サラリーマン時代、声をかけた時「ちょっと待って」と言わない上司がいた。
社内の全ての人から尊敬されるほど仕事の出来た彼女は、恐ろしいほどにミスしない正確さを持ち、誰よりも働いていた。
仕事が出来る上に穏やかで人当たりが良いし今思い出しても敵う場所が一つも見つけられないのだが、一番凄いのが「ちょっと待って」と言わないことだった。
右も左もわからない新入りの時、納期が迫って一人ではパンクしそうなとき、声をかけるとすぐに顔を上げてくれた。
勿論手が離せない仕事の時はすぐにこちらに来れなくても、どんなに自分の作業があっても手を止めて、こちらを向いて話を聞いてくれたのだ。
これがどんなに凄いことだったか…
日々の家事に疲れてパンクしそうなとき。
大暴れの子供達に疲弊して助けて欲しいとき。
手伝ってという時は、10分後じゃない、誰だって「今」手伝ってほしいんだ。
「ちょっと待って」が繰り返されると、だんだんと「助けてもらえない」に気持ちが変わっていく。
いやわかっている。
「ちょっと待って」と言った人が、おそらく後で手伝ってくれるということも頭ではわかっている。
でも子供が泣いてからご飯を作るんじゃ遅い。
グズり出してから遊ぶんじゃ遅い。
今、目の前の家事を手伝って欲しい。
今、機嫌がいいうちの子供と遊んで欲しい。
まだ少し心の余裕があるうちに…
助けを求めているとき、話を聞いて欲しい、手伝ってほしいのはいつだって今なのだ。
俺が家事をやっていて驚くことがある。
奥さんが俺が頼む前に先回りして家事を終わらせてくれるのだ。
食洗器に入れることのできない調理器具を洗っているとき、水切りかごにあったはずのボールがかごから消えている。奥さんが見つけてくれてキッチン棚に戻してくれていたのだ。おかげで洗った調理器具をスムーズにかごに入れることが出来る。
そろそろなくなりそうだと思った洗剤が補充されていたり、シャンプーが新しいものに替わっていたり、作らなきゃと思った冷蔵庫の麦茶が満タンになっているのも全部奥さんが先回りしてやってくれているのだ。
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言わなくてもわかってというのはわがままだと思うが、言わないうちからやってくれるのは言葉にできないくらいありがたい。
昔の自分はどうだっただろう?
キッチンに立つ奥さんが手伝ってと言った時。
子供と遊んであげてと言った時。
「ちょっと待って」と言っていた。
先回りしてやるなんて夢のような話で、声をかけられてもなかなか動かなかった。
サラリーマン時代の俺は奥さんに声をかけられて家事を手伝っているつもりでも、「ちょっと待って」の言葉で奥さんを疲弊させていたのだ。
もし今あなたが誰かに家事をやってもらっている立場で、誰かに「手伝って」と言われたら、すぐに手伝ってあげて欲しい。
その「手伝って」は疲れ切った、ぎりぎりの中で助けを求めた声なのかもしれないのだ。
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