしたのです!」
アルベドの怒りに満ちた声。それを聞いたラナーは、上あごと下あごも、まるで極寒にいるかのように震えだし、歯がぶつかり、かちかちという音が室内に響く。
「モモンガさんに、この事態を報告し、モモンガさんに判断を任せましょう。未遂であったのなら、情状酌量の余地はあるのではないでしょうか」
「随意に」とアルベドが答える。
「か、感謝いたします」と、自分の命が保留されたことに安心したのか、ラナーは床へと崩れ落ちる。
「さて……。実は私がここに参ったのは、タブラ様にお力添えをお願いしにまいったのです! どうかタブラ様! アインズ・ウール・ゴウン様を、モモンガ様をお助けください! モモンガ様は現在、非常に困難な立場にいらっしゃいます! しゃ、シャルティア・ブラッドフォールンが、洗脳され、敵の手に落ちました……」
<シャルティア・ブラッドフォールン……。ペロロンチーノさんの……ですが、変ですねぇ……>
「シャルティアは、吸血鬼なので、精神操作に関する耐性があるのでは?」
「はい……順にご説明いたします……」とアルベドは涙ながらに語り始めるのであった。
やばい。今日、文学フリマだ。欲しい本、売り切れてたら悲しい……。