夏休みの終わりと2学期のはじまりは子供の自殺が増える時期です。
なぜ、自殺するほど追いつめられてしまうのでしょう。私たちはそんな思いを一人で抱えている子供に対して何ができるのでしょうか。
死にたくなるほどつらい気持ちと向き合ってきた精神科医、松本俊彦さんにお話を伺いました。3回連載の1回目です。
つらい現実に戻りたくない
ーーなぜ長期の休みの後に子供たちは自殺したくなってしまうのでしょうか?
学校がつらい子にとって、休みの時間はとても幸せな時間です。苦痛から一時的に離れることができて、自分のペースを取り戻すことができる。
ところが学校が始まると、またつらい現実に戻らなければならないわけです。夏休みの終わりから2学期の始業の頃は、やはり自殺が一過性に増える時期です。
ーーいじめが一番の原因なのですか?
もちろん誰から見てもいじめが原因ということも少なからずあります。
しかし、例えば発達の偏りがあって、周りからすると「イジっている」程度だと思っているのに、本人からするととても苦痛に感じている場合もあります。そういう主観的な苦痛もありますし、そもそも人がたくさんいる場が苦手な子もいるんです。
学校の中での人間関係を思い出してみると、教室の中で色々な力学があり、子供なりに色々気を使ってみんなに同調しているものです。その環境にまた戻るのがすごく嫌だという子もいるわけです。
発達障害が背景にある子もいます。様々な外傷体験が積み重なって、家も安心できる場ではないけれども、人が怖くなっているため多くの人がいる教室は苦手という子もいます。発達の問題とトラウマとが複雑に絡み合っている子供も少なくありません。
本人の受け止め方も多少は影響しているかもしれませんが、いずれにしても、学校がつらいと思っている子たちが一定の割合でいる事実を我々は重く受け止めなくてはなりません。
リスクの高いのはどういう子?
ーー自傷行為の経験がある若者は1割いるとのことでしたが、自殺のリスクが高い子はどれぐらいいそうなのでしょうか。
これは本当にわからないんです。女の子の場合は自傷行為が自殺の危険因子としてわかりやすいですが、男の子は自傷をしていても気づかれない子が多いので、学校の先生もどんな子がリスクが高いのかわからないのです。
ただ、一般論として注意しなければならないのは、不器用で立ち回りが下手で、もっと悪い奴がいるのにその子ばかりが怒られてしまう、というような子です。同じようにずっこけても、周りから攻撃を受けやすくなる子ですね。
また、外見や体格や色々な能力について、本人がすごくコンプレックスを抱いていそうな子は、周りの大人たちも人一倍注意しなければならないと思います。
ーー勉強でのコンプレックスだけではないですね。むしろ運動ができないことなど、他の要素が教室内での力関係に関わってきそうです。
学校内や思春期の場合、勉強ができるからといって、周りから認められるとは限らないです。運動とか容姿とか周りを笑わせる能力とか、そういう要素が影響します。
その中で、何をやっても不器用な子がいると思うのです。
不器用な子は、案外、勉強ができる子の中にもいるし、勉強ができるばかりに余計いじめられてしまうこともあると思います。
ーー発達の偏りというのはどういうことが考えられるのでしょうか? 発達障害などでしょうか?
そうですね。例えば、コミュニケーションや対人関係の障害を抱えがちで興味や行動のこだわりがある「ASD(自閉症スペクトラム障害、旧分類:アスペルガー症候群、自閉症)」のようなものがあります。
知的な機能はそれほど深刻ではないのですが、場の空気を読んだり、「ここでは普通こういうリアクションするよね」ということからずれてしまう子がいます。こういう子たちはどうしても被害に遭いやすいです。
同じような発達障害で、多動性や衝動性、不注意が見られる「ADHD(注意欠陥・多動性障害)」の子たちもいます。余計な動きをちょろちょろして、周りの大人たちからよく怒られる子です。
でも、純粋な多動の子は、意外と友達関係はワイワイガヤガヤやって面白キャラで通っている場合があるんです。
どちらかというと、教室の中で不器用でつらい思いをしているのは自閉症スペクトラム障害の子たちです。多動の子も自閉症スペクトラムを合併する子が結構いるので、そういう子は立ち回りが下手くそになっていじめられることもあります。
自殺のサインが見えづらい子供たち
ーー自殺の危険性が高くなっているサインは子供の場合、どういうものがあるのでしょうか?
