伊藤元重(学習院大学国際社会科学部教授)
日本にサマータイムを導入するべきである、という議論は随分昔からあった。議論が少しは盛り上がることもあったが、その都度賛成と反対のさまざまな議論が出てきて、いつの間にか議論がしぼんでしまう。国内に賛成と反対の意見があり、どちらもそれほど強力な意見ではない時、今の制度を変更することは難しい。サマータイムの制度とはそういったものなのかもしれない。
後で理由を述べるように、私は日本がサマータイムを導入することには賛成の立場だった。今でもそうだ。ただ、経済学者としては、サマータイムの是非よりももっと重要な政策問題がたくさんあった。マクロ経済政策、財政問題、社会保障制度、貿易摩擦、規制改革などの問題だ。そうした問題を差し置いて、サマータイムの論議に情熱をつぎ込むことはできない。
これは賛成の立場であっても反対の立場であっても、同じことだろう。日本にとって最重要な課題でもない中で、メリットとデメリットがある制度変更を、あえて断行するということにはなりにくいのだ。
そうした中で、最近の異常とも言える猛暑と2年後に迫ったオリンピックの開催がきっかけとなり、日本でサマータイムの問題が再度盛り上がっていることは興味深い。この論議の行方は分からないが、なぜ私がサマータイムに賛成の立場か、改めて整理してみよう。
私が初めてサマータイムを経験したのは、23歳の時、留学先の米国であった。その時の印象は、不思議な生活感覚であるということだ。朝から夕方6時ぐらいまで忙しく大学院生の課題をこなして、夕方になってもまだ日が高いところにある。それから9時近くまで明るい。友人とバーベキューパーティーをやったり、公園の中をゆっくり散歩したりした。なんだか1日が倍になったような得をした気分だった。
夏の日の出は早い。それに合わせて起きるように生活を変える。日の出とともに起きるような生活をすれば、明るい日差しの中で夕方の時間を有効に使えるし、それだけエネルギーの節約になると、その時に知った。確かに夕方以降の照明の電気コストが節約できるようだ。
日本の猛暑への対応ということでは、サマータイムの制度は効果がない、という意見もある。朝早くから活動を開始するのはよいとして、夕方になってもまだ日が高く、冷房費がかさむのでは効果が少ないという意見だ。そのような面はあるかもしれない。ただ、サマータイムは7月と8月だけではない。米国のように3月の中旬から11月初旬までとするなら、期間全体としての省エネ効果は大きい。