子供はすごく見えづらいです。見えづらい、という言い方は正しくないのかもしれないですね。振り返ってみれば、色々サインは出ているのです。でも子供の場合、嫌な出来事があってから行動に至るまでの時間がすごく短いです。
色々な説明がなされているのですが、まず子供は大人に比べて、行動のコントロールがあまりききません。しかも将来を見越すということが難しい。
大人の場合なら、つらいことが起きている時に「今はつらいけれども、いじめているあいつらにこの先ろくなことは起きず、自分の人生は良くなる」と先のことを考えて、心を立て直すことができます。
子供の場合、特に発達障害がある子たちは、先を見越しづらくて、目の前の苦痛に圧倒されてしまうことがあります。だから、行動に出るまでのプロセスが速いのです。
プロセスが速いもう一つの要因は、子供の場合、どん詰まり感を自覚するのが早いからだと思います。
例えば、歳をとってくると、学校時代にいじめられた経験があっても、「そういうこともあったが、それがあって今の自分がある」と考えることもできる。それはこれまで生きていく中で、いろいろな生き様を見聞きしたり、色々な選択肢を知ってきたからだと思います。
でも子供の場合は、小学校4年生ぐらいまでは家庭が世界の全てですし、おそらく高校1年生ぐらいまでは学校が世界の全てなんです。中には本を読んだり見聞を広めたりすることで、学校外に世界を広げることができますが、多くの子たちは知りません。
学校や家庭の中でつらい思いをして、世界の終わりのような気持ちになってしまうと思うのです。それがプロセスの速さなのだろうと思うんですね。
普段と違う行動、様子が注意すべきサイン
ーーそんな見えづらい中でも、後から振り返ってみるとあれがサインだったのではないかと思うようなことはあるのでしょうか。
どんな子でも確実に見られるのは、「普段のその子と違う」ということです。非常に漠然としていますが、これはみんな感じていることです。普段の様子と違う。
例えば、これまで熱心に授業を聞いていたり、勉強を真面目にやっていたりした子が急に一切しなくなる。宿題をやってくるはずなのにやっていないとか、授業中いつも一生懸命ノートをとっていたのに何もやらないとか、普段のその子らしさがガラリと変わっていることは最も注意すべきサインです。
メンタルヘルスの問題を抱えているというよりは、周りからすると反社会的な行動をとっているように見える場合もあります。
自分の体を傷つける自傷行為をしてみたり、真面目な子が急にカンニングしたり、弱い者いじめをしない子が急に理不尽な形で弱い子に当り散らしたり。万引きや家出もそうです。朝、学校に行くと言って家を出たのに、実際には行っていないというのもそうでしょう。
ーー平日であればその変化は見えやすいですが、夏休みで家にいる時は変化を見つけにくいでしょうね。
新しい学年が始まる春休み明けだとわかりにくいと思いますが、夏休み明けなら1学期とずいぶん様子が違うというのはヒントになると思います。特によく言われるのは、中学2年生の夏休み明けです。自殺だけでなく、非行についても先生たちがいつも緊張する時期です。
悪くなる子はそこでガラっと変わってきて、夏休み明けに急に髪の毛が金髪になってきたりしますね。だいたい中2の夏に変わる。「厨二病」っていうのは実在するものなんですよね。
身体の成長も心の問題に影響
ーーその頃は体も急激に成長する時期ですが、その影響もありますか?
第二次性徴期を迎えて、自分の体が自分でないような感じがしますし、人との比較ですごくナーバスになる時期ですね。容姿も気になり始めます。もちろん小学校ぐらいから容姿にコンプレックスを抱くことはありますが、もっと切実な問題として、中2の頃は自覚始める時ですね。
ーー性的な欲求や誰かと付き合いたいという気持ちが関わるのでしょうか。
もちろん、好きな人に対して、自分は性的な魅力があるのか、相手から見てどう映るかということが重要になってきます。
また、中学ぐらいになると、親や先生に褒められることは勲章にはならず、仲間から認められることが一番の価値になります。特に子供は残酷ですから、ちょっとした見かけの印象でクラスのカースト(階級)を作っていく。容姿が自分のクラスでの居場所や立ち位置に関係していきます。
ある子は第二次性徴を迎えてものすごく背が高くなるし、全く大きくならずにどんどん抜かれていく子もいる。
女の子の場合、中学から高校の時期はもしかしてある意味一番体型が醜くなる時期かもしれません。アンバランスに丸っこくなったり、ゴツゴツしたりします。そういうことで容姿に悩む子もいます。
ーーいわゆる思春期の悩みですね。
そういう風に一括されてしまうとその通りなのですが、社会において自分の居場所はあるのかとか、自分は誰かから必要とされるだけの存在なのかということに対して、堂々巡りの問いかけが多くなる時期なのだと思います。
気づくことはできるのか?
ーーそういう悩みを一人抱えて、夏休みが終わりに近づくとつらさが増していくわけですね。夏休み終わりと直後はどちらが多いのでしょう。
両方同じぐらい多いですよね。8月31日、9月1日を頂点として、そこから遠ざかるとそれぞれ少なくなってきます。
9月1日は変化がわかる可能性があるのですが、問題は8月中ですよね。家族も気づけないと思うのです。
1学期にいじめがあることを家族が察知していれば、変化が特に見られなくても、心の中で変化があるかもしれないと先回りして本人と話をすることもできると思うのですが、把握していない場合は青天の霹靂になると思います。
やはり夏休み中、あまり友達と遊んでいないとか、かと行って勉強が進んでいるわけでもないと感じた時。もともとそういう子だったら別ですが、そうでない子が急にそうなった場合は、注意して話かけてみてもいいと思うんです。
「もしかして学校行くのがつらいの?」と。(続く)
いのち支える相談窓口一覧(自殺総合対策推進センター)
【松本俊彦(まつもと・としひこ)】
国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部長、薬物依存症センター センター長
1993年、佐賀医科大学卒業。2004年に国立精神・神経センター(現国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所司法精神医学研究部室長に就任。以後、自殺予防総合対策センター副センター長などを経て、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神救急学会理事。
『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『自傷・自殺する子どもたち』(合同出版)『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『よくわかるSMARPP——あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)など著書多数。
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